中断された劇
狼男から放たれた魔術は、通路の床いっぱいに広がり、垂直な四本の縦線の刃になって俺に向かてくる。
俺は鉈の様な短剣を横なぎに振るって、左から二番目の刃を打ち消すとその隙間に入り込んで躱した。
「グアッ!」
「ん? あっ!」
振り返ると、のたうち回っていた黒ずくめが血塗れになっていた。狼男の魔術に当たってしまったようだ。
「おい、仲間じゃないのかよ?」
「フン、貴族のガキをブチ殺した犠牲になったとでも言えばいい……大体、他人の心配をしている余裕があるのか? オラッ!」
狼男は右手を上に振り上げ、左手を横に振るう。すると、今度は縦に四本、その後ろに続いて横に四本の風の刃が飛んでくる。
俺は、風の刃に向かって駆け、地面を蹴ってトイレに転がり込んだ。ギリギリで躱した風の刃がドアの前を通り過ぎていく。
鉈の様な短剣を霧散させ、手にしていたスマホの変身アイコンをタップする。
ベルトが装着されながら、壁にもたれかかって座り込んでいる男達を見やる。俺達を観劇用の部屋に案内していた劇場の関係者と同じような制服を着ていた。
生きているのか、死んでいるのか……一目見ただけでは分からなかった。
「変身!」
膝立ちになりながら、ベルトにスマホを差し込み、赤い魔力に包まれていると狼男がトイレに入ってくる。
「な、なんだぁ?」
「Evolution」
狼男が戸惑っているうちに、変身が完了した俺はそこから跳ねるように、狼男に向かって飛び出す。
「ハッ」
振り上げ気味に突き出した拳が、狼男の腹に突き刺さって吹き飛ばした。狼男が通路の壁にぶつかると壁にヒビが入る。
「ふむ……」
俺は自身の右手と、吹き飛んでいった狼男を見比べる。
竜モドキには俺の通常攻撃が通用しなかった。もしかすると、王都の魔人……魔獣化したての奴ではなく、魔獣化を使いこなしている様な奴はレベルが高いのかと思っていたが、狼男はそうでもないようだ。やはり、個人差があるのだろうか?
「グウゥ……黒銀のその姿……お前が、シグニック様の言っていた邪魔者か……まさか、貴族のガキだったとはな……どこの誰がお前にその能力を与えた……?」
「素直に答えるとでも?」
「フン、まぁ我らの中に裏切り者がいると分かっただけでも、良しとするか……」
そういって狼男はふらつきながら立ち上がった。
竜モドキもそうだったが、また、何か勘違いをしているな。貴族の俺が変身するのには誰かの手引きがあったように思っているようだ……
流石にクリスタルからもらった能力だとは思いも寄らないのだろう。
ただ、コイツ等の話には少し筋が通ってないような気がする。この狼男や、劇場の階段にいた男達は貴族や王族を目の敵にしているようだった。それに対し、姉やお姫様を攫いに来た奴等は、その気になれば二人を害せた筈なのだ。
何か別の目的があって攫おうとしたのだろうが、流石に情報が少なすぎて、何がしたいのかさっぱり分からない。
まだ、組織内で意思統一がなされていないのか、意見が割れているだけなのか……
狼男は再び魔術を放とうと手を構えた。
俺は、ベルトの背後に付けている筒を取り出し、狼男が撃ち出した風の刃をフォトンブレードを振り上げて打ち払う。
「なんだ、それは!? 魔力の剣……!?」
この世界の住人だとSFなんて知らないだろうから、不思議に思うのだろうな……
勿論、そんな質問に答える気はなく、そのままトイレを飛び出して、狼男に斬りかかる。
「グッ!」
横なぎに振るったフォトンブレードが、狼男の腹をズバッと切り裂く。
追い打ちをかけようと逆袈裟にフォトンブレードを振り上げると、狼男はゴロゴロと転がって躱した。
ボタボタと血を垂らしながら、腹を押さえ、狼男は立ち上がる。
「……魔導具か、お前自身の能力かは知らねえが……ウグッ、この魔獣化した身体をこうも簡単に切り裂くとはな……」
俺は警戒しながらゆっくりと狼男に近づいていく。
「……フン……仮面のおかげで表情は分からんが、勝ちが確定したって態度だな……だが、そういう時ほど足元をすくわれるってモンだ……」
そういうと、狼男は後ろに大きく跳び下がった。まだまだ、元気があるようだ。
狼男は、そこからデタラメに両の腕を振り回し、風の刃を放ってきた。
一部、通路の壁を削りながらも飛んで来る幾つもの風の刃を、俺は縦に横に斜めにとフォトンブレードを振るって打ち払っていく。
う、う~ん? コイツは母の言っていた遠距離タイプなのだろうか? それにしては何故、狼の魔獣を元に魔獣化しているのだろう?
