野宿
白猫の様子を見ていた祖父が近寄って、貫手を魔物の死骸、水の魔力球へ突き入れる。
抜き出した手には、大きな青い魔石があった。すると、魔力球はバシャッと崩れてしまう。ダイノロスのせいか、魔石には大きなヒビが入っていた。
「ほれ、コイツじゃろう」
そういって、祖父は自分の袖で魔石を拭い、白猫の前に差し出す。白猫は祖父の手から青い魔石を咥えようとするが、大きすぎるのか咥えられないでいた。
「ちょっと待って」
俺はザックから布を取り出し、魔石を包むと白猫の首に括りつけてやった。これだと歩きにくいだろうか?
すると、白猫は具現化魔術を解き、模様のある虎の姿になった。いや、戻ったというべきか?
更に具現化魔術で、白い翼を自身の背中に創り出す。そうして、にゃあ、と鳴くとその翼を広げ、暗い夜空へ羽ばたいていった。恐らく、もう一匹の瑞獣が待つ、あの洞窟へ帰るのだろう。
「木彫りの瑞獣の翼は、具現化魔術を表現していたんだ……成る程ね」
「フン、此度の任務、成功ではあるが大赤字じゃな」
俺が感心していると、一緒に白猫を見送っていた祖父は不満を漏らす。ヒビが入っていたが、あの魔石にはそれなりの価値があったのだろう。
それから俺達は少し引き返し、大きな木の根元に腰を下ろす。俺はザックの中を探って魔導具のランプを取り出した。
これが面倒なのは、ザックへ収納する為に分解してあるところだ。組み立てようとすると、俺に代わって祖父が手慣れた感じでやってくれた。
「具現化魔術もそうじゃが、レオンの変身は便利じゃな。戦闘中、ザックは身に着けてなかったように見えたが、変身を解くとこうして現れるのじゃから」
「でしょ? 爺ちゃんも変身できればいいのにね?」
「フッ、そうじゃな……変身中、レオンの衣服や荷物はどうなっておるのじゃ?」
「え? さぁ? 訊いてみる?」
「訊く?」
俺はスマホを具現化し、どうなっているのか尋ねてみた。
「解。主を身体測定する際、主の身に着けている物質を観測。物理量値を確定した後、分子分解を行い魔力素粒子として変換、記録、保管を行います。解除、又は私を消去する際、確定した物理量値を参照し、逆工程を経て復元します」
「成る程?」
「なんじゃ、レオンには分かるのか? 儂にはサッパリじゃ」
「あ、え~っと、ある意味、具現化魔術の一部って訳さ」
「ふむ?」
正直、俺も訳が分からない。祖父は理解するのを諦めたのか、俺のザックを漁りだした。
「レオン、少し糧食を分けてくれ。儂のは、魔物と出会った場所に残してきてしまった」
「うん、いいよ」
祖父は三枚の糧食を一気に食べてしまい、水筒のコップに注いだ麦茶も一口で飲み干してしまった。
俺は疲れているからか食欲が湧かず、それでも糧食を一枚だけ口に含み、麦茶で胃袋に流し込んだ。それで、麦茶は無くなってしまった。
一応、水を生成するよう、魔導具として起動させておく。予備の魔石がもうないので、少し不安だ。
「レオンはそのまま休んでおれ」
「え? 爺ちゃんはどうするの?」
「少し薪を拾い集め、暖を取るつもりじゃ。儂の衣服はホレ、見ての通り魔紋が機能せんのでな」
「じゃあ、俺も手伝うよ」
「いや、レオンは魔物との戦いに於いて、最初から最後まで全力全開じゃったろう? 相当疲れておるはずじゃ、無理をするな」
「う、うん」
祖父も疲れているだろうに、気遣われてしまった。それとも祖父には、まだまだ余力が残っているのだろうか?
