通魔撃
俺はスマホを片手に、片っ端から武器を具現化していった。中には使い方の分からない物もあったが、先ずは具現化を優先する。
「なんじゃ、あの椅子を造るために相当苦労したと聞いておったが、随分早いではないか?」
「え? そりゃ、現物があるなら早いよ。あの椅子は、姉さんの頭の中にある物を具現化しようとしたからね。ちょっとした所が、姉さんの思っているのと違うからって、何度も修正させられたんだよ」
「ほう? では、見たことのある物なら、何でも具現化できるのか?」
「う~ん、見た目だけなら何でもいけるかな? ただ、その構造っていうのかな? 本質が分からなければ、見た目だけが具現化されて機能しない場合があるよ? 今はハンネに預けてるから持ってないけど、貴族証なんて具現化しても、認識用の魔導具は誤魔化せないだろうしさ」
王の持つ剣、レーベンリッヒも、炎を纏い伸び縮みする特性を持たせなければ、大太刀としての見た目だけは具現化できる。
俺は首にかけている、母から貰ったペンダントを取り出す。
「例えば、この防寒の魔導具。これを起動させると、俺の全身を覆う空気の膜が出来るけど、どうやって個人の身体を測ってるのか分からないから、全く同じ物は創り出せないし。まぁ、このペンダントは実在するから、見た目がそっくりで同じ様な機能の物なら具現化できるけど……魔導具に詳しい人が見ればすぐバレると思う」
「ふむ、魔導具は魔紋によって効果を発揮するからな。魔紋の理屈を学べばバレなくなるのかもしれんな?」
「あ~そうかもね? とにかく、俺が違和感を持っちゃうとダメだね。邸の室温を一定に保つ魔導具なんて、見たことも無いから魔紋が分かっても無理だろうし……」
「邸の魔導具は地下に設置してあるからな、大事な物があるので今は儂しか入れん。まぁあの複雑な魔紋は、儂にはさっぱりじゃがな」
「そうなんだ? 多分、具現化魔術じゃなくて俺自身の限界なんだろうけどさ。後は、生き物とか食べ物も無理だね。生き物はそれぞれが意思を持ってるし、食べ物は自分の魔力を食べるってのが、どうしても気持ち悪く感じちゃうんだよね」
「そうか……まぁ水魔術で自分の喉を潤しても、一時的に乾きは癒せるが、その後、酷く渇きを覚えるからのう。そういうところは、属性魔術と似た様なものか」
「きっと、魔術の効果が切れちゃうからなんだろうね。それよりも、この小さい刃物みたいなのは何なの?」
「これは、投剣とか打剣と呼ばれる暗器の一つじゃな。レオンが王城で襲われた時に用いられたのと同じ類の物じゃが、ここに小さな穴があるじゃろ? この穴に紐や細い鎖を通して、投げつけた後で回収したり、振り回して威力を上げる、といった使い方をする」
「へぇ? でも、こんな小さな武器で身体強化を破れるの?」
「使い方次第じゃな。本来は暗器として使う。相手が気を緩めたり、疲れたりして、身体強化の効果が弱くなったところを狙うものじゃ。毒や痺れ薬なんかと合わせてな。ただ、これも極めれば相応の武器になる」
「へぇ……」
「取り敢えず、それぞれの武器の扱い方はまた今度じゃ。そろそろ、スヴェンのところへ向かおう」
「うん」
倉庫を出て、スヴェン老人のところへ向かう。昨日とそれほど変わらない時間だというのに、既に二十人以上が集まっていた。
「あ、貴族様だ!」「ちわーっす」「こんちわー!」
子供達は俺達に気付くと、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
「貴族様、何をもらえるの?」「オレ、今日が楽しみで、仕事を早く終わらせてきたんだ!」
「待て待て、焦る物乞いは貰いが少ない、というじゃろ? そう慌てるな」
「どういう意味?」「お前知ってる?」「ううん」
「そのようにがっついておると、次の機会を失うという意味じゃ。お主らの仲間はこれで全部か?」
「ううん、最近来なくなった奴らには声をかけてないよ?」「呼んでこようか?」
「いや、このレオンの修行に協力する気のある者だけじゃ。協力する気のない者はここへ残り、スヴェンに修行を見てもらえ。それ以外は、儂についてこい」
