正面衝突
この草原の向こうにも、森が広がっている。恐らくここも広い森の一部なのだろうが、どういう訳か折れた木やその根元も見当たらない。
この辺りだけポッカリと、開けた空間があるようだ。
「レオンよ、コイツをどうするのじゃ?」
「これは……」
祖父へ答える前に魔物が駆け出してきた。祖父は魔物に向けて、幾つも炎の魔力弾を放つ。
魔物は機敏な動作で、左右に飛び跳ねて躱していく。
「ムン!」
祖父が両の手を重ねるようにすると、炎の魔術が真っ直ぐ伸びて走り回る魔獣を追いかけだす。
火炎放射のような魔術を、魔物は大きく弧を描くようにして走り続け、再び俺達から距離を取った。
「厄介な……こうやって、儂らの魔力を減らすつもりなのじゃろう。やはり、多人数で取り囲まねば、あの機動力を殺せんか……」
「爺ちゃん、アイツ、魔力の腕を創り出さなくなったけど、何かやったの?」
「レオンがバカでかい魔力球を相手取っておる合間に、奴の身体に対魔物用である封魔の魔術印を叩き込んでおいた。今、奴の体内では儂の魔力が邪魔をして、魔力の流れが乱れて淀み上手く扱えん筈じゃ。が、いつ効果が切れてもおかしくはない。警戒は怠るな」
「そんな魔術があるんだ……」
見ると魔物の左胸に、祖父の赤茶色いオーラが纏わり付いていた。魔物は左胸をガリガリと引っ掻いているが、離れないようだ。
“真”を覚えると、魔術を封じるなんて事も出来るんだな……あ、でも対魔物用か。汎用性は低いのかもしれない。
「アイツの動きを止められれば、何とかできそう?」
「まぁな、上手く機が合えば仕留められるやもしれんが……ソイツで何かするつもりか?」
「うん、少しの間だけでも動きを封じてみる。ただ、全然、練習してないから上手く扱えないかもしれないけどね? やってみて、ダメなら次の手立てを考えようよ」
「フッ、ならばやってみよ。骨は儂が拾ってやる」
「し、死ぬつもりはないよ!」
こんな時に冗談が言えるとは、祖父の胆力はすごいな。
俺は、具現化した黒いビッグスクーターに跨る。姉からの報酬でデザインしてもらったのはバイクだったのだ。
やはり、変身ヒーローの必須アイテムといえば、バイクだろう。
変身できるようになってから、何度も考えていたのだが、どうしても細部がしっくりこなくて、どうしたものかと悩んでいたのだ。
そんな折、洗礼式へ行く前に姉の絵の腕前がすごく上手だと分かった。いずれ頼むつもりでいたのだが、姉がゲーミングチェアの話を持ってきたのは、いい機会だったのだ。俺は交換条件として、姉にバイクのデザインを頼んだのである。
因みにこのビッグスクーターは二台目だ。最初にデザインしてもらったのはメカメカしく、とても気に入っていたのだが……
変身ヒーロー達はカシャンとペダルを踏みこんで、タイヤを空転させつつ急発進していた。姉によると、あれはそれなりのテクニックが必要らしい。
バイクとは本来、両手両足を使って操作するものだった。
アクセルとブレーキだけでなく、クラッチがどうのシフトチェンジがどうのと、室内で説明を受けるだけでは、イマイチ呑み込めない。
そこで深夜に邸から抜け出して、練習に付き合って欲しいと頼んでみた。しかし、姉には夜更かしをするつもりはない、と断られてしまう。それでも顔を合わせる度に、何度も操作方法を尋ねていると折れてくれた。
「半クラの意味も分からないアンタには、これで十分よ!」
呆れ果てた姉は、次にビッグスクーターというバイクをデザインしてくれる。これなら右手だけでアクセルとブレーキを操作できるので、取り扱いが簡単なのだ。
しかし、完成したのは姉が王都へ行く少し前だったので、練習した時間は少ない。
「操作に集中するから、標的を合わせるのは頼む」
「了解」
スマホに指示を出し、俺はアヴェイラブル・ギアを左手側だけに装着する。大きくなった左手はハンドルに添えるだけだ。
アクセルをじわっと捻り、少しずつアクセルを開けて魔物に向かって走り出す。すると、魔物も俺に向かって駆けてきた。
魔物と衝突する直前に、バイクを右へ傾ける。バイクは右へ曲がり、魔物との衝突を避けた。
俺は転ばない様に体重をバイクの左側へ掛け、バイクを起こしつつアクセルを吹かす。速度の出たバイクはハンドル操作ではなく、体重移動で曲がるのだ。
そこから少し進んで、ブレーキを掛けつつUターンをして向きを変えると、魔物は大きく弧を描いて引き返してきた。今度はアクセルをグイっと捻り、再び魔物へ向けて発進させる。
かなりの速度が出たところで、アクセルグリップの傍にあるスイッチを押す。
「Extra Charge」
「くっ……!」
初めて使う必殺技なのもあるが、俺の魔力で動かすバイクだからか、予想以上に魔力を持っていかれる。
バイクの先端に真紅の魔力が収束していく。グングン加速するスピードに、風が壁の様に立ちはだかる。
上体を低くしてみたが、気休め程度だ。それでも、アクセルを緩めず、全開で向かって行く。魔物も俺に向かって全力で駆けてきた。
魔物との激しい正面衝突に互いが弾き飛ばされ、バイクから放り出される。そんな中、俺は左手の金属の手に魔力を送り込むと、爪が射出された。
スマホに任せた四つの爪は、それぞれがワイヤーを引き、空中で魔物の胴や足に絡まった。
「うぎぎぎぎ……!」
魔物の重さと吹き飛んでいく勢いとで、ビンと張ったワイヤーに引っ張られ左腕が抜けそうになる。それを、歯を食いしばって耐えながら、スマホに触れた。
「Extra Charge」
ベルトからアヴェイラブル・ギアに魔力が注ぎ込まれると、真紅の魔力がワイヤーを伝い、強化されたワイヤーが魔物を更に雁字搦めにする。
「おりゃあっ!」
パワーアップしたおかげで、多少マシになった左腕を振り下げると、魔物を地面に叩きつけた。これで自由に移動できない筈だ。
「爺ちゃん!」
俺が合図を叫ぶ前に、転がった魔物を狙って、祖父は既に近くまで迫っていた。
「キュアアアア!」
魔物は雄叫びを上げ、全身から魔力を噴出させる。魔物の周囲に広がった魔力は、水の様に魔物を覆い始めた。
祖父の、封魔の魔術印とやらの効果が切れたのか?
