虎穴に入らずんば
ランタンで照らし出された空洞内は結構広く、ランタンの明かりだけでは全てを照らし出せない。討伐隊員がいると思ったのだが、何処だろうか?
白く大きな虎は、白猫と違い虎独特の模様はあるが、やはり翼はない。応接室の瑞獣を模した彫像は、ある種の芸術的な表現だったようだ。
俺も祖父もそうだが、大虎も警戒を解かないでいる。そんな緊張感の走る中、白猫が俺の外套の裾を引っ張ってきた。
「爺ちゃん、もしかすると、この猫、俺たちに居なくなった討伐隊員の手掛かりを、教えてくれるんじゃないのかな?」
「そうか……儂が此奴を警戒しておくから、レオンはそれを探ってこい。気を付けるようにな」
「うん」
白猫についていくと、空洞の端に二つの遺体が転がっていた。一目で死んでいると分かったのは、身体の損傷が激しいのに微動だにせず、生気を感じなかったからだ。
それでも俺は、傍に寄って遺体を確認してみる。腐敗が始まっているのか、変な臭いがした。医師ではないので、これ以上は特に何も分からない。
俺は大虎に睨みを利かせている、祖父の元へ戻った。
「爺ちゃん、奥に遺体が二つあったよ。いなくなった魔獣討伐隊の二人だと思うけど、俺には分かんないや。爺ちゃんが調べてみて?」
「むぅ、しかしな……」
「きっと、大丈夫だよ。この二匹がやったんじゃないと思う。入り口や通路には血の跡も無かったし、食べるつもりで何処かで襲ったのなら、この猫が鹿の魔獣を倒してたのは変だよ」
俺達の会話が分かるのか、白猫が、にゃあ、と頷くように鳴く。
「確かにな。じゃが、警戒は怠るなよ?」
俺の言葉に納得したのか、祖父は剣を鞘に収め、俺からランタンを受け取り遺体を調べ始める。
「お前は俺たちの言葉が分かるのか?」
白猫に問い掛けてみるが、白猫は、にゃあ、と鳴くだけだった。肯定なのか、否定なのか、流石に猫語は分からないな。
物語での瑞獣は話をしていたが、そう都合よくいく訳でもないらしい。
何者かによって、傷付けられた魔獣討伐隊員を助けようとしてくれたのだろうか? それとも、遺体を見つけたので、ここまで運んできたのだろうか?
そんな事を考えていると、再び白猫に裾を引っ張られた。まだ、他に何か見せたい物があるようだ。白猫は大虎の傍へ寄ってこちらに振り返ると、ちょこんと座って、にゃあ、と鳴く。
大虎は俺達に興味をなくしたのか、丸くなって目を閉じていた。眠いのだろうか?
「どうやら、衰弱しとるようじゃの」
「あ、爺ちゃん、あの二人は……?」
「うむ、二人とも認識票を所持していたのを確認した。魔獣討伐隊の者で違いない。遺体を持ち帰り弔ってやりたいが……」
祖父は大虎の様子を見つめながら呟く。
「この住処を、バラされたくはないじゃろうな」
「具現化で遺体を運べるよう、台車でも創ろうか?」
「いや、死んだ二人には悪いが、その前に魔物の位置を特定しておきたい」
「それなら、討伐隊員をここに運んできた、この二匹が場所を知ってるかも? あ、もしかしたら、魔物とも既に一戦やっているのかもね?」
「じゃが、瑞獣が魔物相手に尻尾を巻いて逃げるかのう? やはり、瑞獣ではないのかもな……」
祖父の言葉が気に入らなかったのだろうか? 大虎は目を開け、グルル……と唸りだす。しかし、元気がないのか疲れているのか、丸まって動こうとしない。
「もしかすると、既に倒しちゃったのかな? それで疲れているとか?」
「いや、それなら、外の活気の無さに説明が付かん。まだ、魔物かそれに準ずる脅威が潜んでおるはずじゃ」
「う~ん、この大虎か白猫が案内してくれないかなぁ? 大虎が回復するまで待つ? 闇雲に探すよりも早いと思うんだけどさ」
「ううむ、癒しの魔術でも使ってみるか」
「あ、それなら俺がやるよ。爺ちゃんは魔力を温存しておいて」
「しかし、レオンではな……」
「きっと、この大虎が、洞窟の入り口に具現化魔術を使っているから、俺の魔力でも合うはずだよ」
一応、癒しの魔術のやり方は知っている。相手に魔力を流し込む時、できるだけ相手の魔力に寄り添った魔力に変質させると、痛みが減るそうだ。
魔力の変質が苦手な俺は、家族である祖父や母、姉を相手に練習させてもらったのだが……誰からも不評であった。特に姉なんかは、
「どんなに大怪我したって、アンタからの癒しの魔術は絶対に受けないわ!」
と宣言されるくらい下手なのだ。
因みに、癒しの魔術に関しては、やはり母が一番上手い。母は学生の頃、癒しの魔術に関して研究していたそうだ。
