鉄仮面の男
王が睨みを利かせている間、再び十二人の男女は鎖で繋がれ、二人の騎士に連れて行かれた。王の語っていた魔力を搾り取られるという牢獄へ連れて行かれるのだろう。
王はその場で反転すると、俺達に向かって歩き出した。
「あっ!」
思わず驚きの声を上げてしまったのは、背を向けた王を狙って、黒焦げになったヘンドリックが襲い掛かったからだ。
「……阿呆が」
王は振り向きざまに大太刀を引き抜くと、ヘンドリックの身体を両断する。そして、再び大太刀に炎を纏わせると、一振りして、その死体を燃やし尽くしてしまった。
嫌な臭いのする中、王は納刀すると、その黒焦げになった死体を暫くジッと見つめていた。流石に、もう動き出しそうにない。
王自身からの魔力の発動は余り感じ取れなかった。炎を発する魔力は、あの大太刀から発せられていた気がする。俺の知らない魔導具か何かなのだろうか?
やはり、具現化魔術とはどこか違うな、と感じた。
やがて、マントを翻し、王は俺達の方へ歩み寄ってくると、王妃が段上から降り始める。更に、他の王族も段上から降り始め、母と俺もそれに続く。そして、その場にいる全員が王の前で跪いた。
王は王妃とほんの短い間、見つめ合っていたが、視線をこちらに向けてきた。
「フロレンティア・グローサーよ、王家の道理はここに成った。他に思うところはあるか?」
「いいえ、過分なるご配慮を頂き、感謝しております。以降も王家のため、領地の発展により一層、尽力いたします」
「そうか、優秀な其方らしい回答を得られて、私も胸を撫で下ろしたい思いではあるが……」
王はそこで言葉を切ると、俺をジッと見つめてくる。その黒く冷たい瞳に、込められている感情がさっぱり読めない。
そして、視線を逸らすと、王太子に声を掛けた。
「さて、アルブレヒトよ、こうなった要因の一つでもある、其方の責はどうする? 其方の嘆願により、長くアヤツを放置した結果がこれだ。更には、レオノーラが攫われた件の調査報告も私には届いておらんが?」
「ハッ、レオノーラの件は魔獣化事件と関連付けて調査しておりますが、遅々として進んでおりません。また、私の責については如何様にも受けようかと……」
「そうか、では、其方に与えている王太子位の権限を一時凍結とし、唯の王子として扱う。公務に出る際は王太子としての振る舞いを許すが、数々の取り決めは、私及び、大臣の許可が必要となる。凍結が解除されるかどうかは、其方の行動の結果次第だ。それと……」
王はすっと手を上げると、その指先から、突然、王太子に向けて炎の矢を放った。
「うっ!」
しかし、跳び上がって躱したのは王太子の側にいた、鉄仮面の人物だった。
「な、何を……!」
王太子が、驚いて立ち上がり、俺達もつられてその場から立ち上がる。
「レオノーラの件だがな……其方であろう? イェルン」
イェルン!? 魔獣化組織のボス的な存在も同じ名前だが……その名前は俺と母しか知らない筈だ。
ありふれた名前だとしても、こんなところで偶然の一致なんてそうそうないだろう。すると、あの鉄仮面の人物が魔獣化組織のボスなのだろうか?
見上げると、母は眉をしかめて厳しい目つきをしていた。
「グローサー子爵家と暗部の調査報告から、其方の怪しさは分かっていたのだがな……証拠不十分であったが故に泳がせていたのだ。ただ、そこにいるレオンハルトへ手を出したのは悪手だったな。この二年、尻尾を出さず完璧に擬態していたのに、ヘンドリックだった者をそそのかし、動かしたのはどういった狙いだ?」
「フッ、流石はこの地を治める王だけのことはある。もっと早くに私を排除できたであろうに、多少の被害は甘んじて受け、その大元を断つためには、形振り構わぬところが王である所以か……だが、その判断は少し遅かったな」
「ほう?」
イェルンと呼ばれた男は鉄仮面に手をやると、後頭部の辺りを何やらいじる。ゴトッと落ちた鉄仮面の中から現れたのは、糸の様な細い眼をした坊主頭のどことなくツルンとした表情の男だった。
「なっ!? だ、誰だ、お前は!?」
糸目の男の顔を見た王太子が、何故か驚きの声を上げる。もしかすると、知っていた顔ではないのかな?
