人馬の魔物
赤い目のソイツは、馬の胴と足を持ち、馬の首部分が人の様な上半身になっていた。しかし、その全身は青黒い水の様な魔力で出来ていて、変な模様が入っている。
遠く離れているので目測だが、祖父よりも一回りくらい大きいだろうか。
これが、魔物か……生物らしさが一切感じられない。
祖父は剣を引き抜き、俺は手にスマホを具現化する。
「ツァバペフト、か。機動力が厄介な奴じゃ、レオン、今のうちに変身を済ませよ」
「うん、変身!」
変身のアイコンをタップし、ベルトにスマホを差し込む。赤い魔力に包まれた途端、人馬の魔物が雄叫びを上げる。
「キシャアアアア!」
空気を振動させるような、そんな雄叫びだった。
「Evolution」
変身が完了すると、祖父に声をかけられる。
「儂らを委縮させようとする雄叫びじゃ。ビビるなよ?」
祖父の言葉に頷くと、祖父はザックをその場に落とし、腰に付けていた筒状の魔導具を上に向けて操作する。上空へ撃ち出された球は、大きな音を出して破裂し、赤い煙となって暫くその場に留まる。
この信号弾で魔獣討伐隊の連中にも、こちらの位置が特定できる筈だ。
「フン!」
祖父が剣を振り上げると、その剣から魔物に向かって衝撃波が迸る。魔物は片手を振り払い打ち消した。風魔術の応用だろうか? 衝撃波にはあまり魔力を感じなかったので、そういう技法なのだろう。
大して威力のない技なのかもしれないが、それは見せ技だったようで、既に祖父は赤茶のオーラに覆われていた。初っ端から全力全開でいくのは祖父らしいな。
「レオン、牽制せよ」
「了解!」
俺はフォトンブラスターとスマホをそれぞれ手にすると、フォトンブラスターを魔物に向けながらスマホを操作する。
「Burst Mode」
牽制とはいえ、俺も最初から様子見などするつもりはなく、デフォルトの光線よりも魔力消費の多い炸裂魔力弾を放つ。
人馬の魔物が、赤い魔力弾をその手で受け止めた途端、魔力弾は炸裂し大きな音が鳴る。そこへ、魔力弾と同時に駆け出していた祖父が魔物に差し迫っていた。
祖父が振り下ろす剣を、魔物は弾かれた様に跳び出して躱す。
「ぬっ!」
跳び出した魔物は、そのまま俺に向かって突進してくる。速い! が、反応できないほどではない。
今までの訓練のおかげだろうか? 魔力の流れがスムーズになっているようで、次弾装填までが速くなっている。
俺はフォトンブラスターで、向かって来る魔物へ魔力弾を何発も放つ。
魔物は幾つもの魔力弾を喰らいながらも、勢いが衰えない。
左右どちらかに飛び退こうとしたところ、魔物の踏み込んだ地面が突然盛り上がる。
勢いよく盛り上がり続ける地面は、木の枝を突き破って魔物を上空へと打ち上げた。
見ると、離れたところにいる祖父が地面に手をついていた。きっと祖父の魔術だろう。
「流石だぜ、爺ちゃん!」
俺はベルトにフォトンブラスターを収納し、スマホに触れる。
「Extra Charge」
スマホの音声を聞きながら、俺は祖父が魔術で創り出した土の柱を駆け登る。
「レオン! 上手くやれ!」
俺の意図を理解したのか、上の魔物の方から土の柱が消えていく。もしかして、これって、魔術の逆行現象? だとすると相当難易度が高い筈だ。
消えだした柱は俺がある程度、駆け上ったところで消えなくなった。俺は柱の頂点から魔物に向けて跳び上がる。
「ハァッ!」
落下してきた魔物に向けて、魔力の溜まった右足を突き出す。足先から円錐状に尖った真紅の魔力が生成され、俺の身体全体を包み込む。
魔物は器用に空中で体勢を変え、その青黒い魔力の手で、俺の紅い魔力の先端を受け止めた。魔物の身体に俺の魔力が伝わって行かないのは、向こうが俺以上の魔力で攻撃を防いでいるからだろう。
「キュオオォーン!」
必殺技を改良したのに、受け止められてしまうとは……魔獣とは違うという訳か! このままでは、位置エネルギー的に俺が押し負けてしまう!
