三流以下の暗殺者
黒い頭巾に、黒い衣装。黒ずくめのソイツは再び俺に向けて何かを投げつけてくる。何とはなしに躱すが、更にソイツは腰に手をやり、何かを取り出し投げてこようとした。
俺は帯に挟んであった扇子で、飛んできた黒い物を叩き落とす。床に落ちた黒い物は、楔の様な鉄片だった。
何なんだ、コイツは? ヒットマン……暗殺者なら、時と場所と場合に合わせて、周囲に溶け込むような恰好をするだろうし、投げつけてきたこんな小さな鉄片で人を殺せるとは思えない。
もしかすると、投擲とコントロールに自信があるのかもしれないが、それでも人は突然動いたり、向きを変えたりするものだ。
それで急所に当たって暗殺が成功する場合もあるのかもしれないが、そんな運任せの暗殺者なんているだろうか? その上、投擲の腕も俺に見切られる程度だ。
三流以下の暗殺者に思えるが、俺はこの黒ずくめの人物に異常性を感じていた。それは俺に視線を感じさせず、不意打ちを行ったからだ。
マグダレーネによるとこれは能力ではなく、技術なのだそうだ。なので祖父や母を始め訓練すれば誰にでもできる。マグダレーネには、修行の順番が滅茶苦茶だと呆れられていたが……
勿論、こちらを意識しないで、ただの風景のよう見つめられていれば何も感じない。こちらに、ある種の敵意や殺意、害意を持たれて初めて気付けるのだ。
お姫様と領都であった時に感じた視線は、隠れていたお姫様の護衛から不審な目で見られていたからだろうし、今日の洗礼の会場でも周囲にいた騎士以外からの、垂れ幕の影や天井などからそういう視線は感じていた。
なので、俺自身が不調な訳ではない。この敵意を感じさせないのも技術なのかもしれないが、それにしては暗殺方法がお粗末すぎた。
このちぐはぐな印象が俺を戸惑わせ、
「あっ」
背を向けて逃げ出した不審者を見逃してしまった……
スマホを使えば追跡できるが、遅くなって母に心配を掛けたくないな。それにこの迷路のような城の中で、何が仕組まれているのか分からない。案外、俺を罠に嵌める様な仕掛けがあるかもしれないのだ。
辺りを見回してみる。取り敢えずこの楔のような鉄片を持っていくか……懐からハンカチを取り出して鉄片をくるみ袖の袂にしまう。もう一つはどこに行ったかな? と辺りを見渡していると声をかけられた。
「あの、どうかされましたか?」
振り返ると少し離れた位置に、恐らく高位であろう、ストロベリーブロンドとでもいうのか、ピンクがかった金髪の着飾った女性と取り巻きの女性数人がいた。その内の使用人っぽい黒い服の女性が近づいてきていた。声をかけてきたのはこの人の様だ。
「グローサー家の控室に戻る途中だったのですが、今、黒ずくめの不審者に襲われたのです。この辺りに証拠の品が転がっていると思うのですが……」
「まぁ! グローサー家の……貴方たち」
着飾った女性が目配せをすると、周りの女性達がバラバラと動き出す。
「貴方はこちらにいらっしゃい」
女性に手招きされたので側に寄っていき、俺は女性の前で跪こうとするが、止められた。
「そこまでしなくていいのですよ、レオンハルト・グローサー。公式の場ではないのですし、緊急事態なのですから簡易な礼で結構ですよ」
「は、はい。ところでなぜ自分の名を?」
右の手を胸に置き簡易な礼を取りつつ、女性に尋ねてみた。
「彼女とは縁がありますし、娘が少しね……」
そこへ、彼女の付き人が戻ってくる。
「ヒルトルート様、こちらが通路の壁の隙間に挟まっていました」
「そう……貴方はそれを持って、王に報告へ。流石に今回ばかりは誰も庇えそうにありませんわね……さ、レオンハルト、一緒に行きましょう。わたくしが側にいれば安全ですわ」
「はい、あの、犯人に心当たりがあるのですか?」
「おおよそ、ですけれどね……全く、これ以上グローサー家に借りを作るなど、何を考えているのかしら……」
「ヒルトルート様、控えの間はあちらです」
「そう、では行きましょうか」
付き人っぽい女性の案内で通路を進みだす。さっきの言い方だと、この女性は王族かそれに近しい人なのかな? 犯人はその身内なのかもしれない。
「控室に戻るところだったと言っていましたね? もう魔力検査は終わったのですか?」
「はい。宰相様って意外と気さくな方なんですね?」
「そういえば、今年から色々と変更がなされて、検査の結果は王と宰相のみが知ることになったのでしたね。そうね、子供受けはいいようですけれど……ああ見えて、中々の曲者なのですよ? 宮廷内のどの勢力にも属さず、それでいて宰相なんていう役職をもう何十年も続けているのですから。王からの信頼も厚いようですし……何かと話題のグローサー家の秘密を知らない内に抜き取られていた、なんてことの無いようお気を付けなさい」
「グローサー家の秘密、ですか?……王都の料理も結構美味しかったですよ?」
「あら、フフフ、成る程ねぇ、面白い切り返しをしますね。あの人も余計なことばかり憶えてきて困ったものだわ、うちの料理人たちも頭を抱えていますのよ?」
もしかするとこの人は……お姫様の母親、王太子妃なのかな?
