白亜の城
洗礼式当日。
朝早くに起こされ、母やユッテ達と宿の一階へ降りると、少ししてからブルーメンタール侯爵家の面々がやってくる。
それぞれの家ごとに別れて馬車に乗り込み、朝早いのに人通りの多い街中を抜けて王城へ向かう。
やがて高い建物が建ち並ぶ区域を抜けると、水路が張り巡らされた区域へ出た。
人の手によって植樹されたであろう木々が程よく立ち並び、花壇やベンチ、街灯やフェンスなどが整然と配置された綺麗な光景が広がっているのだが、歩いている人は少ない。
木々の間から見える高く大きな壁は白く、その向こうに見える建造物は更に巨大で正に、白亜の城といった感じだ。聞くまでも無く、それがこの国で一番の権力を持つ王の城、王城だった。
「凄く大きな城だね、母さん。姉さんに聞いてたけど、聞くのと実際に見るのだと全然印象が違うね」
「そうね、私も初めて見た時は、あの荘厳さに圧倒されたものだわ……今見ると、維持費がとんでもないと思わされて、別の意味で圧倒されるわね」
「ハハ、国中にあんなにも沢山の白い石があるのって何だか不思議だよね」
「……フフ、貴方は暢気ねぇ。これから王族と会うのに緊張はしていないのかしら?」
「これからやることを考えると、そっちの方に気を取られちゃうよ……」
何の為に存在するのか分からない、恐竜が逆立ちをしても余裕でくぐれそうな開いたままの巨大な門を馬車が通り抜ける。
城内の所々には手入れされた木や花壇、何らかの白い建造物があり、綺麗に敷き詰められた石畳の通りを進んでいくと、やがて馬車が停車した。
母とともに馬車から降りると、昨日見た騎士と同じ白と青の制服を着て、帯剣している騎士達がズラッと並んで待機していた。その中から一人の騎士が進み出てきて、母の前で跪く。
「グローサー子爵様とお見受けいたします。これから私共が洗礼の場へと案内させて頂きます」
騎士の案内で大きな金属の扉へ向かう。待っていた侯爵家と合流すると、大きな扉が開かれた。乳白色の壁になっている通路を少し進むと等間隔に並べられた机の後ろに、一人ずつ女性が立っている。
机の上には金属の箱が置いてあり、母とフリーデグントはそれぞれ懐から銀色の札を取り出し、別々の女性に手渡した。
女性は金属の箱に、銀色の札を差し込むと箱の上に表示された部分を確認する。
「本日はおめでとうございます。フロレンティア・グローサー子爵様と確認いたしました。どうぞお進みください」
そういって、女性は母に銀の札を返しお辞儀をする。
この銀色の札と金属の箱は魔導具の一種だ。銀色の札に個人の魔力が登録されていて、箱がその魔力を読み取り個人を特定する。
銀色の札は洗礼式で魔力を計測する時に一緒に登録され、王宮に記録されて持ち主が貴族だと証明する魔導具となるのだ。
各領地に散らばっている貴族が、わざわざ王都へ来て洗礼式を行うのはそういう理由からだそうだ。
「護衛の方はあちらでお待ちください」
そこでツェーザル達、護衛の為について来た討伐隊の数人と別れ、俺と俺につくユッテ、母と母につくお手伝いさんの四人は、二人ずつの騎士に前後を挟まれて、侯爵家の人達と一緒に通路を進んでいく。
スマホがあるから迷わないだろうけど、何度も角を曲がり、移動床で上に登ったりするので、初見では案内が無いと帰れないだろうな。
そうして通路を進んでいると、豪華な装いの通路に切り替わる。そこに青い鎧姿の女性騎士と、白いドレスを着た黒髪の少女が待ち構えていた。
「お、王女殿下! 何故このようなところに……!」
案内をしていた騎士は驚きの声を上げたが、直ぐにその場で跪き礼を取る。
「あら、王女殿下でしたか。初めまして、ブルーメンタール侯爵家のフリーデグントです」
「娘のカサンドラ・ブルーメンタールです」
