武器
翌朝、目が覚めると、丁度ハンネが起こしに来たところだった。
「あ、レオンハルト様、もう起きてらしたのですね? おはようございます」
「おはよ、今起きたとこだよ……ふぁあ……」
一階の食堂へ降りて行くと、既に警備隊の連中が食事をとっていた。彼等に軽く挨拶して適当な別の席に着くと、ハンネに問いかけられる。
「レオンハルト様、パンとご飯、朝食はどちらに致しましょう? 麺類もありますが、少し時間が掛かるそうです」
「へぇ? 朝食を選べるんだ? じゃあ、昨夜は、おじやでシメたからパンにしようかな」
「かしこまりました」
ハンネが朝食の注文を取りに行ってくれる。警備隊の連中を眺めると、朝からガッツリ食べているようだ。
そこへ、祖父とグレータが食堂に入って来て、警備隊の連中と軽く挨拶を交わす。祖父は俺の向かいの席に座り、グレータは奥へ向かった。
「爺ちゃん、おはよう。今日もスヴェン老人の所へ行くんだよね?」
「うむ、ただ、今日も朝から出かけるぞい」
「あれ? あの子たちは、朝から仕事してるんじゃないの?」
「無論、スヴェンの所へも行くが、今日は別の所からじゃ」
そこへ、ハンネが俺の朝食を持って来てくれる。バゲットに魚のフレークとタマネギ、その上にマヨネーズをかけて炙ったもので、結構美味い。
グレータが祖父へ持ってきたのは、丼に魚の切り身をヅケにしたものが乗っていた。祖父は二口ほど口にすると、一緒に持って来ていた急須から出汁を注ぎ、お茶漬けにして一気に食べてしまう。これも、美味そうだな……
それから、俺は祖父に連れられて宿を出た。一応、平民の振りという体で運動着に着替えてある。
「じい……師匠はこうやって出掛ける時、いつも警備隊や使用人を付けないの?」
「うん? うむ、儂に敵う者など先ずおらんし、居れば護衛なんぞでは何もできんじゃろう」
「まぁ、師匠より強い一般人なんて、ちょっと想像できないけどさ……」
「じゃろう? 一般人ではないが、エリーの奴はちょいと厄介じゃのう。フローラの教えがいいのか、あの若さで自分自身をよく理解しておる」
「もしかして、姉さんとは相性が悪い?」
「相性か……」
「母さんが言ってたけど、師匠みたいな相手は距離を取って、魔術を使ってれば勝てるって」
「確かにな。しかし、儂の突進を止めるには素早く相当量の魔力を魔術に込めねばならん。更には躱されたり捌かれたりした場合に備えて、次の魔術を準備しておかなければならん。それまでに、儂が相手に辿り着けるか、相手が魔術を準備できるかの勝負になるな」
「成る程? 姉さんが厄介ってのは?」
「エリーの奴は、ただの魔力弾へバカみたいに魔力を込めるのでな……牽制の魔力弾が、相当の威力を持っておる。あの無尽蔵に近い魔力量じゃから可能なのじゃろうが、あんな魔力効率の悪いマネ、普通ならば出来ん」
「へぇ?」
「いずれにしても、レオンも儂の様に、一人で出歩けるようにならんとな。それに、学園へ行けば護衛や使用人を頼れんぞ?」
「学園って、そうなんだ?」
「うむ、子供とは言え、周りは貴族じゃからな。色んな奴らが集まる学園では、意見の食い違う者も出て来るじゃろう。そこで、自分の意見を曲げぬためには、それなりの力が必要じゃ。全てが力で解決するとは言わんが、力無き者の意見には誰も耳を傾けぬ。ま、武術や魔術だけでなく、発言力や周囲をまとめる統率力など、何でもよいが、一目置かれるかどうかが肝じゃな」
「う~ん、よく分かんないな? 爵位で優劣が決まってるんじゃないの?」
「フッ、まぁ行けば分かる」
暫く歩いていくと、妙にゴミゴミしていて、何かを叩いたりしているのか、煩い感じの所へ出た。辺りは木箱や木材、石材なんかが建物の外に出してあり、その上を大きな布で覆っているだけだった。
倉庫だろうか? それにしては、外へ人が出ていて木箱の中を漁ったり、一本だけ角材を取り出し、建物の中へ運んでいったりしている。
「師匠、この辺りはなんなの?」
「この辺りは職人通りじゃ。領都にもあるが、この一角で、職人たちが色々な物を造り出しておる。レオンの修行のついでじゃな」
「へぇ、こういう感じなんだね」
ちらっと一軒、中を覗いてみると、職人達は忙しそうに何やら作業をしていた。
それから、周りの建物よりも、少し大きな建物の扉を祖父が開ける。中に入ると十人以上の職人達が整列し、祖父を見ると一斉にお辞儀した。
「お、お待ちしておりました、領主様。昨日、グローサー家の使いの方から聞いておりましたが、まさか、本当に領主様直々にお越し下さるとは……」
「あ~よいよい、商人を通さず、話を持ちかけたのは儂じゃからな。慣例を破っておるのはこっちじゃ、そう固くなるな」
「は、はい」
そういわれても、普段、貴族に会う機会の無い職人では緊張するだろう。ゲーミングチェアを設計しに来た職人も、やけに緊張していたようだったし……
「それよりも、注文の方はどうじゃ?」
「は、はい、一晩中かけて、ある程度は取り揃えましたが、まだ、規定数には……」
「なんじゃ、雁首揃えて儂に挨拶しとる暇があるなら、作業を進めんか。近隣の職人に協力を要請しても構わんぞ?」
「は、はい、お、おい」
祖父に命じられて、年老いた職人が周りに指示を出すと、彼等は移動しだした。
さっき、一晩中かけて、とか言っていたが……その重い足取りは、寝不足からきているんじゃないだろうか?