王都には施療士という、癒しの魔術に関するスペシャリストもいるのだとか。彼等は基本的に王族専属の部隊らしい。
俺が大虎に近付き、そっと手を伸ばそうとすると、白猫が立ち上がり、俺にまとわりついて邪魔してくる。
「なんだ?」
しゃがむと、白猫が俺の背負っているザックに飛び乗り、カリカリとザックに爪をたてた。
「お腹が減ってるのかな? 爺ちゃん、糧食を分けてあげていい?」
「構わんが……見るからに肉食ではないか?」
「食べられないって分かったら、諦めるよ……あ、こら!」
背負っていたザックを降ろし、中を探ろうとした途端、白猫がザックに頭を突っ込んだ。なんとか白猫を引っ張り出すと、白猫はケースを咥えていた。
そして、身をよじって俺の手から逃れると、ケースを大虎の前に差し出す。大虎は頭を持ち上げると、前足でケースを壊し、中に入っていた予備の魔石を口にする。
「魔石を喰らうのか……そういえば、物語ではよく英雄へ協力する代わりに、倒した魔獣の魔石を要求しとったのう。やはり、瑞獣か」
祖父はそう呟くと、ザックを降ろしケースから魔石を取り出した。そして、大虎の傍へ寄り魔石を目の前に置くと、大虎は幾つもの魔石を一口で食べてしまう。
しかし、すぐ元気になる訳でもなく、大虎は再び丸くなって目を閉じてしまった。
「爺ちゃんの分まで、使わなくても良かったんじゃない? 幾つかの魔導具が役立たずになっちゃったよ?」
「魔石なんぞ、後でどうとでもなる。それに始祖の遺した言葉もあるしな。魔石を差し出しただけで、謝意を示せたかどうかは分からんが……」
「おい、こっちの大事な物資を渡したんだ、これでお前たちの貸し一つだぞ? あの二人が襲われた場所を教えてくれ」
俺の言葉に反応した大虎が片眼を開ける。しかし、その眼は再び閉じられてしまった。白猫は大虎の傍で毛繕いしだす。
「う~ん、難しい言葉は分かんないのかな?」
「難しかったか? まぁ儂らとは違う理屈で動いとるのじゃろう。外へ出て、遺体を引き摺ってきた痕跡でもないか調べてみるか」
「そうだね」
俺達が立ち去ろうとすると、毛繕いをしていた白猫が俺達の先へと駆け出した。塞がった洞窟の入り口に辿り着くと、待っていた白猫が鳴く。すると、洞窟の入り口を塞いでいた岩壁が消えた。
俺達が洞窟から出ると、やはり、洞窟の入り口は塞がってしまう。どうやら、あの大虎は、白猫の鳴き声で俺達の位置を特定しているようだ。
見送りに来たのかな? と思っていた白猫は俺の周りにまとわりつく。
「なんだ? 案内する気になったのか?」
白猫は、にゃあ、と鳴くと先へ進みだす。俺は祖父と顔を見合わせ、互いに頷くと白猫の後を追いだした。
猫だけあって、白猫は軽やかな足取りで飛び上がって木の枝を伝ったり、岩場を駆け上がっていく。途中、白猫は何度も振り返り、俺達がついて来ているのかを確認してきた。
俺は鉈の様な短剣を創り出し、邪魔な枝や蔦なんかを切り払って、白猫の後をついていく。祖父も意外な事に身軽な感じで移動していた。
「レオンよ、あの瑞獣が具現化魔術を使っていたのは本当か?」
「うん、だって属性の土魔術だと岩に生えた苔まで再現できないでしょ? それに、白猫から魔術の発動は感じなかったしさ」
「そうじゃな……」
あの場には、俺達と白猫しかいなかった。なので、消去法で大虎が具現化魔術を使ったはずだ。祖父は周囲を警戒しながらも、何か考えているようだった。
俺からすれば、魔獣も瑞獣も、俺達の言葉が分かるらしい白猫も、バカでかいダイノロスも不思議生物なんだよな。そういうものとして割り切るしかない。
それから、俺達はどんどん森の奥へ進んでいく。やがて、木々が倒れていたり、抉れたような地面、粉々になった岩の跡なんかが散在している場所に出た。
何かが争った跡だろうか? この辺りもあまり、動物の気配を感じないな……
辺りの様子を窺っていると、白猫の動きが止まる。
「むぅ、これは……」
白猫が立ち止まった少し先には、折れた大きな木の根元がある。そこに大きな洞があり、その入り口付近にボロボロのローブを身に纏った人物が一人、転がっていた。
ただの人と違うのは、毛だらけの顔をしたソイツが妙に長い舌を出していたからだ。近付いて様子を探ってみると、どうやら何者かに首を捩じられて殺されたらしい。
「爺ちゃん、コイツ……」
「まさか、魔獣化組織が入り込んでおるとはの……去年、一年かけて大々的な人口調査をやらせたが、こんなところへ逃げ込んでおったのか……」
「何時から居たんだろうね? 姉さんを狙ってた頃からかな?」
