虫型移動カメラ
「だから、診療所に……ってそういう話じゃねえのか。そうだなぁ……どうしたモンかねぇ……」
男は建物の隙間から覗く、星空を見上げながら呟いた。意外と察しが良いのかな?
「オレは、王領にある農家の生まれでな、ガキの頃から農家になるのは嫌だった」
そうして、男は自分語りを始めた。特に興味も無いので、適当に聞き流す。
男の過去は、昔、魔獣討伐隊のツェーザル達から聞いた彼等の境遇と似ていた。魔獣討伐隊に入る者の多くは、家業を継ぐのが嫌だったり、子供の頃からケンカで負け知らずのガキ大将だったりする。
王都や他領でも、似たようなものなのだろう。
男は王都で、騎士団に入る為、従士として頑張っていたそうだ、しかし、芽が出ないと諦めた。実家にでも帰ろうとしたところで、リーヌスと出会ったそうだ。
「若い頃、王都で、ゴロツキに絡まれていた商人を助けたことがあってな。何の因果か、リーヌスの兄貴と出会い、そいつを紹介したんだ。オレにはよく分からなかったが、商売は上手くいったようでな……リーヌスの兄貴は、こんなオレでも必要としてくれたんだ。だから、オレは期待に応えるために……」
それからも、暫く男の独白は続く。一通り語り終えた男は、俺へ視線を移した。
「なぁ、貴族の坊ちゃんよ。オレはどうすりゃいいのかな?」
「さぁ? おじさんの思うようにすればいいんじゃない? ディッテンベルガーから逃げ出すのも、リーヌスへ忠義を尽くすのも、商会長の部下から、謂れのない暴行を受けた、と警備隊へ泣きつくのも、好きにすればいいさ」
「チッ、やっぱ見破られるよな。貴族ってのは、人の上に立つだけはあるってことか……オレが坊ちゃんくらいの年頃には、なぁんにも考えてなかったよ。あの嬢ちゃんがいなけりゃ、今頃オレは……」
「姉さんの我儘をどう捉えるかは、おじさん次第じゃない?」
「オレ次第、か……そうだよなぁ……」
男は再び夜空を見上げる。その横顔からは、何か吹っ切れたような、そんな表情に見えた。俺は姉の元へ戻る事にする。
「もういいの?」
「うん、別に癒しの魔術を、練習しに行ったわけじゃないからね。ちょっとだけ、話をしておきたかったのさ」
「そう、レオが何をしようと干渉するつもりは無いけど、私の足を引っ張る様なマネは許さないわよ。報酬が欲しいのなら、これを具現化してちょうだい」
「なにこれ? 機械の虫?」
姉が俺に見せてきたタブレットには、半球の身体に四本の虫のような脚を持つ機械が描かれていた。身体には縦横に溝があり、丸いものがその間に挟まっている。
「そうよ、この丸いのがカメラのレンズになってるの。最初は『ドローン』みたいなものを考えていたのだけれど、有線でなきゃいけないのなら、こうした方がいいと思ってね」
「ハハーン、この溝をレンズが移動して、角度の微調整も出来るって訳だ」
「ええ、話が早くて助かるわ。どう? 出来そう?」
「うん、任せて」
こうして絵があるとイメージしやすいなぁ。やはり、変身の新たな能力には姉の力が必要だ。
俺はタブレットの絵を参考にしながら、具現化を行う。
そうして、姉の細かな修正を加えつつ、取り敢えずの虫型移動カメラが完成した。少し移動させてみると、カシャカシャと小さな音が出る。
「う~ん、静音性が気に入らないなぁ……」
「そう? アンタ、変なところに拘るわね?」
「姉さんは深夜の単独行動ってしたことがないから知らないだろうけど、昼間と違って、遠くの音ってすごくよく聞こえるよ? コイツの駆動音で、犯人に気付かれたくないじゃん」
「ふぅん? レオがそこまで言うのなら、そうなんでしょうけど……どれどれ……この辺りが少し干渉しているかしら?」
「ふむふむ……となると、ここを削って……こうかな?」
そうやって、さらに改良を加えていく。出来上がったのは、手のひらサイズの小さな虫型移動カメラだ。
「流石に、これ以上は無理かなぁ?」
「じゃあ、ちょっと実験してみましょ」
そうして、姉がタブレットを使って虫型カメラを操作する。が、ペンだけでは操作しにくいといわれ、ゲーム機のコントローラーを具現化した。
それを、タブレットへ接続し、姉に操作してもらう。
「へぇ、虫から見た世界ってこんな感じなんだ」
「……移動速度が思ったよりもトロいわね。そこの窓に行くまで、どれだけかかってんのよ」
「しょうがないじゃん、小さくて、足が短いんだからさ。これ以上、速く移動できるようにすると、静音性が損なわれちゃうよ」