「負けるもんか!」
キックの最中、俺は再びスマホに触れる。
「Extra Charge」
ベルトから追加の魔力が足先に向かう。真紅の魔力に加わり、更に威力が増幅する。
「オラァッ!」
おかげで魔物の魔力に打ち勝ち、真紅の魔力が相手に伝わった。その衝撃で魔物は再び上空へ打ち上がり、俺は反動がついた状態で落下していく。
そこを、祖父が跳び上がってきて、俺を捕まえ着地してくれた。
「レオン、少しは後先を考えんか」
「ご、ごめん、でも、魔物にダメージは与えたよ」
「バカモン、焦りすぎじゃ。いいか、魔物は魔獣とは違う。一撃で決まることは先ずないと心得よ」
「え? そうなんだ?」
「しかし、よくやった。いいか、これから、落ちて来る魔物に魔術を使う。儂に合わせよ」
「う、うん」
祖父は剣を地面に突き刺し、両手を突き出した。周囲に祖父のオーラの一部が幾つにも別れ飛んでいく。俺は再びフォトンブラスターを取り出した。
そこに魔物が落ちてきて、衝撃で腐葉土が飛び散る。その身に降りかかるのも気にせず、祖父は魔術を発動させた。
「フン!」
浮かんでいたオーラの一部が、数えきれない程の炎の塊となって魔物に向かって飛ぶ。幾つもの炎の塊が重なり、巨大な炎の柱が立つ。
その巨大な炎までそれなりに距離があるのに、結構な熱を感じた。
そんな中、俺はベルトのスマホに触れる。
「Extra Charge」
フォトンブラスターにベルトからの魔力が注ぎ込まれ、俺は両手で構える。すると、炎の柱の中から水が噴き出し、飲み込むような勢いで巻き上がっていく。
「レオン!」
しまった! 少し遅かったか!?
それでも俺は、フォトンブラスターの引き金を引いた。ズガン! と撃ち出された巨大な魔力弾が、真っ直ぐ突き進んでいく。
以前では、この巨大な魔力弾の反動に耐えられなかったが、今なら撃ち出した後でも直ぐ動き出せそうだ。
魔物が発生させた水は、祖父の炎の魔術を打ち消しながら、大きな水流となってこちらに向かって来る。そして、巨大な魔力弾とぶつかると、大爆発を起こした。
爆風の中、飛び散る土砂や折れた枝なんかのせいで、前が良く見えない。魔物がどう動くのか警戒していると、祖父は地面に刺した剣を手に取っていた。
辺りが少し落ち着くと、俺は祖父に謝った。
「爺ちゃん、ごめん、合わせられなかった」
「構わん、突発での連携にしては悪くなかったぞ。それよりも見よ」
祖父が剣で示した先に、煙を噴き上げる人馬の魔物がいた。祖父の魔術によって多少焦げているようだが、炎によるダメージは少ないように見える。
ただし、魔物の左腕は俺の必殺技を受け止めたからなのか、肘から先が無くなっていた。
「爺ちゃん、魔物の体内にも魔石があるんだよね?」
「うむ、魔獣の物よりも頑丈で膨大な魔力を溜めることができるから、魔晶石と呼ばれる場合もあるが……それがどうした?」
「あの蹴りって、俺の魔力が相手に伝われば、その身体中に衝撃が走って、魔獣なら魔石を壊しちゃう筈なんだけど、あの魔物には効かなかったみたい」
「ほう? 対魔獣に特化した技なのか? ならば、全身に魔力が巡らなかったのは、魔物が咄嗟に、自身の片腕を切り飛ばしたのじゃろう」
「そんなことするんだ?」
奥の手の“ダブル”を使ってもダメなのか……ホントに倒せるのか?