「さぁのう……仲間割れか、魔物にやられたか……レオン、周囲を調査するが、儂から余り離れるなよ?」
「うん」
祖父と一緒に辺りを調べ始める。周囲には他にも魔獣化したままの死体が転がっていた。
外に転がっている魔獣化した死体は、始めに見つけたのと合わせて七体。どれも酷い状態で、胴が分かたれていたり、頭が潰されていたりと一目見ただけで死んでいると分かった。
そして、大きな木の洞の中にも、胸に大きな穴を開けられて、死んでいる魔獣化した死体があった。その洞の中に彼等の生活用品があり、水を生成する魔導具や火を熾す魔導具等、更には幾つかの食糧が残っていた。
「どうやら、この辺りで随分と長い間、生活していたようじゃの」
木の洞の裏側にある生活の痕跡……狭く深く掘られた穴を見ながら祖父が呟く。その穴からはとにかく異臭がした。恐らく、生活上で出たゴミや排泄物なんかを溜め込んでいたのだろう。
「ここから一番近いのはオストミアの街になるのかな? ここで手に入れた魔石や、魔獣の素材を売りに行ってたのかも?」
「いや、オストミア程の大きな街であれば、足のつく可能性が高い。何度も現金化にくれば、其奴の素性を調べるようになっておるからな。表向きは警備隊や魔獣討伐隊への勧誘となっておるが、恐喝や教唆罪に関わっているか、見抜くためじゃ」
「教唆罪?」
「ちと解り難いかもしれんがな、他人を唆し、罪を犯させることじゃ。単純に子供なんかを人質に取り、罪を強要するのと違い、力や立場の弱い者、それを罪だと知らぬ者を言葉巧みに操り、罪を犯させる者じゃ。実行犯でないから余計に質が悪い」
「そんな犯罪があるんだ……じゃあ、何処かから補給を受けてたのかな?」
「その可能性もあるが、オストミアの近くに割と大きな漁村があった筈じゃ。更に小さな村なら幾つもある。そこで物々交換をし、オストミア辺りで現金化していたやも知れぬな」
「幾つかの村を巡って、バレ難くしてたって訳だね? 村だと足が付かないの?」
「村人は良い意味でも悪い意味でも、スレておらんからな。生活に困っている風を装う、家族の形見だと言って、誤魔化すくらいは簡単にできるじゃろう」
「成る程ね。ここで魔獣討伐隊の二人と争ったのかな?」
「分からん……もう少し、調べてみるか」
祖父ともう少し詳細を調べようとすると、白猫が目に入る。大きなあくびをしている白猫を見ながら、俺は疑問を口にした。
「どうして、討伐隊員だけ連れていったんだろうね?」
「さぁのう……魔獣化する者が人に見えぬのやもしれぬな」
更に一体ずつ、死体を調べ始める。特に大した物、身分を明かすようなものは出てこなかったが、一人だけ手記の様な物を持っていた。
祖父がざっと確認すると、風呂に入れないだとか、メシがマズいとか、誰それが役立たずだとか、日々の愚痴が殆どだったらしい。そんな愚痴の中に、組織についての愚痴もあった。
「これによると、どうやら魔物の生態調査に出向いていたようじゃ。魔物を生け捕りにするのが目的じゃったが、中々見つからず、長い間、王国内の各領地を彷徨っていたらしい。グローサー領に訪れたのは、“秋の始まり”のようじゃな」
「季節一つ分もここにいたんだね」
「いや、恐らくグローサー領でも各地を巡っていたはずじゃ。ここを見よ」
祖父が見せてくれた、手記の最後のページには殴り書きで、『やっと魔物を見つけた。こんなクソッタレな任務ともこれでおさらばだ』とあった。
「この少し前には、ヴェステンの街の側にある大森林について書いてある。ここへ来たのはつい最近のようじゃ」
「ホントだ、魔獣より魔物の方が強いから、その力を手に入れようとしていたのかな?」
「恐らくな、じゃが魔物の生け捕りなど、雲を掴もうとするような話じゃ。魔獣化で力を増したつもりかもしれんが、生け捕りなどと考えていては、その実力を十全に発揮できなんだろうに……」
祖父がこれだけ警戒している魔物だ。彼等が魔獣化の力を十全に発揮できたとしても、敵わなかったんじゃないだろうか?
「とにかく、一度、野営地に戻ろうよ。ここに魔獣討伐隊を集めて、重点的に調べた方がいいんじゃない?」
「そうじゃな、一旦戻るか」
祖父が俺の提案に同意すると、いつの間に傍に来ていたのか白猫がグルル……と唸りだした。
「しくじったのう。暢気に手記なんぞへ、目を通している場合ではなかったか。来るぞ、レオン」
祖父が目を向けた先の、暗くなり始めた森の奥から、異様な気配を撒き散らす存在が現れた。




