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報告


 祖父達を待っている間、スヴェン老人から平民の事情について聞く。


「お前さんが昨日相手にした最初の八人は、ここへ通う者の中では特に才能のある者たちだ。小僧も覚えがあるだろう? 身体強化のやり方を聞いても、その状態で動けるようになるまで相応の苦労をしたはずだ。熱心に取り組んだ者だけが、戦闘行為でも自在に動けるようになる」

「でも、あの八人以外も、この人たち以上に身体強化はできていたような?」

「あの子らは、こいつらと違って熱心に取り組んでいるからな。こいつらよりマシなのは当たり前だ」


 平民の子供達は洗礼式を終えると、他人から癒しの魔術を受けられるように親や兄弟から身体強化のやり方をまず学ぶ。そこから、色々なパターンに分かれるようだ。


 身体強化が必要ない職に就く子は、適当なところでやめてしまい、本格的な仕事を習いだす。


 魔術を利用する職に就く子も、動かずに身体強化が使えればいいので、魔術の使い方を学び出す。それも魔獣を倒すような魔術では無く、ちょっとした火や風を起こせればいいらしい。

 属性検査の結果、希望の適性があるかないかで、勤め先が変わったりもするそうだ。


 訓練場に通うのは、仕事で身体強化を利用する子供達だが、それもある程度動けるようになると訓練場を去ってしまう。


 結局、訓練場で真面目に取り組むのは、警備隊や魔獣討伐隊を目指す子供だけになる。


 現代日本で言えば、オフィスで働くのに空手や剣道を学んでおく必要は無いといったところか? 勿論、働きながら真剣にやっている人もいるだろうけど、そんな人は稀だろう。


 今更ながら、そんな当たり前の事に気付く。


「あー!」「お前ら!」「みんな! バカ四人組だ!」


 そこに子供達が戻ってきた。何人かは剣や槍を手にして、こちらに駆けてくる。


「スヴェン爺に何の用だよ!」

「いや、オレたちは……」

「待て待て、よく見ろ。既にコイツらは傷だらけだ」

「まさか、スヴェン爺が?」

「いいや、この小僧だよ。それより、貴族からの贈り物とは武器だったのか? 貴族はどうした?」

「職人の工房にお婆さんが待ってて、その人と少し話があるんだって。後から来るってさ。あの人、貴族様の奥さんかなぁ?」


 祖父と話してたのは恐らくグレータだろう。グレータの方が祖父より年上なはずだが、子供から見れば大して変わらなく見えるのかもしれない。


 スヴェン老人へ楽しそうに、それぞれの武器を見せる子供達を眺めていると、女の子に話しかけられた。


「ねぇ、アンタがホントに、あのバカ四人組を独りで倒したの?」

「うん、まぁね。一対一で順番にやったからさ。きっと君でも勝てるよ」

「そうなの? アイツらいつも威張り散らしてたけど、実は大したことなかったんだ?」

「見た目は成人だからね……それより、君は武器を貰わなかったの?」

「ええ、アタシはもっと大きな剣がいいって言ったら、貴族様が笑いながら構わないって言ってくれたわ。それで、引換券を職人のおじさんに書いて貰ったの」

「ふぅん」

「今日も修行やってくんでしょ? アイツら呼んでくるわ」


 再び彼らの協力を得て、多人数戦の訓練を始める。武器を貰った子供達はスヴェン老人に扱い方を習っているようだった。


 祖父から幾つかのアドバイスを貰ったとは言え、結局は転がされてしまった。子供達は子供達で相談し、拙いながらも声を掛け合い連携をとるようになっていたのだ。

 特に後、二、三年で成人するという年長組の連携が厄介だった。掛け合う声にフェイントが混ざっていて、引っかかってしまったのだ。


「よっしゃあ!」「上手くいったぜ!」「どうよ? アタシの作戦は?」

「くっそー……」

「フッ、まだまだじゃな、レオン」


 はしゃぐ子供たちの声を聞きながら、地面に転がって休憩していると、祖父が真上から覗き込んできた。身体を起こし祖父に話しかける。


「師匠、戻ってたんだね。あの四人組には会った?」

「うむ、儂とのコネが出来ようとも、警備隊長数名からの推薦がなければ警備隊には入れん。儂は任命しておるだけじゃからな。入隊試験に於いてその実力を示せ、とだけ言っておいたよ」