祖父は魔術で地面を適当に均した後、そこへ枯葉を集め、拾ってきた薪を組み上げ、火を熾した。
続いて、祖父は俺のザックの外側に括りつけてあった布袋を取り外す。中に入っていた布を広げ、端についている金属を木の幹に打ち込み、もう片方も同様にすると簡易ハンモックを作りだした。
もっと高い位置に作るものだと思っていたが、俺が腰掛けても足が届くような低い位置だ。
祖父に勧められハンモックに座って、焚き火をぼんやり眺めていると、酷く眠気が襲ってくる。ウトウトしていると、祖父に声を掛けられた。
「儂が警戒しておくから、レオンは眠ってしまっても構わんぞ?」
「うん、でも……」
「彩光弾を打ち上げた時、既に夜の帳が下り始めておった。故に魔獣討伐隊は、一度引き揚げたはずじゃ。暗くなった森は危険じゃからな。更に、儂らは森のかなり深いところまで来てしまっておる。今日中に野営地へ戻るのは止めて、今夜はここで野宿じゃ。まさか、こうなるとは思わず、最初に出した指示が裏目に出てしまったわい」
「じゃあ、ちょっとだけ眠るね……」
祖父に許可を出されたが、警戒すべき夜の森の中で、熟睡する訳にはいかないだろう。仮眠をとるつもりで、ハンモックの上で横になると、すぐ意識が遠くなった。
ハッとして、目が覚めると森は明るくなり始めていた。意に反して熟睡してしまったのを祖父に謝ると、笑って許してくれる。
「フッ、傷を癒す、体力、魔力を回復する、といった身体の要求に抗えなかったのじゃろう。無理をした証拠じゃ」
「そういえば、身体のあちこちが痛かったんだけど、少しマシになったかな? あ~でも、左腕はまだ痛いや……」
「ふむ、癒しの魔術はいるか?」
「ううん、これくらいなら、明日か明後日には治ってると思う。それに、爺ちゃんはずっと警戒してたんでしょ? 疲れが、かなり溜まってるんじゃないの?」
「フン、そんなヤワな鍛え方はしとらんが、レオンが平気なら構わん。若い内から癒しの魔術に頼るのは、良くないともいうしな」
「え? どうして?」
「まぁ、教訓みたいなものじゃろう。若い内から癒しの魔術に頼り切っておると、年を取ってから回復力の衰えが早くなる、なんて話がある。恐らく、癒しの魔術があるから、と無茶をする者を戒めるために生まれたのじゃろうがな」
「確かに、癒しの魔術があるからって無理する人はいそうだね。爺ちゃんとか?」
「ガハハハッ! ま、引くに退けぬ時、というのもあるからな。他人を当てにしすぎるな、というだけじゃ」
それから、俺達は用を足したり、糧食を食べたりして出発の準備を整える。一番大変だったのは、ハンモックを元の布袋に入れる事だった。
どうやって仕舞い込んでいたのか、何度やってもはみ出してしまうのだ。
「違う違う、よいか、ここをこう持ってな……」
「うん? え? お、おお? どうなってんの?」
祖父に注意を受けながらやってみると、不思議な事に布袋に納まった。なんでも、正しい手順があるらしい。
最後に火の後始末をして、森の中を進んでいく。鳥の鳴き声や、遠くの方で何かがガサガサ、と茂みを進んでいるらしい音が聞こえてくる。
動物達は魔物の脅威が去ったと感じ取ったのか、活動を再開し始めたようだ。
魔物と出会った場所にまで戻ってくると、“魔人”の死体は荒らされていた。この辺りを徘徊している生き物にやられたのだろう。
「コイツもダメか……森を侮っている訳ではないが、油断も隙もないのう」
祖父のザックもボロボロになっていた。
「領主様! レオンハルト様も! ご無事でしたか!」
そこに魔獣討伐隊の人達が現れた。彼等と合流し、互いの状況を説明しあう。
祖父の予想通り、昨夜、彼等は引き揚げの最中に祖父の打ち上げた信号弾に気付いた。そこで、すぐにでも信号弾の元へ向かうか、一度野営地に戻り、態勢を整えようとするかで意見が割れたそうだ。
結局、探索部隊の全員が野営地に戻ると、俺と祖父が戻っていない。信号弾は俺達の物だったと判明し、取る物も取り敢えず、ここへ向かったそうだ。
なので、割と早い時間で合流できたのだ。
「其方の小隊は、レオンに同行せよ。レオン、瑞獣の洞穴の位置を覚えておるな? この者達を案内してやれ」
「うん……でも、開けてくれるかな?」
「瑞獣? 御伽噺の?」
祖父に指示された討伐隊員達は、互いに顔を見回し、不思議そうな顔をしていた。
「何故か、子供の方はレオンに懐いておったからな。レオンなら開けてくれるのではないか? 無理そうなら力尽くでいけ」
「え? 大丈夫かな?」
「魔物の魔石を渡したのじゃ。儂らの謝意は十分に示せておる。彼らの生活を邪魔するつもりはないが、瑞獣によって、保護された遺体を回収せねばならん」
「遺体? 領主様、行方不明になった彼らは、やはり……?」
