企画
姉はお手伝いさんに命じて、二つのテーブルを寄せさせ、そこへ座らせた。
「……というわけで、告知を出す日が決まったわ。夏の始まり、二十日目からよ。今回も貴方たちに手伝って貰うつもりなのだけど、何か聞いておきたいことはある?」
「はい、エリー様、前回はビールがメインでしたので持ち込みが前提となっていましたが、今回はどうされるのでしょう?」
「そうねぇ、下拵えくらいは各自でやって来てもらうとしても、調理方法は衆目にさらしたくはないでしょうしねぇ……私としては、そこもポイントにしたいのだけれども、難しいか……」
何かの打ち合わせっぽいのをやっている姉の所へ、さっきのおばさんがやってくる。
「なんだい、お嬢様、ここは食堂で会議室じゃないんだ。打ち合わせをやるんなら会議室を使っとくれよ」
「別にいいでしょ、第一から第三までの会議室は全部埋まっちゃってるんだから。大体、アンタらはこの時間、清掃だとかいいながら、お喋りしてるだけじゃないの」
「そうはいってもねぇ……」
「あ~もう、グダグダうっさいわねぇ、私のやり方に文句があるってんなら……あら、レオ、そんな所で休憩かしら? アンタもこっちへ来て参加なさい」
おばさんと揉め始めていた姉に見つかる。あのまま揉めていれば、おばさんが職を失いそうだったので、俺は果実水を手に姉の側へ寄って行く。
「姉さんたちは何の話をしているの?」
「以前、お母様のためにお祭りでちょっとした企画をやったでしょう? あんな感じのを領民たちから、またやりたいって声が上がっているらしいのよ」
「ああ、旨いお酒を造るとかいう……」
「ただの、ビアカクテルね。おかげで秋のお祭りはその内、本格的なカクテル造りになっていくでしょうけど、今度は夏に行われる祭りの企画なのよ」
「へぇ、今度は違うお酒の、おいしい飲み方選手権でもやるの?」
「いいえ、毎回同じじゃ芸がないし、店の看板を背負っての料理対決でも、と考えていたのだけれど、調理方法って各店毎に秘匿しているわけでしょ? 素人料理で一番を決めるっていうのもイマイチ盛り上がりに欠けるでしょうし、どうしたものかな、と……」
「成る程……そもそも夏のお祭りって、毎年どんなことをやってるの?」
俺が口にした疑問には、マグダレーネが答えてくれた。
「元々、夏祭りってのは秋の収穫に向けて、英気を養おうってのが目的で行われる、平民たちの祭りだったのさ。魔獣討伐隊が出張っているとはいえ、村落や集落を出ての収穫には毎年、多少なりとも魔獣の被害が出る。そこで、平民たちは秋の収穫を前に、夜遅くまでどんちゃん騒ぎをするってわけさ。それが、まぁ徐々に形が変わってきて、年頃の男女が親の目を盗んで、逢瀬を重ねるようになっていったんだよ」
「マ、マグダレーネ様……!」
お手伝いさんの一人が立ち上がって、慌ててマグダレーネの話を止めようとする。
恐らく、男女のあれやこれやは、子供の俺達にはまだ早いと思っているのだろう。俺は敢えて、それに気づかないそぶりを見せながら姉に問う。
「それなら、お手伝いさんたちも夏祭りに出たいんじゃないの? 無理やり協力させるのは可哀想じゃない?」
「レオ、洗礼が終わったのだから、そろそろ言葉遣いは直しなさい。お手伝いさんじゃなくて使用人。それと、彼女たちは今夏、私の手伝いがしたいって集まった者ばかりよ」
「ふぅん、マーサの許可を得てるのなら、俺がとやかく言う必要も無いけどさ……」
「フッ、建前は大事だね。親や、親戚、友人からあれこれと言われる前に、仕事だって言っちまえば、参加しなくていいんだから」
マグダレーネの発言に、お手伝いさんの何人かは何故かムッと口を引き結ぶ。余り触れられたくない話題なのだろうか?
