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具現化能力を得たので変身ヒーローになってみる  作者: Last


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大銀貨

 

「う~ん」


 腕と背中を伸ばし、肩や首をグルグル回す。長い会議を終えて、身体のあちこちが凝り固まってしまった気がしたのだ。伸びをすると結構気持ちよかった。

 執務室に戻り、白猫と待機していたハンネと一緒に庁舎を出る。魔獣討伐隊の連中は解散したようだが、数人の男達が残っていた。


「レオンハルト様」

「ああ、ツェーザル、残念だったね。大規模作戦に参加できなくて」

「仕方ありません、くじ運が悪かっただけですから。それよりもレオンハルト様は将来、魔獣討伐隊へ参加されるのですか?」

「そうなるよう、爺ちゃんと修行中だよ。姉さんが魔獣討伐をあまりやりたくないそうだから、俺が参加してあちこち行くことになりそうだね。ま、姉さんもいざという時は魔獣討伐に出る筈だけど」

「なら、将来はオレの部隊に来ませんか? 待遇は……」

「ああ、悪いけど、大分前にイーナから誘われているんだよね」

「むぅ……イーナの奴め、既に声を掛けていたのか」

「あら、レオ。まだ、残っていたの?」


 そこへ庁舎から出て来た姉に声を掛けられる。


「うん、ちょっとツェーザルと雑談」

「そう。ツェーザル、アンタらもタフねぇ。この冬も私の護衛に就くんでしょ? その上、大規模討滅戦に参加したがるだなんて」

「恐らく、こんな機会はもう無いでしょうからね。領の安全を守るため、全ての討伐隊を廻せないのは分かりますが、やはり、どこの隊も所属する隊員に良い経験をさせたいのでしょう。ですから、その後がきつくなるかも、なんて言ってられませんよ」