暫く王太子妃と思われる人物と料理について話していた。この人もお姫様の母親らしく話題がお菓子の話になり、困ったなぁと思っていると、グローサー家の控室に戻ってくる。
母とユッテ達が控室の前の通路に出ていて、そこに土下座している人がいた。
「フローラ、久しぶりね、元気にしていたかしら?」
「ヒルトルート……! いえ、王太子妃殿下、お久しぶりです」
母やユッテ達はその場で跪こうとするが、ヒルトルートは親しげにそれを止めさせた。やっぱりこの人は王太子妃だったのか。
「いいのよ、フローラ、この子にも言いましたけれど、公式の場ではないのですから。それに貴方と私の仲でしょう?」
「もう、あの頃とはお互いの立場が違います。とはいえ、確かに公式の場ではありませんでしたね。私も久方ぶりの王城ですから、つい勘違いをしてしまいました」
「そう、でしたわね……それなら今度、個人的なお茶の席にでもお誘いしますね? それからレオンハルト、この者が貴方を案内していたので間違いありませんか? 貴方、面をあげなさい」
母と王太子妃は旧知の仲のようだ。
王太子妃に言われて、土下座していた女性を確認してみる。ぎこちなく顔を上げた彼女は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「はい、間違いありません」
「王太子妃殿下、彼女から事情は聞きました。彼女は狼藉を働いた者に無理強いされただけですので、情状酌量してあげてくださいませ」
「ええ、わたくしも王に口添えはしますが、王の裁定は誰にも覆せませんからね……それよりも、この子は平気そうにしていますが、魔力検査を終えて疲労を感じているはずです。早々に王城を去って、宿で休ませてあげるといいでしょう」
「そうですね、後は王家にお任せします。王太子妃殿下もレオノーラ姫が魔力検査を終えてお忙しいところでしょうに、わざわざ息子を送り届けてくれてありがとうございました」
「フフフ、わたくしよりもお義母様の方が熱心になってしまって……王家には王家なりの魔術指導があるのは分かりますし、王城でのわたくしは外様ですから、実の子であろうとも魔術指導には関われません。しかし、ああいうのを見ると不思議と冷静になっていくものですわね?……今回の件、沙汰があり次第、使いをよこしますね」
そうして、王太子妃は俺を案内していた女性を連れて去っていった。
控室に入り、着替えながら母と何があったのか互いに尋ね合う。
俺が襲われたのは、ヘンドリックという王太子の弟の指示によるものだそうだ。彼は俺を案内していた女性に、あの通路へ俺を連れて来るように命じていた。
案内係の女性は俺を置き去りにした後、グローサー家の控室へ走り、母に経緯を報告し、土下座して何度も謝っていたそうだ。
「彼は私が学園に通っていた頃、一つ下の学年だったはず……関わり合いにはならなかったけれど、噂ではその素行の悪さから学園を卒業できなかったそうよ」
「え? 王族なのに学園を卒業できないなんてあるの?」
「あくまでも噂、だからね? 真相は不明よ。取り敢えずは王家に任せましょう。ユッテ、ブルーメンタール家に帰る準備ができたと報告を」
「はい」
俺達が貰ったこの銀の札は貴族であると示す魔導具なのだが、まだ仮免許みたいなものだ。学園を卒業する際、卒業試験の結果次第では、取り上げられる。
ただこれは、王都に住む貴族の子にのみ適用されるようで、王都には決まった数の役職しか用意されていないからだそうだ。
俺達の様な地方の貴族は取り上げられる事はまずない。役職は領主が用意するからだ。
王族は、地方貴族と同様に卒業試験は関係なく、王家が面倒を見るのだと思っていたが、何事にも例外はあるのだろう。
着替えを済ませ、ブルーメンタール家の控室に向かうと、カサンドラの顔色は青白く、血の気がなくて調子が悪そうだった。
「大丈夫ですか?」
「……」
「大丈夫よ、レオンハルト、これは自業自得なのですから。私の忠告を無視して少し魔力を扱おうと試しただけでこんな風になったのよ」
