練武場
数回目に基本姿勢から膝をついたところで、祖父から終了を告げられる。一回目よりも二回目、二回目よりも三回目と、回数を増やす度にどんどん維持できる時間が減って行ったのだ。
「よし、今日はここで仕舞じゃ……しかし、気性は儂に似ているのかと思ったが、レオンは我慢強いな? 儂が親父に武術を習うことになった時は、もっと武術らしい突きや蹴りを教えろと迫ったものじゃが……」
「だって、土台造りなんでしょ? 土台がしっかりしてないと、どんなに立派な家だって崩れるって、マグちゃんが言ってたからさ。年長者の言うことは聞いておこうと……いてっ……あれ、痛くない?」
マグダレーネが年長者という言葉に反応して、魔力弾を撃ってくる。反応はできたが、この疲れた状態では避けられなかった。
しかし、以前から感じていた筈の痛みを感じなかったのだ。
「ふむ、まだ、身体強化の影響が残っておったか。レオン、それが身体強化の特性じゃ。あの程度の魔力弾では牽制にもならんわい、ガハハハ……」
「チッ、今度からはもう少し魔力を込めないとだね……ったく、めんどくさい」
「えー? やめてよ、だいたいホントのことを言ってるのに、何がいけないのか分かんないよ」
俺が抗議すると、マグダレーネは片手で額を押さえ、やれやれと言った感じで語ってくる。
「レオンハルト、アンタは貴族になったんだ。これからは目上の者に対して、おべっかくらい使えるようにならないといけないんだよ? 御伽噺の様な英雄が正直でいたから、王より褒美を賜った……なんて、為政者の都合のいいように用意されたものを信じるのは平民だけでいいんだ。貴族になるからには、腹芸の一つくらいはできないとね?」
「うへぇ、何だかめんどくさそう……」
「レオン、面倒だと思うなら、何者にも屈さない圧倒的な力を手に入れよ、この儂の様にな……」
祖父は不敵な笑みを浮かべながら、握り拳を肩くらいまで上げると、その身体から赤茶色いオーラを噴出させた。
そのオーラは力強く、こちらに届いている訳でもないのに俺を強く押してくるような感じがする。祖父の言うような、圧倒的な力、というものに気圧されて、俺は生唾を飲み込んだ。
「この馬鹿が!」
すると、マグダレーネの一喝と共に、彼女の指先からビームの様な雷魔術が迸る。祖父の纏うオーラによって弾かれた雷魔術は散り散りになって、床や天井に飛ぶが室内には傷一つ付かなかった。
祖父とマグダレーネのやり取りは無茶苦茶だが、弾けた魔術に耐えるこの建物も大概だな……
「ったく、思った通りだよ、フュルヒデゴットにレオンハルトの教育を任せると、誤った方向へ進んじまう」
「何も間違ってはおらんぞ? 学生の頃、学園に貴族は数あれど、前王の前で口答えできたのは儂だけじゃったからな!」
「自慢することじゃないよ、このドアホウ! あの時、アタシらがどれだけ王家との間で奔走したと思ってるんだい!? アタシの存在は王家にバレちまうし、現王との確執もあれが切っ掛けだったはずだ……まだ、懲りてないようだね?」
今度はマグダレーネがバチバチと紫の雷光をその身に纏いだした。俺は慌てて二人の間に跳び出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも! 身内でケンカしてる場合じゃないだろ? いい大人なんだからさぁ」
「むっ」「ぬぅ」
俺が止めに入った事で、二人は纏っていたオーラを消し去った。
「……まぁ確かに、あの時の罰は既に済ませてある。ただね、フュルヒデゴット、アンタのかわいい孫に変な考えを押し付けて、破滅させたくはないだろう?」
「……そうじゃな。じゃが、儂は今でも、貴族らしくとか、貴族として、などという型に嵌めようとする考え方は好かん。とはいえ、儂もレオンに儂の考えを押し付けておるだけじゃったな……ここはばあさんの老婆心に免じて、退いておくかの。さ、レオン、練武場を使ったのじゃから掃除するぞい」
「うん」
「……ったく、余計な一言が多いんだよ」
祖父に教えられ、練武場の隅に置いてある用具入れから、柄の長いモップのような掃除道具を取り出す。モップと違って、もじゃもじゃした布地はついていない。