「それで、若い男女のお祭りなのに、どうして料理対決をやるの?」
「若い男女は放っておいても勝手に盛り上がるでしょうけど、子供や大人たちで盛り上がれる何かが欲しいんでしょ。別に料理対決じゃなくてもいいのよ、代わりに何か面白そうな企画でもあれば。レオは何かいい案を思いつくかしら?」
「料理対決だとさ、審査する人の主観で勝敗が決まるわけじゃん? 好みの味ってのがあるわけだし……それで、店の看板を背負って勝負するってのは、商売人にとっては死活問題にならない? もっと、領都の人が、手軽に参加できるものがいいんじゃないのかなぁ?」
「そうね、店の面子ってものがあるから、参加しづらいか……」
「どうせなら、お酒の呑み比べとかはどう? いや、そうすると、酒屋とかの面子になって来るのか……利き酒選手権とかの方がいいのかな?」
「あ~それなら、タダで酒が呑めるって参加者が多く集まりそうね。でも、色々なお酒を口にする機会の多い、富裕層が有利すぎないかしら?」
「富裕層が、そんな催し物に参加するかなぁ? 無類の酒好きでもない限り、参加しなさそうな気がする……そうなると、当てる人がいなくて盛り上がらないかな? じゃあ、大食い大会とかは?」
「あ、それいいわね。見た目も分かり易いし、詳細を詰めれば盛り上がりそう。レオの案で行きましょう」
姉はお手伝いさん達に振り返りながら告げると、そのまま企画を詰めようと自身もテーブルに着いた。
「姉さん、大食い大会をやるなら、魔獣討伐隊の連中は外した方がいいよ。ビックリするくらい食べるから」
「そうね、でも、彼らは参加できるのかしら? まぁその辺りも含めて検討するわ。もういいわよ、レオ。休憩しているところ悪かったわね。後、アンタには話したいことがあるから、今夜にでも私の部屋に来なさい」
「へーい」
姉に追い払われて、俺とマグダレーネは執務室に戻ることにした。
「姉さんて、もう庁舎の仕事をしてるんだね。らしいと言えばらしいけど、早すぎやしないかな?」
「仕事って程のものでもないさ。確かに貴族ってのは、平民から上がってきた意見を調整するのが、本来の仕事なんだがね。あんな風に、平民から祭りを盛り上げたいなんて意見なら、具体的な案を出すのは庁舎の者が案を出さなきゃいけないんだよ。ま、今は皆忙しいようだから、エリザベートに任せられるのならそれでいいと、フロレンティアが判断したんだろう」
「ふぅん」
「しかし、レオンハルトも、良くもまぁあれだけ奇抜な案を幾つも出せるモンだね。個人的には利き酒ってのが面白そうだったが、エリザベートが大食いを選んだのならしょうがないか」
「それなら、今から引き返して姉さんに、企画を変更して欲しいって言いに行く? まだ、間に合うと思うけど?」
「いや、前にも言っただろう? アタシは領の施策に口を出す気は無いんだ。若いアンタらがこの領を盛り上げてくれれば、それでいいのさ」
そんな話をしながら移動床で六階に戻ると、父ともう一人、おじさんの職員が荷物を抱えて歩いているところだった。
「父さん、それ、どこかに運ぶのなら手伝おうか?」
「ああ、レオン、もう訓練は終わったのかい? 今から、これを君の部屋に運ぶところだったんだよ」
「……こんなにたくさんの本を?」
「ホラ、そんな風にいやそうな顔をしないように。これは君の教材なんだから。学園へ行くまでに最低でも、これくらいは目を通しておかないとね」
「うへぇ」
父が抱えている本を半分受け取り、自分の部屋へ運んでいく。何も入っていない書棚の真ん中の段に本を収納した。
「姉さんも、これだけ一杯の本を読んでるのかな?」
「そうだよ。あの子の場合、あっという間に、僕が実家から持ってきた本までも読み尽くしてしまったからね。昔から物覚えが良い方だったけど、あの理解力の高さは、アイゼンシュミット家の血を引いてるんだなって思わせられたよ」
「アイゼンシュミット家って父さんの実家だっけ? そういえば、王都に行った時、挨拶に行かなかったけどマズいのかな?」
「別に構わないよ、僕は結婚するまではアイゼンシュミット家だっただけで、今はグローサー家に所属しているんだ。君はグローサー家のレオンハルトで、グローサー家流の教育を受けなければならない。だから、僕はエリーにアイゼンシュミット家ではこういうやり方をするんだ、なんてことは一言も告げていないよ。貴族家によって、何を重要視してるか異なるからね」
