引き寄せ
「よくも、それだけ悪辣な手法を思いつくものだ。子供ながらに末恐ろしいな……」
女性騎士が腕を組みながら、俺の話をどう扱うか悩む様子を見せる。俺は肩を竦めながら女性騎士に告げた。
「こんなこと、王様や宰相様は既に気付いているでしょう。たった二回しかここに訪れていない自分が思いつくのですから」
「そうなのですか? お爺様は気難しい方ですし、ディトイェンス宰相は忙しい方だから、とお母様には邪魔をしてはいけないと言われていて、接触の機会は少ないのです。今度会ったら尋ねてみましょう。どの様な対策を練っているのか気になります」
う~ん、お姫様に防衛上の機密をそう簡単に漏らすだろうか? まぁ周囲が必要だと思えば伝えるだろうし、俺が気にする事でもないか……
それでも、今日あんな事があったのだから、何時でも動けるよう気構えだけはしておくべきだ、とだけお姫様に伝えておく。
そうこうしている内に、母がツェーザルと共に控室へ戻ってきた。
「あら、レオノーラ姫、うちの息子を相手してくださったのですね。失礼な言動は取りませんでしたか?」
「いいえ、興味深い話を聞かせてもらいました。それに、わたくしが考案した食事について意見を訊きたかったので、わたくしがお相手をしてもらっていたのですよ。フロレンティア様もよろしければどうですか?」
「申し訳ありませんが、私たちは明日、王都を出立する手筈になっています。ですから取り急ぎ宿へ戻り、帰り支度をしたいのです」
「そうですか、フロレンティア様の意見を一番に尋ねてみたかったのですが、引き留める訳には参りませんわね。メラニー、後片付けは任せました。それでは、フロレンティア様、レオンハルト、先に失礼しますね」
そうして、お姫様達との別れを済ませ、騎士に案内されながら俺達は控室を後にする。厳戒態勢だという事で騎士は六人に増え、騎士達に取り囲まれ進んでいく。
慌ただしく走り去る別の騎士達とすれ違いながら、俺は騎士の一人に尋ねた。
「あの、大叔父さん、エッカルト大隊長は無事ですか?」
「ええ、無事というより、あの人が居なければ、こうして子爵様を送り届ける任務に就けませんでした。今は後始末に奔走しています」
「そうですか、ありがとう」
やはりというか、大叔父はピンピンしているらしい。大叔父が彼等に指示を与え、俺達を送る任務の増援として寄越したそうだ。
そうして、護衛としてついて来た魔獣討伐隊の面々や、お手伝いさんと合流し、外へ出ると騎士達と揉めている一団があった。
その中心に居るのは、壮年のやけに長いひげを蓄え、真っ白なローブの上に無駄に煌びやかな装飾品を幾つも纏った男だ。周りにいるのも白い装束の男達で、彼等が騎士達に食って掛かっていた。
「こちらは何日も前から会談の予定を取り付けていたのだ! それを突然、予定が無くなったとは何事か!? 我らをコケにしているのか!」
「だから何度も言っているだろう、緊急事態なんだ。今、外部の者を受け入れる訳にはいかない」
「その理由をいえと言っているんだ! 理由も無く引き返せなど、誰が納得できるものか!」
どうやら、城内に魔獣や魔人が現れたので、騎士達はその対応に追われているようだ。その為、外部からの受け入れを拒否しているのだろう。
「レオ、早く乗りなさい」
騎士と白い服の集団のやり取りを眺めていると、母に注意されたので馬車に乗り込んだ。窓からはツェーザルが魔獣討伐隊に何やら指示を出しているのが見えた。
そうして、馬車が出発し、巨大な城門を抜け、王城の敷地内から抜ける。宿がある背の高い建物が建ち並ぶ区域に入る頃、俺は母に尋ねた。
「母さんは、お昼を食べなくてもよかったの? せっかくお姫様が用意してくれていたのに……」
「私は大人だから、一食くらい抜いても平気よ。時間をずらしても構わないしね。それより、レオの体調はどう? 頭が痛かったり、関節に違和感があったりしない?」
「へ? 全然、平気だけど? 魔力も少し回復してきたし……」
平気だと言っているのに、母は俺の額や首筋に手を触れてきて、手を取り脈を測ったりしてくる。
「触診してみた感じでは、健康そのものね。それでも、もし、少しでも調子が悪くなってきたら、私に報告するのよ?」