魔物は何かの魔術を発動させるつもりなのだろうが、既に祖父は魔物の近くで拳を振りかぶっていた。
祖父の身に纏っているオーラが、その右拳に収束されていく。祖父は魔物を覆っていく水の魔力に、左の掌でトン、と軽く触れた。
すると、どういう訳か、魔物の水魔術が全て弾け飛ぶ。
「ヌン!」
続いて、祖父のすくい上げるようにした右拳が魔物の顎を打ち上げ、更にドゴン! と炎の魔術で魔物の頭ごと吹き飛ばした。
祖父の炎魔術は一本の線となって、そのまま上空の彼方まで飛んでいく。
すごい威力だな……ともあれ、これで一先ずは落ち着くかな?
「レオン! 離脱せよ!」
「へ? あっ!」
大声を張り上げる祖父に、魔物は頭を潰してからも危険だと言っていたのを思い出す。急いでアヴェイラブル・ギアを取り外そうとしたところ、何か強い力に引っ張られた。
「どわっ!?」
頭を失った魔物は宙に浮いたまま、その場で急速に回転していたのだ。
絡まったワイヤーで引き摺られる中、何とかアヴェイラブル・ギアを外すと、俺の方へ駆けていた祖父に蹴り飛ばされる。
「ゲホッ!」
魔物の身体を中心に、大量の水が噴き出しているのが上空から見えた。高速で回転しているせいか、渦巻く水が濁流となって、祖父を飲み込んでしまう。
俺のせいで、逃げ遅れたのだろう。
「爺ちゃん!……なっ!?」
落下している時間をもどかしく感じていると、濁流に飲み込まれた草原の向こうに白い巨獣が現れた。ダイノロスと呼ばれていた巨獣は、ズンズンと地を鳴らし、こちらへ向かってくる。
俺は巨木の枝を何本か掴んでは離し、落下する速度を殺していく。そして、太い枝の上に着地すると、残っていたアヴェイラブル・ギアの片割れを装着し、スマホを取り出す。
「爺ちゃんをマーキングだ!」
「了解」
「え?」
仮面に表示された、祖父の位置は意外にもすぐ近くだった。そこへ向けて、爪を一本撃ち出す。
祖父が気付いて掴み取ったのか、スマホのサポートなのか、とにかく濁流の中に重みを感じ、巨木の幹に手を掛けながらワイヤーを巻き上げる。
引き上げた祖父はずぶ濡れで、貴族風の衣装はボロボロになっていた。特に右側の袖は全てなくなっている。これは、魔物の頭を吹き飛ばした魔術のせいかな?