侯爵家の二人がスカートを摘まんで挨拶をすると、続いて俺と母も挨拶をする。
「お久しぶりです、王女殿下」
「初めまして、王女殿下、レオンハルト・グローサーと申します」
お姫様は聞こえない程の小さな声で何か呟くと、満面の笑みを浮かべ返礼する。
「レオノーラ・アルムガルトです。皆様、本日はよろしくお願いしますね。それから、グローサー子爵、あの時は大変お世話になりました。あの平民の方々はお元気にしているでしょうか?」
「ええ、男の子の方は特に元気があり余っているらしく、両親も苦労しているようでした」
「フフ、そうですか、それを聞いて安心いたしました」
そこでお姫様の側に控えていた護衛騎士の女性がお姫様に告げる。
「では姫様、挨拶も済みましたので、移動をお願いします」
「あら、まだお会いしたばかりなのですが……」
護衛騎士は軽く首を振ると、肩を竦めた。
「ザシャ様よりきつく言われております。姫様が挨拶をしたいと強く仰るので許可しましたが、終われば直ぐにでも連れ戻すようにと」
「フフ、レオノーラ姫、私たちのことはお気になさらず。せっかくの晴れ舞台です。どうぞ、レオノーラ姫を着飾りたい者たちのところへ戻ってあげてくださいませ」
「そう、ですね……では、レオンハルト、カサンドラ、また後程お会いしましょう」
お姫様と護衛騎士が去ると、カサンドラが俺の側に寄ってきて小声で尋ねてきた。
「私たちとお会いした時、貴方を見た王女殿下が『やはり……』と呟いていた気がするのですが、どういう意味かご存知?」
「さぁ?」
お姫様にいつの頃から勘付かれていたのか分からないが、俺の正体は平民ではなく貴族ではないか、と思われていたようだ。
カサンドラにはとりあえずは惚けておいたが、その内バレてしまうかもしれないな。
そこから、すぐ近くにあった控室の前で、侯爵家と別れ俺達は部屋に入る。そこは先程までいた石造りの通路とは違い、板張りで上品な感じのする広めの部屋だった。
「レオ様、早速、着替えを済ませてしまいましょう」
「はぁい」
ユッテが持ち運んできた鞄から洗礼式用の衣装を取り出す。結局、衣装はユッテに選んでもらった紋付き袴になった。
姉のデザインした衣装は、派手に行け、という姉らしいセンスで紅い生地になり、染め抜かれた羽織の五か所の紋の部分が白い。この世界でも家紋の様な物が貴族家毎にあるのだが、最近では廃れ気味なのだそうだ。
グローサー家の貴族紋は虎の背から翼の生えた幻獣を模したもので、爪を表す三本の縦線と翼を示す斜線が組み合わさって出来ている。母の手によって背中の紋の裏に魔紋が縫い付けられていた。
「レオ様、よくお似合いですよ」
「ありがとう、これが神殿だとすごく待たされるんだよね?」
「そうね、私の時は朝から昼過ぎまでだったけれど、エリーの時は朝から夕方近くまで待たされたわ。それを思えば、レオは幸運なのでしょうけど……今回の件、マグダレーネ様が何か仕組んでいるのかしらね?」
「マグちゃんは何も言ってなかったけどなぁ……」
着替えを済ませ結構長い間、母達と他愛もない話をしていると、扉がノックされ女性の案内人が迎えにやって来た。
「行ってらっしゃいませ」
「レオ、周囲は公爵家の子ばかりだろうから、できるだけカサンドラ嬢と離れないようにね」
「うん、分かってる。じゃあ行ってくるね」
案内人にブルーメンタール家の控室に寄るように告げ、扉をノックしてもらう。出てきたカサンドラは薄い紫のドレスの上に白いショールを肩にして髪を複雑に編み込んでいた。
「どうかしら、レオンハルト?」
「へ? あぁ、よく似合っているかと……」
そこへフリーデグントがやってきて、笑みを浮かべながら、
