交換条件
「ああ、そういえば、姉さんと話しておきたいことがあるんだった……」
「ったく、修行を始めるとすごく疲れるのは私も知ってるけれど、この私との約束を忘れるだなんて信じられないわ」
「ゴメンゴメン、それでヘンドリックの異界の知識なんだけど、どうすればいいと思う?」
俺の疑問に、姉は眉をしかめる。
「はぁ? そんなものどうでもいいじゃないの。大体アンタに何が出来るっていうのよ?」
「何がって……ヘンドリックを見つけ出して、危険な異界の知識を広められないようにした方がいいんじゃないの?」
姉は溜息を吐くと、ベッドから降りてソファへ座り直す。俺もベッドから起き上がり、対面に座った。
「よく考えてみなさい。そのヘンドリックの異界の知識とやらが、どの程度のものか分からないでしょ? 話を聞く限り、彼が魔獣化を生み出したのだとしたら、生物工学あたりの知識はあるのかもしれないけれど……彼は王侯貴族に反旗を翻したわけ。私たちとは訣別したのよ? 後は王族や王宮に任せておけばいいわ」
「でも、元の世界の知識を無暗にひけらかしてはいけない、って姉さん言ってなかった?」
「あのねぇ、大した実績もない、私や貴方が何を言って周囲が動いてくれるっていうのよ? 自らが転生者だってバラすわけにもいかないでしょ。レオがこれからも貴族として生きていくのなら、いずれ話は聞いてくれるわ。それよりも、先ずはこの世界について知りなさい。アンタの場合、前世での知識は『変身ヒーロー』ばかりで、それ以外はあまり詳しくないんでしょ? その中途半端すぎる知識は、ひけらかすと危険すぎるもの」
「確かに、大した学は無いけど……じゃあ、姉さんなら大丈夫なの?」
「私だって大した知識はないけど……そうねぇ、例えば前世での農業についてどれくらい知ってる?」
「ええと、畑を耕して、種をまいて、水や肥料で育てて収穫する……くらいかな?」
「ホントに大した知識がないわね?『輪栽式』や『混農林業』がどうとか言い出したら、私も説明のし甲斐があったのだけど……そうね、この世界じゃ魔力を使って農業をやってんのよ」
「そりゃそうじゃない? 皆、魔力を持ってるんだからさ」
すると、姉は大きく目を見開いた後、大きく息を吐いた。
「ハァ、アンタ、この世界に随分と馴染んでるわねぇ……ま、いいわ。この世界に、異世界の知識を持った転生者が過去に何人もいたようだけれど、大したことはできてないわ。精々、日常生活に役立つものとか、ちょっとした衣装なんかをもたらしただけのようなのよね。その証拠に、未だ封建制社会なわけでしょ?」
「封建制?」
「まさか、そこから? 簡単にいえば、王を頂点として各領地を貴族が治めているでしょ? 前の世界は一応とはいえ、民主主義だったわけで」
「一応って……選挙して議員を選んでたんじゃ? 俺は選挙権なんてない子供だったけどさ」
「場合によっては投票率が半分もないのに、どこに民意が反映されてるっていうのよ? まぁ投票率が高すぎれば、それはそれで問題のある社会なんでしょうけど」
「そういえば、偽ヘンドリックが『民による民のための政治をやるんだ』って言ってたような……? 即座に王様に切って捨てられてたけど」
「でしょうね……恐らく、その偽ヘンドリックは学のない平民で、耳当たりのいい民主政治の話を聞かされていたのでしょう。民主政治はともすると、衆愚政治になりかねないのよ。長い歴史を持つ王族は、そこのところをよく知っているのでしょうね」
「じゃあ、魔獣化組織は放っておくの?」
「いいえ、見つけ次第、問答無用で対処するつもりよ。だけど、お爺様の言ってたように、先ずはこの領の安全を第一に考えてるわ。何といっても私は領主候補なのだからね」
そういう姉も、この世界に染まっているような……既に領主候補としての自覚があるのだろうか?
