6. みいちゃんと先生。
喪が明けて学校に行くと、周りはなんとなく腫れ物に触るような感じだった。
ドラマの話一つにしても、人が死んだりとかそういう話になると、一瞬皆の動きが止まったりする。
その度に「大丈夫だよ」という意味で笑うのだけど、上手く笑えていないのかもしれない。
頃合を見計らったのか、何日かしてから担任の先生に呼び出された。
「授業、遅れているから補習をした方がいいと思うんだ。来年は受験だし」
「先生、私……」
「ん?」
「大学は行きません」
とてもじゃないけれど、お父さんがいないのにみいちゃんに大学に行かせてくれとは頼めない。高校に引き続き通うのだって、少し心苦しいのに。
「えっ、でも」
「行きません」
私がそう言うと、先生は頭をぽりぽりと掻いてから、小さくため息をついた。
「よかったら一度、お母さんと話がしたいんだが、来てもらえるか訊いてくれるか? 働いていらっしゃるんだよな、平日は無理かどうか……」
「あの、どっちのお母さんですか」
私が何の気なしにそう言うと、先生は「ああ……」と小さく声を漏らしてから、
「今、一緒に暮らしている……野村を育てていらっしゃる……保護者の方だよ」
と言いにくそうに答えた。
みいちゃんが、お母さん。そう呼んだこともないし思ったこともない。
やっぱりなんとなくピンとこない。
「わかりました。訊いておきます」
家に帰ってみいちゃんにそれを伝えると、
「うん、大丈夫だよ。仕事は夜からだから。何の話かな。沙希ちゃん、なにか悪いことしたの?」
と笑って答えた。
◇
何の話かと思ったら、案の定、私の進学の話のようだった。
みいちゃんは学校に来てから事務室で私と先生を待っていて、その姿を見た先生は、何とも言えないような顔をした。
みいちゃんは一応場所をわきまえたつもりなのか、グレーのスーツを着ていたけれど、足元がピンヒールだし髪も茶髪のままだから、どうにも水商売風なところが隠せていない。
そのあと、先生に案内されて来客用の部屋に入る。
先生は、私とみいちゃんの前に、私のここ数回の模試の結果を出して並べた。
「進学は考えておられますか?」
「大学……ということですか」
「そうです。野村は大変真面目な生徒で、いつも好成績を残しております。でも先日、大学には行かないと言い出しまして」
みいちゃんは、模試結果を一枚手に取って、「わあ」とはしゃいだ声を上げた。
「すごいじゃない、沙希ちゃん。学校で一桁の順位だよ? あっ、これも、これも! どうして大学、行かないの?」
みいちゃんが私の顔を覗き込む。
先生はみいちゃんの言葉に少し驚いたようだった。
「では、お母さんは進学には反対されていないということですか」
「反対? いいえ?」
みいちゃんが首を横に振る。
「沙希ちゃ……いえ、沙希がやりたいようにできれば、と思っております」
「野村、じゃあ進学した方がいいんじゃないか」
そう言って先生が私の方に話を振る。
なんとなく、いたたまれない気持ちになった。
「でも……早く働きたいし……」
「なんで? 行ったほうがいいよ、せっかくこんなに成績がいいのに」
「そうだよ、野村。もったいないぞ」
「でも……」
この場合、なんと言って反論したらいいんだろう。
赤の他人のみいちゃんに負担させて大学に行って、それで何になるんだろう。特にやりたいことがあるわけでもないのに。
でもそれでも大学に行きたくない、という強気な発言はこんな雰囲気の中で言えなくて、私は二人の勢いに押されてうなずくしかできなかった。
「きっと、私に気を遣ったんだと思います。先生が仰ってくれて良かった」
そう言って、みいちゃんは先生に笑いかけた。
先生も美人の笑顔には弱いらしくて、今まで見たこともないようなデレデレした顔をしている。皆に見せてあげたい。
「いやあ、なかなか気付けませんで」
「いいえ、先生が親身になってくださったおかげです。先生が沙希の担任で、私、安心です。一緒に暮らし始めて間もないものですから、至らないことばかりで」
とかなんとかみいちゃんが言い出して、気が付いたら私の進学話から世間話に移行して、二人は一時間くらい話し込んでいた。
最後のあたりは、先生は「何でも頼ってください! 僕にお任せください!」と言わんばかりの勢いだった。
鼻の下を伸ばしているような感じだったのは、気のせいじゃないと思う。
さすがはホステス、ということなのかな、とため息をついた。
◇
みいちゃんはそのまま店に出る、ということだったので、校門のあたりまで送った。
先生が送るように強く勧めてきたこともある。
「みいちゃん……」
校門を出るところで、呼びかけてみる。
「ん? なに?」
「大学……ほんとにいいの……?」
やはりこれだけは訊いておくべきだろう。
「大丈夫だよー、心配しないで」
そう言って、腕をあげて力こぶを作るふりをしてみせる。
「なんで……?」
「なにが?」
「なんで、他人なのに……」
私がそう言いよどむと、みいちゃんはふるふると首を横に振った。
「他人じゃないよー。家族だよ?」
まただ。家族。空々しい言葉。
なんでみいちゃんは、私と家族だと思えるんだろう。
血の繋がりは、ない。
でも血縁でなくても家族と呼べるほどに関係を築き上げる人だっているだろう。
けれど、私たちは。家族と呼べるほど、私たちは信頼関係を深めているだろうか?
いや、決してそんなことはない。お互い、言いたいことを言い合ってもいないと思う。
みいちゃんは、無理に私と家族になろうとしている。
何のために? だってみいちゃんなら一人で生きていけるだろう。
あの家が欲しいとか? まさか。
「じゃあね、ごはんは作ってるから、チンして食べてね」
みいちゃんは手をひらひらと振りながら、校門を出て行った。