狼の魔獣はその素早い動きと細かな旋回力が厄介な相手で、魔術は牽制的な感じになり余り使ってこないのだ。
まぁ、初めて相手にしたあの狼は、牽制とはいえ、あの時の俺ではかなり手こずったのだが……
狼男は再び、腕を縦と横に振るい、格子状になった風の刃を放ってくる。
鉈の様な短剣では無理だろうとみて避けたのだが、今度は逃げる様な真似はせず、俺はフォトンブレードを十文字に切り結んだ。
「ハッ」
魔術が破壊され、その余波というか少しの衝撃を感じる中、俺は狼男に向かって駆けていく。
狼男は慌てたのか、咄嗟に放ったであろう近距離で撃ち出された風魔術は、もはや刃を形成していなくてただの風の塊だった。
俺は左の拳で、風の塊を打ち砕くとフォトンブレードの切っ先を狼男に向け詰め寄る。
「よう、待たせたな、オッサン。大人しく降参して捕まるのであれば、多少は長生きできるかもしれないぜ?」
「……クッ、まさか貴族の癖にギフテッドの連中と同様に、これ程の力のを有しているとはな……イェルン様の仰っていた通り、才覚に貴賤は関係ないということか……」
また、イェルンという名前が出て来たな……コイツ等のボスだろうか?
「ギフテッド? お前たちの組織とは別の組織か?」
「フン、素直に答えるとでも?」
「チッ」
狼男はその鋭い牙を剥きだしにして、笑ってみせた。
「お前たちの狙いは何だ? 国家転覆か?」
「ほう? お前にその能力を与えた裏切り者から聞かされていないのか? ククク……おめでたいガキだ、こんな状況じゃあビビッちまって口を開くこともできやしねぇよ」
なんだ……? 狼男の、このどこか余裕のある態度は……まぁ命乞いをして素直に話すようなタイプではないのだろうし、止めを刺すか……
俺の第一の目的は王族に危機が迫っている、と伝える事だしな。
「そうか、じゃあな」
フォトンブレードを振るおうと少し下げた時だった。何処からともなくドォーンと何か爆発するような音が聞こえてきた。
「なんだ?……チッ」
俺が爆発音に気を取られた隙をついて、狼男は逃げ出していた。その後方にあった角を曲がり姿が見えなくなる。
俺は仮面の右側のコメカミに触れながら、急いで角を曲がる。
「Target Scope On」
仮面の右目が緑色に変わり、俺の右目に投影されたレティクルを狼男の後姿に合わせる。
俺はその場で立ち止まり、フォトンブレードを仮面の横に持ち上げ、剣先を狼男に向けて霞の構えをとった。
「ハッ!」
そして、狼男に向けてフォトンブレードを突き出す。
すると、赤い魔力の刀身部分が飛んでいき、途中で先端から八つに別れると狼男に絡みついた。
赤く細い魔力の帯に拘束された狼男は、通路の床に倒れジタバタともがいている。
俺は改めてフォトンブレードのスイッチを入れて赤い刃を創り出すと、狼男に向けて駆けて行く。
剣先を床に擦りつけるようにして、フォトンブレードを振り上げ、狼男を両断した。
「く、クソガアァァアア! ガフ……」
切断された死体に、フォトンブレードを何度か突き刺すと、ボフッと灰化する。
狼男を倒した俺はベルトからスマホを外し、変身を解除した。
「Cancellation」
あの爆発音は階段の所にいた男達が話していた、混乱を起こすための合図だろう。
俺は改めてスマホに問い掛ける。
「レオノーラ姫の位置をマップに表示」
「了解――展開終了」
「……あっちか」
お姫様のいる方向へ向けて駆け出す。通路を塞いでいた扉を開けるとそこは広々としたロビーとなっていて、閑散としていた。
恐らく、皆まだ観客席にいるのだろう。会場の大きな扉を押して中を覗いてみると、劇は中断されたようで会場内は明るくなっていた。舞台の上では、例の語り部が立っていて、皆に落ち着くよう呼び掛けている。
「――只今、我が劇場の者が原因を調査しております。安全が確保されるまで、皆様、慌てず騒がず席を立たないでしばしお待ち下さい。繰り返します――」
二階席の後ろの方にこっそり入っていくと、声を掛けられる。
「坊や、どうしたの? もしかして、こんな時に迷子かしら?」
「おい、ほっときゃいいだろ」
早速、見つかる……声を掛けてきたのは十代前半くらいの若い女性で、座席から身をよじらせて振り向いていた。
その隣に同じ年くらいの男性がいて、更にその傍に壮年の男性がいた。ギロリとこちらを睨んできた壮年の男性は、恐らくこの若い男女の護衛だろう。となると、どこかの貴族か?
