母と魔獣と盗賊と
「今だ! イーナ!」
「あいよ!」
イーナの手にした剣が、巨大な犀のような魔獣の左後ろ脚を狙う。彼等が何度も斬り付けた、関節部分から先を斬り飛ばした。
魔獣は自重に耐えられなくなったのか、ズゥンと倒れ込む。
そこへ魔獣討伐隊の皆が襲い掛かり、その分厚い鎧のような皮の隙間に剣や槍を突き入れる。
魔獣は反撃しようとその身をよじらせ、口から水の魔術を吐き出すが、皆は余裕をもって躱していく。徐々に魔術の威力が弱くなっていき、やがて魔獣は力尽きた。
馬車から降りて、警戒していた母を見上げる。母は仕方なさそうに肩を竦めると、頷いた。倒れた魔獣の側へ走り寄って行くと、討伐隊の一人が俺に気付く。
「おや、坊ちゃん、またですかい? 勉強熱心ですね?」
「うん、コイツはどうやって解体するの?」
「あ~コイツァねぇ……この分厚い鎧の様な皮を剥がして、後は各部位に取り分けていくんですがね。肉はマズくて喰えたモンじゃねぇし、価値があるのは魔石くらいだから……コイツに時間を掛ける価値があるのかって言われると、微妙としか……」
「ふうん」
子爵領を出て七日。この数日間、俺達は度々魔獣と遭遇していた。
周りの話を聞くと、これほど頻繁に魔獣に遭遇するのは珍しいらしい。俺は遠く離れて、討伐隊が魔獣を倒す様子を見る機会に何度もあった。
彼等の印象はなんというか、手慣れているな、だった。その戦い方は無理をせず、連携を取り、確実に魔獣の弱点を突くという感じだ。
恐らく魔獣の事を熟知していて、訓練も相当積んでいるのだろう。礼儀作法がどうとか言っていたが、そんなものを払拭するくらいの実力を持っているようだ。
「レオンハルト様は運が良いのか、悪いのか……二年前のエリザベート様の時は二回しか魔獣に遭遇しなかったんですけどねぇ……ツェーザル、どうする? 魔石だけでも取り出すかい?」
イーナが自分の剣を布で拭いながら、近くにいたツェーザルに問い掛ける。
「そうだな、アレが終わるまで少し時間が掛かるだろうし、魔石だけでも取り出すか。それ以外は馬車に余裕もないしな……」
ツェーザルは背後にいる母達を肩越しに親指で指しながらそういった。
母の元には先程倒した魔獣に追われていた商人と、負傷した護衛達がいる。母と何やら話し込んでいる商人は、何度も頭を下げていた。
「じゃあ、二手に分かれようか。アタシたちはフロレンティア様につくよ、いいでしょ?」
「ああ、構わんさ。男からの治療なんぞ、彼らも受けたくないだろうしな」
「ハッ、ちげぇねぇ、じゃあオレは解体道具でも出してくるかね……」
「レオンハルト様は、アタシとフロレンティア様の所へ戻りましょうか」
「はぁい」
流石にここで我儘を言うほどアホではない。護衛されている立場なのだから、彼等が護衛しやすいように、こちらも協力してあげるべきだろう。
ま、本音をいえば、魔石を取り出すだけなら、身体を捌いていればその内取り出せるだろうと興味が薄れたのもある。
「ギャァアア、痛い、痛いって!」
「ったく、男がこれぐらいで喚くんじゃないわよ。ホラ、しっかり身体強化をしないともっと痛むわよ?」
「だから、魔力が残り少ないんだって……ギャアアア」
うへぇ、何だあれは……見てるこっちが痛くなってくるな。母の元へ戻ると、商人の護衛達が討伐隊の女性陣から治療を受けていた。
癒しの魔術を行う際、血縁関係にない者同士だと受ける側が痛みを伴う。そこを身体強化で耐える訳なのだが、自身の魔力が自己治癒に向かってしまうため、身体強化を維持するのが難しいらしい。
彼等の話では、最初に小型の狼のような魔獣数匹に襲われたそうだ。なんとか退けるとそこに先程倒した犀のような大型の魔獣が現れた。
それを見た商人は慌てて馬車を走らせてしまったのだが、それが良くなかった。大型の魔獣は逃げていく馬車に目を付けると、追いかけてきた。
商人を守るため、護衛達に被害が出て、商品を運んでいた荷馬車も何台か壊されてしまったそうだ。
そこに俺達が通りかかり、魔獣討伐の流れになったという訳である。
「はいはい、もう分かったわ。それでどうするの? 私たちは王都での洗礼式へ向かう途中だから、何処かの街に送り届けるのは無理よ?」
「ええ、これ以上、子爵様にご迷惑をかける訳にはいきません。後は我々でなんとか……」
