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具現化能力を得たので変身ヒーローになってみる  作者: Last


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遠い記憶とお別れ


 祖父と魔術訓練を始めた頃、マグダレーネから手紙が届いた。


 内容は、マグダレーネが戻るまで、俺に属性魔術の訓練はさせない様に、とだけだったそうだ。何故、属性魔術の訓練をしてはいけないのかの理由も、マグダレーネ自身の近況も書かれてなかったらしい。


 祖父は筆不精にも程がある、と不満を漏らしていたが、ひとまず俺の魔術訓練はお預けとなった。


 それから程なくして、ユッテとは別に新たな使用人が俺につくようになる。ユッテの後を引き継ぐ予定の彼女は、今年成人したユッテの妹で、どこかユッテに似ている。

 彼女は成人前から邸に出入りしていて、使用人としての仕事を習い始めていた。


「ほら、ハンネ、レオ様はそろそろお飲み物が欲しくなるころです。準備を始めなさい」

「はい、レオンハルト様、今日のお飲み物は何になさいますか?」


 俺は開いていた本を閉じて答える。


「レモンスカッ……いや、もう寒くなってきたから、レモンティーで」

「かしこまりました」


 ううむ、前世では、無くて七癖……なんて言われていたけど、ユッテにここまで俺の生活習慣を把握されているとは思いもしなかったなぁ。今までさり気なく準備されていたのは、ユッテの気遣いだったのか。


 ハンネはユッテに見守られながらレモンティーの準備しだす。

 茶器や食器棚はユッテの要望を聞いてから備えてもらった。おかげで、わざわざ食堂まで行かなくてもいいようになったのだ。


 用意してもらったレモンティーを啜りながら、父が残していった問題文を眺める。父は暫く領都を離れ、領内の街を巡るのだそうだ。

 その間、教本を見ても構わないから解いてみなさい、と問題文を何枚も残していったのだ。所謂、宿題なのだが……まだ、三割も解けてない。


「う~ん……」


 背もたれのある椅子の上で大きく伸びをする。今日はここまでにしようかな。


「ユッテ、ハンネ、それを飲み終わったら、今日はもう邸へ帰ろうか」


 俺は執務室の隅に置いてあるソファに腰かけて休憩しながら、何か小声でやり取りしている二人に声をかけた。


「はい、かしこまりました」


 そうして、ユッテ達が茶器を片付け、帰る準備が出来るのを待ち執務室を出る。移動床の前で順番を待っていると、姉もやってきた。


「あら、レオ、もう帰りなの?」

「うん、そうだよ。姉さんも帰るんなら一緒に帰る?」

「いいえ、私たちは少し寄り道してから帰るつもりよ」

「そうなんだ」

「あ~、レオ、アンタ、自分についてる使用人を労ってる? 偶には甘味処へでも連れて行ってあげなさいな、アンタの奢りで」

「え? もしかして、姉さんって普段からそんなことしてるの?」

「当り前じゃないの、私のために手を尽くしてくれてるのだから」


 そういえば、最近は自分の事ばかりで、ユッテを思いやれてなかったな……いつものように、身体強化で邸まで帰るつもりだったが、偶には息抜きもいいか。


「レオ様、私たちに気を遣っていただかなくても結構ですよ? 給金はしっかり頂いておりますので」

「ああ、うん、ユッテたちに気を遣うんじゃなくて、俺が気晴らしに出掛けたいんだよ。俺の我儘に従ったのなら、マーサにあれこれ言われることも無いでしょ?」

「レオ、私について来る気なら、アンタたちの分は自分で出しなさいよ」

「いや、姉さんにはついていかないよ。ちょっと、自分の脚で気の向くまま歩きたいからさ」

「そう、ま、気を付けなさい」


 姉は移動床で先に行ってしまい、俺はお金を用意してもらう為、母の執務室へ向かう。


「へぇ、珍しいわね? レオが出掛けるだなんて……ま、これも勉強ね。ユッテ、レオは物の価値がイマイチ分かっていないようだから、面倒でも教えてあげてね」

「はい、心得ております」


 転生する前もそうだったが、俺は一人で買い物をした経験がない。前世では病弱だったからだが、今は何か欲しくなれば、周りに告げればいいだけだからだ。

 いずれ、俺独りで買い物をする機会が訪れたりするのだろうか?


