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4. みいちゃんとお葬式。

 お通夜もお葬式も、お父さんの会社の人がずいぶんと手助けしてくれたらしい。

 家だといろいろと大変だから、と会社近くの斎場でお葬式は行われた。

 その席で、男の人が数人でみいちゃんのそばに歩み寄ってきていた。


「みいちゃん、大丈夫?」

「急なことで……大変だったね、みいちゃん」

「俺たちも信じられないよ」


 私はその声に顔を上げた。

 みいちゃんをその名前で呼ぶのか誰なのか、見ようと思ったのだ。


「うん、ありがとう。いろいろお世話になっちゃって」

「いいんだよ、こういうときは企業を頼らなきゃ」

「総務は勝手がわかってるし」


 ということは、お父さんの会社の人なのだろう。

 そうか、みいちゃんがホステスをしていた店というのは、お父さんの会社の人の行きつけだったんだ、と合点がいった。


 みいちゃんは、無理に笑おうとしていたけれど、それが逆に痛々しかった。

 男の人の内の一人が、ふいにこちらを向いた。私は慌てて頭を下げる。


「ああ、お嬢さんだね」

「うん、そう。亮さんの」


 みいちゃんがそう答えた。


「やっぱり……似てるねぇ……」


 そう言う男の人の目に、涙が浮かんだ。

 女グセの悪い、とんでもないバカ親父だったけれど、本当にその死を悼んでくれる人がいるんだ、と少しほっとした。


「沙希!」


 そのとき、急に呼ばれて振り向いた。

 クラスメートが数人でやってきて、私のそばに走り寄ってきた。


「もう、びっくりしちゃって」

「沙希、大丈夫?」


 彼女たちは、まるで自分の肉親が死んだかのようにぼろぼろと涙を零していた。


「うん、大丈夫……」


 他になんて言えばいいのかわからない。


「辛かったよね、急なことだったもんね」

「ムリしちゃダメだよ」

「落ち着いたら、また話そうね」

「ありがと……」


 ああ。また私はボーッとしちゃって、親を亡くした子どもじゃないみたいだ。

 むしろ泣きじゃくる友だちの方が当事者に見える。


 そのうち、一人が「あの……」と言葉を濁しながら訊いてきた。


「……なに?」

「沙希……学校、来るよね……?」


 その言葉に、場が一瞬静まり返った。私たちだけじゃない、周りもだ。

 私たちのこれからを、皆が気にしている。それが好奇心なのか心遣いなのかはわからないけれど。


「まだ……わかんない……」

「そっか……」


 そうだ。これからどうなるんだろう。誰に訊けばいいんだろう。

 みいちゃんはお父さんの本当のお嫁さんだけど、私の本当のお母さんじゃない。

 お父さんが死んでしまった今、みいちゃんと私は他人も同然なのだ。

 じゃあ、私を学校に行かせてくれる人は、誰なの? お母さん? でも、離婚してから一度も会っていない。会いたいとも言われなかった。


 そのあとも、顔も覚えていない親戚たちが入れ替わり立ち替わり、私の傍にやってきては、「大変だったね」とか「まだ若いのに」とか「かわいい娘を残して……」とかいろいろ言いに来たけれど、長居は決してしなかった。

 それ以外に言うべき言葉がなかったのかもしれないし、ふりかかる火の粉には、なるべく近づきたくなかったのかもしれない。


 皆が私の傍を離れて、みいちゃんの周りにも誰もいなくなってから、私はおそるおそるみいちゃんの傍に歩み寄った。


「みいちゃん……あの」

「ん? なあに?」

「あの……お母さんには……連絡した……?」


 私がそう言うと、みいちゃんは困ったように眉を下げた。


「一応、したんだけど……。みいちゃんも顔は知らないから、受付で帳簿を見てみるといいかもしれないよ?」

「うん、わかった」


 でもたぶん、見なくてもいいだろう。来たとしたら、きっと私のところに来るはずだ。

 私の他に、お母さんの味方をしそうな人はいないから。


          ◇


 お葬式が始まる直前、私は落ち着いた頃を見計らってトイレに向かって、個室に入る。

 少しして、誰かが後から入ってきた。聞き覚えのある声。数人いる。


「もー、あたし、沙希のお父さんはあまり知らないんだけど、すっごい泣いちゃった」

「うんうん、泣いたー」

「見たこともないのに、なんか涙出るよねー」


 クラスメートたちだった。思わず気配を悟られないように、身を硬くする。


「だって沙希、ちょっとかわいそう過ぎない? こないだお父さんとお母さんが離婚したばっかでしょ? これからどうすんのかなあ」

「新しいお母さん、見た?」

「見た見た! なんかケバくなかった?」

「うん、ホステスらしいよ」

「えーっ、マジで?」

「うっわ、引くわー」

「それが継母でしょ? あたしだったら耐えらんなーい」

「でも、うちらじゃ何にもできないしねえ」

「ねえ、ところでお焼香の仕方とかわかる?」

「前の人のを見なさいってお母さんが言ってたよ」


 そんなことを言いながら、次々と個室に入っては入れ替わっているようだった。

 立ち上がれない。ここから出られない。

 だって出たところで何を言えばいいんだろう。どんな顔をすればいいんだろう。

 そんなの、わからない。


 しばらくして皆が出て行って、完全に静かになったところで、個室を出た。

 手を洗う。顔を上げると、鏡に私が映っていた。


「ひどい顔」


 つぶやく。やっぱりこんな顔は見せられない。人を忌々しく思う、顔。

 水道口から出っ放しの水で、ばしゃばしゃと顔を洗う。


「みんな、他人事」


 ああ、声もすっかりひどくなってしまっている。

 ハンカチで、適当に顔を拭いた。気分を入れ替えなきゃ。何度か深呼吸してみる。

 少し、落ち着いてきた気がして、トイレを出た。

 辺りを見渡したけれど、クラスメートたちはもういなくて、私はほっと息を吐いた。


 でも。

 もし彼女たちと逆の立場だったら、私はどういう反応を示したんだろう。

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