「うむ、遺体を儂とレオンとで確認した。居なくなった其方の小隊の者じゃ」
「……そう、ですか……いえ、分かってはいましたが……この状況では遺体が残っているだけでも僥倖ですかね……」
少し年のいった小隊長とその小隊は全員、気落ちしているようだった。危険な任務に就くのだからこういう事態も想定していただろう。
それでも、長い間、苦楽を共にした仲間の死には耐え難いものがあるようだった。
死んだ二人も、この小隊の連中も、俺は良く知らない。悔やみの言葉も、励ましの言葉も彼等には意味をなさない。
なので、掛ける言葉も見つからず、気まずさを感じながら、俺は彼等を案内するため森を進む。
「あの、レオンハルト様、瑞獣とはあの瑞獣ですか?」
「え? ああ、うん、多分ね? 子供の……幼獣の方が雷魔術を使っていたよ? 爺ちゃんが魔物と戦っている時、助けてくれたしさ」
気まずい雰囲気を変えようとしているのか、女性の隊員が話を振ってきた。
「子供が魔術を?」
「うん、見た目は白い猫なんだけどね、一緒にいた親はすごく大きな虎だったよ」
「ほほう? 魔獣は成獣しかいないといわれてますが、瑞獣は子を産み育むのですかね?」
それから、あーだこーだと瑞獣についての話が始まる。皆、御伽噺上の存在だと思っていたそうで、俺の話は半信半疑といった感じで受け取っているようだ。
それぞれ、思い入れの話があるそうで、俺の知らない話もいくつかあった。
白猫が魔術を使うと、虎の姿に戻るのは黙っておいた。恐らく、二つ以上の魔術を同時に扱えないから、元に戻ってしまうのだろう。
白猫に見せているのは何か理由があるのだし、俺はその秘密を明かすつもりは無かった。
「あれ?」
やがて、瑞獣のいた場所まで戻ってくると、洞窟があった。
具現化魔術で塞がれていない? と疑問に思いながら、洞窟に入っていこうとすると、魔獣討伐隊の皆から止められる。
「れ、レオンハルト様、お待ちください!」
「今、我らが準備しますので!」
「え? ああ、うん……」
ランプを組み立てるのが面倒なので、具現化魔術を使おうとしていたのだが、彼等に任せる事にする。
「この洞窟、入り組んでる訳じゃなくて一本道だから、すぐ一番奥に着くよ。そこに遺体があるはず」
「分かりました、我らが先行するので、レオンハルト様は後に続いてください。瑞獣が襲ってきた場合に備えて、警戒だけは緩めないようお願いします」
「多分、襲ってこないと思うけど……?」
「それでも、です」
やけに警戒する小隊長から注意を受けて、彼らに続いて洞窟に入っていく。広い空洞に、大虎と白猫の姿は無かった。
隊員達の持つランプに照らし出された空洞の隅に、俺が見た時と変わらない状態で遺体は残されている。
「もしかすると、野生生物に荒らされないよう、ここまで運んでくれたのかもね?」
「そうかもしれませんね……オレたちゃ別に物語のような英雄って訳でもないんですがねぇ……姿が見えないんじゃあ、礼の言いようもないってもんだ……」
小隊長のおじさんはそう呟いて、ハンモックを利用して遺体を包み始めた。
「お礼をしたいのなら、魔石を少しだけ置いていけばいいよ。瑞獣は魔石を食べるからね」
「そうなんですか? 贅沢なのか質素なのか、よく分かりませんね」
魔石は高価だが、そんな物のために魔物と対峙する者はいない、という意味だろう。
討伐隊員達が遺体のあったところに幾つかの魔石を供え、俺達は洞窟を後にした。
そうして、時間を掛けて森の中を進んでいく。遺体を運んでいるのもあるが、その速度が遅いのは警戒しながら進んでいるからだ。
俺に気を遣っている訳ではないらしい。
魔物がいなくなったからと言って、警戒を緩める理由にはならないそうだ。しかし、その甲斐もなく、魔獣も野生の動物にも出会う事は無かった。
森を抜けだすと、日は暮れていた。
野営地に戻ると、討伐隊員達は遺体を馬車へ安置し、荷物を片付け始めた。明日の朝一番で、彼等の小隊は遺体を遺族の元へ運ぶそうだ。
それから、魔獣討伐隊が今夜の準備をしているのを眺めていると、祖父達も戻ってきた。一緒に食事をとりながらこれからの予定を告げられる。
「明日にでも、警備隊が補給物資を運んで来るじゃろう。レオンは彼らと共にオストミアの街へ戻り、スヴェンのところで修行の続きじゃ」
「うん、爺ちゃんは調査を続けるの?」
「うむ、儂は増援が来るまではここに残る。魔人共に繋がる手掛かりが、この手記以外にないか探るつもりじゃ。恐らく、何もないじゃろうがな……」
魔獣討伐隊の連中と、今後の方針について話し出した祖父を残し、俺は天幕を出た。
再び馬車の中で毛布を纏い横になる。眠りの世界へ落ちる前に、遠くからあの猫の鳴き声が聞こえた気がした。