 それから、俺達は庁舎前に護衛の警備隊を残し、領都へ繰り出す。彼等には少し領都をぶらついた後、庁舎前に戻ると言ってある。


「姉さんにはああいったけどさ、俺、甘味処なんて知らないから、ユッテたちが知ってるお勧めの店を教えてくれる?」

「あ、それなら、金の林檎亭はいかがでしょう?」

「ハンネ、それは貴方が滅多に行けない高級な店に行きたいだけでしょう? それに……」


 金の林檎亭――どこかで聞いたような? ああ、お姫様を案内しようとした店か……あまりいい思い出がないな。


「レオ様、もしかすると、エリー様も向かっているかもしれません。そちらで出会う可能性もありますが?」

「あ~、そりゃちょっと気まずいね。ハンネには悪いけど、今回は庶民が気軽にいくような店の方がいいかな? その内連れて行くよ」

「あ、いえ、レオンハルト様に是非、金の林檎亭のアップルパイを食べて頂きたかっただけですので……」

「へぇ、金の林檎亭っていうだけあって、アップルパイが名物なんだ?」

「そうですね、子供の頃、アップルパイで有名になった店だと聞いたことがあります。私たちが行くような店だと、レオ様の口に合わないかもしれませんが、琥珀の蜂蜜亭にしましょうか」


 よく晴れた寒空の下、ユッテの案内で領都内を進んでいく。馬車の行き交う大通りから、一本細い路地へと入る。その路地には小さな店が集まっているようで、様々な店舗が並んでいた。


 その中の、小さなプランターを両脇に置いてある扉をユッテが開けると、コーヒーのいい匂いが漂って来る。

 案内された店は夕方前だというのに結構混んでいた。小さな店で、カウンター席の他は二つしかテーブル席がない。


「あら、ユッテにハンネ、今日はお休みだっけ?……まさか、その恰好は姉妹揃ってサボり?」


 俺達を出迎えた若い女性の店員は、ユッテ達に親し気に話しかける。


「そんな訳ないでしょ、今日はこちらのレオンハルト様を案内しているの。アンタの態度次第では、二度と店に寄ってもらえなくなるわよ?」

「まぁ! もしかして、グローサー家の!? さ、どうぞ、どうぞ、奥へ。ホラ、アンタたち、紅茶一杯でいつまでも粘ってんじゃないわよ。そこを空けなさい」

「えぇ? 横暴だわ!」

「あ、いや、そんなつもりは……」


 店員が、ハンネと変わらないくらいの女の子達を追い出そうとする。俺としては、そこまでしてこの店でお茶したいとも思っていないので止めようとするが、するりとユッテが前に進み出た。


「ごめんなさいね、お礼にこの場はレオンハルト様の奢りです。気を悪くしないでくださいね」


 そういって、ユッテは彼女達が着いているテーブルの上に伏せてあった、伝票を取り上げた。すると彼女達は、そういうことなら、と笑顔になって席を立ち、俺達にお辞儀をして去って行く。


「浮いた分で、キキのシュネーバルを食べに行かない?」

「あ、いいわね、それ。行こう、行こう」


 鮮やかな気持ちの切り替えを見せつけられ、俺は唖然としてしまった。年齢によるのか、平民だからなのか、女性特有のものなのか……俺にはよく分からないが、こういうお金の使い方もあるのだな……


「レオ様、申し訳ありません、余計な出費が増えてしまいました。ただ、あの場は……」

「ああ、いいよ、いいよ、気にしてないから。どうせ、何もしないで貰ったお金なんだから、有効的に使えばいいさ」

「あの、何もしていないってことはございませんよ? レオ様の予算は、魔獣討伐の成果で随分と増えています。レオ様が全く使用しないので、溜まる一方ですが……」

「うん? ああ、洗礼式から戻ってきた時に、魔獣討伐へ参加したあれか。そういえば、カティアが上手くいった、みたいなことを言ってたっけ……」

「それだけではありません。レオ様はマグダレーネ様と一緒にいる時、魔獣討伐の機会があったのでしょう? その時の素材代の一部を、マグダレーネ様がフロレンティア様へ、レオ様のお稼ぎになった分だと預けているのです」

「え? そんなの初めて聞いた……へぇ、マグちゃんがねぇ……」


 恐らく、母はマグダレーネが、マグダレーネは母が、と互いに俺へ伝えていると思い込んでいるのだろう。それで俺が知らなかったのに違いない。


 俺は二人に命じて同じテーブルに着いてもらい、ユッテにお勧めのものを選んでもらう。ユッテが選んだのはババロアで、ハンネはよくあるイチゴのショートケーキを頼んでいた。