「まどろっこしいわねぇ」
そういって、姉はカメラを摘まんで窓際まで運んだ。そうして、ゲーミングチェアに座り直すと、コントローラーを手にする。
テーブルに立て掛けたタブレットを見ながら、カメラの操作を始めた。
あらかじめ、具現化で長めにコードを創り出しておいたが、足りなくなった時のために俺はコードの継ぎ足し要員である。
姉の隣からタブレットを覗き込んでいると、カメラは建物の壁を伝って裏口へ回り込んだ。タブレットへ、裏口の段差に腰掛けている男の姿が映る。
「一応、成功かしらね? 後は……うん?」
「あ、コイツだよ、姉さん!」
「バカッ、声が大きい」
「ご、ごめん、でも、昨日話した男だよ?」
「ふぅん、ある意味、目立つわね。コイツもバカなのかしら?」
何処からか現れた帽子とマフラーの男は、リーヌスの部下と話している。知った仲なのだろうか? 話していた時間は短く、マフラー男は、リーヌスの部下に何か渡すと去っていく。
「面倒なことになったわね……」
「え? 今から下に行って、あのマフラー男と、何を話していたのか訊けばいいじゃん」
「バカね、そんなことをすれば、こっちが監視していたってバレちゃうじゃないの。マフラー男とあの男の繋がりが分からない以上、下手な詮索は逃亡に繋がるわよ?」
「う~ん、帰り際に、姉さんの巧みな話術でそれとなく聞き出してみる?」
「まさか、『ベテラン刑事』じゃあるまいし、そんな上手くいくわけないでしょ。レオも知らない振りでいなさい。くだらない情報でも、出し処を見誤ると取り返しがつかなくなるわよ? この情報に関しては私が取り扱うわ。レオは絶対、口にしないように。匂わせもダメよ?」
「へーい」
どういう関係なのか気になるが、口の上手そうな姉が無理だと言っているのだから、ここは素直に引き下がっておこう。
それから、俺は何台もカメラを具現化し、姉が操作してカメラの配置を決めていくのだが……
「姉さん、ゲームやったことないの? そんなにフラフラしていたら、画面酔いしそうなんだけど?」
「うっさいわねぇ……地図を見ながら壁を這わせていると、どっちを向いているのか分からなくなるのよ!」
「しょうがない、俺がやってもいいけど、コードの様子を見ておきたいからなぁ。ここは、やってもらおう。姉さんは何処に配置するつもりなの?」
「やってもらう? ま、いいけど……え~と、ここと、ここと……」
「だってさ、移動を任せてもいい?」
「了解」
あまりスマホに頼りたくはないが、ここは割り切ろう。虫型カメラの移動には時間がかかる。いざという時、変身できなくなるのは困るのだ。
全てのカメラが、ワシャワシャと動きながら、窓から出て行った。
「なんだ、ソレで、できるんなら最初っから言いなさいよ」
「姉さんが、自分でやるって言いだしたんじゃんか。やっぱり姉さんがやる?」
「……いいわ、レオに任せる」
姉はタブレットを手に不満そうな顔で、ゲーミングチェアにもたれかかる。それから、随分時間が経って、配置完了、とスマホから告げられた。
俺は姉の傍へ寄り、タブレットを覗き込んだ。六分割された画面には、それぞれの店舗の外観がうかがえる。
とはいえ、カメラ一台だけでは、一方向からしか見えず、裏口や、屋上などから侵入されれば分からないかもしれない。
「姉さん、もっとカメラの数を増やす? これじゃあ、何処から侵入してくるのか、分からなくない?」
「これ以上は、画面が狭くなるし、私たちが把握できないわ。第一、この六店舗以外が狙われる可能性もあるしね」
「それもそうか。じゃあ、これで、後は待つだけだね」
「そうね。さっさと犯行に及んでくれないかしら……」
そうして、姉と一緒に画面を覗き込んでいたのだが……すぐに飽きた。ただの風景が映っているだけで、何の変化もないのだ。
俺は、姉の傍を離れて馬乗りの基本姿勢を始める。姉は眉をしかめた。
「……アンタ、何やってんの?」
「鍛練」
「……ま、いいか。暴れたりしないでよね」
「うん」
いつも午前中にやっている自己鍛錬を、ここの所やっていなかった。そこで、俺はこの時間を利用して、馬乗りの基本姿勢だけでもやっておく事にしたのだ。
姉は根気よくタブレットを睨んでいたが、俺が馬乗りの基本姿勢をやめると、姉もタブレットをテーブルの上に置いた。
『よく、ドラマや映画なんかで、張り込みシーンがあるけれど、ことが起こるまで軽く流すのがよく分かるわ。思っていた以上につまらないわね、これ』
