幕間・エリザベート最強伝説 2
エリザベートの二つ名に『暴風の魔女』というものがある。その名が示すようにエリザベートは風魔術をよく使用していたようだ。
ここで勘違いしないで欲しいのは、彼女は風魔術が得意だったのではないし、好んでいた訳でもないという点だ。
また、彼女は洗礼式の際、雷の属性検査を避けていたのを覚えているだろうか? 神殿に残っていた資料からも、雷魔術の適正無しと記されていた。この点から雷魔術を使えなかったと論ずる者もいるのだが、恐らくそうではない。
これは私の推測になるのだが、エリザベートは全ての属性を使えたのではないだろうか?
エリザベートがどれ程の魔力量を有していたのか、凡人である我々には不明なのだが、その膨大な魔力量ならどんなに変換効率が悪くとも、雷魔術の行使はできた筈なのだ。
ただ、過去の文献や資料から、エリザベートが雷魔術を使った記述は一切見つかっていない。なので、私一人が馬鹿にされるのは構わないが、諸君等はその様な推察もあるのだな、くらいに留めておいて欲しい。
さて、洗礼式を終えたエリザベートは子爵領に戻った。
子爵領での彼女の活動は、公的な記録には余り残されていないが、御伽噺のような話はいくつか残っている。
怪鳥のような魔獣の背に飛び乗り、空を自由に駆け回ったとか、子爵領にある一番大きな湖の水を一瞬で蒸発させた、魔獣討伐の被害にあった村を丸ごと溶岩の海に変えた、等々。
胡散臭い話ばかりだが、特に信じられないのは、怪鳥の背に乗ったという話だろう。他の話はどれも、エリザベートの多すぎる魔力量を物語るばかりだが、怪鳥の話は彼女の豪胆さを物語っている。
そんなエリザベートは、再び公の場に現れた。当時の貴族の子息達は、十歳になると学園へ通うため王都へ赴くのだが、彼女もまた、例に漏れず王都へやって来ていたのだ。
そこでエリザベートは学園に入る前にまず、一人の騎士と対決している。何故そんな事になったのか、経緯は定かではないのだが、実にエリザベートらしい。
その時の様子はいくつかの書物に残っているが、一番詳しいのはブルーメンタール侯爵家のカサンドラが残した物だろう。
彼女は彼女で一角の人物ではあるが、そのような人物とエリザベートが交流を持っていたのは興味深い。
――前略――
私が初めてエリザベート・グローサーと出会ったのは、秋も終わりの“冬の始まり”が間もなく訪れる頃でした。
「ああ、それで、二世、三世と代々、後を引き継げるのですか」
「ええ、採点する者は王宮から厳選されますが、問題文はその職場毎で作りますからね。身内で内容が筒抜けになるのが、当たり前になっているのですよ」
宿で挨拶を交わし合った後、互いの領について話をしていたのですが、私には答えられない問いが出てきました。それを見かねたお母様が助けてくれたのですが、そのまま、彼女はお母様とばかり話すようになってしまったのです。
私が少しつまらないな、なんて思っているとエリザベートが話を振ってきました。
「そういえば、カサンドラ様。先日、おいしい栗のケーキを出すカフェを見つけました。侯爵領に戻る前に一度、ご一緒しませんか?」
「まぁ、栗ですか? 私、栗が好物ですので是非とも、その店を教えて頂きたいですわ」
そこから、私達は王都での店や流行りについて盛り上がり、その場はいい雰囲気で終わりました。
「あれがエリザベート・グローサーですか……カサンドラ、貴方が男ならあらゆる手段を尽くしてでも手に入れなさい、と言い付けるところですが……学園では仲良くしておきなさい」
私達の滞在する宿の食事部屋から、エリザベートが退室するのを見送っていたお母様が呟きます。
「お母様がそこまで言うなんて珍しいですね?」
「そう?……そうかもしれませんね。グローサー家の教育の賜物なのか、彼女自身の資質なのかは分かりませんが、彼女は学園に通う前だというのに、既に貴族として完成しているのです。その証拠に、彼女はつまらないと感じ始めた貴方に話を振って話題を変えたでしょう?」
「え? 顔や態度に出ていたでしょうか?」
「いいえ、貴方の表情やしぐさは完璧でしたよ。ただ、貴方に口を挟む余裕がなさそうだ、と見て取って、咄嗟に話題を変えたのです。しかも、解り難い公爵家の仕組みなんかでは無く、お菓子の話をしてね」
「私はまんまと、話に乗せられてしまったわけですか……」
「それだけではありません。彼女は殆ど聞き役に回っていたでしょう? あの年頃の下位貴族で、これが出来る者は非常に少ないのです。下位貴族の者は、どうしても自分自身や、自領の話だけをしがちですからね。お茶の席では、高位貴族である貴方が出来るようにならないといけないのですよ?」
そういえば、昔から私についている教師がそのように言っていました。
洗礼式を終えた私は、ブルーメンタール家と懇意にしている貴族達とで何度かお茶会をする機会がありました。
皆に洗礼式を終えたと知らせるお披露目の様な物だと聞かされていたのですが、侯爵という私の爵位に気を使わせていたのかも知れません。
