ディッテンベルガー
退屈になった俺は、昼間の訓練で、祖父に言われた虚実について考える。具現化で小さな人形と大きめの人形を創り出し、あの時の状況を再現してみた。
何度か繰り返してみたが、やはりよく分からないな……反応速度は俺の方が速いと言われたが、祖父の反応は俺よりも速い気がするのだ。
ここに、虚実の秘密があるのかな?
「アンタ、何やってんの? その歳で人形遊び?」
「え? いや、爺ちゃんからの宿題を考えてたんだよ。自分の力だけで、解かなきゃいけないんだ」
「そう、それより、カメラの映像をこのタブレットに写せるようにしてちょうだい」
「へーい……一旦、タブレットを消すよ?」
そうして、姉の手にしてるカメラのコードを分岐し、その先にタブレットを具現化した。カメラの映像を映したタブレットを姉に渡すと、姉が眉をひそめる。
「アンタには、機能美って意識が足りないのかしら?」
どうやら、姉は俺のデザインセンスがお気に召さないようだ。
「う~ん、暗くって、何が映っているのかよく分からないわね」
タブレットに映った映像を見て、姉が呟く。
「周りに、明かりが少ないからね。暗視機能でも付ける? ただ、魔力の消耗も多くなるはずだけど?」
「あら、そんなこと出来るの? ならやってちょうだい」
「じゃあ、ちょっと行って来るよ」
「え? 何処へ?」
「カメラの所へ行かなきゃ、変更点を更新できないじゃん。俺の手元を離れちゃってるんだしさ」
「このコードを辿っての変更は無理なの?」
「どうだろう……あ~、無理っぽい」
姉の持つコードに触れて試そうとしてみたが、どうにも上手くイメージが沸いてこない。何と無くだけど、上書き変更する為の魔力が、この細いコードでは伝わらないと感じたのだ。
魔力量の問題か、姉の魔力を吸い取るようにしたからなのか、ちょっとよく分からないな。
「そう、じゃあ、今のカメラは消しちゃっていいわ。それで、暗視機能の付いたのを新たに用意して、タブレットで確認しましょ。暗いところなんて幾らでもあるのだから」
「うん」
とはいえ、遠く離れたカメラは俺の認識外にあるので、消そうにも消せない。まぁ、姉からの魔力供給が絶たれれば、自然と消えるだろう。
暗視機能を加えたカメラを具現化し、タブレットへ接続する。姉はタブレットを確認すると、首を傾げていた。
「これ暗視なのに、色が付いてるの?」
「え? うん。何か変?」
「……ま、いいわ。今日はもう帰りましょうか」
「今日はもういいの?」
「ええ、私も今日は朝の内に少し眠っておきたいのよ」
そうして、姉と一緒にディッテンベルガーの本店を出る。姉は、石段に腰掛けて、居眠りしている男の背中を蹴りつけた。
「グハッ! な、なんだ!?」
男は慌てて立ち上がり、辺りを見回す。
「いい御身分ね? 惰眠を貪ってる余裕があるのだから」
「な、何が起きたのか、ビックリするだろうが……!」
「私たちはもう帰るわよ。ホラ、戸締りをしなさいな。グースカ寝てるアンタを無視して、帰っても良かったのよ? 声を掛けてあげただけでも、ありがたいと思いなさい」
「クッ、もっと起こし方ってモンが……クソが……」
男はぶつくさ愚痴をこぼしながら、戸締りを始める。そんな彼を残して、俺達は先へ進みだした。
「姉さん、俺が見た怪しい男の話は覚えてる?」
「うん? ああ、このくそ暑いのに、マフラーをしてたとかっていうのでしょ。ちゃんと覚えてるわよ」
「タブレットに集中してたから、聞いてないのかと思ったよ」
「フン、アンタとはオツムのできが違うのよ」
「はいはい」
姉は相変わらずだなぁ……
そうして、庁舎前に戻り、今日もネーポムク達、警備隊に邸まで送り届けてもらう。邸に着くと、ハンネと姉についている使用人が待っていた。
「お帰りなさいませ、エリザベート様、レオンハルト様、お荷物をお預かりしますね」
「まだ、起きてたんだ? 寝てても良かったのに……」
「そんな訳には参りませんよ。さ、お風呂を済ませてください」
「はぁい、姉さんからどうぞ。朝から母さんとの訓練があるんでしょ?」
「そう? 悪いわね」
もしかして、昨日もこうして待っていてくれてたのかな? 使用人の仕事も大変なんだな……
翌朝、というか昼、食堂へ行くと、またもや付け合わせに、あの苦いブラウクラウトのサラダを出された。
「あのさ、マーサ。寝る時間が遅いから、起きるのがどうしてもこのくらいの時間になっちゃうんだけど?」
「ええ、重々承知しておりますよ」
「じゃあ、これは何なのさ?」
俺は、フォークでサラダを指す。
