秘密は夜に作られる
「ここがいいかしらね……」
何度も行ったり来たりを繰り返し、姉が立ち止まった先は、一階が服飾を扱っている店だった。ガラス越しに数体のマネキンが色とりどりの夏服を着飾っている。
しかし、もう閉店しているからか、店内は真っ暗で、鉄格子のような柵がぐるりと回りを覆っていた。その上の階も何かの店らしく、大きな窓があるが、建物全体の明かりは全て消えている。
ここは大通りから少し奥に入った四階建ての建物で、少し離れた位置に一軒だけ一階に、明かりが点いたままの店が見えた。人の気配は感じないので、防犯対策かも知れない。今は大通りでさえ人の気配がほぼない。
「姉さん、これからどうするの?」
「う~ん、どれどれ……」
周囲には、上階の、恐らく人が住んでいるであろう階に、まだ明かりの点いている建物もあるので、そこまで暗いわけではない。
それでも、姉は指先に火を灯し、建物の裏側へ廻り始める。姉の行動を不思議に思いながら、後をついていく。
どうやら目的のものがあったらしく、裏口についている金属のプレートを確認した姉が呟いた。
「やっぱり、ディッテンベルガー商会の店舗ね。店頭の展示品を見て、そうじゃないかと思ったのよ」
「ディッテンベルガー商会って、時々、邸へ衣装の注文を取りに来るあの商会だね」
「ええ、そうと分かれば話は早いわ。行くわよ、レオ」
「え? 何処に? ここに用があるんじゃないの?」
「もちろん、筋を通しに、商会長のところへよ」
「ここに住んでるんじゃないんだ?」
「確か本店は、通りの端の方にあったはず。お爺様の元へ嫁いできたお婆様が気に入ったらしくて、グローサー家に出入りする御用聞きになったって、聞いたことがあるわ。素敵な話よね、お爺様はお婆様が忘れられなくて、他の商会が話を持ってくるのだけど、全て断っているそうよ。いつまでも一人の男に想い続けられるなんて、早逝してしまったけれど、お婆様は幸せだったのじゃないかしら」
そういえば、祖父はスヴェン老人のように、魔術が使えなくなっていたのは、自分だったかもしれない、なんて言っていたなぁ……
父と母も互いに惹かれるものがあったから一緒になったようだし、俺が思っている以上に貴族は自由に結婚したりしているのだろうか?
とはいえ、母への婿入りを狙って色々な貴族が訪れていたんだよな……グローサー家が特殊なのか、他の貴族家もそうなのか、よく分からないな。
「……それで、今から本店に向かうの? もう、寝てるんじゃない?」
「バカね、秘密は真夜中に作られるものなのよ。商人ならきっと今頃、酒でも呑みながら悪巧みをしてるに違いないわ」
すごい偏見だな……まぁ行ってみてダメなら、日を改めてベルノルト辺りに話を通してもらえばいいか。
姉の後についていくと、大通りの端にその建物はあった。高級商店が並び始める、入り口のような場所になる。
ここはここで、立地条件がかなりいいのではないだろうか? それとも、真ん中辺りに建っていた方が目立つのかな?
そんなことを考えていると、姉は裏口へと回る。そこに、体格の大きな男が一人佇んでいた。
「む? 子供?」
男は俺達に気付くと、訝し気な目を向けてきた。姉は自分の貴族証を取り出しながら、男に告げる。
「グローサー家のエリザベートよ、商会長に取り次いでちょうだい」
「グローサー家の? こんな夜更けにやってくるだなんて、聞かされていないが? もしや、揶揄ってるのか? ったく、子供とはいえ悪ふざけが過ぎるぞ。ここは見逃してやるから、さっさと家へ帰んな」
「ふざけてんのはアンタよ。さっさと取り次がないと、職を失うことになるわよ?」
「なにぃ? いい加減にしないと……いや、一発このゲンコツを喰らわせてやるか、生意気なガキどもが!」
「ほら、レオの出番よ」
「へ?」
そういって、姉は俺の腕を引っ張り、男の前に突き出す。男が振り下ろしてきた拳を、俺は思わず強く弾いてしまった。
「ツゥッ!」
「あ、ゴメン、おじさん、つい手が出ちゃった」
「……小僧、お前、何かやってるな?」
何かってのは武術の事か? 男は獣が獲物を見つけたように口元を歪ませる。
「近頃、身体が鈍っていたところだ……ちょうどいい、運動不足解消にちょいと相手してもらおうか!」
「ちょ、ちょっと待っ……わっ」
狭い路地裏だが、男の攻撃を躱すのはそれほど難しくない。俺は男の拳を躱し続ける。すると、男は腰を落とし、両腕を広げて突進してきた。
俺からすれば、隙だらけで攻撃し放題に見えるのだが、少し気が咎める。言いがかりをつけているのは、俺達だからなぁ……
俺は跳び上がって、突っ込んできた男の頭に手をつき、その背後へと回り込む。
「あっ、き、汚ねぇ……」
立ち位置が変わると、姉は随分と後方に離れて、俺達の様子を腕を組みながら見ているのが分かった。男は姉に興味を示さず、俺へと振り返る。
「小僧、ナメるなよ!」
「いや、別にナメてる訳じゃ……」
「問答無用!」
「うへっ……」
男は怒りの形相で身体強化を始める。ううむ、困ったなぁ……この男はきっとディッテンベルガー商会の関係者だろう。ここでケガでもさせると話がややこしくなりそうだ。
身体強化のおかげで、男の攻撃速度は上がったが、まだまだ、余裕で躱し続けられる。
ええと、確かマグダレーネはこう絡めるように相手の手首を取りながら、足を引っ掛けて相手の体勢を崩し、転がしていた……ああ、ここからどうしていたのかが分からん!
