野営地
一通り状況を確認した祖父は指示を出す。二人で組んで広範囲に調査するよりも、時間が掛かってもよいので、五人くらいで組んで警戒しながら調査するよう指示していた。
祖父に聞いたところ、魔獣討伐隊は十数人位の小隊を組み、庁舎からの指示でそれぞれが活動しているそうだ。
王都の騎士団と違うのは、小隊以上の規模は作らないらしい。中隊、大隊になってくると移動までに時間が掛かりすぎて、魔獣を討伐する前に被害が大きくなってしまうからだそうだ。
ここに来ているのは三つの小隊で、三十人以上がいる。天幕を出ると、祖父は一緒に来ていた警備隊員達に指示を出す。
「ヴィム、度々で悪いが、其方らで手分けし、今から領都へ向かい増援を寄越すよう伝えてくる者と、オストミアの街へ向かい、グレータに補給物資を用意して貰い、ここへ届ける者とで別れて行動せよ」
「ハッ、了解しました。領主様も、レオン様もどうかお気を付けて」
ヴィム達は馬車から馬を外し、一緒に来ていた警備隊員と野営地を去っていく。馬のいない馬車は馬車とは呼ばず、箱車とでも呼ぶべきだろうか?
そんな、どうでもいい事を考えていると、祖父に呼ばれる。
「レオン、今夜はあの馬車を使え。お主の体格なら、手足を伸ばして十分休めるじゃろう。明日は早朝から動くぞ」
「うん、爺ちゃんはどうするの?」
「儂はこの天幕か討伐隊の馬車で休む。ま、三日くらい寝ずとも戦える自信はあるがな。レオンはこういうのが初めてじゃろう? 風呂にも入れず、ゆっくり休めんかもしれんが、これからもこういう機会は幾度となくあるじゃろう。今から慣れておけ」
「それなら、具現化で爺ちゃんのベッドを創ろうか?」
「ほう? そんな物も創れるのか? しかし、その様な気遣いは無用じゃ。明日一日で決着がつく筈はないし、体力、魔力は勿論、気力を充実させておけ」
「うん、分かった」
とはいえ、まだ寝入るような時間ではない。そこへ魔獣討伐隊の人が声をかけてくる。
「領主様、これから夕餉の準備をしますが、お二人はどうするんで?」
「そうじゃな、儂らの分も用意してくれ」
「了解しました」
魔獣討伐隊の用意してくれたものは焼肉……いや、バーベキューみたいなものだった。足の付いた金属製の台の中に、脇から黒くて四角い物を入れ、火の魔術で着火する。更に薪を入れて火を強くすると準備完了だ。そういう台をいくつも用意していた。
黒くて四角い物は固形燃料なのだそうだ。普段は固形燃料を使わないのだが、今日は朝から雨が降っていたので、薪が少し湿っているらしい。なので、最初は煙がすごく出ていたのだが、暫くすると落ち着いた。
用意してもらった、肉や野菜を自分で焼いて食べる。ただ、味付けが塩と胡椒しかなく、少し物足りない。その上、ちょっとした獣臭さ、みたいなものを感じるだろうか?
ちゃんとした料理人がいないので、仕方ないのだろう。下拵えって大事なんだな……ああ、祖父が指示していた補給物資には、そういう物も含まれているのかもしれない。
いつも、食事の時は楽しそうにしている魔獣討伐隊の連中が、なんだか大人しい。食べ飽きているからなのか、仲間に犠牲が出たからなのか、俺には判別できなかった。
それから、馬車で独り座席の上で、用意してもらった防寒用の毛布を身に纏い横になる。こんな風にベッドじゃない場所で寝るなんて初めてだな……ちゃんと眠れるんだろうか?