「わぁっ、オレ、協力するぜ」「あ、オレもオレも!」
何人か残ると思ったが、全員祖父について行ってしまった。武器といっても練習用だからなぁ……喜んでくれればいいけど。
俺は祖父達を見送り、スヴェン老人の小屋へ入る。
「こんにちは」
「うん、なんじゃ、小僧か……お前さんは、フュルヒデゴットについていかなくていいのか?」
「ええ、それよりこれを……」
俺は午前中、ハンネに買ってきてもらった、茶筒と茶葉がセットになった物を渡した。
「ほう、茶か……フュルヒデゴットの弟子にしては気が利くではないか。しかし、どうせなら米か麦あたりでもよかったのだがな? ま、ありがたく頂戴するか」
スヴェン老人は立ち上がって竈のところへ行き、石をカチカチ打ち鳴らし始める。また、お湯を沸かすのだろう。
そこに、バンッ! と小屋の引き戸を壊すような勢いで、扉を開ける若い男達が現れた。
「おい、ジジイ! ここのガキ共を貴族に紹介するってのは本当か!?」
「なんだ、お前ら? それが人にものを尋ねる態度か?」
「うるせぇ! 訊いてんのはオレなんだよ! ここのガキ共が貴族とコネを作って、警備隊入りを狙ってるそうじゃねーか!」
「誰から聞いたか知らんが、えらく話が飛躍しとるな……ふむ……」
すると、スヴェン老人はニヤリと口元を歪ませ、親指で俺を指差す。
「このレオンという少年に勝てれば、という話だ。まぁお前らでは無理だろうがな?」
「なにぃ? ガキ、表へ出ろ! ジジィ、オレたちが勝つところをよく見とけ! そして貴族に知らせろ!」
男達は喚き散らしながら外へ出ていく。祖父とのコネができようとも、警備隊や魔獣討伐隊へは、入隊試験でその実力を示さなければならない筈なんだが……
まぁ、普段から会えない貴族がいるとなると、あんな風に勘違いするのも仕方ないかもしれない。
おかしな話の流れだが、魔術の使えないスヴェン老人を頼る訳にはいかないだろう。
「小僧、本気でやれよ? 子供たちに使っていた吹き飛ばす打撃ではなく、身体の芯に残る方の打撃だ」
「え?」
「こう見えて、ワシも一応は人にものを教える立場なのでな。ある程度の実力くらいは見抜けるよ。お前さんは、武者修行に来たのだろう? ならば、色々な者と手合わせしてみるとよい」
本気、か……確かに子供達には、突き飛ばすような打撃を使っていた。無傷ではないにしても、多少の傷は一日か二日もすれば治るだろう。
ここは祖父に禁じられた、通魔撃を実戦で使えるよう、練習してみるのもありだろうか?
小屋から出ると、四人の若い男達が待ち構えていた。
「ヘヘヘ、先ずはオレからだ!」
「えっ?」
一人の男がいきなり殴りかかってきたので、つい大きく跳んで避けてしまった。
しくじったなぁ……今のパンチは隙だらけだったから、カウンターでいいのを入れられそうだったのに……
「おい、このガキ、ちょいとすばしっこいぞ? いいか、よく見てろよ! オレが……ゲフッ」
後ろを向いて、仲間に何か話しかけていた男にそっと近寄り、その脇腹に拳を突き入れた。男はその場で膝をついたが、これは失敗だな。
魔力が乗る前に、拳が先に相手へ辿り着いてしまった。
「グェエエ……ひ、卑怯な……グガッ!」
膝をついて脇腹を抑えながら、俺を睨む男の顎を蹴飛ばす。流石に頭への通魔撃は危険か……それよりもこの男、身体強化が全然ダメだ。
「あのさ、子供だからってナメ過ぎじゃない? 本気でやって欲しいんだけど?」
「何だとぉ……隙を突いただけのくせに、ガキがいい気になるなよ? 今度はオレが相手だ!」
次の相手は少し小太りの男だった。見た目通り力はありそうだが……その動きは緩慢で、攻撃を避けるのは容易だった。
こう躱しつつ、こうか?
「ええい! ちょこまか……グッ!」
ああ、今の突きもダメだ。
あの時……王都からの使者との試合で、祖父は通魔撃を用いて相手の攻撃を弾き、手や足にダメージを与えつつ、相手の胴に肘打ちを決めたんだよな。
どうして、あんなに何発も通魔撃を繰り出せるのだろう?
「小僧! もっと肩の力を抜け!」
スヴェン老人が飛ばした忠告にハッとする。もしかして……!