商人が母に平身低頭でいると、遠くから十騎くらいの馬影がこちらに近づいて来るのに気付いた。
それをイーナに教えてやると、彼女は母に告げ、治療をしていた討伐隊員達も手を止めて警戒を始める。
向こうも遅れてこちらに気付くと、馬を走らせ向かってきた。
「どうした、何があった? このように街道を塞いで……む? そちらはもしや……」
隊長格と思しき、頭の先が尖っている変な兜を被った、ちょび髭を生やしたオジサンが馬上から問い掛けてくる。すると、お手伝いさんの一人が前に進み出た。
「こちらはグローサー子爵領の次期領主、フロレンティア様です。我らは王都の洗礼式に向かう旅の途上です」
そういうと、彼等は馬を下りて母に礼を取る。
「失礼いたしました。我らはこのグビィナー男爵領の警備隊です。私はこの隊を率いるノスケと申します。見たところ魔獣の被害があったようですが……」
お手伝いさんが簡単に経緯を説明すると、男爵領の警備隊長は頷いた。
「では、彼らの保護はこちらで受け持ちましょう。あの魔獣の処理はどうされるおつもりで?」
「イーナ、ツェーザルはなんと?」
「はい、魔石だけを取り出して、後はそのまま残していくと」
「そう、では、ディーゲルマン商会と言ったかしら? 残りはそちらに譲りましょう。どのような商品を扱っているのかは知りませんが、そうすれば今回の被害に遭った補填も多少は出来るでしょう」
「そ、そんな、畏れ多いです。助けて頂いた上に、子爵様の獲物を譲られるなど……」
「貴族様からのご厚意だ、素直に受け取っておけ。お前も商人なら、グローサー領での商いの際に恩返しをすれば……」
警備隊長がそこまで言いかけた時、突然、母が手を振るって魔力弾を数発放つ。
「なっ!?」
その場にいる誰もが、驚きの声を上げた。飛んでいった魔力弾は空中で更に細かく別れ、幾つもこちらに飛んで来ていた矢を撃ち落とす。
見ると、遠くの丘の上に多くの人影があった。ざっと五十人位はいるだろうか?
「あ、アイツらは……! 子爵様、お逃げください! ここは我らが盾になって……」
「結構よ、イーナ、貴方たちはレオと使用人を、ツェーザルたちには周囲を警戒するよう伝えなさい」
「フロレンティア様が出るのですか!? おお、それは、それは……ロジー、ツェーザルたちに今の命を」
「はい」
「それから、ノスケ隊長、取りこぼしがあった場合はお願いね」
「は? え? ま、まさか……」
男爵領の警備隊長が戸惑っているうちに、女性の討伐隊員がツェーザル達の元へ向かう。母は羽織っていたマントを脱ぎ、側にいるお手伝いさんに預けた。
「フロレンティア様、どちらをお持ちになられますか?」
「うん? 別に要らないと思うけれど、そうね、魔導杖でいいわ」
「かしこまりました」
別のお手伝いさんが母に問うと、馬車の脇に取り付けられた箱から長い杖を取り出し母に手渡す。
銀色の杖は母の背丈より少し長く、先の方に大きな青い魔石が一つと小さなリングが幾つも付いていた。
母がゆっくりとした歩調で、賊と思しき集団に向かって行くと、杖を突く度にシャリン、シャリンと小さな金属音が鳴る。
そして、歩いていく母の周囲にいつの間にかキラキラと輝く粒子の様な物が漂っていた。
「お、おい、いくら貴族様とはいえ、あの数を相手に女性一人で立ち向かうのは、無茶が過ぎる! 我らも援護に入った方がいいのではないか!?」
「バカねぇ……下手なマネをして、フロレンティア様を困らせるものじゃないわ。フロレンティア様は、アタシたちには周囲の警戒、アンタたちには取りこぼしをって仰ったじゃないの。さっさと騎乗するなりして、取りこぼしを逃さないよう準備しなさいよ」
「い、いや、しかしな……アイツらはこの辺りを荒らしている盗賊団だろう。我らはその調査に出向いて来たのだが……これ程の規模だったとは……」
この警備隊長が不安になるのも分からなくはないが、母も何の考えも無しに向かった訳でもないだろう。いざとなれば、バレてしまっても構わないので、“変身”を使って母を助けようと決め、母を見守る。
賊達から再び矢が放たれる。
アレは何か意味があるのだろうか? それとも賊達の弓の腕が下手なだけなのだろうか? 山なりに飛んでくる多くの矢が、母の随分手前や奥、或いは全然違うところに飛んでいく。