「まだまだね、レオンハルト。こういう時、男は若かろうが年がいっていようが、好きでも何でもない女でも褒めちぎるものなのよ? ホラ、歯の浮くようなキザなセリフ……とはいかないまでも、気の利いたセリフを考えてみなさい」
「ええっ?」
と、無茶振りをされる。
「え、ええと、う~ん、ほ、星の輝きを束ねたように綺麗ですよ……とか?」
「なってないわねぇ、もっともっと精進なさい、フフフ。それにしてもグローサー家は懐かしい衣装を用意したのね。少し派手ですが、私のお爺様がよく着ていた物にそっくりで……さ、いってらっしゃい」
謂れのないダメ出しをされ、侯爵家の人達に見送られて俺はカサンドラと控室を後にした。
「侯爵家の人たちって、いつもあんな風なことを挨拶代わりに言いあっているのですか?」
「フフ、そんなことありませんわよ。あれは、お母様なりにレオンハルトの緊張をほぐそうと気を使っているのですわ」
「はぁ……緊張しているように見えたのでしょうか?」
そう問うとカサンドラは肩を竦めた。
「さぁ? 私にはそうは見えませんけどね……私の方が緊張しているかもしれませんし……」
「そうなのですか?」
「先程、王女殿下がみえましたけど、ドキドキしていましたもの。優しそうな方で安心しましたわ。学園でも仲良くしてくださりそうで」
お姫様の様子を思い浮かべてみる。終始、笑顔でいたからそう言われると優しそうな気がする……が、よく考えると姉や母も笑顔なら優しげに見えるような……
女性なら誰しも、それが張り付けたような笑顔だとしても、優しそうに見えるものなのかもしれない。
「ホラ、ここは黙り込むのではなく、『貴方も優しそうですよ』くらい述べるところですよ?」
「あ……」
「フフフ、まぁ無理に覚えるようなことではありませんけれど、これが社交辞令というものですわ」
「な、成る程……勉強になります」
流石、この国で一番権力がある貴族とあって、社交辞令なんかには慣れているんだろうなぁ……
侯爵家が親切にしてくれるのはありがたいが、何らかの思惑があるのかもしれない。昨夜、母はこちらの味方をしてくれる限りは、協力するつもりだと言っていたので、俺もそうするしかないのだろう。
黒塗りで大きな木製の扉の前につくと二人の騎士がいて扉を開く。俺はカサンドラの腕を取り、洗礼式の会場へ入る。こういう時、爵位に関係なく、男性が女性の腕を取るのが常識なのだそうだ。
大広間の会場には赤い絨毯が引いてあり、色とりどりの垂れ幕が飾ってある。壁際に騎士が間隔をあけて立ち並び、奥に演劇が出来そうなくらいの一段高くしつらえた場所があった。
明るいシャンデリアの様な魔導灯の下に、三人の着飾った子供達がいて、俺達が大広間に入ると一斉に目を向けてくる。広間の中を進んでいくと、一人の男の子が近寄ってきて、右手を自身の胸に添えた。
「高位貴族の方とお見受けします。僕はシュライバー公爵家のマリウスです。お名前をお聞かせ願えますか?」
でたな、公爵家。昨日の打ち合わせ通り、俺から挨拶をする。
「グローサー子爵家のレオンハルトです」
「子爵家? なぜ子爵家ごときがこの場に……? 今日は高位貴族のみが集まる日だぞ? 君、子爵家なら来る日を間違えているよ。大方、王族や高位貴族のお近づきになりたいのだろうが、良く王城に入れたものだな。全く騎士団は何をやっているんだ」
「公爵家こそ何故、何も知らないんだい? いつだって王都にいるんだろう?」
「なに……?」
茶髪の彼が俺を睨みつけてくると、隣にいるカサンドラがワザとらしく鼻で笑って見せた。
「フン、公爵家ごときが領地持ちの貴族に対して何を息巻いているのかしら? エセ貴族が随分と大きな顔をするじゃないの」
「田舎領地の貴族が生意気な口を利くじゃないか。シュライバー家は代々、天文局で局次長を務めているのだぞ」