「ううん、トイレに行ってただけだよ? それより、劇はもう終わっちゃったの?」
「いいえ、劇の途中で突然、大きな音が鳴ったの。それで一時は騒然としていたのだけど、そのせいで今は中断されているのよ」
「もういいだろ、坊主、早く親御さんのところへ戻れ」
若い男の方はどうやら苛立っているようだ。もしかすると、楽しみにしていた劇が中断されてムカついているのかもしれない。アイツ等のせいで、再開されないのかもしれないな……
「こんな小さな子に、そんな言い方しなくてもいいでしょ? 大体、貴方はねぇ……」
「あ、いや、そ、そういう訳じゃなくてだな……」
「ありがとね、おねーさん、じゃあね」
何かケンカが始まりそうな雰囲気を感じたので、俺は慌ててその場を後にする。
さて、お姫様は……二階席を見渡すと中央前方の席に、スマホに頼るまでも無く、あからさまに、ここに重要人物がいますよ、といわんばかりの人の壁があった。
特徴のある青と白の制服ではないが、恐らく隠れていた王族の護衛達だろう。あんなに大勢、隠れていたんだな……
俺は別の出入口から人気のないロビーに出て、一応スマホで確認してみた。お姫様と王子、二人についていた護衛二人も傍にいる。俺が心配する必要もなかったか……
彼等も同じ轍を踏む訳にはいかないのだろう。
イーナ達はどうなったのかなと思い、スマホで確認してみる。
「……う~ん? もしかして、こっちがイーナでこっちはロジーとカティアの二人かな?」
「肯定」
「三人とも無事なのは分かったけど、どうして別れてしまったんだろう? 状況がよく分かんないな……どちらかはケガでもしているのかな?」
「告。イーナは灰色ローブの人物と交戦状態と推測」
「む? イーナの周囲を魔力検知してくれ」
イーナとは違うマーカーが二つ彼女の側にある。二対一の状況で戦っているのだろうか? イーナなら恐らくアイツ等に後れを取る事はない、と思いたいが、様子を見に行った方がいいだろう。
討伐隊員の二人は地下にいて、もし怪我をしていても馬車で待機している御者達がいるから、手を貸してもらえる筈だ。
逆にイーナはこの建物の屋上にいるようで、どうやって向かったのか分からない。この階に降りてきた階段も、男達が悪だくみをしていた階段も三階以上には続いていなかったのだ。
俺は再び、狼男と争ったトイレに向かって移動を始める。灰化した狼男を跨いで、角を曲がるとトイレの前に黒ずくめの男が、狼男のせいで傷付いた仲間を診ていた。
「おりゃ!」
助走をつけた状態の俺はそのまま跳び上がって、黒ずくめに飛び蹴りを喰らわす。
「ガハッ……」
今日の内に、二度も不意打ちで頭を蹴飛ばされるとは思いもしなかっただろう。
俺は鉈の様な短剣を具現化すると、倒れた黒ずくめの衣服を切り裂き、帯状にして黒ずくめの両手首を後ろ手に結んでおいた。
正直、これでいいのか分からないので、もしかすると抜けられて逃げられてしまうかもしれないが……
もう一人の黒ずくめは……出血多量で助からないかもしれないな……
トイレに入って行くと、先程見た時と変わらない姿で、劇場の係員達が座り込んでいた。それぞれ手の甲でそっと彼等の首筋に触れてみる。
人が生きていくためにある筈の体温を感じ取れなかった。
被害者の一人の頭上にある、すりガラスの窓は嵌め殺しになっているようで、開閉しそうにない。
俺は手にしていた鉈の様な短剣の柄を打ち付けて、窓ガラスを叩き割る。そうして、スマホを具現化するとアイコンをタップして再び変身するのだった。




