足りないもの
「あうっ!」
俺は少女の突きを掻い潜って、掌底で相手の腹を打ち、彼女を吹き飛ばし転がす。
「うむ、レオンの勝ちじゃな」
「つ、つえぇ……」「オレと変わらないくらいなのに……」「身体強化をもう習得してるんだ……」「いや、それ以外にも何か……」
最初にいた少年達四人から、いつの間にかどんどん人が増えて、今は二十人くらいになっている。中には女の子も数人混ざっていた。
その中からスヴェン老人が八人を選び、俺は連戦に次ぐ連戦で勝利を収めていた。その八人以外はまだ身体強化が不十分なので、と見学に回されている。
ルールも少し曖昧で、一応、ここからここまでと、剥き出しの地面に試合範囲は決めてあるのだが、多少はみ出ても構わず継続されるのだ。取り敢えず、相手を転がせばそこで勝利となっている。
いつもの祖父との訓練に比べれば、彼らの力量は大した事がないので、俺が勝つのは当然と言えた。
彼等と試合をする前に、俺は祖父から習った武術の極意の一つである、通魔撃、を使ってはならないと指示されていた。
これは打撃を行う際に、魔力を自身の身体の中で通しながら、打撃に上乗せし、威力を上げるといったものだ。俺がやっていた、手や足に魔力を込めるのとはまた違う。
マグダレーネからの手紙で、俺の魔術訓練がお預けになった。その代わりに、と祖父から教えてもらったのだ。祖父が王都からの使者と試合した時に用いた技法で、祖父は身体強化を使わず、これで相手を打倒したらしい。
身体操作と魔力操作を同時にやる必要があり、互いの操作が合致しなければならないのだ。正直なところ、まだまだ、実戦で使える段階ではない。
「ふむ、これで全員か? よし、最初にやった三人、同時にレオンにかかれ!」
「げっ!?」
何て事を言うんだ、と思っていると、祖父の指示に少年達は戸惑ったのか、互いの顔を見回す。そこに祖父が煽りを入れる。
「どうした、お主ら? レオンにやられっ放しで悔しくないのか? ホレ、男じゃったら意地を見せてみよ!」
「アタシ、女なんだけど?」
「ガハハハ! そうじゃな、意地に男も女も関係ないか! ダメージが無いのなら、其方からやってもよいぞ!」
それを聞いた少女は水の魔力弾を放ってくる。俺は咄嗟に具現化魔術で黒い魔力弾を放ち、相殺を試みた。が、狙いが甘かったらしく、外れてしまう。
そこで、掌に魔力を集め水の魔力弾を横から叩いて逸らす。そして、少女に向かって行こうとしたのだが……
「たあっ!」
そこへ、横から少年が飛び蹴りで躍りかかってきた。俺は屈んで躱すと、その隙を突こうと立ち上がる。
すると、背後に何か気配を感じたので、前転してその場を離れた。別の少年がローキックを放ってきていたのだ。
一対多数ってのは、思っていた以上に厄介だ。とにかく時間を掛けずに、先ずはさっさと一人を倒さなければ……!
俺は地面を蹴って、ローキックを放った少年に向かって跳び出す。彼はその場で廻し蹴りを放ってくる。
上体を後ろに逸らして、目の前ギリギリでその蹴りを躱し、通り過ぎていく足を掴み取った。
「うっ、とっ……」
バランスを崩した彼の腕を取り、そのまま、肩からの体当たりを喰らわす。よろめいたところをサイドキックで蹴飛ばし、こちらに向かってきていた、もう一人の少年にぶつける。
「おわっ、ゴメン」「あ、しまった!」
偶々なのか二人がもつれ合って転び、残るは少女だけとなった。と、少し気が抜けたからだろうか?