「私の名など、貴方たちが知る必要はないだろう。少なくとも、王太子の側で仕えていたのが、イェルンという男ではないと分かっただけで十分ではないのか?」
「そんな訳ないだろう!? 彼は、イェルンはどうした!?」
「フッ、遥か高みに登ったか、地の底で安らかな眠りについたのではないか?」
糸目の男は指を立て、上から下へと指差した。死んだということだろうか?
しかし、鉄仮面の人物と糸目の男が入れ替わったのだとしても、元の鉄仮面の人物がイェルンだとすると、彼の言う事を容易く信じる訳にはいかない……
「なっ!? き、貴様ぁ……!」
王太子が怒りの形相で、糸目の男に詰め寄ろうとした。それを王が王太子の肩に手を掛け、動きを止める。
「下がっておれ、アルブレヒト。王族がそんな簡単に、相手の挑発に乗せられるでないわ」
「し、しかし……!」
「まだ分からんのか? 其奴の言っていることが本当かどうか、今、この場でどうやって確かめるというのだ? 何時も言っているだろう? 相手の裏の真意を読め、と」
「くっ……」
「ふむ、単純明快な王太子が王になってから、我らは動き始めるべきだったかな? まぁ血の気の多い者が多くて、統制が取れないのは何処の組織でもよくあることの様だが……」
王の護衛であろう、禿げた騎士が腰の剣に手をやり、静かに近づこうとしていたのを、糸目の男は視線で牽制する。
この糸目の男の余裕を持った態度は何なんだろう? 恐らく、魔獣化するのだろうが、王のあの不思議な炎の大太刀に、恐れを抱いていないのだろうか?
「王家の秘密を知りたくてヘンドリックに近付いたのであろうが、あのバカには何も教えておらん。そこで、アルブレヒトに近付くために鉄仮面の側近に成り代わった、というところか?」
「フフフ、いかに聡明なる王と言えども、そうそう真実には辿りつけぬ。そうだな、一つ勘違いを訂正しておくとすれば、王家の秘密を知る為に我らはヘンドリックに近付いたのではない。彼の知る異界の知識が必要だったのだよ」
糸目の男はそういって、口元を歪ませる。
異界の知識……俺や姉の様な前世の記憶を、ヘンドリックも持っていたのだろうか? 姉のおかげで、俺は家族に前世の話はしていない。
元々、電化製品のない世界と分かった時点で、誰にも分かってもらえそうにない元の世界の話をするつもりは無かった。頭のおかしな子供だと思われるのが嫌だったのだ。その上で、姉から前世の知識による危険性を懇々と説かれていた。
例えば、生物兵器や化学兵器など、俺に詳しい知識がなくとも概念を伝えるだけで、恐ろしい兵器が生み出されるかもしれない。
その厄介さは敵や味方、一般庶民を巻き込むだけではなく、その地域に住まう動植物にまで被害が及び、更には土地や土壌に回復できない程のダメージを与えるかもしれない。その上、お互いが報復措置を取り合うと、後戻りのできない惨劇を生み出すだろう。
もしかすると、化学兵器の様な魔術や魔導具があるのかもしれないが、俺も姉もその様な存在を今のところ知らない。
だから、前世の記憶があり、こことは違う世界の知識がある事は、秘密にしておくように言われていたのだ。
「ふむ……そういえば、子供の頃からおかしな言動をとる奴ではあったが、異界の知識のせいであったか」
王が王太子の前に進み、糸目の男に対峙する。
ヘンドリックが、俺達と同じ世界の知識を持っているかどうかは分からない。俺達とは違う世界、違う国の知識かも知れないからだ。
もしかすると、ヘンドリックも俺や姉と同じ、何か特殊な能力を持っていたのだろうか?
王の口ぶりから、彼は魔法や身分制度のあるこの世界に馴染めなかったのかもしれない。
それでも疑問が残る。王族と言えばこの国で一番権力を持つ一族だ。王族以外からは誰もが傅いてくれると思うのだが、何が不満だったのだろう?