「見よ」
魔物に目を向けると、何やら唸っていた。すると、失ったはずの腕を魔力で作り出す。しかし、その腕の魔力は淡い青色だった。全身よりも籠っている魔力が少ない?
魔物がその腕を突き出すと、ギュンと一気に俺達の方へ伸びてくる。
俺は飛び退いたが、祖父は剣を何度も振るって、魔力の腕をズタボロにし散らしてしまった。
「レオン、魔物の核である魔晶石は、幾重にも防御が張り巡らされており、場所を特定しがたい。故に傷付けるのはそう簡単ではない。よいか、できるなら頭を狙え。危険を伴うが、頭を潰してしまえば正気を失う。頭が真に復元するまでは、暴れまわるだけじゃ。奴の魔力が尽きるまで、これを繰り返す」
「わ、分かった」
生物らしさがないのは分かっているが、頭を潰されても動くのか……とんでもないな。
魔物は再度、魔力の腕を創り出すと、その腕を上へ掲げる。すると、その腕が上空へ飛んで分裂し、周囲に四つのバカでかい水の魔力球を創り上げた。
そして、それぞれの魔力球から俺に向けて、四本の細いビームのような魔術が次々と放たれる。
「むぅ!」
その四本の魔力線を、祖父が前に出て防ぎ庇ってくれた。
「爺ちゃん!」
祖父の横へ出ようとすると、魔力線の方向が変わるのか祖父も移動し俺を庇い続ける。俺を標的にしているのか?
「どうやら、レオンの技を警戒しとるようじゃ、来るぞ!」
そこへ、魔物が突進してきていた。
「レオン、後は自分で何とかせよ!」
そういって、祖父は魔物に向かっていく。俺は祖父とは、反対側に跳び出し、仮面のコメカミに触れた。
「Target Scope On」
大きな木の後ろへ回ると、追ってきた魔力線があっという間に木を切り裂き、巨木が倒れていく。巻き込まれないよう木の陰から跳び出すと、一本の魔力線に捕らえられてしまった。
「あだだだ……」
左の二の腕に当たったのを右手の手甲部分で庇う。しかし、他の三本の魔力線も加わり、防ぎきれず身体中のあちこちに当たってしまう。
もし、生身のままだったら、あちこち貫かれて血塗れになっていただろう……それくらい、鋭く威力のある魔術だった。
痛みを我慢しながら、フォトンブラスターを手放し、アヴェイラブル・ギアを取り出す。手甲に装着し、具現化された金属の手で魔力線を防ぎながら、ベルトのスマホに触れた。
「Extra Charge」
ベルトからの魔力が、両手の金属の手に注ぎ込まれ、爪を真紅に染める。
更に魔力線を躱す為に駆け出す。飛び上がったり、木の幹を蹴って方向転換をしながら、俺は右目に投影されたレティクルを、それぞれの魔力球に合わせていく。
「Four Targets Locked On」
スマホの音声で、四つの魔力球にターゲッティングが完了したのを確認すると、俺は真紅の魔力が込められた、金属の両手を突き出す。
ドシュッ! と八つの爪が真紅の魔力を纏い、紅い魔力の残滓を引きながら、それぞれの魔力球に向かっていく。
一部が水の魔力線を弾きながらも、真紅の爪が大きな魔力球に突き刺さると、順に魔力球を爆裂させていった。
「グハッ」
その様子を確認していたところ、背中に衝撃を受け転ぶ。振り返ると、俺を突き飛ばしたのは白猫だった。
「何するんだ、この……」
白猫に文句をつけようとすると、俺がさっきまでいた場所が爆発する。いや、爆発ではなく、地中からの攻撃だったのだ。
よく見ると、上空へ向かったのは、斬り落とされたらしい魔物の青黒い腕だった。魔物の腕には、糸の様な細い魔力の線が繋がっている。これで操っているのか?