「レオン、これも魔導具の一種でな、この柄の部分に魔力を通しながら、先端で床一面をなぞってゆくのじゃ。自身の魔力を使うから、正確には魔導具とは異なるかもしれんがな……魔力が十分にあるならゆっくりでもよいから、身体強化を行いながらやってみよ。これも修行の一環じゃ」
「うん、分かった」
祖父に言われた通りに、身体強化を行いながらモップに魔力を流す。そこからモップ掛けをやるのだが、これが案外キツい。
端から始めたのだが、二度、折り返した時点で息が上がってしまう。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……」
「ふむ、魔力を流しながらだと、まだまだ厳しいようじゃな? どうじゃ、儂と代わるか?」
「ま、まだまだぁ……」
祖父の提案を断り、俺はモップ掛けを続けていく。まだまだ魔力に余裕はあるし、激しい運動をした訳でもないから体力もある筈だ。
きっと身体強化と同時に魔力を流し込むという、慣れない動作が著しく理力を低下させるのだろう。
それでも、俺は意地だけでモップ掛けを終わらせた。
「だぁ! つかれた~!」
モップを放り出し、床の上に倒れ込むと、何処からともなくブゥウウンと低い音が聞こえてくる。
なんだろう? と思い、肘をついて上半身を起こしてみると、床の上一面に巨大な魔紋が浮かんでいた。それが、ゆっくりと空中へ浮かんでいく。
そして、キン、と一瞬だけ甲高い音が鳴ると、魔紋が弾け、キラキラとした魔力の粒子が室内いっぱいに広がり、スゥッと消えていった。
「爺ちゃん、何なのこれ?」
「うむ、この練武場自体も大きな魔導具のような物でな。今、レオンの魔力によって発動した訳じゃ。効果はこの練武場の清浄、補修、堅持となり、暴れまわっても多少の破損は修繕されるようになっておる。本来は入り口のあそこに魔石があるじゃろう? あれに魔力を送り込めば効果を発揮するのじゃがな、これはこれで良い訓練になる」
よく見ると、祖父が指差した先に、ここへ入って来た時は気付かなかった、白い壁に埋もれている大きな白い魔石があった。
「魔力操作と呼ばれる訓練の一種じゃが、これに慣れんと、身体強化を行ったまま牽制の魔力弾すら放つことが出来んからな。暫くは、さっきやった馬乗りの基本姿勢と、この掃除じゃ」
「へぇ、姉さんが魔術訓練を始めた時、毎日すごく疲れていたけど、こんなにきつかったんだね……」
「いや、エリーの場合、基礎体力が出来ておらんかったから、身体強化の習得には随分手間取ったそうじゃ。代わりに属性魔術の習得は恐ろしく速かったそうじゃがな……恐らく、レオンの場合は逆じゃろうな」
「あ~そうかも?」
全属性だと思っていたが、属性無しと分かったのだ。変身があるとはいえ、ちょっと心細いなぁ……
今日の訓練は終わりという事で、俺とマグダレーネは庁舎の自室へ戻る。
祖父は一人残って少し鍛錬していくそうだ。祖父はどんな鍛錬をするのか興味があったのだが、マグダレーネに邪魔になるからと言われ、練武場を後にした。
父が執務机と言っていた席に着き、マグダレーネはソファに腰掛けた。
「ふひー、変身して訓練する以上に疲れるね……この後はどうするのかな?」
「小物とはいえ、あの森じゃ魔獣と遭遇する可能性があるからねぇ。限界までの訓練はできないだろう。夕食までの余った時間は、レオンハルトの好きな様に使えばいいさ。こんな風に余った時間はアンタの変身に時間を使うつもりだが、その様子だと当分は無理そうだね」
「そうだね、先ずは、爺ちゃんの訓練をこなせるようにならないと……それにしても、変身に身体強化を活かせそうにないのは残念だったなぁ……」
「そう焦ることはないさ。まだ、修行を始めたばかりだろう? どんなことでも学んでおけば、いずれ役に立つだろうさ。身体強化だって、活かそうと思えば、活かせるだろうよ」
「そうなのかなぁ?」
今日やった感じでは、身体強化は変身ほど強力ではない。その上で変身の何に役立つだろうか? う~む、さっぱり思い付かないなぁ……
「ねぇ、マグちゃん、喉が渇いたんだけど、どこに行けばいいのかな?」
「ああ、そうか、アンタに付いてる使用人には、数日間の休みを与えたんだったね。このまま邸へ帰ってもいいが、こんなことは度々あるだろうからね。三階の食堂へ行こうか」