 子供の俺がとやかく言うより、領主である祖父からそう言われてしまえば、彼等も納得するしかないだろう。これでもう突っかかってこなくなる筈だ。

 正直なところ、ああいうのに邪魔されて、修行の時間を減らされたくはない。


「昔はああいう奴らがつるんで愚連隊を結成したり、犯罪組織の一味なんかになっていたのじゃがな……近頃の奴らは根性がないわい」


 その言葉を聞いた、スヴェン老人が呆れた様子で話してくる。


「アホ抜かせ、お前ら兄弟で、領内のそういった組織を全て潰し回ったのだろうが。それぞれの街の組織を潰した後、森林や山岳に潜む賊共も探し回っていた、と聞いたことがあるぞ? 今の子は知らんだろうがな、ワシがガキの頃は、ああいう奴らは犯罪組織の手先に成ったりしたものだ。導き手がいないから、アイツらもどうしていいのか分からんのだろう」

「あの手の者は、いくらでも湧いてくると聞いていたのじゃがな? 覚えた技を試すには持って来いの奴らなんじゃが……死んでしまっても何とも思わんしな。しかし、儂が領主になってからはそんな話、一切耳に入ってこん」

「当たり前だ。例えしょぼい規模でも、そんな組織が出来たなどとお前さんの耳に入れば、目を付けられるのは判り切っておる。犯罪組織のやり口を潰してしまったのはお前さんの功績だろうがな、次の領主の政策次第では甦るのかもしれん」

「その時はその時じゃ。儂は次期領主のやり方に口出しはせんよ」

「フン、そうかい」


 祖父だけでなく、大叔父も若い頃、随分と無茶をやっていたようだ。祖父の若かりし頃の話を聞いて、その日は宿へ戻った。




 それからの数日間、俺は午前中に祖父から簡単な武器の扱い方を習い、午後はいかに素早く色々な武器を具現化できるようになるかの訓練と、スヴェン老人のところで、子供達を相手に多人数戦の訓練をしていった。


 その日は朝からよく冷えるな、と思いながらベッドから起き上がると、窓の外では小雨が降っていた。起こしに来たハンネに黒い外套を用意してもらい、階下へ降りていく。


「爺ちゃん、おはよう。今日は雨が降ってるからスヴェン老人のところは無しかな?」

「そうじゃな、昼からも雨が続いておれば、野外での訓練はやめにしておこうか。風邪をひいてしまっては台無しじゃからな」


 今朝は寒いので麺類を頼んでみると、具材たっぷりの天ぷらうどんだった。それを見た時、朝から重いかな? 思ったのだが、意外にもぺろりと平らげてしまった。

 特に海苔の天ぷら一番美味い。うどんつゆでひたひたになったのを、うどんと一緒に啜るのが一番美味く感じたのだ。


 宿から出ると祖父は防寒の魔導具を起動させる。俺はハンネから黒い外套を羽織らせてもらいフードを被った。


 この世界でも傘はあるが、どちらかというと日傘的な使われ方をする。雨の中で傘をさすのはあまりメジャーではない。


 祖父のように防寒の魔導具で、空気の膜を作り出し雨を凌ぐか、俺のようにフード付きの外套やマントでやり過ごすかだ。

 このくらいの小雨なら、多少濡れても構わないって人も多い。


 そして、祖父の倉庫で武器を具現化する訓練を始める。今は、とにかく頑丈な武器を、いかに素早く創り出せるようになるかが課題だ。


「よし、いくぞ!」


 祖父が振ってきた剣を、具現化した剣で何度も受け止める。暫くそうやっていると祖父が手を止めた。


「ふむ、強度は十分じゃな、後は弓じゃが……こいつが一番厄介じゃのう」

「矢に魔力を込めれば、それなりに距離は伸びるけど……」

「今のままでは普通の弓と比べ、速射性、連射性に劣る。まぁ、手入れのいらぬ具現化魔術は便利じゃがな。矢にもそれ相応の魔力を、素早く込められるようにならねば意味がない。本来の弓の利点は矢に魔術を込め、通常の魔術では届かぬ距離へ魔術を到達させる、といった使い方をする。ただの矢を放つだけでは、身体強化状態の相手に通用せんからな。距離によって、威力が減衰した矢など脅威ではない」

「そういえば王都へ行く時、母さんが襲ってきた賊の矢を、最初は魔力弾で全て撃ち落としていたっけ……あれは魔術を警戒していたんだね?」

「フッ、フローラらしいのう。賊如きが矢に魔術を込められるとは思わんが、万が一を考えてのことじゃろう。ま、弓と矢についてはゆっくり慣れていけばよい。では、そろそろ一度、宿へ戻るか」