「ぐっ!」
突然、背中に衝撃を受けて、俺は転びかける。手をついて背後を振り返ると、また別の少年が掌をこちらに向けていた。
恐らく、彼が放ってきた魔力弾を受けてしまったのだ。
「おう、惜しいのう、ホレ、次はお主じゃ。レオン、気を抜いとる暇はないぞ!」
「なっ!?」
驚く暇もなく、少女から水の魔力弾が飛んでくる。
「ええい、くそっ!」
そこからは無我夢中だった。倒しても倒しても、次々と対戦者が入れ替わり、転がった奴等は少し休憩をとると試合に参加してくるのだ。
更に身体強化が不十分なので、と見学に回っていた連中も参加しだした。流石に捌ききれず、遂に俺は転がされてしまった。
「くっそ~、ハァ、ハァ……」
剥き出しの地面の上で大の字になって、荒れた呼吸を整える。
「や、やったぁ……」「でも……」「全員でかかってやっとかよ……」「も、もう体力も魔力もねぇよ……」
「ガハハハッ! よくやった! どうじゃ、一人では敵わなくとも、皆で力を合わせれば、なんとかなるモンじゃろう?」
どっちの味方なんだよ、と思いながら、ムクリと上体を起こす。祖父は子供達に取り囲まれ、何やら楽し気に話していた。
「フッ、大分やられたな? どこか痛いところはあるか?」
そこへ、スヴェン老人が手を差し伸べてくる。
「あ~大丈夫です、流石に、理力……いや、体力の限界で転んだようなものですから」
「そうか、そこまで強がりが言えるのなら、大丈夫だの」
口元を歪ませて笑う、スヴェン老人の手を取り立ち上がる。
「レオンといったか? お前さんはフュルヒデゴットの愛弟子なんだな……恐らく、アヤツの無茶な要求に幾つも応えてきたのだろう?」
「無茶な要求? う~ん、そこまで無茶なことは言われてきてませんよ? 今回が初めてですかね? まぁ自分の足りないところを教えてくれたんだと思いますが……」
「そうか、では、これから色々な要求をされるのだろう……ま、ここは一つ礼を言わせてもらおう、ありがとうよ」
「へ?」
「あの子たちに良い経験をさせてもらった。その年齢で、あそこまでの強さを身に着けられるのだ、と知らしめてくれたのでな」
「はぁ……」
良い経験をさせてもらったのは俺なんだけどな? 数の暴力があれほど厄介だったとは……
「あの子たちの殆どは、警備隊や魔獣討伐隊を目指す。その内の半分でも通過できればいいのだがな……何せ、この環境で教えるのが魔術の使えぬワシ自身だろう? 何を言っても説得力が無さすぎるのだ」
「あの、どうして魔術を使えないのですか?」
「フッ、若かりし頃、禁忌を犯したその代償……いや、罰か」
「禁忌?」
「フュルヒデゴットがついているお前さんには、縁のない話だ」
スヴェン老人は笑って答える。その笑顔はどことなく無理をしている、そんな気がした。
既に日が暮れてきていて、空と海を紅く染めている。俺が祖父の側に寄っていくと、祖父は子供達に話しかけた。
「今日はこのレオンが世話になったな。暫く此奴を鍛えたいので、明日以降も今日のように其方らの力を貸してくれ。その礼として、明日、この時間にここへ来た者には儂からちょいとした褒美をやろう」
「やった!」「なんだろ?」「美味い肉だといいな!」
褒美、という祖父の言葉に反応して、子供達が騒ぎ出す。
「何を貰えるの、貴族様?」「今日は来てない奴がいるんだけど、明日ソイツを連れてきてもいい?」
「うむ、連れてきて構わんぞ。何が貰えるかは、明日になってのお楽しみじゃ」
祖父が気前のいい言葉を残して、彼等と別れる。帰り道で俺は祖父に尋ねた。
「じい……師匠との訓練だけで得られないものって、多人数戦のことだったんだね?」
「うむ、警備隊や魔獣討伐隊で、手の空いている連中でも良かったのじゃがな、既にレオンの正体はバレておる。中には手心を加える者もおるじゃろう。領都の訓練場に通う子も同じような理由で外してある。あの子たちなら、レオンに遠慮なくかかっていくじゃろうし、まだまだ、未熟な者たちを相手にして得られるものもある。多人数相手はどうじゃった?」
「とにかくきついとしか……相手が一人だと、そこに全神経を向ければいいけど、多人数だと周囲に気を付けなければならないからさ。どうしても、気が逸れるというか、散漫になるというか……」
「そうじゃな。じゃがな、周囲に気を配れなければ、どんなに威力のある武術や魔術を学んでも役には立たん。訓練では練武場のような平らな場所でやるが、実戦ではそのような好条件はまずない。外では木や石、段差なんかは当然あるし、街中ではこのような木箱や、壁、ゴミなんかがある。その上で、多人数相手に自分がどう立ち回るべきか、瞬時に判断せねばならん。周囲への認識が甘かったせいで、ちょっとした小石に蹴躓いてやられてしまった、なんて醜態をさらしたくはないじゃろう?」
「そりゃそうだね……」
彼等からイマイチ視線を感じ取れなかったのは、やはり練習だったからだろうか? 魔獣の場合は分かりやすいくらい、敵意剥き出しなんだよな……
「それより、あのスヴェン老人が禁忌を犯したから、魔術を使えなくなったって言ってたけど、ホントにそんなことがあり得るの?」