「へぇ、じゃあ、父さんは、アイゼンシュミット家でどういう教育を受けたの?」
「座学でいかにいい点数を取るかが、重要視されていたね。兄弟の一人一人に講師がつけられていて、勉強ばかりの毎日さ。魔術訓練は二の次、三の次って感じだったよ。だから、フローラが応接室で見せてくれた、どんな属性でも魔力さえあれば扱えるなんて芸当、僕にはできないんだ」
「あ、それなら、俺もできなくても……」
「そうはいかないのが、領地を持つ貴族の厳しいところさ。王都の貴族も魔獣の存在を知ってはいる。だけど、その本当の怖さを知らないでいるから、魔術訓練を軽視しがちで、如何にいい役職に就けるかと懸命に勉学に励むわけだね。でも、領地を持つ貴族は、率先して魔獣と対峙しなければ民を納得させるのは難しいんだよ。僕はこの領にやってきて、強くそれを学んだのさ。まぁレオンの場合、その特殊な体質もあるだろうけど……マグダレーネ様、彼をよろしくお願いしますね」
「ああ、任せておきな」
本格的な勉強は、祖父との訓練にある程度の目処が立ってから行われるそうだ。暇があるなら軽くでも本に目を通しておくように、と告げ父は部屋を去った。
俺は適当に本を一冊手に取り、パラパラとページを捲って夕方までの時間を過ごす。
庁舎の外へ出ると、馬車が用意されていたが、それを見たマグダレーネが俺に告げる。
「レオンハルト、まだ余力があるなら、今日学んだ身体強化で走りながら邸まで帰ってみな。身体強化は習うより慣れろ、が一番早く習得するコツだよ」
「うん、分かった」
「ま、マグダレーネ様、我らはフロレンティア様より、レオンハルト様を邸に送り届けるよう命じられているのですが?」
「だったら、アンタらはレオンハルトに置いて行かれないように、馬や馬車でついていきな。無事、邸まで見送ったと報告すればいいさ。フロレンティアにはアタシから一言、いっておいてやるよ」
警備隊員の不服をマグダレーネが覆す。彼等も、身体強化の訓練をしてきたのだろう。マグダレーネの言い分に納得し、俺の後をついて来る事となった。
流石にいきなり全力で駆ける様な真似はせず、俺はゆっくりと駆け出す。後ろからガラガラと追いかけてくる馬車の音を聞きながら、領都を駆け抜ける。
領都を出ると全力を出してみたが、走る事に集中力が持っていかれてしまうのか、身体強化が解けそうになる。ううむ、バランスが難しいなぁ……まだ、全力で走るのは無理か……変身の時の様に慣れるまで、コツコツやるしかない。
邸まで戻ってくると、驚いた表情を浮かべる門番の人に、ただいま、と挨拶をする。そのまま玄関を開けると、そこで気力が尽きた。バタリと玄関で倒れ込む。
「まぁ! 坊ちゃま! こんな所で寝ないでください!」
「ま、マーサ、これも訓練の一環だから……」
「訓練の一環なら、尚更こんな所で、みっともない姿を見せるのはおやめください」
「うう、マーサは厳しいね……」
「私は坊ちゃまが、貴族然としていれば何も言いませんよ。ホラ、立てますか? 例え使用人の前でも、毅然とした態度を貫いてくださいませ」
「うう……ちょっと張り切り過ぎた……」
マーサに助け起こされ、這う這うの体で自室に転がり込む。
「さぁ、坊ちゃま、着替えてください。それとも先にお風呂を済ませますか?」
「いや、着替えよりも、お風呂よりも、先にご飯が食べたい……」
「かしこまりました。全く、意地を張って使用人を付けなくてもいいなんて仰っていましたが、その様子だと明日からは誰か付けないといけませんね」
「ちょ、ちょっと休めば普通に動けるようになるから……」
「まぁまぁ、強がりだけは一人前ですね。それなら、私たちに何の心配もさせないよう、しっかりしてくださいませ」
ううむ、どうにも反論が出来ないなぁ……
マーサに言われるまま、着替えて、ありあわせの物で構わないからと無理を言って、誰よりも早く夕食を済ませる。
そして、さっさと風呂を終わらせると早々にベッドへ入った。
そうして、明日からの訓練に備えようと眠っていたのだが、誰かに頬をパンパンと叩かれ起こされる。
「このバカ! 何グースカ寝てんのよ!?」
「ンあ?……姉さん?……何の用?」
「人との約束は覚えていなくても、この私との約束は覚えておきなさい!」
「……約束?」
「まだ、寝ぼけてんのかしらね、このポンコツのおつむは!」
夜中に俺を起こした姉は、そう声を上げながら俺の頬を抓ってくるのだった。