「そもそも、どんな知識を持っていたって民衆の理解を得られなければ、ただの『テロ』なのよ。多くの民が貴族や王族に支配されることを望んでいるのなら、革命なんて起きやしないわ」
「そうなのかなぁ? でも、姉さんが王都の学園に行く時は気を付けてね? 爺ちゃんの話だと、きっと力をつけて再び世に出てくるだろうって言ってたからさ」
「私のことより自分の心配をしてなさい。レオの場合、ただでさえ属性魔術の適性がないのに、変身すらまともに使えないかもしれないのだから」
「そうだね、爺ちゃんとの修行を頑張るよ。それで、姉さんが俺と話したかったことって何なの?」
「お母様がいざという時は具現化魔術を使ってでも、生き延びられるよう訓練しておきなさいって言ってたでしょ? ある意味、具現化魔術は認められたわけよね? その具現化魔術を少し、私のために使って欲しいのよ」
「具現化魔術を? 何を創り出したいのか知らないけど、俺の魔力でできてるから俺から離れすぎると消えちゃうよ?」
「構わないわ、職人に見せて同様の物を造らせるつもりだから」
「ふぅん、で、何を創り出せばいいの?」
「それはねぇ、ずばり、『ゲーミングチェア』よ!」
「はぁ? 何それ?」
姉によると、前の世界ではプロのゲーマーが長時間ゲームプレイをしても、疲れにくくなる椅子があるのだそうだ。
ゲームプレイを動画配信して、広告収入を得ている人の存在は知っていたが、ゲームの世界大会に出て賞金を稼ぐ人もいるらしい。
そういう人達は一日の大半をゲームをして過ごす。その為に開発されたのが、人間工学の粋を集めて造られたゲーミングチェアなのだそうだ。
それが、絵を描いたり、パソコンで作業したりと、デスクワークをする人にも疲れにくい椅子として愛用されているのだとか。
俺もゲームは好きだが病弱だったせいで、二時間もプレイすると疲れてしまっていた。長時間プレイできるだけでも、ある種の才能があるのだろう。
「この世界にも背もたれのある椅子はあるけれど、あの身体を包み込んでくれる感じがないのよね。職人にいって試作品を幾つも造らせていると、何年かかるかわからないし予算も高くつくもの。レオが私の言った通りに造った物を見せれば、職人も直ぐに造り出せると思うのよね」
「はぁ……成る程ね。そんなに上手くいくか分からないけど、姉さんも俺に協力してくれるならいいよ?」
「へぇ? アンタ、単純だから何でも言うことを聞くのかと思っていたけど、一応、交換条件を出すだけの知恵はあるのね? いいわ、言ってみなさい」
「むぅ、人をバカにして……ま、いいや、姉さんって絵が上手いじゃん? 俺が考える、変身した時の武器や装備品のデザインをして欲しいんだよね」
「私が言うのもなんだけど、アンタ、もう少しその特異能力の活かし方をよく考えなさいよ……」
「え? これ以上ない使い方なんだけど?」
「ハァ……もういいわ。今夜は遅いから明日からね。夜更かしは美容に悪いもの。明日以降、お互い時間のある時に打ち合わせしましょう」
そういって、姉は部屋を出て行った。
正直なところ、武器や装備品を考えるのは楽しいのだが、納得のいくデザインを決めるまで時間が掛かるのだ。後は俺より人生経験が豊富な姉に相談すれば、良いアドバイスも貰えそうな気がする。
明日以降の姉との時間を心待ちにしながら、俺は眠りについた。
そうして、数日が経ったのだが、姉との打ち合わせはまだ始まっていない。姉は母との魔術訓練もそうだが、他にも色々と予定が詰まっているのだそうだ。
「レオ様、今日も走って子爵邸まで戻られるのですか?」
「うん、そうだよ」
数日の休養を終えて、戻ってきたユッテに返事して庁舎を出る。すると、ベルノルトと警備隊数人に囲まれて、背の高い長髪の男が連れてこられるところだった。
