再び王城へ
フリーデグントと話し合った後カサンドラの帰りを待っていると、戻ってきたカサンドラに、あの時は少し感情的になっていた、と謝られた。
自分は気にしていないので気に病まないで下さい、と伝えると母に少しは気にしなさい、と注意された。
部屋へ引き揚げた後、母に叱られるのかと思ったが、母は俺の顔を見るとすぐにでも休むように告げられた。後でユッテに訊いたが、母はイーナ達と夜遅くまで話し合っていたそうだ。
そうして、次の日、俺は久々に昼過ぎまで眠り込んでしまった。母によると、部屋へ引き揚げた時、俺の顔色は少し悪かったのだそうだ。
おそらく、昼間の室内トレーニングで大量に理力を消耗した状態で劇場へ赴き、変身して戦闘、更に慣れない超高速移動を使ったせいで理力を限界まで消耗してしまったからだろう。
目が覚めた後、母に劇場であった本当の事、変身した事も含め伝える。
「そう、とにかく無事で良かったわ……イーナは変身した貴方に敵意を感じなかったが故に、不気味だ、と言っていたけれど彼女には打ち明けるの?」
「ううん、帰りの馬車の中でも俺を怪しんでいたけど、決定的な場面がない限りは自分から打ち明けるつもりは無いよ。それより、心配かけてごめんなさい……」
「いいのよ、謝らなくて……良く考えれば、宿に過剰な戦力を残してしまった、私が相手を見誤っていただけなのだから。もう少しレオの方に護衛を割いていれば、貴方とイーナが苦戦した魔人を逃がさなかったのかもしれないのだしね」
「あれ? 大叔父さんが母さんに叱られるといいって言ってたけど、叱らなくていいの?」
「なぁに? 叱られたかったの? 変わった子ねぇ……」
母は微笑みを浮かべながら、俺の額をツンと軽く指で突いてくる。
「レオとお父様では、状況が全く異なるわ。叔父様が言っていたのは、お父様の悪行のことよ? お父様は洗礼式にやって来た時、護衛の目を盗んで、あちこちで喧嘩をして回っていたらしいのよ。しかも、わざわざ庶民の服装に着替えてね……マグダレーネ様や、今はもういない私のお爺様に叱られて当然だと思わない?」
「そういえば、貴族風の服を着ているだけで街の中を歩いていると、周りの人に避けられていたっけ……爺ちゃん、そんなことしてたんだ……」
祖父らしいといえばいいのか、野蛮といえばいいのか……
それから俺は、必ずやって来るであろう王宮からの問い合わせについて、母と話し合うのだった。
そうして十日が経った。その間、予想通りやって来た王宮からの使者への報告は、母やフリーデグント、ベルムバッハ伯爵達の立ち会いの元で行われ、俺自身が語る言葉は少なかった。
逆に王宮はどうなっているのか? と周りの貴族から使者が責められる場合の方が多かったのだ。
カサンドラは語るべき話は既に王子に伝えているから、とその場には来なかった。
そのカサンドラは俺より先に属性検査を済ませてしまっていた。
俺には王宮からの使者がやって来た時に、王からの指令で、俺の順は後日に回された、と伝えられたのだ。
暇になった俺は母に、王都見物くらい行って来れば? と何度か言われたり誘われたりしたが、そんな気にはなれなかった。
出掛ける場合でも、宿の近所を軽く散歩するくらいで、基本的に宿にいる事の方が多く、宿の荒れた箇所を、作業員が修復している様子を眺めたりして過ごしていた。
ギフテッド、と呼ばれる組織には、きっと竜モドキや角魔人のような連中が他にも大勢いるのだろう。
今のままの俺では力不足なのは否めない。なので、新しい武器や必殺技を考えた方が良いのか、思い付いたままで、まだ形になっていない未完成のものを形になるように整えるのが先か、それとも、今ある物をもっと強力になるよう改良すればいいのか……そもそも俺の戦い方がマズいのか……
そんな、思考の沼の様な物に嵌まってしまい、イマイチ王都散策に関して興が乗らなかったのだ。
「どうしましたの? お別れの時くらい笑顔でいてくださいな」
この日、王都を去るブルーメンタール家を見送る為、俺達は宿の前に集まっていた。別れの挨拶を交わした後、カサンドラに俺の態度を指摘される。
「え? あ、すいません、少し考え事を……」
「またですか? 私の誘いも断っていましたし……劇場でのことを気にしすぎなのではないですか?」