「プッ、ククク……」
カサンドラは口元を押さえ、笑いだす。
「今更、天文局など……故意にズレまくる予報しかできない天文局など、我が侯爵領では最早不要ですわ。近く取り潰しになるか、代替えの組織が出来るでしょうね」
「フン、天文局がそんな簡単に潰されたりするものか……いや、待て、侯爵領だと……? まさか、其方は……」
「こちらのグローサー子爵家は王宮より正式に招かれていますのよ? 文句があるのなら王宮に仰りなさいな」
「そ、そうか、それで其方の家名は……?」
「フッ、よしたまえ、シュライバー家の。下調べもせずに誰彼構わず声を掛けるのは、余り感心しませんよ。まぁ後ろ盾がない君の気持ちは分からなくもないがね……」
そこにもう一人、ポマード? のようなものでビシッと青紫の髪を七三に分けた男の子が声を掛けてきた。もう一人のオレンジの髪で赤いドレスの女の子は離れた位置から俺達のやり取りを見つめている。
「ヴォルデマール、君がディトイェンス家の一族だからと言って、必ず官僚になれる訳でもないだろうに。何を余裕ぶっているのだか……僕には分からないね」
ディトイェンス家……確かニクラスと一緒に見たあの大きな邸の子か……
「フッ、僕はただの官僚だけに納まる気はないがね、いずれは国王を補佐するような……いや、それよりも君の態度だよ。彼が子爵家だと分かった途端、随分と上から目線になるじゃないか。グローサー子爵家といえば誰もが一目置く貴族家の一つだ。独立採算で成り立っていて、騎士団の派遣すら必要としない。現領主は学園に伝説を持つほどの武闘派で、ご息女の次期領主もかなり武に長けているそうだ。更には我々が学園で関わるであろう、領主候補の長女は規格外の魔力の持ち主だよ。聞いたことはないのかい? エリザベート・グローサーの噂を」
「あんなの唯のインチキだろう? 今まで魔力水晶が壊れる程の魔力の持ち主なんていなかったのだからな。管理していた担当者が間抜けだっただけさ」
「まぁ君が信じたいものだけを信じるのを止めやしないよ。ただ、僕が言いたいのは君のような態度では、多くの領地持ちの心証を悪くするだけさ。僕らの生活は彼らが善く領地を治めているから成り立っているのだからね。この意味が分からないようであれば、こちらのブルーメンタール侯爵家のご息女に意見を聞いてみるかい?」
ディトイェンス家というのは確かに宰相を多く輩出しているとだけあって、グローサー家のことをよく調べていた。更にはカサンドラの爵位もブルーメンタール侯爵だと知っている。
俺達、貴族家同士は少ない付き合いの中、互いに洗礼前の子供の存在を隠しているのに、彼はそれを知っているのだ。
恐らく今日来る貴族の事を宰相の力で調べ上げているのだろうが……彼はこの歳で既に情報の重要性に気付いているようだ。突っかかってきたマリウスという少年よりヴォルデマールの方が厄介なのかもしれない。
「特に私からの意見などありはしませんよ。ただ自領に戻った時、領主にシュライバー家のマリウスという少年がいたと報告するだけですわ。私からの印象は最悪だったと付け加えるだけかしら?」
ブルーメンタール侯爵家にどれだけの権力があるのかは分からないが、カサンドラの発言でマリウスは黙り込んでしまった。
そんなやり取りをしているうちに、次々と子供達が会場に入ってきて、十数人が互いに軽く挨拶しあうようになる。
誰もが、何故子爵家がここに? と怪訝な表情をしていたが、マリウスのように変な絡み方をする子はいなかった。離れたところで、俺の隣にいるカサンドラが侯爵家だと分かるようにヴォルデマールが誘導していたようだ。
そうして、いよいよ王族が入場してくると宣言がなされた。