母の元に向かうのは僅かに三本の矢だが、母は杖をクルリと廻してそれを弾いてしまう。そして、そのまま、クルクルと杖を廻し続ける。
賊達の中の大柄な男が身振り手振りで何やら指示を出しているのが見えると、彼等の内、五人が母に向けて走っていく。
それに気付いているだろうに、母は構わず杖を廻していた。
そろそろ彼等の射程距離になると思った瞬間、母は手にしていた杖で地面を突く。すると、そこから青白い魔力が地を這いながら別れて、それぞれ五人に向かって伸びていく。
彼等は逃れようと身をよじるが、間に合わず触れた者から順にその場で固まってしまった。そして、それぞれが凍り付いて倒れると、その身体が砕けてしまう。
母がその場で手を上げると、母の周囲に漂っていたキラキラしたものが上空へ飛んで行く。
そこから、手を振り下ろすとザァッとキラキラしたものが一斉に賊達に降り注いだ。野太い悲鳴が響く中、賊達は次々と倒れていった。
すごく綺麗に見えて、極悪な魔術だなぁと思っていると、大柄な男が仲間を担いで盾代わりにしながら母に突っ込んでいく。
母は手を手繰る様に動かすと、キラキラしたものが男の背後からまとわりつく。男は仲間をその場に投げ捨てると、背中に背負った大斧を取り出して、振り回す。
キラキラを振り払おうと大斧を振り回すのだが、どんどん傷付いていき、やがて男は身体中のあちこちから血を流し倒れた。
「ホラ、四人逃げたわよ? 追わなくていいの?」
茫然としている警備隊長にイーナが問い掛ける。
「あ、ああ……お、おい、行くぞ」
気を取り直した男爵領の警備隊達は、慌てた様に騎乗し逃げた賊を追いかけ始めた。
「ったく、あんなトロトロしていて捕まえられるのかしら? あ、フロレンティア様、お疲れ様です」
「イーナ、出発の準備を。ディーゲルマン商会の貴方は、あの警備隊に私たちはここを発ったと伝えてもらえる?」
「は、はい……」
戻ってきた母が、手にしていた杖をお手伝いさんに渡しながら指示を出す。それぞれが慌ただしく動き始め、そうして、俺達はその場を去った。
進んでいく馬車の中で、考え込んでいると母は俺に尋ねてくる。
「どうしたのレオ? 何だか難しい顔をして……」
「え? うん……母さんの使った、あのキラキラした魔術ってどうやって破るのかなぁって……」
「あら、お父様の……それともマグダレーネ様の影響かしら? 私の知らないところで、貴方も成長しているのねぇ……あの魔術は身体強化さえしっかりできていれば、大してダメージを受けないわよ。最後の一人以外は殆ど生きていると思うわ。貴方がキラキラしていると言ったのは、魔術による唯の小さな氷の粒だからね。ああ、最初の五人は魔導杖を使ったからやりすぎてしまったわね」
「ふぅん、爺ちゃんが言っていた通り、身体強化って大事なんだ。それにしても、母さんが出て行くなんて珍しいね? 今までは魔獣討伐部隊の皆に任せていたのに」
「そうね、まぁ彼らもナッシュホーンを倒した後だから疲れていただろうし、私にも少し思うところがあってね……」
「思うところ?」
「マグダレーネ様が言っていたでしょう? 王都では魔獣化に騎士団も苦労していると。恐らく王都の守りを厚くするため、各領地に派遣していた騎士団の一部を王都に呼び戻したのでしょうけれど……おかげで、魔獣に遭遇する確率が上がっているようね」
「あれ? 騎士団って各領地にいるの? うちの領にいるなんて聞いたことないけど?」
「ええ、王都の騎士団の派遣はうちの領では断っているわ。そこは土地柄とでもいうのかしらね、自分たちの身は自分たちで守ろうとする気風と、騎士団に防衛費を支払うなんてバカらしいっていう考えが根付いているのもあるわね。その騎士団が手を焼いている魔獣化というものが、先程の賊の様な者たちの間に広がっているのかも、と思い付いたのだけれど外れていたようね」
「となると、まだ王都だけで起きている問題なのかもしれないね」
「そうね、魔獣化がどの程度のものなのか、どんな対策が取れそうか、討伐隊や警備隊にどう指示をするべきか、そういうものを見極めたいのだけれど、実物を見てみないことにはね……いざという時、後手後手に回りたくは無いのだけれど……」
母も色々と考えているのだなぁ……そういえば、王都に戻ったお姫様は無事なのだろうか?
俺のほんの少しの心配を乗せて、馬車は進んでいく。