「そうかも知れませんが、自分自身への課題が見えてきましたので……」
「また、その様なことを……私たちは、まだ本格的な魔術指導を受けていないというのに……それとも、グローサー家とはそういうものなのですか?」
「グローサー家は関係ありませんよ。ただ、やれることがあるのならやっておきたいだけです」
「そう、ですか……いえ、そうですね。頼りになる護衛たちさえいれば……などと考えていた私が間違っているのかもしれませんわね。それでも、……いえ、止しておきましょう。それでは、また、お会いしましょう。今度は学園になるでしょうか?」
「はい、また学園でお会いしましょう」
別れを済ませ、馬車に乗り込んだブルーメンタール家を見送る。
母もフリーデグントとの別れを済ませていて、俺は母と共に王城行きの馬車へと乗り込む。これから、俺の属性検査が行われる予定になっているのだ。
「母さん、属性検査が終わったら、急いで子爵領に帰ろうね」
「郷愁に駆られた、って訳でもなさそうねぇ。ま、その意見には大いに賛同するわ。そろそろ、子爵邸のお菓子が食べたいものね?」
母は俺の気を紛らすためか、そんな風に少しおどけてみせた。
「そうだね、王都のお菓子は味が濃いというよりも、クドすぎてとても二口目に手が出せないよね……」
「そうなのよ! クリームはボソボソで、スポンジはジャリジャリ。全く何を考えてあのような味になるのか……あれでは、苦い飲み物しか合わせられないじゃないの……本当に王都の人の味覚は……」
俺を和ませるために母がした話に乗ったつもりだったが、母は王都のお菓子に文句をつけ始めた。
ケーキなんかのお菓子の作り方を俺は知らないが、王都のお菓子は生地やクリームに限界まで砂糖をぶち込んである様な、そんな味で、果物の風味とか香り、焼けた生地の香ばしさなんかを感じられない代物だった。
確かに、最初の一口目に強い甘みがあると一瞬、美味しく感じるのだが、二口、三口と口にするとクドく感じてしまうのだ。恐らく、最初に強いインパクトを与える事を主眼に置いているのに違いない。
もしかすると、果物なんて入ってないのかもしれないが、正直なところ何の加工もしていない普通の果物の方がマシまである。
そんなに美味しくないのなら、俺の様に注文しなければよいのに、何を思って母は注文を繰り返すのか分からない。
母の機嫌がこのまま悪い状態でいられるのも嫌なので、何か別の話題はないかと考える。
「そ、そういえばさ、ロジーがこの前見た劇の続きが気になるって言ってたんだけど、あの劇場での話って俺、御伽噺かなんかで知ってる気がするんだよね……どうしてロジーは知らないのかな?」
「それはそうでしょう。あの子たちは基本的に本なんて普段から読まないからね。それにあのお話は、何年か前に王都で販売された割と新しい本が原作の筈よ? それをディートがエリーのお土産として買ってきたのを、レオは読んだのじゃないかしら?」
「あ、そういえば、文字を覚えたての頃、姉さんにこれを読めって言われて、読まされたつまらない本か……」
母に言われて、思い出した。確か、読み進めている内にだんだん飽きてきて最後まで読まなかったのだ。通りでオチを覚えていない、というよりかはオチを知らない訳である。
「つまらないって……まぁ、レオにはまだ男女の機微については難しいのかしらねぇ……それでも、ロジーが劇に興味を持ってくれたのは良かったわ」
「どうして?」
「あの子たちも、もう、いい年齢だからね、そろそろ家庭を持ってもおかしくないでしょう? 魔獣討伐隊の面々はその戦闘能力の高さから、相当の給金を支払っているの。危険な目に遭うことも多いしね。だから家族を養う位は簡単にこなせると思うのだけれど……どうにもあの子たちって、そういう方面に疎いのよねぇ……」
「ふぅん……それなら、母さんが率先して、お見合いとかさせてあげればいいんじゃない?」
「それはダメよ。貴族である私が平民である彼女たちに、誰と誰とでお見合いをしなさい、なんていえば、それだけでお見合いを通り越して、嫌な相手とでも結婚してしまうかもしれないでしょう? それは、私の望むところではないのよね……」
「成る程。本人たちに結婚する気がないのなら、どうしようもないのかもね?」
