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5. みいちゃんと家族。

 トイレを出て、みいちゃんを探す。一応、お父さんの家族は私とみいちゃんなのだから、一緒にいなくちゃいけないと思ったからだ。

 受付の近くに立っているのを見つけて、私はそちらに向かう。


 すると伯母さんがみいちゃんの傍に歩み寄っていったのが見えて、私は立ち止まった。

 二人とも、私には気付いていない様子だった。


「ちょっと、美以さん」

「はい?」

「さっきから色んな人に訊かれちゃって……ちょっと確認しておきたいんだけど」

「なんでしょう?」


 みいちゃんは首を傾げて伯母さんの言葉を待っている。

 私も数歩だけ近くによって、伯母さんの話をよく聞こうとした。


「あの……沙希のことだけど」

「はい?」


 心臓がどくんと跳ねた。本当にそのものズバリの話を始めるとは思っていなかった。


「急にこんなこと言われても困るかもしれないけどさ、これからどうするつもりなの?」

「どう、とは?」

「だってあんたたち、血が繋がってないじゃないか」


 伯母さんは一応周りを気にしているのか、声をひそめている。でも何とかその会話は私の耳には届いていた。


「それなら沙希は、本当の母親に育ててもらうべきなんじゃないかねえ。それで美以さんも家を出て一人で暮らした方が」


 お母さん。お父さんのお葬式にも来ない人。私の親権も欲しがらなかった人。離婚してから一度も私に連絡をくれない人。

 でも、私と血が繋がった、本当のお母さん。


 もしかしたら、伯母さんやお父さんとの繋がりがなくなったら、私を育ててもいいと思うかもしれない。

 そうかな。そうなのかな。

 私がそうぐるぐると頭の中で思い始めたときだ。


「いや! みいちゃん、沙希ちゃんと一緒じゃないと死んじゃう!」


 みいちゃんは急にそう声をあげると、おいおいと声をあげて泣き始めた。

 私はぎょっとして、慌ててみいちゃんに走り寄った。


「沙希ちゃあん」


 みいちゃんは私の姿を認めると、腕をぎゅっとつかんできた。


「沙希ちゃんまでいなくなっちゃ嫌だよ!」


 私はみいちゃんの言葉に少なからず驚いた。この展開はまったく予想していなかった。


 だって、血の繋がった伯母さんだって、引き取るという選択肢は提示してこなかった。

 なのに、ほんの少し一緒に暮らしただけの、しかも親睦を深めたとはとても言いがたい赤の他人のみいちゃんが、どうして泣くのか。

 訳がわからない。


 伯母さんは、いい大人が子供のように泣いているのに驚いているのか、あんぐりと口を開けている。

 周りの人も、何ごとかとこちらを振り向き始めている。


「みいちゃん、大丈夫だよ」


 私は自分の腕を握る小さな白い手に、自分の手を乗せた。


「あの家で、これからも一緒に暮らそうよ」


 みいちゃんは私の言葉に、涙で化粧がぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「うん」


 そう短く言うと、今度は声を押し殺して、はらはらと床の上に涙を零した。

 私は口を開けたままの伯母さんの方を向いて言った。


「なので、すみません。あの家には、私たちが住みます」

「いや……でもねぇ、あんたたち……」


 それでも何か言いたげな伯母さんの言葉をひったくる。


「大丈夫です。ね、大丈夫よね?」


 みいちゃんは、こくりとうなずいた。

 そうは言ったものの、本当に大丈夫なのかはわからない。

 高校もやめてバイトもいっぱいしないといけないかもしれない。

 血の繋がりがない人との暮らしは上手くいかないのかもしれない。


 でも、思いがけず必要としてくれた。本当に私のことを思って泣いたのは、きっとみいちゃんだけだ。だから今はその手を握ろうと思った。


 みいちゃんはしばらく俯いて涙を止めて、それから白いハンカチで涙を拭いた。

 ハンカチは、アイシャドウとマスカラの茶色い色で汚れる。


「すみません、取り乱しまして」


 それはもう、大人の声だった。


「私、働けますし。私たち二人で生きていく分なら稼げます。沙希ちゃんのことは、お任せいただけると」


 受付の女の人や、遠い親戚や、お父さんの会社の人たちや、私のクラスメートが耳をそばだてている。その中の何人が、本当に私たちのことを心配している人なんだろう。

 おばさんは、それらの視線が気になったのか、案外あっさり引き下がった。


「あんたたちがそう言うなら……。でも、何かあったら遠慮なく言ってちょうだいね。私にできることがあればするから」


 嘘ばっかり。『何かあったら』文句を言うばかりで、何もしてくれないくせに。伯母さんが心配なのは、あの家のことだけなんだ。

 私はかろうじてその言葉を飲み込んだ。


 みいちゃんは、ハンカチのはしっこで涙を押さえながら、でも笑みで応えた。


「ええ、そのときは甘えるかもしれません。よろしくお願い致します」


 伯母さんは、それ以上何も言えなくなったようだった。


          ◇


 火葬場で、私はお父さんとの最期の対面をする。棺の中で眠るお父さんは、本当に今にも起き出しそうな綺麗な顔をしていた。

 棺が炉に入れられるときも、中で生き返ったら熱いんじゃないか、そうなったらどうやって助けを呼ぶんだろうとか、そんなことを考えてしまっていた。


 火葬の間、みいちゃんと私は控室でお弁当を食べながら、ぽつりぽつりと話す。


「喪が明けたら、学校、行かなきゃね」

「うん」

「来てくれたお友達にもお礼を言わなきゃ」

「うん」

「私たちは家族なんだから、遠慮、しないでね」

「うん」


 でもそのみいちゃんの言葉は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえたから、私は急に不安になった。


 家族、なんてずいぶん空々しい言葉だ。

 本当は、他人の私を育てる自信はないのだろうな、と思った。

 そしてそれは、当たり前のことのような気がする。

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