「フフ、カサンドラ嬢の気持ちは私もよく覚えています。一般的に今は回復する魔力を感じ取る時期ですね」
「カサンドラ、強がりもいいですけれど、本当にダメな時は言うのですよ?」
「へ、へいきですわ……」
そうして、王城に入ってきた時のように騎士に案内されて通路を進む。
途中、一度だけフラついたカサンドラを見て思わず手を出して支えると、キッと睨まれてしまった。しかし、彼女はハッとした様に表情を変え、眉尻を下げる。
「あ、ありがとうございます、けれども私は平気ですわ」
「レオンハルト、気を悪くしないであげてね? この子も貴族として気張っているのです。しかし、貴方は随分と平気そうですね?」
「はい、鍛えていますので」
「成る程、これがグローサー家ですか……フロレンティア様の強さの秘密を垣間見たようですわね」
「この子はそれだけが取り柄ですので、代わりに学業の方が疎かになっていて、少し悩まされているところなのです」
「フフ、まぁそんなものですよね。親としては元気に育ってくれればそれだけでいいのですが、貴族として育てるのはね……」
そんな風に母とフリーデグントが子育てについて、あれこれ話しているのを聞かされながら、迷路のような王城の通路を抜け、護衛達と合流し、馬車に乗って王城を後にする。
王城を出る時は、何故か銀の札の提示を求められなかった。入城する時だけが厳しいのだろうか?
俺は馬車の中で王や宰相が語っていた話を母に伝える。
「そう、レオの洗礼式が早まったのは王女殿下のせいだったのね。それに、まさか、王宮が地方貴族を慮るなんて意外だわ……」
「王宮と地方貴族って仲が悪いの?」
「そういう訳ではないけれど、王宮に勤めている多くの役人は所詮、王領に関わる人ばかりだからね。ある意味、地方には無関心なのよ。だから地方の貴族はそれぞれが所属している八大侯爵を頼りにするし、そうなると侯爵家に支持が集まって、強大な権力を持つ訳ね。こんな話、レオにはまだ難しいかしら? それよりも魔力検査の件は上手くいった?」
「うん、上手くいったよ。最初、思っていたよりも一気に魔力を吸い取られたから驚いたけど……俺の魔力は中の中くらいなんだって」
「そう……それならレオはエリーの様に狙われなくなるでしょう。その上、王と宰相だけの秘密にするのだしね。それにしても、まさか王がエリーの件をきっかけに動いてくれるとはねぇ……王ともなると国全体を気にかけているのでしょうけれど……やはりマグダレーネ様と知り合いだからかしらね?」
姉が洗礼式で魔力水晶を壊したせいで、規格外の魔力の持ち主だと名が知れ渡ってしまった。そのせいで子爵領にやって来た王都の神殿の者達に紛れて、魔獣化する奴等に狙われてしまったのだ。
その対策として家族会議が行われ、俺が魔力の扱いを覚えているのなら、魔力水晶の魔力を吸い出す力に抵抗できないか? となった。
そんな事が出来るのだろうか? と疑問を口にすると、姉が領都の神殿で練習してみてはどうか? と案を出したが却下された。
領都の神殿は一般に広く開放されていて、誰でも出入りが出来、更に王都の神殿との繋がりもある。用心に越したことはない、となり、結局ぶっつけ本番で挑む事になったのだ。
なので不安があったのだが、なんとか魔力水晶に全魔力が流れ込むのを抑え込めた。
宰相やフリーデグントが俺に元気そうだ、と感心していたのはそういう理由があったからで、俺やグローサー家が特別にすごい訳ではない。つまりはズルをしていたのである。
父が、学園での成績に影響するかも、と漏らすと、そんなものただの杞憂じゃ、と祖父は笑い飛ばしていた。学園での成績は王都で働くか、他領との婚姻などで考慮されるくらいなのだそうだ。
俺がグローサー領を出て行かないのであれば、学園の成績が良かろうが悪かろうが関係ないという訳だ。
宿に着くと、宿に残っていた女性の魔獣討伐隊員が馬車に駆け寄ってきた。
「フロレンティア様、あちらに……」
「うん? ああ……」
彼女が示した方を見ると、宿の入り口の脇でイーナに組み伏せられた茶髪の男がいた。