「フン、良い経験、ね……ま、ツェーザルが思っているほど、大した経験にはならないわよ」

「そうでしょうか? オレも王都で魔人を相手にしましたが、ある意味、厄介でしたよ?」

「この私とあのお爺様がいるのよ? 魔人なんて一網打尽にしてやるわ。ま、討伐隊の本拠地で結果報告を楽しみに待ってなさいな。帰りましょうか、レオ」

「うん」


 怪訝な表情を浮かべるツェーザル達を残し、俺達は庁舎を後にした。


「レオ、ちょっとアンタに頼みがあるのだけどいいかしら?」

「えぇ? 姉さんの頼み事は面倒だからなぁ……」

「大したことじゃないっての。直ぐ済むから少しだけ付き合いなさい」

「へいへい」


 馬車の中で姉の頼み事を聞かされ、暗くなってきた邸に戻ってくる。ハンネと姉の使用人と別れ、俺と姉は広い運動場のある庭から、別館の方へ廻った。

 通用口にいる警備隊員に軽く挨拶を交わし、雑木林へと入る。向かうのは大虎の造った穴蔵だ。姉の頼み事は、大虎の元への案内だった。


「今朝はいなかったから、戻っていればいいんだけど」

「魔人どもが来るまで、もう少し日数がかかるでしょ? それまでの間に交渉できればいいわ」


 灯りを取るため、指先に火を灯した姉がそう言いながら、俺の後をついてくる。


「ここだけど……ああ、いたいた」


 穴蔵の前で、大虎は座って夜空を見上げていた。俺達に気付くとこちらに顔を向ける。傍にいた白猫が大虎の元へ駆け寄り、にゃあにゃあと話し始めた。

 俺と姉は暫くその様子を眺めていた。それが終わると、再び大虎はこちらへ向き直る。


「ムーナからの報告は終わったってところかしら? 今日は貴方に話があるのよ」


 姉の言葉に大虎はジッと姉を見つめる。


「ったく、大きいわねえ。ホラ、ちょっと屈んで耳を貸しなさい。そうそう、あのね……」


 屈んだ大虎へ姉がごにょごにょと耳打ちする。俺しか居ないのに、そうする意味がよく分からない。

 大虎はぐるぅと唸る。そうして、姉を頬をペロリと舐めた。


「キャッ、ちょっと、ビックリするじゃないのよ? それでどう? 了承する気になったかしら?」


 大虎はがうがうと姉に向けて話し始める。


「フンフン、成る程ね。なら、今度、高級な生肉でも奢ってあげるわ。報奨金がたっぷり入る予定だから。調理した方が好きなのなら、そっちを用意してあげてもいいわよ?」

「え? 姉さん、大虎の言葉が分かるの?」

「バカね、こんなのは、大体の雰囲気が掴めればそれでいいのよ。私に協力してくれるって言ってんのよ。ね?」


 姉は大虎の頭へポンと手を置き、くしゃくしゃと撫で始めた。


「それで、大虎へ何を頼んだの?」

「それは……当日までの秘密よ、ヒ・ミ・ツ」


 そういって姉はウインクしてみせる。


「……姉さん、そういうの全然、似合わないよ」


 すると姉に、パンと肩を叩かれた。


「ったく、もう少し可愛げのある反応をしなさいよね。そんなんじゃ、学園でモテないわよ?」

「大丈夫だよ。きっと姉さんより品行方正で礼儀正しいレオンって呼ばれるからさ」

「アンタが品行方正なら、私は清楚で純情可憐なエリーって呼ばれるっての」

「あはは、ないない。一生かかってもそんな日はこないよ」


 笑って手を振ると、姉はヘタクソなパンチで殴ってきた。軽くのけぞって躱す。


「こら、『ツッコミ』なんだから避けるんじゃないわよ」

「『グーパン』で『ツッコミ』する『漫才師』がいるかよ」

「私はコメディアンじゃないっての。全く、これが私の弟なのよ? アンタどう思う? ちょっと生意気じゃない?」


 姉は振り返って、大虎に意見を求める。大虎が何を感じているのかは分からない。ただ、何と無く、俺達のやり取りを見て笑っているような気がした。




 翌日、自分達の乗る馬の様子を見る為、俺と姉は牧場へやって来た。白猫は今朝も邸に顔を見せたが、大虎の姿は無かった。今はハンネに相手をしてもらっている。


 祖父達の予測した魔獣化組織の到着は早くて三日、遅くとも十日以内だった。なので、俺と姉は今日は体調を整え、明日からそれぞれのポイントで待機する事になっている。


 厩舎の中へ入っていくと、エド、ティモ、スージーの姿があった。


「あら、ティモ、元気そうね?」

「げっ!? エリザベート……様。ギャアッ!?」


 ティモは傍にいたスージーにお尻を蹴られた。


「イテテテ……何すんだよ! このクソ女!」

「様を付けんのが遅いのよ、アンタは! エリザベート様、レオンハルト様、ようこそいらっしゃいました。今日は乗馬の練習ですか?」

「いいえ、馬の様子を見に来ただけよ」

「では、直ぐに連れてきますね」


 スージーが移動しようとしたところ、姉が止める。


「少し待ちなさい。ティモ、アンタ“才覚者”って聞いたことある?」

「ああ、あるぜ。フーゴから聞いた。オレには才覚者っていうスッゲー才能が眠ってるんだろ?」

「才能、ねぇ……金属を操る魔術だっけ? それでアンタ、ここで一生ただ働きでこき使われるのと、王都でゴミ以下の存在として扱われるのとどっちがいいの?」

「あん? ここでもゴミ以下の扱いを受けてるぞ?」

「なんですって? 元はといえば、アンタがドジでノロマで役立たずだからじゃ……」


 スージーが腕まくりしながらティモを睨みつける。それを姉が軽く手を上げて止めた。


「スージー、()()、いいわ。ティモ、スージーやエドが年の変わらない私やレオへ、丁寧に接するのは何故だか分かる?」

「そりゃアンタらが貴族で、いつも偉そうにふんぞり返っているからだろ?」

「それだけ?」

「それだけって……貴族って一人でも魔獣を倒せるんだろ? そんな奴に逆らったら酷い目に遭わされるって、コイツらはビビってんだよ」

「そう。エドかスージー、今、銀貨を持っているかしら? 銅貨でもいいけれど、後で倍にして返すから、私に一枚くれない?」

「アタシはお母さんに預けたままだから……」

「あ、オレ持ってますよ」


 エドが腰に付けた道具袋から小さな巾着袋を取り出し、そこから姉に銀貨を一枚渡す。


「あら? 大銀貨じゃないの。エド、アンタ意外に倹約家だったりするの?」

「違いますよ、エリザベート様。エドはケチなだけです。アタシたちと遊びに行っても、全然お金を使おうとしないんですよ」

「別にいいだろ? オレが稼いだ金だ。どう使おうがオレの勝手だろ?」

「そうね、スージー、他人の金の使い方にとやかくいうものじゃないわ。そういうのは心の中で、『こいつ、ケチだな』って思っておけばいいのよ」

「うぐっ」

「はぁい」

「ティモ、ド田舎から出てきたアンタは知らないでしょうけれど、これは王国内共通貨幣である銀貨。王国内なら何処でも使える貴重な物よ」


 不意に姉がティモへ銀貨の説明を始めた。エドが姉に渡した銀貨は大銀貨とも呼ばれ、王都の造幣局で造られている。

 これとは別にグローサー領内のみで通用する銀貨がある。こっちはグローサー領で造られていて小銀貨と呼ばれるが、銀貨と言えば大抵はこっちの小銀貨を指す。


 価値はもちろん大銀貨の方が上で、だいたい小銀貨の十倍くらいの価値があるだろうか。大きさはどちらもそれほど変わらないが、大銀貨の方が綺麗で精緻な刻印が施されている。