「ああ、それとな……」
「な、何でしょう?」
「追加注文の可能性がある。まぁ、恐らく十か二十か、その辺りじゃろう。今日の夕方辺りに、もう一度様子を見に来る」
「ヒ、ヒィイイイ」
祖父の言葉に、年老いた職人は目玉をひん剥いていた。言いたい事だけをいって、建物を出て行く祖父の後を追い、問い掛ける。
「なんだか、あの職人の人たち、師匠の無茶振りのせいで、顔色が悪かったみたいなんだけど?」
「フッ、向こうが勝手に勘違いしとるんじゃろう。儂は、昨日の今日で現物を用意しろ、とは一言もいっておらん。まぁ、使いにやったグレータが、そういう言い回しをしたのかもしれんがな。ただ、商人を通すと期日が随分と伸びる。職人共は無暗にいい物を造ろうとするから、期日破りを平気でやるのじゃ。腕のいい商人はその辺りを見越して、これだけの期間が欲しい、と儂らに交渉してくるのじゃがな」
「そうなんだ」
「商人も職人も貴族に粗悪な物など納品すると、信用を失う。そうなると、養っている家族だけでなく、その従業員や関係する店なんかで路頭に迷う者も出てくる。じゃから、慎重になるのは分かるのじゃがな。儂らが、この街に滞在できる期間はそれほど長くない。それに、今回した注文は練習用の武器じゃ。多少出来が悪くとも構わん」
「練習用の武器を、たくさん注文したの?」
「うむ、スヴェンの所へ通う子供たちに授けるのじゃよ」
「ああ、俺の練習に付き合ってくれたお礼って、そういうことだったんだ」
「あの子らは、スヴェンの奴へ支払う金が無いからな。自前の武器なんぞ、棒切れくらいじゃろう。それでは実力がなかなか付かん。恐らく、あの子らの親は、身体強化まで覚えられれば、それでいいと思っておるのじゃろう。じゃから、それ以上は金を掛けんでいいと財布の紐が堅いのじゃ」
「どうして? 強くなれれば、それだけ選択肢が増えると思うんだけど? 大叔父さんみたいに、王都の騎士になって家を貰えるかもしれないのに」
「人それぞれ、歩む道が違うのじゃよ。極端な話、花を売るのに、剣を振り回す必要は無いじゃろ?」
「そりゃそうだけどさ……じゃあ、俺が花屋さんになりたいって言ったら、じい……師匠は許してくれるの?」
「勿論、許さん。将来レオンが成人して、貴族証を返還し、グローサー姓を名乗らないと誓い、更にこの領を出て行く、というのであれば、止められはせんがな」
「まぁ、師匠に勝つまで、そんなつもりはサラサラ無いけどね」
「ガハハハッ、なら、そんな日は、一生かかっても来んかもしれんな?」
「むぅ」
それから引き返し、別の場所に向かって俺達は歩いていく。何処へ行くのかと尋ねると、祖父は俺の修行だと笑って答えた。
辿り着いた場所は、街の端の壁が建っている近くで、大分離れたところに、俺達が入ってきたのとは別の街門が見える。
祖父が立ち止まった先は、大きな鉄扉のある建物で、領都で見た倉庫のようだった。が、人も馬車の出入りもなく、扉は閉じられたままだ。
「使ってない倉庫?」
「儂の工房のつもりじゃが、今はそんなところじゃ」
そういって、祖父は大きな鉄扉ではなく、鍵で横の通用口を開けて、中へ入っていく。中は薄暗く、魔導灯が一つポツンと光っているだけだった。
祖父が指先に火を灯し、奥へ進んでいく。その後についていくと、幾つか大きなラックというのか、金属製の棚が壁際に設置してあった。何個か木箱が収納されているが、ほぼ空の状態だ。
そのまま奥へ行くと、レンガの壁で仕切った一角があり、そこに木製の扉が付いていた。
「え?」
その倉庫内の小部屋には、大小様々な剣や槍、弓……後はよくわからない物が、無造作に置いてあった。