俺の洗礼式について来たユッテを含む数人のお手伝いさん達は、暫くの間お休みだ。彼女達の休養日はマーサが管理しているようで、ユッテの休養日に関して、普段はだいたい三日くらい前から俺に報告される。
今回は王都へ向かう前から決められていたのと、俺自身が別のお手伝いさんは付けなくてもいいよ、と断ったので誰もいない。
俺はマグダレーネと連れ立って、庁舎の三階へと向かう。移動床から通路を進み、奥にあった食堂は広い空間になっていて、幾つもの安っぽそうな白いテーブルが並べてある。
割烹着のような物を着たおばさん達が、布巾を手に掃除していた。幾つかの席には何人かの職員らしき人達が休憩中なのか、まばらでテーブルに着き、お茶を飲んだり、話し合ったりしている。
掃除していたおばさんの一人が俺達に気付く。
「おや? グローサー家の御曹司じゃないか? 昼食は終わっちまったし、今は夕食の仕込み中だよ?」
「メシを食いに来たんじゃないよ、アタシらは喉を潤しに来たんだ」
「おやおや、マーサは何やってんだい、子爵家の方に何不自由なく過ごせるよう、使用人の采配を振るってるんじゃなかったのかい?」
「マーサの責任じゃなく、この子が使用人を付けなくていい、なんて言い出したんだよ。それより、早く飲み物を用意しな、果実水くらいはあるんだろう?」
「まぁね、すぐ用意するよ。それと、坊ちゃん、余り使用人に優しくすると別れが辛くなりますよ? まぁ冷たく接せられても、それはそれで困るんですがね……」
「別れ?」
「ったく、口より先に手を動かしな。アタシはミルクたっぷりの熱いコーヒーだ」
「はいはい、少々お待ちくださいませ」
おばさんは、突然、丁寧な口調になり食堂の奥へ去っていった。カウンターの向こうに見える厨房の方で、おばさんの上司らしいおじさんがゴホン、と咳払いしたからだろう。
俺達はある程度、職員達から距離をとり、誰もいない隅のテーブルに着く。
「レオンハルト、一般的な平民なんてあんなモンだ。口さがない態度はいただけないが、あれしきのことで一々目くじら立てるんじゃないよ? でないと、ああいうのから周囲に広がって小物だと思われちまう。本来はアンタの連れた使用人が応じるところなんだ」
「別にあの程度のことで怒ったりしないよ。魔獣討伐隊の連中もすごく砕けた口調だったし。それよりも、別れが辛くなるってのは?」
「……思い返してみな、子爵邸に勤める使用人たちの年齢層を。成人を迎えたばかりのから、フュルヒデゴットに付いてる高齢のまでと色々といるが、ある年代だけいないだろう?」
「ある年代……母さんや見た目がマグちゃんくらいの人かな?」
「見た目、は余計だ。結婚適齢期の彼女らは、子ができると子爵邸を辞することになる。幼い子は魔力症だけでなく、他にも気を付けなきゃならないことが多い。それだけ子育てってのは大変なんだ。だから、レオンハルトに付いてる使用人も、いずれはアンタの元を去っていくだろう。その時になって、心乱されない様にって言われたのさ」
「ああ見えて、気を遣ってくれたんだね。でもさ、ユッテが領都にいる限り、いつでも会いに行けるんじゃないの?」
「そうはいかないのが、貴族ってモンなのさ。どんな理由があろうとも、貴族は平民を会いに来させなけりゃならないんだが……まぁ、その時になってから分かるってことも色々とあるだろうよ」
「ふぅん……」
ああ、そうか。ユッテは間もなく子爵邸を去る事になるだろうと悟って、新婚なのに王都へ向かう俺についてきてくれたのか……
平民の家庭環境ってのはよく分からないけど、気持ちよくユッテが子爵邸を去れるよう、心構えだけはしておこう。
そんな事を考えていると、おばさんが飲み物を用意してくれた。
そのすぐ後に、姉がふらりと一人で食堂へやって来る。と、思ったらその後から、子爵邸のお手伝いさん達がぞろぞろと食堂に入ってきた。
どこか戸惑ったように見える彼女達は、姉に無理やり連れてこられたのだろう。
「フッ、ある意味、あの娘は貴族らしいねぇ。やること成すこと相変わらず派手だが、今度は何をやるつもりなんだか……」
姉を見たマグダレーネが頬を緩めて微笑んだ。