「ホントに平気なんだけど、どうしてそんなに俺の体調を気にするの?」
「魔力症を終えれば身体に魔力が宿るとはいえ、洗礼式を迎えたばかりの子は、まだ魔力の扱いに馴染んでいないからね。時間を掛けて魔術訓練を行うことで、ゆっくりと魔力を身体に馴染ませていくものなの。あの断罪の間で、私はとにかくレオに大人しくしているよう、注意していたでしょう? あれは万が一のために与えた丸薬が、レオを不調にするかもしれなかったからなのよ」
「えっ? そうなんだ?」
「レオに与えた丸薬は基本的に大人が用いる物なのだけど、初めて服用すると、それまでは自然に回復する魔力に慣れていたのに、いきなり回復する魔力に身体が異常を感じて、気分が悪くなったりするものなの。人によってその症状が出るかどうかの個人差があるとはいえ、普通はそれが当たり前だからね」
「えぇ? そんなんじゃあ、万が一とか言ってられなくない? なんか、いつも正しいことを言う母さんらしくないような……」
「私のいっている、万が一とは魔力が回復した途端、何とかしなさいって意味じゃないわよ? 私たちが不利な状況に陥った場合……例えば、貴方や王女殿下が人質に取られたりしたとしましょう。洗礼式を終えたばかりの貴方に対して、相手は油断しているでしょうから、その隙をつきなさいって意味だったのだけど……意識外からの攻撃は相当効くからね」
「なんか、卑怯者くさくない? いや、そんなことになれば、手段を選ぶほど余裕がある訳じゃないってのは分かるんだけどさ」
「そうね、結果だけを見れば、私の判断は誤っていたのかもしれない。けれども、あの空間では私の力が十全に発揮できないの。レオを守ることが出来ないかもしれないと思うと、貴方の身体に良くない丸薬を与えてでも、危機に陥る確率を少しでも減らしたかったのよ。それに、レオは“才覚者”といったかしら? 昔から魔力の扱いに慣れているから、その症状は出ないかもしれない、と思ったのもあるわね」
魔術の達人である母が不安を覚えるほどの空間だったのか……そう考えると、魔術行使の出来た王や偽ヘンドリック、竜モドキは異常なのかもしれない。
「そういえば、王様のあの『刀』いや、剣は何処から取り出したの? あそこに着いた時は何も手にしていなかった筈なんだけど……あれが王である証ってこと?」
「あの剣が理由で、王が王たる所以、と言った訳じゃないのだけど……そうね、いずれ学園で知るでしょうけれど、あれこそが王権の象徴でもあり、王の剣でもあるレーベンリッヒ。取り出したというよりかは、王城のどこかに設置してある剣を“引き寄せ”たのよ。王家の者のみが持つ、あの剣を始め、幾つかの宝物の模倣から、魔導具が開発され始めた、なんて話もあるわね」
「へぇ……」
確か、母に具現化した短剣を見せた時、引き寄せがどうのと言っていた気がする。何処かに設置してある物を、壁とか空間をすっ飛ばして物体を引き寄せる、なんて魔術もあるのだなぁ。
宿へ戻ってくると、それぞれがバタバタと慌ただしく動き始める。俺は特にする事も無いので、独り個室で酷く間の伸びた時間を過ごす。
流石に今は魔力が減りすぎていて、身体を鍛える気にもなれない。ここまで、魔力が減る、というか回復速度が遅くなるのは初めてなので、少し不安だ……
ソファに座って、暇な内に何か新しい必殺技でも考えようかな、とスマホを具現化してみる。
そういえば、王のあの大太刀は便利そうだった。特に刀への強い思い入れがある訳でもないが、元日本人としては心惹かれるものがある。しかも、炎を纏う刀はやはりカッコイイしね。
あのままの長さでは、扱い辛いだろうから、俺の身長に合わせるとして……あれ? 何か引っかかりを感じる……? おかしいな?
ええっと、先ずは、形状、材質、重量、質感、特性を思い浮かべて、魔力を具現化する為に想定した型に……むぅ? 何故か、あの大太刀を具現化しようとしても、上手く魔力が働かない?
あの大太刀の性能を全て知っている訳でもないので、完全再現できないのは分かる。しかし、それでも外見すら具現化されないのは何故なんだろう?