「フッ、王宮の者たちが、ヘンドリックの話を真面目に取り合わずにいてくれたので、我らはこのような能力を得られたのだ」
糸目の男はいつの間にか取り出していた、試験管を口に持っていき中身を飲み込んだ。噴き出した黒い魔力の霧に包まれたまま、奴はこちらに向けて駆け出してくる。
そこに、横から禿げた騎士が跳び込んできて、互いにぶつかり弾けあう。禿げた騎士は俺達の前で膝をつき、糸目の男はツルンとした壁際で立ち止まると、その身体を覆っている靄のような魔力が晴れていく。
中から現れたのは、今までの魔人達と違い、人の容貌を色濃く残していた。灰色のローブは破れていないので全身がどうなっているのか分からないが、糸目の男の頬と坊主の頭に黒い甲殻のような物が浮かんでいる。
しかし、明らかに人とは違う箇所があった。奴の背後から生えているであろう、サソリのような太い、蛇腹になっている尻尾だ。その勾玉の様になっている尻尾の先端が、奴の頭上から俺達の方へ向けられていた。
俺がユッテの手を引き後ろに下げようとすると、ツェーザルは腰の剣を引き抜き、王族の護衛もそれぞれが武器を手に前へ進み出る。
意外なのが、王太子妃についていた使用人だと思っていた女性が、黒い短剣を手に前に出た事だった。恐らく、使用人にみせた護衛なのだろう。
「陛下、此奴は王族ではありません! 我らが対処いたしますので、どうかお下がりください!」
禿げた騎士が立ち上がりながら、大声で王に告げる。
「ふむ……」
しかし、王は大太刀を持ったまま微動だにしなかった。
じりじりと護衛達が魔人との距離を詰める中、俺達はお姫様達と一緒にゆっくりと魔人から距離を取る。
ある程度離れたところで、傍にいた母がそっと身を屈め、俺に何かを渡してくる。
「レオ、これを口に含んでおきなさい」
「なにこれ?」
白い紙に包まれたものを見て、母に問うと、母は魔人と騎士達の様子を厳しい目をやりながら教えてくれる。
「子供の内からこんな物を口にするのは良くないのだけれど……体力と魔力を回復する丸薬よ。今、貴方の魔力は相当減っているのでしょう? これ一つで全快するとは思えないけれど、万が一に備えなさい」
包み紙の中には、大きな飴の様な物が包まれていた。その飴玉にしては少し大きい丸薬を口に含むと、甘い味と香りがする。
「噛み砕いてはダメよ? 嚥下した唾液に体力や魔力を回復する成分が生成されるのだから。ツェーザル、私たちから離れず、王家の者に任せなさい」
「ハッ、心得ております」
数歩前に出ていたツェーザルが、ゆっくりと後ろ向きに俺達の方へ戻ってくる。口の中で飴を転がしながら、魔人と王族の護衛たちの様子を見やる。
正直、王があの炎の大太刀を使えば、簡単に終わると思うんだけどな……
そんなことを考えていると、王族の護衛たちがそれぞれ、母やイーナがしていたようなオーラを纏いだす。
「ヒットルフよ、其奴を処すのはしばし待て。一つ問い質さねばならんことがある」
「フッ、先程の自身の言葉を覚えていないのか? そちらの質問にこちらが真摯に答えるとでも?」
「古来より、人が言葉を得てから問いに対する答えは、資質によるところが大きい。周囲の者が白だと納得させられても、本人は黒だと信じて疑わぬようにな」
「何を言っているのか、私には理解できぬな。今、この場で無理問答をして遊ぶ余裕があるとでもいうのか?」
「無理問答と取るかどうかは其方次第だ。問おう――ヘンドリックの奴は今どこにいる?」
「――!」
王の問いに、糸目の男はその細い目を大きく開き、驚いた様子を見せた。
「フッ、答えは得た、もうよいぞ、ヒットルフ」
そういって、王はその場から数歩下がった。
どういう事だろう? ヘンドリックは先程、王が焼き殺してしまったと思うのだが、別人だったのか? それにしては、あの男に対して王も周囲の者もヘンドリックとして扱っていたようなのだが……
王族の反応は、それぞれ違っていた。
お姫様や王子達はイマイチ反応が鈍いが、王太子妃は口元を押さえ、王太子や周囲の護衛達は互いに顔を見合わせたりしていて、動揺が走っているように見える。
ただ、王妃だけが冷静に、その遣り取りを静かに見つめていた。
そうして、俺の疑問を余所に、王族の護衛達が魔人に躍りかかった。