「昨日、坊ちゃまがブラウクラウトを嫌がらずに食べた、とフロレンティア様に報告したところ、殊の外喜んでいらっしゃいましたので」
「いやいやいや、全然嫌がってたし! むしろ、食べ残しを狙ってたし!」
「まぁ!? 食べ残そうとしてらしたのですか? それはいけませんねぇ、フロレンティア様に報告……」
「分かった、分かった、食べるよ! 全くもう……」
ワザとらしく、驚いた振りをするマーサを尻目に昼食を始める。マーサはあの手この手で、俺にブラウクラウトを食べさせるつもりらしい。
どうにも、マーサには敵わないなぁ。
それから、庁舎で祖父と訓練し、父との勉強を済ませ、子爵邸で夕食の後、再び姉とディッテンベルガーの本店へと向かう。
今日は裏口へ廻る前に、大勢の人が待ち構えていた。剣呑な雰囲気に、俺は姉を庇うように前へ出る。
すると、大人達の中から一人の老婆が歩み出てきて、俺達の前で跪く。それに倣って、後ろの人達も跪いた。
まだ、割と人通りのある時間帯なので、周囲の通行人はギョッとしてそそくさと離れていく者、遠巻きから興味深げに眺める者、と色々な反応がある。
「この度は、うちの者がグローサー子爵家に対して、不義理な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。全ては私の手落ちでございます。私はどの様な処分も受ける所存でございますが、どうか今しばらく、商会の取り潰しだけは、お待ちいただきたく……」
そして、老婆が土下座するようにして謝罪を始めると、後ろの大人たちも続いて頭を下げる。もしかして、この老婆がディッテンベルガーの商会長か?
それを聞いた姉が前へ進み出る。
「ったく、往来でこんな真似をして、私たちを悪く見せようとする、その浅ましさが気に入らないわ」
「いえ、その様なつもりは一切なく……」
「フン、なら大勢の手下を引き連れて、こんなところに来るんじゃなく、アンタ一人で庁舎まで出向き、領主や次期領主に、詫びを入れるのが筋ってモンじゃないの?」
「仰る通りでございます。ただ、リーヌスの件を知ったのが今朝でしたので……貴族様にお会いするには、手順を踏まねばなりません。ですので、先ずはこうして店の前で、待たせていただくことに致しました」
「そう、とにかく、さっさと解散なさい。この奥に、用のある人もいるってのに邪魔よ」
「はい……改めて、領主様へご挨拶に伺います」
そうして、老婆を周りの者が手助けながら、立ち上がらせると、ぞろぞろとその場を去ろうとする。そんな彼等へ姉が声を掛けた。
「待ちなさい、昨日のあの男はどうしたのよ?」
「昨日の……?」
「ここの戸締りをしていた、弱っちい男よ」
「ハンスでしょうか? 彼がどうしたのでしょう?」
「だから、名前なんて知らないってのよ。あの男を連れてきなさい」
「ハンスはリーヌスの部下、或いは舎弟な様な者。そのような輩を、貴族様のお傍につける訳にはいきません。お出迎えは、別の者に任せてあります」
老婆が振り向くと、若い女性がこちらへお辞儀する。彼女が新しい戸締りの担当らしい。
すると、姉が腕を組んで、魔力を乗せた気合の様な物を発した。これ、祖父との訓練で、祖父が偶にやる威圧と似ているな。
祖父と違うのは、視線だけで相手を射殺すような刺激が足りないだろうか?
成る程、こんな風にして使うのか。祖父はやり方を教えてくれなかったが、きっと正しい魔術訓練を経てから覚えるものなんだろう。
見ると、奥にいる数人は、腰が抜けたのかペタンと尻餅をついていた。
「この私が、あの冴えない男に、ここの戸締りを任せたのよ? それをディッテンベルガーは蔑ろにするってわけ?」
「い、いえ、ただちに、こちらへ寄越します」
老婆を支えていた男の一人が駆け出す。それを見た姉がパンパンと手を叩く。
「ほらほら、グズグズしてないで、さっさと立ち去りなさい。通りの邪魔だって言ってんのよ。ホラ、アンタもあの男に鍵を渡して、ここへ一人で向かわせなさい。貴族を待たせるだなんて、どれだけ図々しいのかしら?」
「も、申し訳ございません。い、行きましょう」
そして、彼等は姉にお辞儀をしながら去り始めた。腰を抜かした人は、仲間に肩を貸してもらいながら。
様子を見ていた関係のない周囲の人達も、散り散りになっていく。中には姉の言っていたように、この奥へ向かう人もいて、姉にお辞儀をしてから、逃げるように去っていった。
今の姉の言動を見聞きした人々は、それこそ様々な印象を持っただろう。やはり、多くの人は貴族に対して、畏怖の念を抱いたのではないだろうか?