「少し前から、ここに、様々な武器類を保管させておいた。魔獣討伐では、武器の扱いに慣れねばならんからな。レオンはこれらを使い、様々な武器の取り扱いを覚え、その具現化魔術に活かせ」
「これ全部を?」
「うむ、これは儂の考えじゃがな、具現化魔術の廃れた理由は、恐らく器用貧乏過ぎたせいじゃろう。武術の修行に果てがないように、剣でも槍でも一つの武器を極めるのに相当の時間がかかる。武術では千の技を知るよりも一つの技を極めよ、といった教えもあるくらいじゃ。具現化魔術では、強力な武器を幾つも創り出せるかもしれんが、担い手がへっぽこでは、一つの武器を極めた者には敵わんじゃろう」
「それなら、一つの武器を極めるために、一個だけ創り出せればいいんじゃないの?」
「何を言っておる、レオンが極めるべきは“変身”じゃろう? 儂では“変身”について何も手助けしてやれん。そこで武術を学ばせ、レオン自身の底上げをしておるところじゃ」
「あ、そうか……」
「更に様々な武器の取り扱いを覚え、使えそうな物を“変身”に取り入れよ。本来なら属性魔術を教えてからのつもりじゃったのじゃがな……しかし、その前に片付けからじゃな、レオン、手伝え」
「うん」
祖父が倉庫内のランプに、いくつか火を灯すと大分明るくなる。大きな武器は棚に立てかけ、小さな物は棚に並べていく。片付けを手伝いながら祖父に尋ねた。
「どうして、領都じゃなくて、こんな海辺の街に倉庫を造ったの?」
「まだまだ先の話になるが、レオンが成人した頃、儂はフローラに領主の座を譲り、引退するつもりじゃ。貴族によっては引退してからも、領の施策に色々口を挟むそうじゃがな。やはり、不和が起こるそうじゃ。時代を担うのは若い者でよい。新しいやり方を試みてもいいし、古い伝統を守ってもよい。領民の平穏を守るのであればな。そこに関しては、ディートもエリーもレオンもおるし、儂は何の心配もしておらんよ。これくらい離れて住んでおれば、フローラも簡単に儂を頼ろうなどとは思わんじゃろ?」
「ふぅん、引退してからはどうするの?」
「色々と考えておるよ。スヴェンのように、近所の子供たちへ武術を教えても構わんし、日がな一日、釣りをして過ごすのもいいのう」
「……爺ちゃんが引退したら、遊びに来てもいい?」
「勿論じゃとも。暇つぶしになるような、面白い話を持って遊びに来るといい」
「それまでに、爺ちゃんを超えて安心させてあげるね?」
「ガハハハッ! 頼もしいのう」
ある程度の片付けが済むと、お昼にしようと宿へ戻る。宿にはヴィムがやってきていて、魔獣討伐隊に連絡は済んだと、祖父へ報告していた。
「そうか、では、討伐隊からの連絡があるまでは、其方も自由にしてよい。が、昼間っから花街にしけ込んだりするなよ?」
「じ、自分は純愛に生きておりますので、そんなところへは行きません!」
「花街ってなに?」
俺が尋ねると、グレータが祖父の肩を叩く。
「フュルヒデゴット様、お戯れが過ぎますよ。この様な他人の多くいる場所で、グローサー家の品格が疑われます」
「そうじゃな、儂も少し気が抜けておるようじゃ。レオン、早くメニューを選べ。昼からも修行じゃぞ?」
「う、うん」
結局、花街については何も教えてもらえなかった。大人が行く場所のようだから、昼間からお酒を呑んで酔っ払い、いざという時、役立たずになるなよって話だったっぽい。ただ、どうして、わざわざ別の街まで出掛けるのかが分からなかった。
それから宿で昼食を済ませ、ハンネから荷物を受け取る。祖父と共に俺は再び倉庫へ行き、色々な武器の具現化を始めるのだった。