 店員が運んできたババロアには、黒いソースと黄色の粉末が振りかけてあった。ソースはチョコレートかな? と思っていたのだが、そのババロアを口にして気付く。

 これ、ソースはチョコじゃなくて黒蜜で、黄色い粉末はきなこだ。


 この世界で初めて口にした黒蜜きなこに、俺の遠い記憶が呼び覚まされる。


 あれは、前世で物心がつき始めた頃だろうか? 場所が定かではないのだが、俺は呼び止めてもらった軽トラのおじさんに握りしめた硬貨を渡し、わらび餅を受け取った。一緒にいたのは誰だったのかも思い出せない。


 ただ、その時の初めて買い物をした記憶が、黒蜜きなこによって呼び起こされたのだ。


 なんて事のない思い出だけど、俺は一応、買い物をした経験があるのか……これを経験と言っていいのか分からないが……


 懐かしいとも感情を持てないような、遠い記憶に思いを馳せていると、ユッテが不安そうに尋ねてくる。


「やはり、レオ様のお口には合わなかったでしょうか?」

「いや、とても美味しいよ? なんていうか、()()()()()()()()のに何処か懐かしい味でさ。また、この店に来て、このババロアを食べようかな?」

「まぁ! ありがとうございます! グローサー家の方からお引き立てを受ければ、うちの店も箔がつくというものです。いつでもお越しくだされば、歓迎いたしますので!」

「あ、ああ、うん、そ、そうだね……」


 この狭い店では、店員に話が筒抜けだな。こんな時間でも混んでいるんだから、今度からは予約でも取ってもらった方がいいのだろうか?

 それとも、貴族らしく平民に席を譲るよう命じた方がいいのかな? 姉ならどうするのだろう?


 あ、そうか、貴族がやけに何日も前から予定を組むのは、ある意味、物事をスムーズに進めるためなのかもしれない。

 ほんの少しの気付きを得て、その日は子爵邸へと帰った。




 それから俺は祖父との訓練に精を出しながら、時折ユッテ達を誘って琥珀の蜂蜜亭へ通いだした。最低でも三日くらい前から予約を取るようにして。


 稀に別のメニューも頼んでみたが、基本的に注文するのはいつも黒蜜きなこのババロアだった。特に別の記憶が甦る訳でもなかったのだが……


 あそこでジャガイモがいくらしただの、誰と誰が付き合い始めただの、客からは割とどうでもいい話が耳に入ってくる。もしかすると王も、こんな風に庶民の店に通いながら、平民の暮らしぶりを気に留めていたのかもしれない。


 そうして、春を迎えると別れの時がやってくる。ほんの少し、お腹の大きくなったユッテが子爵邸を去る日が来たのだ。


「皆様、大変お世話になりました。フロレンティア様には寛大な心遣いを、マーサさんには使用人としての在り方を。私にとって、この経験はかけがえのない財産になりました。そして、レオンハルト様……」


 ユッテが何とも言えない笑顔で、俺を見つめてくる。


「せめて、成人までは、レオンハルト様についていようと心に決めていたのですが、このような形でここを去ることになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ハンネには出来るだけ私なりのやり方を伝えましたが、至らない点も多々あるでしょう。それでも、ハンネならきっとレオンハルト様のお役に立てると信じております」

「ユッテ姉……」


 ユッテの言葉に、後ろにいるハンネの不安そうな呟きが聞こえてくる。


「大丈夫だよ。ハンネがついてからも不満なんて一切なかったから、ユッテは何の心配もしなくていいさ。それよりも、元気な赤ちゃんを産んで、子供が大きくなったら、マーサみたいにまた子爵邸(ここ)へ戻ってきてくれると嬉しいな」

「はい、その時は必ず……それでは、皆様、本当にありがとうございました。どうか皆様がお元気でいられるよう、領都の片隅で祈っております」


 ユッテは深々とお辞儀をすると、子爵邸を去っていく。


 予めこんな日が来ると分かっていても、寂しく感じるものなんだな……俺は上手く笑って、ユッテを送り出せただろうか?


 ハンネからユッテの暮らしぶりは耳に入ってくるだろう。

 それでも俺は、一抹の寂しさを抱えながら、ユッテが出て行った子爵邸の扉をいつまでも見つめていたのだった。




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