「姉さん、どうして、あのおじさんを呼んで来い、だなんて言い付けたの?」
「あんなのでも、私のせいで死んじゃうとなると、寝覚めが悪いからよ」
「え? 死ぬ?」
「分からない? 商人を甘く見ないことよ。特にあのババァみたいなのはね。アイツら金のためなら、悪魔にでも魂を売るわよ? う~ん、ちょっと微妙に違うわね。汚い言い回しだけど、『ケツの毛まで抜かれて、鼻血も出ない』なんて聞いたことない?」
「うん、あるよ。あの映画で、豚の飛行機乗りが言ってた台詞じゃなかったっけ? あの飛行機、カッコよかったなぁ」
「アンタはああいうの好きそうよね。とにかく、昨夜、私がディッテンベルガーすら疑っている、ってあの男に告げたでしょ? それが、どういう経路を辿ったのか分からないけれど、あのババァの耳に入ったのでしょう。それで、慌ててこんな所で待ち伏せていたのよ。私たちを子供と見なしてね」
「子供? 子供なら誤魔化せると思った?」
「ええ、大勢の大人が一斉に頭を下げれば、お母様やお爺様へ、悪いように報告しないとでも思ったのでしょうよ。ったく、狡すっからい真似をしてくれるわ」
姉によると、商会長が自身の店の経営状況を知らない筈はない。その上で、リーヌスのやっていた事を黙認していた。
流石に、リーヌスは黙認されているのを承知の上でなのか、騙せていると思って踊らされていたのかは分からないらしい。
姉の推測通りなら、恐らく……
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……お、お待たせしやした……今、カギを……」
暫くしてから、昨夜の男が現れた。平民の癖に何故か厚手の冬服を着ていて、目の周りに青アザを作って。
そんな男に俺は敢えて尋ねた。
「おじさん、暑くないの? それにそのアザはどうしたのさ?」
「ハァ、ハァ……へ、ヘヘ、何、ちょいと風邪をひいてしまいまして……おかげで、階段から転び落ちて、このザマでさぁ……ハァ、ハァ」
「昨夜、こんなところで寝るからでしょ。ったく、いい歳をしたオッサンが何をやってるのだか……」
「ヘ、ヘヘ……弁解の余地もない……」
昨夜は、姉に対して文句を言ったりしていたのが、今日はやけに卑屈になっている。男を残して、俺達はディッテンベルガー本店の休憩室へ向かう。
俺は姉にゲーミングチェアとタブレットを用意し、声を掛けた。
「姉さん、あのさ……」
「レオが何を感じ、どう考えようとも、これだけは言えるわ。貴族である私が、何の取り柄もない、ただの平民如きに、癒しの魔術を使うなんてあってはならないでしょ。そんなことをすれば、この領にいる全ての価値も無いような人に、施しをして回らなくちゃならないもの」
「あ、うん」
姉はゲーミングチェアに腰掛けつつ、タブレットへ視線を落とす。
「……ただし、レオが癒しの魔術を練習したい、というのであれば、止めはしないわ」
「そうだね、練習は大事だね」
「フン」
俺は部屋を出て、裏口のドアを開ける。そこに、上着を脱ぎ半袖姿になった男が、肩を押さえつつ、裏口へ続く段差に座り込んでいた。
「ツゥ……あ?」
男は俺に気付いて顔を上げた。
「おじさんは、これからどうするの?」
「な、なんだと……?」
「その傷、階段から落ちた訳じゃないでしょ。今のうちに診療所にでも行ってくる? 魔力が残り少ないのなら、軟膏くらいは塗っておいた方がいいんじゃない?」
祖父が人には向き不向きがある、と言っていた。だから、という訳でもないが、昨夜の姉の話から、俺は癒しの魔術に関しては、早々に見切りを付ける事にしたのだ。
なので、俺はこの男に対して、癒しの魔術を使うつもりは無い。
「フン、ガキに言われるまでもねぇ。これが終わったら行くよ」
「ふぅん、それで、おじさんは、それからどうするの?」
「な、なに……?」
俺は男を見下ろしながら、同じ質問を繰り返した。