「そうねぇ、金属を操れるのなら、ブレスレットでも用意してもらおうかしら? ティモ、アンタがこの大銀貨一枚に見合うブレスレットを造れたのなら、これと交換してあげるわ。この大銀貨一枚あれば、領都で十日くらい飲み食いできるでしょう。ま、店のランクにもよるけれど」

「ホントか!? なら、そこらのスコップでも……」

「待ちなさい。この厩舎の物、領都や他人の物を()()()使うのは禁止よ」

「え?」

「アンタの能力(ちから)だけで創り出せって言ってんのよ」

能力(ちから)って言われても、物がなけりゃ何にもできないぜ?」

「アンタの能力(ちから)って金属を操るだけじゃないでしょ。今、両の脚で立ち、私の話を耳で聞いて、口で答えてるじゃないの? それもアンタの能力(ちから)じゃないの?」

「そりゃそうだけど……?」


 これはまた、面倒な事を言い始めたな。俺はよく分かってなさそうなティモへ助言してやる。


「ティモ、何も持っていないお前は、歩いて金属鉱石を探し出し、製錬して金属を取り出すところから始めなけりゃなんない」

「金属鉱石? 製錬って?」

「今、姉さんが言ったろ? お前の全能力を使って調べるんだよ。……と、冷たく突き放してもいいけど、話が進まないから教えてやるよ。金属鉱石は金属成分を多く含む石。その石から金属を取り出すのを製錬。鉱石のある場所や、製錬の方法を俺は知らないし、多分この厩舎にいる人たちも知らないだろう」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「だから、それを調べろって言ってるんだよ。ここで働きながらな」

「そ、そんなの無理に決まってんだろ!」

「どうして無理なのかしら?」

「だって……見たこともない石とか、金属を取り出す方法とか、オレは知らないし、エドたちも知らないんだろ? じゃあ誰に? いや、そもそも働きながらって……」

「私なら出来るわよ? レオはもちろん、エドやスージーもね」

「え?」

「私やレオは使用人の一人に命じれば、その使用人は職人へ連絡するからそれで済むでしょう。エドやスージーは領都にでも行って、買って来ればいいだけだもの」

「そ、そんなのズルいぞ!?」

「ズルくないわよ。それぞれがブレスレットを手に入れる為に、自分の能力を使っているだけだから。それに、私は勝手に人の物を使うなって言ったでしょ? 裏返せば、交渉して了解を得たのなら使ってもいいの。ティモは厩舎のスコップを使おうとしていたけれど、エドやスージー、或いは厩舎の誰かに了解は得られそうかしら?」

「……む、無理だと思う……」


 ティモは自信なさそうに下を向いて呟いた。


「ブレスレットを売る人がいて、それを買う人がいる。売った人はその収入で、別の何かを手に入れるために買う人になる。そうやって世間は動いているわ。こんなこと私に説明されるまでもなく、何と無くでもティモにも分かるでしょ?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、改めて訊くわ。エドやスージーが、私やレオへ丁寧に接するのは怖いからかしら?」

「……それだけじゃない気がする」

「多少はマシになったかしらね? エド、後でお爺様に、今季のエドの給金へ大銀貨を一枚足すよう言っておくわ。もし、忘れていたら私に言ってきなさい」


 そういって、姉はエドへ銀貨を返した。エドは満面の笑みを浮かべ、いそいそと大銀貨を仕舞い始めた。


「やった!」

「そんな! エドは偶々大銀貨を持ってただけじゃないですかぁ……」

「銀貨を持っていなかったスージーが悪い訳じゃないわ。エドが幸運だったってだけの話。エドだって大好きなスージーに、幸運のお裾分けくらいしてくれるのじゃないかしら?」

「えっ!? エド、アタシのこと好きだったの!?」

「バ、バカ! エリザベート様にからかわれてんだよ! そんなことも分かんないのかよ!?」

「あら? じゃあエドはスージーが嫌いなのかしら?」

「別に嫌いって訳じゃないけど……」

「じゃあ、好きなんじゃない」

「いやいや、そうじゃなくてですね……」

「あ、アデラ。今エドがね……」


 そこへ通りがかった厩舎の他の子達へスージーが声を掛け、その場は賑やかになる。スージーはエドの幸運を皆に言いふらし、彼等はエドへ何か奢れと言い始めた。エドは大銀貨を死守しようと頑張っているが、ま、これは奢る流れになりそうだな。


 そんな彼等を余所に、楽しそうなやり取りしている側で、ティモは腕を組んで何か考え込んでいた。




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