「すまんな、レオン。おかげで助かったわい」
「お互い様だよ、爺ちゃんが蹴飛ばしてくれなかったら、俺だと、あの激流の中で溺れてたかもしれないしさ」
「フッ、そうか……レオンが巻き込まれなくてよかったわい。あの潮流の中には、無数の魔力の刃が混じっておったからの」
「そうなんだ……それより、ダイノロスは何しに現れたんだろう?」
「さぁのう?」
俺の疑問に祖父が首を捻っていると、ダイノロスはその巨体を活かし、濁流をものともせずザバザバと渦潮の中を進んでいく。初めて見るダイノロスの全体像は六本足だった。
ただ前足? の二本は猿やゴリラのような手になっていて、その手を渦潮の中心、魔物の身体がある場所へ、何度も何度も叩きつけていた。
祖父の話では、魔力の刃が濁流に潜んでいるそうだが、傷付かないのだろうか? ここからでは、よく分からないな……
魔物の身体を破壊しつくしたのか、天にまで届きそうな巨大な噴水が起こる。それも暫くすると、縮んでいく。濁流も収まり、やがて渦潮は消えてしまった。
「もしかすると、ここはアヤツの棲み処だったのかもな。魔物によって、追い出されたのやもしれん」
「そうかもしれないね」
「全く、想定外のことばかり起こるわい。あのまま、魔力を放出させ、復活直後の魔物を仕留める算段じゃったのが……」
祖父によると、頭が復活する度に大量の魔力放出を繰り返させ、弱ったところを始末するのが魔物討伐の定石なのだそうだ。
なので、普通は最初の討伐に、かなりの労力を費やすのだとか。
俺はベルトからスマホを取り外し、変身を解除する。
「Cancellation」
変身を解くと身体中に痛みが走る。無理をしたからか、特に左腕の痛みが酷い。
暗視機能を失ったので、今更だが、森の中はもう真っ暗だったのに気付く。
「いててて……」
「フッ、傷だらけじゃの? ま、互いに軽傷で済んだのは運もあるが、レオンのおかげでもある。たった一日で魔物を倒してしまうとは、思いもせんかったよ」
左腕を押さえて痛みをこらえていると、祖父は枝の上に座り込んで、幹にもたれかかった。暗闇でその表情はよく見えないが、きっと笑っているのだろう。
「よいか、レオン。魔物と戦ったのは、フローラや周囲の者には内緒じゃぞ? フローラにバレると、また煩いじゃろうからな」
「ああ、うん。じゃあ、爺ちゃんが、一人で魔物を倒したことにする?」
「そんな、バレバレの嘘を信じる者はおらんじゃろう。何か良い案はないか?」
「う~ん……うん?」
そこに白い影……白猫が木の枝を伝ってこちらへ向かってきた。白猫は俺の傍でちょこんと座ると、にゃあ、と鳴く。
「この白猫の親、瑞獣が倒したことにする? あ、爺ちゃんが瑞獣に跨って、一緒に魔物を倒したことにすれば、物語の英雄みたいでカッコイイかも!?」
「アホ抜かせ、年甲斐もなく、そんな恥ずかしいマネができるか!……とはいえ、瑞獣を利用するのは有りじゃな。瑞獣のおかげで、弱っていた魔物を運良く見つけ出し、始末できたことにするか」
「え~? どうせならカッコよく瑞獣を従えて、魔物を討伐したことにしようよ? な、お前もそう思うだろ?」
白猫に同意を求めると、意味が分からないのか、俺の外套の裾を咥え、引っ張りだした。
「レオン、また、何か見せたい物があるのではないか?」
「そうなのか?」
俺の問いに白猫は、にゃあ、と答えると、ピョンピョンと跳ねるように木を降りていく。
俺は背負っているザックを下ろし、その横についているポケットから、使い捨ての魔光棒を取り出した。
魔石に何度も魔力を補充していると、やがて劣化して魔力を宿さなくなる。その使い物にならなくなった魔石を砕き、薬品を振りかけて固め、棒状にした物が魔光棒だ。
折ると暫くの間、光を発するのでランプ代わりになる。非常時の魔力や魔石がなくなった場合に使う物で、それなりに高価な物らしい。
魔力にはまだ余裕があるが、流石に疲れてしまって、具現化魔術を使う気になれない。祖父も特に何も言わなかったので、魔光棒を二つに折り、片方を祖父に渡す。
巨木から降りると、大量にあった水は引いていた。しかし、そのせいで地面はぬかるんでいて、ぐちゃぐちゃになっている。
これはもう少し時間をおかないと、魔力の水は抜けないのかもしれない。
こっちは泥まみれで歩き難いというのに、白猫はどういう訳か地面に足を捉われず、まるでフワフワと浮くように歩いている。
「爺ちゃん、あの歩法も魔術なの?」
「……水上歩行という、武術と魔術を合わせた高等技術の更なる変化系じゃろう。昔、ばあさんから逃げる時に使われて、追い詰められたことがある。やり方は知っておるが、儂には使えん」
「マグちゃんから逃げてた?」
「子供の悪戯にあそこまで怒るとは、あの頃のばあさんは本当に鬼婆じゃったわい」
「ふぅん、そういえば、大叔父さんもそんなこと言ってたなぁ……爺ちゃんが使えないのなら俺も無理っぽいね?」
「そもそも、レオンには属性魔術の適性がないからのう……フローラなら使える筈じゃが、後継のエリーはどうじゃろうな? 武術訓練よりも魔術訓練にばかり、精を出しておったそうじゃからな」
「そうなんだ……」
具現化魔術でも上手く取り入れられないだろうか……
白猫はどうやらダイノロスに向かっているようだ。ダイノロスは俺達に気付くと、森の更に奥へと去っていく。ホントに人が嫌いなんだな……何が嫌なんだろう?
ダイノロスの起こす地面の揺れが収まるのを待ち、白猫の後をついていく。
そこには魔物の死骸? らしい大きなブヨブヨの魔力球があった。その中心に特大の青い魔石がある。
白猫はガリガリと魔力球に爪を立て始めた。
どうやら俺達は、邪魔なダイノロスを退けるために利用されたようだ。