つい動きの止まってしまった俺の隙をついて、転がった男が素早く立ち上がる。
「小癪なマネを……!」
「よっ、ほっ、とっ……」
男は余計に頭に血を登らせ、ガムシャラに拳を振るいだす。更に大振りになった攻撃は、身体強化を使っているのに避けるのが容易くなってしまった。
こんな事になるのなら、あの時、マグダレーネにどうやって、関節をキメて抑え込んだのか聞いておけばよかったなぁ……
暫くそうやって、男の攻撃を躱し続けていると、背後から声を掛けられる。
「何をやっている、ハンス!」
「あ、兄貴!? い、いや、このガキどもが言いがかりをつけてきて……」
振り返ると、いつも衣装の注文を取りに来る商人と、その後ろに数人の男女がいた。名は確かリーヌスといったかな?
「も、もしやレオンハルト様!? なぜこのような……?」
「私もいるわよ?」
姉が暗い路地から進み出てくる。
「なっ!? エリザベート様まで!?」
「そんなに驚いてるってことは、やっぱり何処かで悪巧みでもしてきた帰りなのかしらね?」
「そ、そんな訳ないでしょう!? ハンス! これは一体どういうことだ!?」
「だ、だから、このガキどもが……」
「私たちが穏便に済ませようとしたのに、その男が手を出してきたのよ」
「ち、ちがっ……」
「ハンス、お前、なんてことを! 貴族様に手を出してしまっては……」
「ち、違うんだ兄貴! よく聞いてくれ!」
「リーヌスも見たでしょ? その男がレオに殴りかかっているところを」
男がリーヌスに状況を説明しようとしたところ、姉が変な言いがかりをつけて話をややこしくする。ここは俺が出るしかないな。
俺はパンパンと手を叩き、注目を集める。
「そこまで! リーヌス、最近、盗難事件が続発してるのは知ってる?」
「え? ええ……」
「なら、話は早い。俺と姉さんは、その犯人を捕まえようとして、ここへ協力を要請しに来たんだよ」
「は? 警備隊ではなく、お二人でですか?」
「そうよ、それをこの男が……」
「姉さんは黙ってて! 話がややこしくなる」
「ちょっ、何よ! 元はといえば、アンタがその男と遊んでるからでしょ!? せっかく、お爺様から武術を習ってるのに、役に立ってないじゃないの!」
「だったら、姉さんが相手すれば、よかったじゃんか!」
「バカね、私がそんな弱っちいのを相手にしたら、一瞬で死んじゃうじゃないのよ!」
「確かに、動きも身体強化も大したことないけどさ、手加減くらいできるだろ!?」
「だから、手加減しても、死んじゃうって言ってんのよ!」
「ふ、ふざけるなぁあああっ!」
姉と罵り合っていると、男が顔を真っ赤にして声を上げつつ襲い掛かってきた。
男は俺の胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。俺は振り下ろしてきた男の腕を打ち上げつつ、腰を落としながら、掴まれている腕へ肘を打ち下ろす。すると、体勢を崩した男の顔が前に出てくる。
本来は、ここで相手の顎を狙うのだが……俺は吹き飛ばし系の掌底を、男の腹に叩き込む。と、同時に男の顔面に黒い魔力弾が当たった。
「ガハッ……」
振り返ると、姉が人差し指を突き出していた。今のは姉の魔力弾か。
「ご、ごめん、おじさん。服を掴まれるとつい……」
祖父からの教えで、身体や服を掴まれるな、と厳しく教えられている。特にマグダレーネの様な柔の技法に熟練した相手だと、簡単に転がされてしまうからだ。
とはいえ、絶対に掴まれない、なんて事は不可能なので、外し方を何度も覚え込まされた。なので、つい身体が反応してしまったのだ。
「何よ、レオ、アンタが日和ってると思ったから、つい手を出しちゃったじゃないの!」
「姉さんこそ、手加減できるんならやってくれよ」