「へぇー、ここがグローサー子爵庁舎かい? 立派な建物だねぇ……」
「無駄口叩いてないでさっさと来い」
「へいへい、ところで、エリザベートってお嬢さんはこの庁舎にいるのかい? それとも、邸の方かい?」
「貴様!」
長髪の男が警備隊の一人に小突かれた。どうしたのだろう? と俺はベルノルトに近付き、事情を聞こうとする。
「おや、レオンハルト様、フュルヒデゴット様との訓練はもうよろしいのですか?」
「暫くは爺ちゃんと一緒じゃなくて、自己鍛錬することになってるんだ。鍛錬方法は教えてもらったからね」
「ああ、エリザベート様と二人で、無理に魔獣討伐の旅に出られましたからなぁ。執務が随分と溜まっていたのに無茶をなさるものです。その皺寄せが我らにも及んでいるのですが、領主でなければ決まらないものは多数あります。今は手が空いていないのでしょう」
一瞬、祖父は時間を稼ぐためにあの鍛錬方法を俺に教えたのか? と脳裏をよぎる。しかし、マグダレーネが鍛錬方法については何も言ってなかったので、あれはあれで正しいのだろう。
「ところで、その人はどうしたの?」
「この男は、本日、王都からやって来た商隊について来たそうです。なんでも、フュルヒデゴット様と手合わせしたい、と言っているのですが……」
「え? 爺ちゃんと?」
「話は聞かせてもらった!」
「へ?」「え?」「おや?」
振り返ると、仕事をしている筈の祖父が腕を組んで立っていた。後ろにいるマグダレーネは頭が痛いといった表情だ。
「その意気やよし! 王都では未だ儂の武名が轟いておるようじゃのう。儂の得物は部屋に置きっぱなしじゃが、其方はその腰の剣を使うといい。儂に傷を負わせられれば其方の勝ちじゃ」
「噂に違わぬ自信家だねぇ? いいのかい? オレは王都の中でもちょいとは名の知れ渡った男なんだぜ? ま、アンタが無手でやるってんのなら、オレも無手で構わない。言い訳なんざされたかないんでね? おいアンタ、コイツを預かってくれ。それなりに高価な魔導剣だから、雑に扱わないでくれよ?」
男は警備隊の一人へ、腰に吊るした長めの剣を渡す。
「そうじゃな、では儂が勝ったらその御大層な魔導剣を貰うか。其方は何が良い?」
「領主候補である、噂のエリザベート嬢との婚約ってのもいいが、本人に依って破棄されちゃあ意味が無いからな。魔導鎧か、この街の市民権あたりでいいぜ?」
「どれも、その魔導剣に釣り合っておらんが、婚約以外はどちらも付けようではないか。流石にあの娘がおらんところで勝手な約束はできんからな。エリーとの婚約を望むとは、其方、爵位持ちか?」
「いや、親父が継承権の無い伯爵位だ。そうはいっても、オレも貴族の教育を多少は受けているがね」
「そうか、では始めるとするか……ベルノルト、合図を」
「お、おいおい、こんな所で始めんのかよ? もっと相応しい場所ってモンがあるだろう?」
「フッ、どんな場所であろうとも戦う気構えはできておる。それとも何か? 場所が悪かったからと、王都では言い訳するのが流行っておるのか?」
「いや……ただ一つ約束して欲しいんだが、オレがアンタに勝った場合、周りの連中に手を出さないよう言い含めておいてくれないかい? 勝ったせいで袋叩きに遭わされたんじゃあ、敵わないからな」
「そんな恥知らずはここにはおらんが、まぁよかろう。お主ら一切の手出しは無用じゃ」
祖父達が対決の遣り取りをしている間に、傍に寄ってきたマグダレーネが俺に耳打ちする。
「いいかい、レオンハルト。フュルヒデゴットの戦い方をよく見ておきな。アタシとはまた違った戦い方をするよ」
「ふぅん?」
庁舎の玄関前は馬車寄せというのか、馬車廻しというのか、馬車を利用する人がいるのでそれなりに広い空間がある。振り返ると、話を聞きつけたのか、庁舎の職員達が見物に出てきていた。