「そうよねぇ……それでも、多少、興味があるのなら希望はあるのかしらね……」
そんな話をして、王城へ辿り着く。以前、来た時と違って、見知らぬ騎士達の出迎えではなく、大叔父が待ち構えていた。
「あら? 叔父様が案内役として付くのですか?」
「うむ、城内でレオンハルトが襲われたのと、宿での一件があるじゃろう? 王宮勤めの騎士では、フロレンティアの信頼を得られぬと思ってな。儂が出向いた訳じゃが……どうじゃな? 儂に任せてもらえるじゃろうか?」
母は顎に手をやり、大叔父の提案について何か考えていたが、俺を見下ろしながら告げる。
「そうですねぇ……レオ、貴方が決めなさい。これからは、貴方が判断を下さないといけないこともあるでしょう。練習って訳でもないけれど、やってみなさい」
「うん? 別に大叔父さんでいいと思うけど、何かマズいの?」
母に答えると、ポンと軽く頭を叩かれる。
「全く、もう少し考えなさい。叔父様は大隊長格なのよ? 周囲から、特別扱いされているように見られるかもしれないでしょう? 貴方はそれでいいの?」
「へ? 特別扱いされて何の不都合が……?」
「ククク……良いか、レオンハルト、フロレンティアはこう言っておるのじゃ。今回の王宮の不手際を利用して、貴族証を持たぬ、グローサー家の護衛を連れて行け、とな」
「えぇっ? そんなの分かんないよ、母さん」
「叔父様、私はそうは言っていないでしょう?」
「しかし、そういう風に誘導するつもりであったじゃろう? この子はおそらく、兄貴と同じ直感型じゃ。即断即決は戦闘に於いて役に立つが、沈思黙考することの多い王宮では、何を揚げ足取りにされるか分からん。フロレンティアの教育方針もあるのじゃろうが……儂でさえ慣れるのに相当時間が掛かったのじゃ。今ここで、王宮での立ち居振る舞いを教え込むには時間が足りんぞ?」
「そうは言いますが、今日はこの子の属性検査の後、王太子妃殿下からお茶の席へのお誘いがあります。少しは言動に気を付けるようになってもらわないと、とんだ失態を犯すかもしれないでしょう?」
俺だって何も考えず動いている訳じゃない、と言いたかったが、先日の劇場での事を母に話すと、狼男と対峙した時点でカサンドラ達に応援を求めるべきだった、と言われていたので、何も言い返せなかった。
母には具現化魔術や変身について詳しく説明していないが、もし俺に何の能力も無ければ、そうするのが正しかったように思う。
カサンドラもその辺りの事を知らなくて、心配していたところ、のほほんとしていた俺を見て、感情的になったのだろうし。
「ふむ? 王太子妃殿下からの誘いか……レオンハルト、余り大人たちの会話には加わらんようにな?」
「大丈夫ですよ、多分、何を話しているのか、よく分からないと思いますから」
「レオ、ちゃんと話は聞きいておきなさい。思考放棄は許さないわよ」
再び母にコツンと頭を叩かれ、注意を受けると俺達は城内へ入ることになる。
結局、母につくお手伝いさんを待機部屋に残し、代わりにツェーザルを連れて行くことになった。
貴族が王城へ入る時に連れて行けるのは一人までで、洗礼式の時は特別だったのだそうだ。いや、すぐに貴族証を貰えるから、そこまで特別という訳でもないのかもしれない。
母が受付の女性に銀色の札、貴族証を渡すのを見て、俺も懐から取り出して隣の受付の女性に渡す。
「グローサー子爵家のレオンハルト様ですね。本日は属性検査の予定だと伺っております。ようこそいらっしゃいました」
「ねぇ、おねーさん、その魔導具の箱がどうなっているのか、見せてもらってもいい?」
受付の女性に貴族証を返してもらいながら、俺は少し気になっていた認識用の魔導具を見物させてほしいと頼み込んでみた。
「え? あ、あの……?」
受付の女性は困ったような表情を浮かべながら、母を見やる。母は軽く肩を竦めながら頷いた。
「あ、あの、変にいじくりまわさないでくださいね? 何かあると私の責任になってしまいますので……」
「えー? ケチ臭いなぁ……じゃあ何かあったら、俺のせいでいいよ。それでどうやって使ってるの? これでもう一回やってみせてよ」
「は、はぁ……」
そうして、俺は再び女性に貴族証を手渡し、行儀が良くないのを承知でテーブルに腕を掛け乗り上げるのだった。