……気が付くと俺は祖父に揺り起こされていた。
「……おはよう、爺ちゃん」
「よう寝とったの、レオン? さ、準備を始めよ」
馬車から出ると雨は止んでいた。まだ陽は出ていなくて辺りは薄暗い。冬の始まりの冷たい空気で一気に眠気が覚める。外套を羽織ると魔紋のおかげで寒さはマシになった。
天幕で分けてもらった、ボソボソのパンと昨夜の余りを朝食にして、ハンネに用意してもらったザックを背負う。
「よいか、独りでの行動は厳禁じゃ。昨日決めた通り、警戒しながら慎重に調査せよ。消えた二人の討伐隊員が、調べていた辺りは特に気を付けるようにな? では、行動開始じゃ」
「ハッ」
そうして俺達は、それぞれの小隊から数人ずつを野営地に残し森へと踏み込む。
いくつかの部隊が、森の奥へ進んでいくのを見送る。俺は祖父と二人で行動だ。
「レオン、場合によっては変身を使うようにな?」
「え? いいの?」
「うむ、素の状態で武術と身体強化、それと魔術を高い次元で体現できるよう変身を封じさせてもらっていたがな、そうも言ってられん」
「どういうこと?」
「この森の雰囲気がな……普段なら何某か生き物の気配を感じるものじゃ。この規模の森で、ここまで、生き物の気配を感じないのは異常じゃ」
「そういえば……」
ランヴィータ湖の近くの森でも、動物の気配は感じていた。ここまで何も感じないのは確かに変だ。
「恐らくジッと身を潜めて、危険を避けようとしとるのじゃろう。いよいよ、魔物の可能性が高まったということじゃ。気を引き締めるようにな」
「うん」
祖父の後に続いて森の中へ入って行く。昨日の雨のせいか、森の中はむわっとしていて湿気が高い。そのおかげか、余り寒さを感じなかった。
ダイノロスという巨大生物によって、薙ぎ倒された巨木が邪魔になって、確かに見通しが悪い。折れた巨木の根元からは、既に俺の背丈と同じくらいの新芽というのか枝が伸び始めていた。
自然の逞しさを感じながら、倒れた巨木を乗り越えて先へ進んでいく。
祖父は前に見た柄の長い大きな金槌ではなく、腰に剣を佩いていた。森の中での調査には不向きなのだそうだ。
やがて、陽が高くなってきて、森の中はだんだん明るくなってくる。魔獣どころかあの図体のデカいダイノロスさえ見当たらない。
時折、木の実なんかを齧っている小動物を遠くに見かけるが、俺達に気付くと慌てて逃げていく。
更に時間をかけて森の奥へと進んでいくと、苔むした大きな岩が幾つもある場所にでた。
「レオン、ここで少し休憩じゃ」
「うん」
ハンネが用意してくれたザックから、魔導具の水筒と糧食を取り出し、岩に腰掛けながらその場で食べる。
食感はクッキーというよりもラングドシャに近いだろうか? ただ、少し苦味があって、これ一、二枚で一食分の栄養があるのだそうだ。
水筒の方には麦茶が入っていた。中身がなくなり次第、魔導具として起動させると、時間はかかるが、空気中の水分を集めて水を生成する機能が備わっている。
属性魔術でも似たような事はできるそうだ。意外にも水魔術ではなく、風魔術か氷魔術が適しているのだとか。
「どうじゃ、味気ないじゃろう?」
「そうだね、魔獣討伐隊の人たちが、お店でバクバク食べる理由が分かるような気がするよ」
「うむ、任務を終え街に帰って来た時、暖かいメシにありつくと、生の充足を感じる、という者もおるからな」
「爺ちゃんもそうだったの?」
「儂はそうでもなかったかのう……任務を終える度に、あそこはああすべきじゃった、こうすべきじゃった、と反省することしきりじゃった」
「え? 爺ちゃんでも反省したりするんだ? 昔っから、何でもできるのかと思ってた」
「フッ、レオンからそう見えるのは、年の功かの。儂はそこまで器用ではないよ。人は誰しも、間違えたりしくじったりするものじゃ。失敗から学べることは多い。じゃからレオンも失敗を恐れず、色々と挑戦してみるがよい」
「うん」
そうして、休憩を終え、更に奥へ進んでいく。茂みを抜けると、小川が流れている場所へ出た。
すると、祖父がスッと手を横に出して立ち止まる。祖父の指示に従い、その場でしゃがみ込んで、祖父の視線の先を辿る。上流のかなり先に行った岩場に、鹿の魔獣がいた。
よく、あんな離れた所にいるのに気付くな。
鹿の魔獣は、角の間に火の魔力を溜めだす。が、鹿の魔獣が火の魔術を使う前に、雷の魔術が鹿の魔獣を襲う。幾条もの青い雷が鹿の魔獣を貫きズタボロにした。
木と茂みに隠れて、鹿を倒した相手が分からない。魔獣討伐隊の誰かだろうか? しかし、祖父は俺に手を差し出したまま警戒を解かないでいる。
もしかして、魔物か? 俺も警戒しながら様子を見守る。
すると、小さな生き物が茂みから出てきた。あれは……猫、だろうか? 白い猫は鹿に寄って行くと、その死体に噛みついて引き摺りながら、小川の側を下ってくる。
「もしや瑞獣か……?」
瑞獣? この世界の御伽噺や英雄譚、冒険譚に出てくるあの瑞獣だろうか?
物語での瑞獣は、英雄達に協力してくれる存在だが、無理難題を吹っ掛けたりもする。架空のものだと思っていたが、実在するのか?
そのまま、祖父と共に白猫の様子を見守り続ける。ある程度、岩場から降りてきたところで白猫がこちらに振り返った。
気付かれたか?