私は皆が祝意の述べてくれることにお礼を返すだけでしたから、エリザベートの様な配慮はできなかったように思います。
その翌日、私達はエリザベートが行う対決を見物する為、騎士団の訓練場へ赴きました。出迎えてくれた団長代行に一言断り、私は一人の騎士に命じてエリザベートの控室まで案内させます。
恐らく緊張しているであろう彼女を激励、とまではいかずとも、少しでも気持ちを奮い立たせてくれれば、と思っていたのですが……
控室の前の通路からは、何やら賑やかな雰囲気が漂ってきます。違和感を覚えたまま控室に入ると、エリザベートは使用人達と楽し気に話しているようで、決闘の準備もまだのようでした。
「あら? カサンドラ様、こんなところまでやってきて、どうされましたか?」
「あ、いえ、その、フロレンティア様にご挨拶をしたかったのですけれど、こちらにはいらっしゃいませんの? 昨日もお会いできませんでしたので……」
同年代の私達は、侯爵である私が、子爵であるエリザベートに会いに来たとは言えません。そこで、彼女の母親を引き合いに出したのですが……
「ああ、お母様なら王族がいらっしゃっているからと、そちらに残っています。カサンドラ様は、もう挨拶はお済になって?」
「王族が見えられているのですか? 直ぐにでも向かいますね。それよりも、準備がまだのようですが?」
「準備……? ああ、対決のですね。そうですねぇ……ま、何とでもなるでしょう。ところで、カサンドラ様はこの後、時間がありまして?」
「え? ええ……」
「でしたら対決が済み次第、昨日お話したお店に行きませんか? 今から、うちの使用人を向かわせて、予約を取らせておきますから」
「あ、いえ……」
私がエリザベートのあまりにも余裕のある態度に戸惑っていると、迎えが来てしまいました。彼女は使用人に深紅の外套を羽織らせてもらうと、そのまま控室を出ていきます。
あの外套に幾つもの魔紋が縫い付けてあるのでしょうが、とても戦いに赴く姿には見えません。まるで普段着のまま気軽に、この寒空の下へ散歩に出かけるようでした。
「カサンドラ様、今回は実験も兼ねていますので、少し時間がかかるかもしれません。もう栗も終わりの時期なので、まだ残っているといいのですが……ま、その時はその時ですね」
エリザベートは笑顔でそんな言葉を残し、去っていきました。彼女は今から対決を行うのです。下手をすると傷を負うかもしれないのに、私との予定を、栗の心配などしている場合ではないと思うのですが……
激しい違和感に包まれながら、私は身体強化を使って急ぎます。もちろん、少しでも優雅に見えるように気を付けてです。
急ごしらえで設えたのでしょう、石舞台のある訓練場には粗末なベンチが置いてあるだけでした。王族は王女殿下だけがいらしているようで、殿下は粗末なベンチにクッションを敷いて腰かけていました。
「こちらです、カサンドラ」
私に気付いた王女殿下が、自身の隣に敷いてあるクッションを軽く叩きながら私を呼びます。お母様は見届け人役ですから、舞台袖でフロレンティア様や他の方達とで見守るようです。
私は王女殿下に挨拶した後、命じられたまま殿下の隣へ腰かけます。
「このように王女殿下の隣に腰かけるなど、不躾が過ぎると思うのですが……」
「わたくしは気にしませんし、周囲の者が何を言っても黙らせますよ。そもそも、王家の者が、このような他人の対決の場に顔を出すのが不躾なのです。本来は結果だけを聞けばいいのですから……ですから、これも形を変えた、お忍びのようなものなのです」
「そうなのですか……殿下もエリザベート・グローサーの噂は、気になっていたのでしょうか?」
「ええ、破格の魔力量といっても、扱える魔術は訓練次第ですからね。それに、カサンドラもそうでしょうが、わたくしも魔術訓練を始めたところです。学園へ通うまでにどの程度のことが可能なのか、知りたいとは思いませんか?」
「そうですね。ただ、エリザベートは負けても構わない、と思っているかもしれません」
「あら、そうなのですか?」
私が王女殿下に控室での様子を話そうとすると、準備が整ったようで二人が舞台に上がります。
騎士の方は全身甲冑で盾まで所持していました。盾を持ち出しているとなると、あの腰の剣は魔導剣なのでしょう。
対してエリザベートはやはり、普段着のような深紅の外套姿で、魔術を補助する杖すら持っていません。
舞台上の別の騎士が開始の合図を告げ、舞台から飛び降ります。
甲冑の騎士は盾を構え、剣を引き抜き、腰を落としました。すると、甲冑と手にした剣や盾が光を帯び、魔紋からの強化を得ているのが分かります。
それを見たエリザベートは、手を挙げ指先から魔力弾を放ちましたが、盾で防がれてしまいました。
その後もエリザベートは次々と魔力弾を放ちますが……何の変哲もないただの魔力弾では、と私が思っていると、騎士も同じ印象を持ったのでしょう。盾で防ぐよりも、鎧に当たるのも構わず前進を始めました。