構造を詳しく知らない拳銃ですら、外見だけは具現化され、玩具の銃になったというのに……
「どういうこと? 王の剣を具現化しようとすると、何かに阻害される感じがあるんだけど?」
「不明。確かに今、具現化しようとした物に関して、主と繋がりが希薄になりました。主の母が言っていた通りだとすると、幾つかの仮定が浮かびます」
俺の疑問にスマホが反応する。
「仮定?」
「提案。複数ある仮定を、説得力のあるものにする為、幾つか検証してもらえるでしょうか?」
「ああ、いいよ。どうして出来ないのか、すごく気になるから」
幾つかの検証の結果、王の剣、レーベンリッヒは具現化できないと分かった。
先ず、時代劇を思い浮かべてから、普通の刀ではなく、脇差の様な短い刀、小太刀を具現化してみる。しかし、その刀に炎を纏わせようとすると、何かに邪魔されるようで具現化できなかった。
次に、小剣を具現化し炎を纏った状態を創り出そうとすると、それはできた。室内だし、炎を創り出すのにせっかくの回復しかけていた魔力を随分と使ってしまったので、さっさと消し去る。
「“剣”なら炎の剣は創れるけど、『刀』はダメっぽいな……」
「告。王の持つ剣には“王権”としての特性が備わっている為、世界によって模倣、複製が禁じられている可能性があります」
「へ? 何それ? この世界に『特許』みたいなものがあるのか?」
「問い。トッキョの意味が不明です。ニホンゴですか?」
「あ~、この世界だと何て言うんだろう……? ええっと、とにかく、この世界であの剣は王様にしか使えないってことかな?」
「肯定。王が持つ剣に似せた、細く反りのある剣に炎を纏わせるのは、王、或いは王族でなければ、扱えないのかもしれません」
王が王であるのは、あの大太刀がある限り、世界によって確約されているって事なのかな? そういえば、あの暗い空間にいたクリスタルは、世界の意思、だとか言っていたか……あのクリスタルが関係しているのだろうか?
「じゃあ、俺が使っている具現化魔術も、世界に登録されていて他の人は使えないのかな?」
「否定。具現化魔術は、現代では廃れてしまったようですが、魔術であり技術です。王権の様な世界に保護されている可能性は極めて低いと推測されます」
「あ、そう……」
具現化魔術は、自分独自のものかと思っていたが、そうでもないのか。
う~ん、具現化魔術では、形すら物にならなかったが、鍛冶だとどうなんだろう? それを魔導具として、火が出るようにすれば……
魔紋に関してはよく分からないけど、世界の法則の様な物が働いて、そういう魔導具は造れなくなっているのだろうか? でも、鍛冶だとあの伸縮する機能が付けられないな……
王の持つ剣、レーベンリッヒの意外な秘密を知りその日は過ぎて行った。
そうして、次の日、朝食をとってから宿の前に出ると、すでにグローサー家の馬車や馬が用意されていた。母と宿の支配人らしき老人が、別れの挨拶を交わしている。
「それでは、またのお越しをお待ちしております、グローサー子爵様」
「今回、ブルーメンタール家が主導で行ったことだとはいえ、私も多少なりとも迷惑を掛けました。うちへも修繕費などを含む、慰謝料を請求しても良かったのですよ?」
「とんでもない、これでも私は商売人の端くれ、長年この稼業を続けているのです。駆け出しの商人であれば、取れるところから出来るだけ取り、次へ繋げるための資金にするのでしょうが、もうその段階はとうに終えました。既にブルーメンタール侯爵様から、充分過ぎるほどの補填が約束されております。これ以上望むのは身を滅ぼすというもの。それでも、気に留めて下さるのなら、グローサー子爵家の変わらぬご愛顧を頂けると、ありがたく存じます」
「そう、王都の老舗だけあって、代々続く処世術のようなものかしら? 近く、私の娘が王都にやってきます。その時はよろしくお願いしますね」
「あの、少し変わったお嬢様ですね。これは楽しみが増えました。その日が来るのを今から心待ちにしておきます」
姉を変わった子供だと分かっているのに、楽しみにしているだなんて、おかしな老人だなぁ……
やがて、出発の準備が整い、俺達は馬車に乗り込む。ゆっくりと進んでいた馬車が、王都の門を抜けると速度を上げ始めた。
速度が安定し始めた馬車の中で、母が困ったように眉尻を下げ、口を開く。
「ゴメンね、レオ。本来はこうやって子爵領へ帰る旅の中で、魔術について簡単に触れておくものなのだけれど、私にはどうするのが一番いいのか分からないの……」
「えと、普通の魔術について、話をするのではダメなの?」
「ええ、貴方はお父様に魔術訓練を見てもらうのでしょう? 貴方の特異性を考えると、師となるお父様に知らせてからの方がいいと判断したの」
「具現化魔術や変身のこと?」
「ああ、あの短剣を創り出す魔術ね……その辺りは気にしていなかったけれど、それも関係してくるのかしらね? そうね、通常の魔術を教えることで、貴方はその具現化魔術に支障をきたすかもしれないわ。だから、私やお父様、マグダレーネ様とでよく相談しなければならない、と判断したの」
「あれ? 具現化魔術を気にしてなかったってことは、他の要因があるの?」
「……貴方が属性検査において、全属性であったことが最大の問題なのよ」
宰相の話だと、全属性は全くいない訳では無かった。全属性の何がダメなのか、母に尋ねてみたが、グローサー領に戻ってからにしましょう、と言葉を濁されてしうのだった。