「うん」


 一通りの武器は、全てスマホに登録してある。祖父の体格に合った武器も俺の体格に合うよう調節もした。

 後は状況を判断して、いかに素早くその時に応じた武器を創り出せるかだ。鉈の様な短剣みたいに何度も繰り返し、慣れるしかないのだろう。


 昼食のために宿へ戻ると、二人の男が祖父の帰りを待っていた。魔獣討伐隊の人で、祖父が調査させていた森についての報告だそうだ。

 祖父が昼食をとりながら報告を聞くというので、俺は離れた席で食事をとろうとする。


「こりゃ、レオン、何処へ行く? お主も聞いていけ」

「へ? いいの?」

「当たり前じゃ、お主もグローサー家の一員じゃぞ? 分からんところがあれば、後で儂に訊け」

「はぁい」


 討伐隊の二人の話では、三日前から調査を開始したそうだ。一日目は野営の準備もあるので、軽く森の外延部を見て回った。

 そして、二日目は朝から夕方までの時間を掛けて調査を行う。すると、二名の討伐隊員が夕方以降も戻ってこず、今朝になって祖父に報告する事になったそうだ。


「ふむ、森の様子はどうじゃった?」

「ダイノロスのおかげで、倒れた木が邪魔になって見通しが悪く、動きづらいっすね」

「そうか、魔獣の方は?」

「剥ぎ取りよりも、灰化させるのを優先するようにとの指示でしたが、今のところ特に何かを見たという情報はないです」

「ふむ……其方らは食事を済ませよ、グレータ」


 傍にいたグレータは祖父に呼ばれると、ハンネを連れてその場を去る。討伐隊の二人はやはり大量の食事を頼んでいた。

 相変わらず良く食べるなぁ、と思いながら白身魚のフライを齧っていると、グレータとハンネが大きなザックの様な物を持って戻ってきた。


「レオンハルト様、こちらに、簡易糧食とその他、色々詰めておきました。気を付けてくださいね」

「へ?」

「いくぞ、レオン。お主らも昼はしまいじゃ」

「クッ、久しぶりに街の美味い飯が食えたっていうのに、ここまでかぁ……」

「爺ちゃん、もしかして……」

「うむ、儂も現場へ向かう。レオンも儂に同行せよ」

「う、うん、分かった」


 危険だから、と俺は宿で待機させられるのかと思っていたが、祖父は俺を連れて行ってくれるようだ。


 討伐隊二人の馬が先行し、警備隊の操る馬車で、俺と祖父は魔獣討伐隊の野営地へ向かう。ハンネとグレータは宿で待機だ。


「レオン、森の中では決して儂から離れるなよ?」

「え? 爺ちゃんも調査に加わるの?」

「うむ、儂の勘じゃがな、恐らく魔物が潜んでおる。単純な調査で討伐隊員が二名も帰ってこれんのは、魔獣だけの仕業ではない」

「もしかすると、物凄く強い魔獣がいたとか、膨大な数の魔獣がいて帰ってこられなかったのかもしれないよ?」

「その可能性も否定はできんがな、接敵した段階で行くべきか退くべきかの判断ができなければ、魔獣討伐隊としては失格じゃ。レオンも何度か見たのじゃろう? 魔獣討伐では個人の技量よりも連携を重視する。小物程度なら各個撃破できようとも、複数人での行動が常になっておる。最悪、敵わぬ相手と出会っても一人が時間を稼ぎ、その間にもう一人が報告に戻れるはずじゃ。それができんかったのは、やはり魔物の可能性が高い」

「魔物ってそんなに厄介なの?」

「まぁな……」


 雨で進行速度が遅くなるのかと思ったが、それほど遅れる事もなく、暗くなる前に魔獣討伐隊の野営地に着いた。街道から少し外れ、草原の上に割と大きな天幕が建っている。


 たしか、洗礼式に向かう時、四台の馬車があって、その内の一つを変形させると、天幕になるのだと聞いた事がある。事故なんかがあった場合に備えての物だと聞いていたが、結局その機会は訪れなかった。

 この大きさは、数台分の馬車を利用したものだろうか?


 外で警戒している魔獣討伐隊の連中が挨拶してくる中、祖父の後について天幕に入る。小さなテーブルに着いて、何か打合せをしてたらしい、三人の魔獣討伐隊員がこちらに気付くと、立ち上がり祖父と話し始めた。


「わざわざ、来てもらってすいません、領主様」

「構わん、此奴は儂の孫のレオンじゃ。が、其方らは一切世話しなくてよい。儂が面倒を見るのでな」

「レオンハルトです。よろしくお願いします」

「エリザベート様の時と同じって訳ですね。今度は男の子なので助かります」

「フッ、あの娘はある意味、箱入りじゃからな。そういう意味なら、レオンの方が魔獣討伐隊には向いておるかのう。して、報告は受けたがどの様な状況じゃ?」


 祖父に討伐隊員が、テーブルの上の簡易な地図を使いながら状況を報告しだした。祖父の側で状況を聞きながら、周りにいる他の討伐隊員を見廻してみる。

 イーナやツェーザルに再会できるかな? と考えていたのだが、どうやらここにはいないようだ。




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