その意識の切り替えを狙ったのでしょうか? エリザベートは出していた手の形を変えて、それでもやはり魔力弾を放ちます。しかし、その魔力弾は質が違うのか、甲冑の肩に当たった魔力弾で騎士はよろめきました。
更にエリザベートは質の変わった魔力弾を、次々と放っていきます。騎士は改めて盾で防ぎ始めますが……エリザベートの放つ魔力弾は曲がりくねり、盾を避ける軌道をとって騎士を襲うのです。
見事な魔力操作、と言わざるを得ません。
騎士もただ黙って、魔力弾を受け続けているわけではないようです。前進しようとしているのですが、その機会をエリザベートが与えません。更に増え続ける魔力弾になす術がないようでした。
「くそが!」
騎士が大声を張り上げ、地面に剣を突き立てると、彼の前に大きな土の壁が出来上がります。
エリザベートの魔力弾は土の壁で防がれるのですが、彼女は気にも留めず何発も魔力弾を放ちます。すると、土の壁が削れ、騎士の姿が露になりました。
しかし、騎士も考えなしではないようで、また新たに土の壁を作り出しては、少しずつ距離を詰めようとします。
「ふぅん、ま、こうすればいいだけなんだけど……」
エリザベートが一言呟くと、騎士とは違う方向へ魔力弾を放ちます。すると、魔力弾は直角に曲がり、土の壁を避けて騎士を襲うのです。魔力弾によって土の壁から弾き出された騎士を再びエリザベートが狙います。
その魔力弾の数は、先程までと違って圧倒的に数が多く、数十発の魔力弾を一斉に受けた騎士は舞台の端まで転がっていきました。
この対決の取り決めを私は詳しく聞いていませんが、エリザベートはわざとそこで手を止めたようです。よろよろと立ち上がる騎士に追撃を加えれば、この対決は終わる筈ですが……
「明らかに力量が違いすぎますね、ただの魔力弾だけでここまでとは……あれでまだ、あの騎士の心が折れていないのは別の意味ですごくはありますが、もう勝負はついたようなものでしょう」
王女殿下が感心したように呟きます。
「ですね、魔力弾は属性への変換の手間を省くから、素早く繰り出せるのが利点です。しかし、威力を出せないから牽制や迎撃用だと聞いていましたが……あそこまで魔力を込められるとは……」
「彼女の魔力量が尋常ではないという証左かもしれませんが、注目すべきはその魔力制御と魔力操作でしょうか? しかし、彼女は何故、属性魔術を使わないのでしょう? 何度か使える機会があったように思えますが……?」
そういえば、彼女は控室を去り際、実験を兼ねている、と言っていました。ただの魔力弾でどこまで通用するか試していたのでしょうか?
舞台上に目をやると、騎士が剣をついて立ち上がったところでした。
「せっかく立ち上がったところ悪いけれど、もう終わらせるわね? 騎士というからには、もう少しマシな戦いになるのかと思っていたのだけれど、これじゃあ、私が弱い者イジメしてるみたいだしね」
「なん……」
騎士が何か返答する前に彼女は魔術を放ちます。それは属性魔術では最も威力が弱いとされている、風魔術でした。
風魔術は基本透明ですが、空気を歪ませるのでどこを飛んでいるのか分かります。しかし、彼女の風魔術は縁にくっきりと緑色がついていて、しかも割とゆっくり飛ぶのです。
これでは、躱したり盾で受け止めるのは容易だ、と私が思った瞬間、風の塊は騎士の前で弾けました。すると、瞬く間に、騎士が着けている甲冑の隙間から血を噴出させたのです。
そのまま騎士は倒れてしまい、仲間の騎士達が舞台に駆け上がります。何が起こったのか、私には分かりませんでした。
エリザベートも倒れた騎士の方へ歩み寄り、何やら様子を見ていたようですが、直ぐに振り返って舞台を降りました。彼女はお母様達と少し話した後、私達の方へ向かってきます。
「お待たせしました、王女殿下、カサンドラ様。面倒な後始末は大人たちに任せて、私たちはお茶に行きましょう」
「お茶ですか?」
「ええ、美味しい栗のケーキを出す店があるのですよ。殿下の予定が詰まってなければどうですか?」
「予定が詰まっていようとも、その店はわたくしが確認せねばなりませんね。メラニー……」
恐らく、王女殿下は何か予定があったのでしょうが、使用人に命じて変更させているようでした。
私もそうですが、誰も殿下を諫めようとしないのは、きっと誰もがエリザベートの話を聞きたかったのに違いありません。
そうして、私達は騎士団の訓練場を後にしたのです。
――後略――
この後の店に向かって、どのような話し合いが行われたのかは、不自然なくらいバッサリ切られている。単に書き残す程の話ではなかったのか、王家や侯爵家にとって不都合な話だったのか、魔術についての極秘情報だったのかは不明である。
意外に思えるかもしれないが、エリザベートは貴族として王族や上位貴族にはきちんと礼節を重んじている。
では、彼女がどこで無慈悲だとか、非人道的だとか言われ出したのか? それは彼女が起こした学園での騒動になる。