姉はわざとらしく日本語で呟くと、カバンから弁当を取り出した。
「後は、レオに任せるわ」
そういって、夜食を食べ始める。俺はタブレットを手に取ると、改めて具現化で上書きを施した。
「姉さん、画面内に動く物があれば、反応して音が出るようにしたよ。これで、気を抜いてても大丈夫さ」
「そう、後はこの塞がった片手も何とかしてちょうだい。夜食が食べにくいわ」
「うーん、手が邪魔なら、足にでもする? ああ、そのゲーミングチェアに繋ぐか。姉さんは大体そこにいるし、ゲーミングチェアに姉さんの魔力を溜められるようにすれば、トイレとかで暫く離れても維持できるだろうし」
「そうね、それがいいわ。どうせなら……」
互いに夜食を摘まみつつ、意見を出し合いながら張り込みの環境を整えていく。
今日はそれだけで終わりだ。外はまだ暗いが、タブレットの画面にちょくちょく人が映るようになってきたのだ。
流石にこのような状況では、犯人も動かないだろう。
裏口から出ると、男が俺達に気付き、立ち上がる。
「きょ、今日はもういいのか?」
「ええ、私たちはこれで去るつもりよ。明日も今夜のようにここへ来るように。今度は、私たちの手を煩わせるんじゃないわよ?」
「あ、ああ、あのよ……」
「何よ?」
「あ、い、いや……今日は済まなかったな。……また、明日な」
男は俺達に何か打ち明けたかったようだが、結局は振り返って戸締りを始めた。
マフラーの男の事か、それとも、ディッテンベルガー商会の事かは分からないが、踏ん切りがつかなかったらしい。
「ったく、ウジウジしちゃって、情けない男よね」
「まぁ、いいじゃん。悩めるってことは、それだけ選択肢があるってことだよ。何をどうするかは、あのおじさん次第さ」
「フン」
姉は鼻を鳴らし、俺達は邸へ帰る前に庁舎へ寄る。待っていたネーポムクが、笑みを浮かべて話しかけてきた。
「聞きましたよ、エリー様。近頃、つけ上がっていたらしい商会を一喝したそうで。夏祭りを前に気の緩んでいた者たちへの、いい薬になったでしょう」
「ああ、あれね。私の威圧で腰を抜かすくらいだもの。お母様だったら、口から泡を吹いて気絶者が出るのじゃないかしら? お母様なんて、本当にこちらを殺すんじゃないかって程の威圧を放つのよ? 初めてやられた時は……いえ、その話は止しましょう」
「フロレンティア様は、いつも優し気な微笑みを浮かべておりますからなぁ。その先入観があるから余計にでしょう。まぁ戦闘訓練を受けていない平民では、エリー様でも充分、恐怖を味わったと思いますよ?」
「どうかしらね? ただ、ディッテンベルガー商会が、腕のいい職人を抱え込んでいるのは事実なのよね。お母様のお気に入りもいるし……また、お母様に叱られそうで頭が痛いわ」
「エリー様でも、頭の上がらない方がおられるのですなぁ……年寄りの戯言と取ってもらっても構いませんが、自分を叱ってくれる存在、というものは本当に大事ですよ? 自分が叱る側に廻って初めて気付きました」
「だから、ネーポムクは魔獣討伐隊に入れなかったのよ」
「ハハハ、これは手厳しい」
母も威圧を使ったりするんだなぁ……そういえば、王都であの失礼な騎士に対して使っていたか。母の弟子である姉も使えるのだろう。
ただ、威圧を受けたからと言って、直接ダメージがある訳でもないんだよな。それどころか、そんな事をすれば、今からこちらへ手を出すぞ、と相手に教えているようなものだし……
明らかな、格下相手にしか使えないから、魔獣討伐では役立ちそうにない。
うん……? それなら、祖父は何故、未だ俺に対して威圧を使う時があるのだろう? もう、ネタバレしているようなものだから、訓練中、威圧に引っかかって、動きが止まるような事は無くなったのだが……
それどころか、俺に攻撃を避けられて、反撃を許しているというのに……
いや、考え方が違うのか? わざと俺に避けさせている? その上で俺に反撃させているのだとしたら……?
「あ!」
「何よ、突然、声をあげたりして?」
「あ、いや、何でもない。爺ちゃんからの、宿題の答えが分かったような気がしただけ」
「ふぅん?」
姉は怪訝な表情を浮かべるが、興味がないのかそれ以上は訊いてこなかった。
そうして、俺達は警備隊に送られながら子爵邸へと帰る。姉が歩いて帰る、と言い出したので、今日も馬車は無しだ。