「バカ、街中で魔術を使ってのケンカは御法度でしょうが!」
「そりゃそうだけどさ、母さんからこの程度の相手を、魔術を使わないで制圧する方法を教わってないの?」
「私はアンタみたいな脳筋じゃないのよ!」
「誰が、脳筋だよ!」
「あ、あのう……それで、手前どもに何の御用でしょうか……?」
再び、姉と言い争っていると、リーヌスが何故か申し訳なさそうに、話しかけてきた。
それから、リーヌスに建物の上階へ案内され、俺達はディッテンベルガー商会の応接室で話し合う。男は気絶したまま、リーヌスの部下らしい若い男達が連れ去った。
「成る程、それで本店の一部を借りたいと……」
「本店? ここが本店じゃないの?」
「いえ、ここは先代の商会長が今の領主様に認められた折、新設された店舗なのです。現状はこちらでの活動が主になってしまいましたが、あちらはあちらで、こことは少し毛色の違う商品を取り扱っております」
「ふぅん、それで、その本店の一部は借りられそうかしら?」
「お二人に協力したい気持ちは山々ですが、私の一存では何とも……現会長の許可がなければ流石にお貸しすることはできません」
「あれ? リーヌスが商会長じゃないんだ?」
「ハハハ、私なんぞ、まだまだ、ひよっこですよ。会長は今頃、自宅で就寝中でしょうから、この話は明日にでもしませんか?」
「だったら、今から叩き起こしてきなさいよ」
「い、いえ、それは……」
「姉さん、それはちょっと可哀想だよ。商会長ってリーヌスより年上だろうから、きっとお年寄りだろうし」
「そうです、御老体に鞭打つマネは御容赦いただきたいのですが……」
「なら、リーヌス、アンタが今ここで決めなさい。今すぐ私たちに協力して、本店の一部を開けるのか、この話を断るのか。ただし、私はディッテンベルガー商会の秘密を一つ知っているわよ?」
「え?」
それまで、冷静に対処していたリーヌスが、眉をピクリとあげる。
「な、何のことでしょうか?」
「隣のオジアンダー伯爵領から納入される、特殊繊維は衣装に縫い付ける魔紋用の糸に加工されるわね? その繊維は魔導発展のために、あらゆる商会を介入させず、貴族であるグローサー家が直接取り扱い、加工する職人に分配しているわ。その特殊な糸は魔紋の衣装のために、どの商会にも同じ値段で卸されるわね?」
「え、ええ……」
不敵な笑みを浮かべる姉に比べ、リーヌスは額から汗を流していた。夏の夜の暑さではなく、姉の言葉に動揺しているようだ。魔紋に使う糸がどうしたのだろう?
「後、数年もすれば、お爺様は引退するわ。その時になっても、現状維持できればいいわね? 何せ様々な商会が、こことの代替わりを望んでいるのですもの。成果や実績を積み上げつつ、互いに規律を守って切磋琢磨しているというのに、ディッテンベルガー商会は一体どんな実績を積み上げているのかしらね?」
そこまで言うと、不意に姉は席を立ちあがった。慌てた様子のリーヌスが呼び止める。
「お、お待ちください! 本店の件は私の責を持って応じましょう。カーク、本店の鍵を」
「は、はい」
リーヌスの部下らしい若い男が慌てた様子で、応接室を飛び出していく。
「あらあら、どういった了見なのかしら? 突然、意見を変えるだなんて、気味が悪いわね?」
「いやいやいや、貴族様に協力するのは商人としてではなく、一領民として当然の義務ですから……」
「そう? 一つ忠告しておいてあげるけど、私やお母様には、お爺様の様な思い出補正なんてないわよ?」
「え、ええ。充分、承知しております」
そうして、カークという若い男の案内で、俺と姉は本店へと向かう。リーヌス及び、他の者はついて来ていない。
俺には姉の話の意味がよく分からなかったが、姉の話について何か対策を練るつもりなのだろう。