小太りの男が繰り出してきた蹴りに合わせて、通魔撃を放つ。掌で相手の脛を打ち据えると、
「グワァアアアッ!」
小太りの男の足が折れたようで、男は地面の上で足を押さえながら転げ回った。今のは上手く、身体操作と魔力操作が合致した。
そういえば、祖父に武術的な動きを習い始めた頃、脱力が大事なのだと言っていたのを思い出す。武術的な動きだけでなく、魔力操作でも力むと魔力の流れに淀みが起きる。だから、身体操作と合わなくなるんだ。
そうか、基本とか基礎が一番大事と言っていたのは、それが奥義とか極意に繋がっていくのだと言っていたのは、こういう事だったんだ。
よし、今の感覚を忘れないように……俺は残りの二人へ振り返る。
「次はどっちが相手してくれるの?」
「ヒ、ヒィ……」
「あっ?」
二人は背を向けて、走り出してしまった。俺は全速力で駆け出し、二人の前に回り込む。
「なっ!?」
「何処へ行くのさ? じい……師匠に取り次いで欲しいんじゃないの?」
「そ、そうだ! オ、オレたちは貴族に取り入って警備隊に入りたいだけで……」
「だったら、俺の相手をしてくれなくっちゃ……ちょっと今、いい感じで何か掴めそうなんだよ」
「い、いや、オレたちは……」
「ホラホラ、早く身体強化を始めないと、そのまま、殴っちゃうよ?」
「ま、まて!」
ごちゃごちゃ言っている男の脛を蹴りつける。ぎゃあ! とか言って、そいつは片足でピョンピョン飛び跳ね始めた。通魔撃どころか、軽く蹴っただけなんだけど……
「大げさな……こうやって対峙してるのに、どうして身体強化を使わないのさ?」
「ま、待て、話を聞け! オレは身体強化が……」
「はいはい、話はこれが終わってから、ゆっくり聞くさ。いくよ~?」
「わぁああっ!」
それから俺は、足が折れた奴以外の三人をボコボコに殴っていった。俺が子供だから真面目にやるつもりがないのかと思っていたが……どうも様子がおかしい。
倒れたまま、立ち上がろうとしない彼等を、引きずったり蹴飛ばしながら、小屋の前まで連れていく。スヴェン老人は、そのボサボサの頭をガリガリ掻いていた。
「師匠が師匠なら、弟子も弟子だな……無茶苦茶しおる」
「へ? この人たち警備隊に入りたいんでしょ? 強さ、特に頑丈さに自信があるのかと思ったんだけど、ガッカリだよ」
「あ~こいつらはな……街にある訓練場に通うも、その辛さから逃げ出した半端者だろう。真面目に通う者なら、こんなマネはせんよ」
「ハァ? だったら、どうして警備隊に入りたいだなんて……?」
「さぁな? まぁ警備隊は高給取りではあるが……」
「どういうことなのさ?」
彼等に尋ねてみるものの、誰も口を開こうとしない。
「お前ら、ワシとこの小僧で口裏を合わせれば、貴族に対して反抗しようとした、犯罪者として仕立て上げることもできるのだぞ? 貴族がワシらの言い分と、お前らの言い分、どちらを信じるかはその足りない頭でも予想できるだろう? そうなりたくなければ正直に話せ」
スヴェン老人が彼等に脅しをかけると、彼等はしょんぼりした感じで話し始めた。
どうにも要領を得なかったが、彼等は親の仕事を手伝う訳でもなく、別の仕事をするでもなく、真剣に訓練場へ通う訳でもない。
本人達もこのままではいけない、と感じていたそうだが、かといって真面目に働く気にもなれない。
そこに、子供達が周囲に吹聴して回ったのだろう、スヴェン老人のところへ通う子供達を相手にする貴族が現れた、という情報を手に入れる。
更に又聞きだからか、子供達が貴族に気に入られ何か貰う約束をしたのを、警備隊へ入るコネだと勘違いしたそうだ。
そして、スヴェン老人は魔術を使えないし、子供なら勝てるだろうとここへ踏み込んだ。彼等を脅し、貴族に紹介させれば、警備隊に入れるんじゃないか? と考えたらしい。
「どうしてまた警備隊に? 領都じゃなくても、この街の役人とかではダメなの?」
「オレたちがそんな賢そうに見えるか? 失敗ばかりして、上から叱られまくるのは目に見えてる。それより、警備隊に入って門衛にでもつけば、オレたちでもできそうじゃないか? 普段はボーッと突っ立ってるだけなんだからよ」
「お前らアホだろう……」
スヴェン老人は呆れたように溜め息を吐く。彼等が思っている程、門衛も簡単な仕事じゃないと思うけどな。
まぁ勉強のできない俺からすると、警備隊を目指すのは分からなくもない。
「じゃあ、オレたちはこれで……」
「あぁ、待って待って。取り敢えず師匠に会っていくといいよ。期待外れだったけど、一応、俺と勝負したんだからさ」
「し、しかし、お前に勝てば、という話だったのでは……?」
「フン、世間を舐めきっとる、お前らには丁度いい。少し待てば件の貴族も戻ってくる。そこで真相を詳しく知ればよかろう。それより、小僧、お前さん火の魔術は使えんのか? 茶を馳走してやろうと思ってな」
「魔術は得意じゃないんだけど……竈に火をつけるくらいなら出来そうかな?」
「おお、それでは頼む」
俺は具現化魔術で竈に火をつけ、スヴェン老人は湯を沸かす。そうして、俺だけではなく若い男達にもお茶を振舞ってくれたのだが……
「うすっ! 全然お茶の香りも味もしないじゃん!」
「アホ抜かせ、お前らなんぞ白湯でも十分なんだぞ!」
淹れてくれたお茶に文句を付けながら、俺達は祖父達の帰りを待つのだった。