あ、そうか、あの男が来る前に、警備隊の誰かが祖父に報告していたのか。それで、話が広がったのだな……
二人は距離を取って向かい合うと、間に立っていたベルノルトが開始の合図を告げる。
男は既に身体強化を使っているようだが、祖父が身体強化を行っているようには見えない……大丈夫なんだろうか? と思っていると、男が魔力弾を放ち、祖父に躍りかかった。
祖父が屈んで魔力弾を躱すと、男は跳び上がって身体を横に倒し、縦回転の廻し蹴りを放つ。
祖父は一歩踏み出し、低い体勢から大きく伸び上がる。すると、肩がカウンター気味に男の腿を打ち、更に横に倒した身体を狙ったのか、振り上げた腕が男の胸を打つ。
「ぐぅっ」
転がりかけた男は手をつき素早く立ち上がる。祖父は既に近付いていて、手を前にして構えをとると、そこから超接近戦が始まった。バシバシと互いの拳や掌が飛び交う。
祖父の凄いところは、余り姿勢を崩さずに男の攻撃を捌いているところだ。対して長髪の男は徐々に動きが大きくなっていき、髪を振り乱しながら祖父の攻撃を躱したり捌いたりしていく。
「くっ、この……!」
男の形相が険しい物に変わっていく。祖父の拳を回転しながら避けた男は、その回転を利用して、フック気味に拳を放った。
その男の拳を祖父は下から跳ね上げる。更に、祖父はその大きな身体を沈み込ませるようにして、肘打ちを男の脇腹に決めた。
「グフッ」
どういう理屈なのか、身体強化を使っていない祖父の一撃が、身体強化状態の男をくずおれさせた。
男は動けないようで、祖父は構えを解く。
「ふむ、確かに大口を叩くだけあって、身体強化は淀みなく力強い。が、まだまだ、実戦が足りんな。今のであばらが折れたか亀裂でも入ったと思うが、まだやるか?」
祖父が男に問うと、脂汗を滲ませる男は脇腹を押さえながら跪き、頭を下げて祖父に答えた。
「いいえ、御見それしました。数々の失礼に当たる言動も、領主殿に手加減して欲しくなかったからですが、どの様な処罰も受ける覚悟あってのこと。それというのも、エッカルト大隊長より、貴方様の話を聞いた時、どうしても手合わせしてみたくなったのです」
「ほう、弟が……ということは其方、エッカルトの部下か近しい者か?」
「はい、第二騎士団に所属しております。本日は非公式ではありますが、王宮からの使者としてやってまいりました」
「そうか……取り敢えずは傷を癒せ。おい、誰かこの者を医務室へ案内してやれ」
男は警備隊の一人に案内されて、庁舎に入って行く。傍にいたベルノルトが呟いた。
「王宮からの使者でしたか……てっきり、また、婿入りを狙ってやって来た愚か者かと……」
「また? 前にもこんなことがあったの?」
「ええ、もう十年以上前になるでしょうか? あの頃、フロレンティア様の配偶者の座を狙って、数々の貴族がこのグローサー領に訪れたのですよ」
「ああ、いたねぇ。数が多すぎて、アタシまで駆り出される始末だ。フュルヒデゴットが話は手合わせをしてから聞く、なんて言い出してね。多少の戦闘訓練を経験しているとはいえ、ケガさせないように手加減するのが一番大変だったよ……」
「へぇ、母さんってすごくモテてたんだ? どうして、父さんを選んだんだろう?」
「あの容姿もあるが、殆どは貴族としての地位が目的の公爵家の連中ばかりだったからねぇ。そんな中、一番熱心にフロレンティアを口説いていたのが、ディートヘルムだったのさ。ま、真相は二人しか知らないし、訊いても恥ずかしがって答えてくれないだろうよ」
「今度はエリザベート様の配偶者の座を狙って、そういう貴族が押し寄せるのでしょうか?」
「姉さんの場合、無茶振りをするだけして、後はやっぱりやめる、とか言い出しそうだけど?」
「ハハハ、まぁ学園で確実に騒動を起こすだろうね」
そうして、俺達は姉がどんな男性を選ぶのだろう、と盛り上がるのだった。