「禁忌、か……アヤツがそういうのなら禁忌なのじゃろう。ま、アヤツ自身の過ちであるのは違いない。……儂が学園を卒業し、魔獣討伐隊での任務を始めた頃、若くしてスヴェンの奴は既に小隊の隊長じゃった。レオンの知る人物で言うなら、ツェーザルやイーナの様な感じかのう」
スヴェン老人は、祖父が魔獣討伐隊で本格的な活動を始めた頃、世話になった人物なのだそうだ。
祖父は照れ臭いのか、腐れ縁だといっていたが、魔獣討伐隊で一緒に過ごすうちに性格があったのか互いに意気投合し、そこで貴族と平民の間を超えた友情が生まれたようだ。
ある時、スヴェンの奥さんが腹痛を訴えだした。やがて、排泄物に血が混じりだし、奥さんはどんどん痩せていく。医師に何度も診てもらったが原因は不明で、そのまま彼女は逝ってしまった。
嘆き悲しんだ彼は、それまでに溜め込んでいた全財産を使い、更には借金をしてまで魔石や魔導銀を買い漁った。そして、奥さんの遺体の周りに魔石や魔導銀を敷き詰め、自身の全魔力を遺体に送り込んだ。
祖父も本人に話を訊いただけなので、それ以上の詳しい状況は分からない。
「――その反動じゃろうな、アヤツが魔力を扱う術を失ってしまったのは……レオンも知っておるじゃろうが、御伽噺や物語では、死者蘇生は必ずと言っていいほど失敗する。例え成功しても、直に身体がボロボロになってしまったり、異形の怪物のようになってしまったり、と結末は悲惨なものしかない。死んだ者は生き返らぬ。世界の摂理に逆らった代償なんじゃろう」
「そこまでして、取り戻したい大切な人だったんだね……」
「そうじゃな。儂にはフローラがおったから、リーゼが……トルデリーゼが亡くなった時も取り乱さずに済んだが、スヴェンの様になっていたのは、儂じゃったのかもしれん。世話になっただけではなく、他人事のように思えんのじゃ。じゃから、こうして偶に様子を見に来ておるのじゃよ」
「そうだったんだ……」
難しい話だな……代償を支払ったのに報われないどころか、更に不幸に見舞われるだなんて。
不思議な現象が起こせる魔術でも、生き返りはできない。それにしては、転生なんてものがあるし、マグダレーネのような例もあるんだよな……
すると、祖父にポンと背中を叩かれる。
「レオンが気に病むことはない。自業自得と言ってしまえば酷かもしれんが、それでも、現実を受け入れられなかった、スヴェンのせいなのじゃから……」
それから宿に着くまでの帰路で、俺は祖父から幾つか、多人数戦についてのアドバイスを貰う。
宿に着くと、ハンネと祖父についている使用人のグレータが待っていた。
「わぁ、ホントに帰ってきましたよ、グレータさん。お帰りなさいませ、領主様、レオンハルト様」
「お帰りなさいませ、フュルヒデゴット様、レオンハルト様。レオンハルト様は先にお風呂を済ませてくださいませ。随分と汚れておいでですよ」
「ほい、風呂場は何処になるのかな?」
「こちらです、案内しますね」
ハンネに案内されて、一階の風呂場で汚れを落とす。ハンネに聞いたところ、グレータはそろそろ俺達が戻ってくると予測し、風呂場を押さえたのだそうだ。
なので、待たされる事もなく、他の客とも全く出会わなかった。
ハンネが用意してくれた服に着替え、食堂へと案内される。割と広い食堂で、そこでは何人もの客が楽しそうに食事をとっていた。
既に祖父は一杯やっていて、その向かいの席に着く。
「爺ちゃん、もう呑んでるの?」
「お、来たかレオン。これくらいは嗜んでおる程度じゃ、直に鍋が来るからしばし待っておれ」
そういう、祖父の前には幾つかの小鉢が並んでいて、酒のアテに色々とつまんでいるようだ。祖父のいう通り、それほど待つ事もなく鍋が運ばれてきた。
海産物の豊富な街とだけあって、運ばれてきたのはカニまで入っている海鮮鍋だった。
「爺ちゃん、これどうやって食べるの?」
「うん? カニは初めてじゃったか?」
「いや、カニ飯とかカニクリームコロッケとか食べたことあるよ? けど、こんな殻付きのまんまなんて、初めてなんだけど?」
「そうじゃったか? そういえば、邸ではあまり出さんな。このスプーンでな……」
祖父がやるのをマネしながら、細長くなったスプーンでカニの足から身をほぐし口にする。
「どうじゃ、美味いじゃろう?」
「うん、美味しいね……でも、こうチマチマして食べるのがどうも……」
「そうか、まぁ、カニ自体はそれほど入っておらんから、後は普通の鍋のように食べればよい。次はカニしゃぶでも注文するかのう」
「カニしゃぶ……爺ちゃんってカニ好きだったの?」
「そういう訳でもないが、稀に無性に食べたくなるのう」
「そうなんだ」
多分、こういう食べ方は貴族らしくないんだろうな。きっと使用人に給仕させながら食べるのが正しいのだろう。その辺りの事を祖父に訊くと、
「フッ、他の貴族がいるところで気を付ければよい。行儀作法なんぞ、共に食事する者同士で不快感を与えぬために生まれたようなものじゃ。存外、行儀が悪いとされておる食べ方の方が、美味く感じたりするぞ?」
そういって、祖父は笑いながらカニを頬張っていた。