魔物の腕は上空で引き返し、こちらへ向かってくる。その掌には、目玉の様な物が付いていた。
俺はアヴェイラブル・ギアを取り外し、腰の後ろに付けている筒を取り出す。その時、傍にいた白猫から青い雷魔術が幾つも迸る。その瞬間、白猫の身体に虎の模様が浮かんでいた。
魔物の腕は、あの糸から魔力の供給を受けているからなのか、白猫の雷魔術を弾いている。しかし、おかげで軌道が逸れ、簡単に魔物の腕を躱す事ができた。
「Extra Charge」
「フッ!」
フォトンブレードを真紅の魔力で強化しつつ、俺は再び襲い掛かってきた魔物の腕に向かって跳び上がった。魔物の指先から、魔力の爪が幾つか伸びてくる。
もう一つのフォトンブレードを取り出し、その爪を斬り上げた。
「ハァッ!」
そして、俺は真紅の刃を魔物の目玉に突き刺す。魔物の腕は内側からボコボコと膨らみ始め、そのまま破裂してしまった。
着地してフォトンブレードをベルトに収めていると、少しフラつく。短時間で必殺技を使いすぎた。
常に必殺技を使い続けなければならないなんて……祖父が、魔物をやけに警戒するのも頷ける。
振り返ると、白猫の浮かんでいた模様は消えて……いや、魔術で覆われ、元の白猫に戻る。具現化魔術で、ただの白い猫に見せかけていたようだ。子供のうちは瑞獣とバレないようにしているのかもしれない。
「助けようとしてくれたんだな、ありがとうよ」
俺が礼を言うと、白猫は、にゃあ、と応えた。
落としたアヴェイラブル・ギアとフォトンブラスターを拾い上げ、ベルトに収納する。倒れた巨木に手を掛け乗り上がると、祖父と魔物が遣り合っているのが見えた。
祖父のいっていた通り、魔物は機動力が高いようで、少し離れては祖父を突き飛ばそうと突進していく。
「上手い……!」
祖父の動きは何故か緩慢に見えるのだが、その動きが逆に魔物を誘導しているようだ。
木を盾代わりにしたり、魔物が突進してくる地面を土魔術でほんの少し変化させたりして、その軌道を歪める。
そして、そのできた隙に剣や拳、蹴りを魔物に叩き込んでいた。
しかし、頑丈な奴だな……あれだけ祖父の攻撃を受けているのに、まだ元気に走り回れるのか。
祖父はきっと長丁場になると見て、或いは魔獣討伐隊が揃うまで、時間稼ぎをするつもりなのだろう。
「えっ?」
魔物は祖父から距離を取り、再び祖父に向かっていくのかと思っていたら、そのまま何処かへ駆け出してしまった。
「レオン、追うぞ!」
祖父が駆け出したので、俺もその後を追う。祖父も随分速いが、魔物はそれ以上だ。どんどん距離を離される。
やがて、森の切れ目から出ると、草原が広がっていた。逃げようとしていたのかと思ったが、邪魔する物の無い草原へ誘い出されたようだ。
魔物は草原の中心で、俺達を待ち構えていた。
「むぅ、勘のいい奴じゃ……魔獣討伐隊に包囲網を作られる前に、機動力を活かし、儂らを始末するつもりか」
立ち止まった祖父に追いつくと、祖父は愚痴をこぼす。
「任せて、爺ちゃん、機動力なら負けやしないよ」
「なんじゃ? 何か手立てでもあるのか?」
俺はベルトからスマホを取り外し、指示を出して魔物を追跡させた。魔物をマーキングし、位置と距離を仮面に表示させると、アイコンを一つタップする。
「な、なんじゃ、コイツは!?」
俺が具現化した物を見て、祖父は驚いていた。