白猫はピョンと小川を跳び越えると、そのままこちらに向けて駆けてくる。
「むぅ」
祖父は俺から数歩前に出て身構えた。しかし、白猫は俺達の近くまで来ると、にゃあ、と鳴き、ピョンピョン飛び跳ねたり、その場でグルグル回ったりする。
「なんじゃ?」
「俺たちと敵対する気は無いみたいだね」
その言葉の意味が分かったのか、白猫は警戒するように歩いて傍に来ると、俺の黒い外套の裾を咥えクイクイと引っ張り始める。
そして、裾を離すと傍を離れ、こちらに振り返って、にゃあ、と鳴き、後ろを振り返る。その動作を何度か繰り返した。
「もしかして、ついて来て欲しいのかも?」
「ふむ、特に手掛かりもないし、ついていってみるか?」
「うん」
俺達が後について行こうとすると、白猫は助走をつけて小川を跳び越える。俺達も小川を跳び越えて後をついて行く。
白猫は俺達を案内している自覚があるのか、自身の通り易いところよりも、俺達が通れる場所を選んでいるようだった。
「爺ちゃん、あの猫、ホントに瑞獣なの?」
「分からん……が、儂らを見て襲ってこぬところを見ると魔獣でないのは確かじゃ」
「でも、あの白猫が、魔獣を倒して姿を現した途端、爺ちゃん直ぐ気付いたよね?」
「……相変わらず、変なところで聡いのう。レオンには話したことがあったかのう? このグローサー領を興した王女の話を」
「昔、マグちゃんから聞いたよ? 料理好きの王女様の話でしょ? 実はかなりの武闘派だったっていう」
「そうじゃ。その始祖である王女の遺した言葉がある。『グローサーを名乗る者はすべからく瑞獣への謝意を示せ』とな。嘘か真か分からぬが、魔獣殲滅戦の折に瑞獣の世話になったそうじゃ」
「じゃあ、あの千とか万の魔獣を倒したってのは本当だったのかな? 鹿の魔獣をあっという間に倒しちゃったしさ」
「さぁのう……ただ、始祖以外の儂らの先祖で見た者はおらんそうじゃ。儂も親父もばあさんも、誰一人として見たことがない。故に、胡散臭い話じゃと思っていたのは確かじゃが……子供の虎が、あれ程の魔術を使うのじゃ、瑞獣かと思うてな」
「え? あれ虎なの? 猫だと思ってた」
「レオンの言う通り猫かもしれん。ただ、伝わっておる話では、虎の姿をしていたそうじゃ」
この世界でも、虎にはあの独特の模様があったような? この世界にも、虎がいるんだなって気付いたのは……
「あっ! 応接室の木彫りの虎! あれって瑞獣を模したものだったんだ!」
「なんじゃ、今ごろ気付いたのか? ま、フローラも瑞獣なんぞ信じておらんからな、レオンに伝えるのは後回しにしていたのじゃろう」
「でも、虎の模様も翼もないよ? やっぱり猫なんじゃない?」
「じゃから、儂も確信が持てんのじゃ」
そんな話をしながら白猫の後についていくと、やがて切り立った崖の下に出る。
白猫は崖をてしてしと叩くと、にゃあ、と鳴く。すると、ぽっかりと崖の一部が消え洞窟が現れた。
「なんじゃ?」
「爺ちゃん、これ具現化魔術だ!」
「なんじゃと!?……むっ!」
洞窟の奥から強烈な何かの気配……しかも、分かりやすいくらいの敵意、殺気を感じた。俺は手にスマホを具現化する。
「もしかして、魔物が?」
「かもしれん。分らんがとにかく気を抜くな」
「あっ」
俺達が警戒を強めると、白猫は洞窟の奥へ駆けていく。
「ぬぅ、よもや、誘い出されたか?」
祖父が呟きと共に腰の剣を引き抜く。俺は変身のアイコンをタップし、腰にベルトを装着する。変身しようとしたところで、急に殺気が消えた。
しかし、異様な存在感は残ったままだ。このまま変身してしまうと、事が大きく動きだしそうな気がして、下手に動けない。
祖父はそっと息を吐くと、一歩足を踏み出す。そこへ、白猫が何かの布地を咥えて戻ってきた。
「それは……! 中に討伐隊員がおるのか?」
白猫が咥えてきたのは、ボロボロになった魔獣討伐隊のマントだった。白猫はマントをその場に置いて、にゃあ、と鳴くと再び洞窟に入って行く。
祖父は眉間に深く皺を刻み、白猫の後についていこうとする。その祖父を呼び止めた。
「爺ちゃん、待って」
「なんじゃ?」
「少しでも魔力を温存しておいて」
暗い洞窟に入るので、祖父が明かりをとる為に、火の魔術を使おうとしていたのを止める。スマホを操作して、そこからライトを点けてもいいのだが、俺はランタンを具現化し明かりを灯す。
もし、洞窟内で変身してしまうと、俺には暗視機能があるが、祖父は暗闇になってしまい不利になる筈だ。
「レオン、魔力は……」
「大丈夫、このまま一日中、点灯したままだとしても、大して魔力は減らないから」
「ほう? そういえば、レオンも基礎魔力量が多い筈なのじゃったな……」
「基礎魔力量?」
「その話はいずれな。今はこの先じゃ」
まっすぐ伸びた洞窟は、大きな体格の祖父には少し低いらしく、祖父は少し屈まなければならない。祖父の先導で洞窟の中へ入って行くと、背後の入り口が閉じられた。
恐らく、奥にいる存在が具現化魔術を使っているのだろう。姿の見えない距離で具現化魔術が行使できるのは、俺以上の使い手かもしれない。
そのまま進んでいくと、直ぐに大きな空洞へと出る。その真ん中にいる白く大きな虎が、伏せた状態で俺達をジッと見つめていた。




