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2. みいちゃんとご飯。

 その晩さっそく、みいちゃんは晩御飯を作った。

 そういえば、お父さんがスーパーの袋を持っていた気がする。材料を二人で買ってきたんだろう。まるで、夫婦がそうするみたいに。


 今まではお母さんは働いていたし、お父さんは帰りが遅かったしで、複数の人間で温かいご飯を食べることがほとんどなかったので、湯気があがる味噌汁に素直に感激した。


 お父さんとお母さんが離婚してからは、手作りどころか出前やスーパーのお弁当ばかりだっただけに、なおさらだった。

 とは言っても、離婚前から、お母さんはあまり料理が得意でなく、お惣菜がほとんどだったりカップメンの買い置きを食べたりすることが多かったのだけど。


「亮さん、どう? みいちゃんが料理できるっていうの、信じてくれた?」


 食卓に皿を並べ、腰に手を当て胸を張って、綺麗な茶髪を後ろで一つに束ねたみいちゃんは、自慢げにそう言った。


 というか、みいちゃんって。自分にちゃん付けって。

 ……バカっぽい、というのがそのときの感想だった。


 その後、近所の人たちに挨拶しているのを聞いて、どうやら家の中と外で言葉遣いを使い分けているらしい、というのはわかった。要するに、家の中では気を抜いているわけだ。


 お父さんは、みいちゃんの質問に、へらへらと笑いながら答えている。


「うん、信じた。な? 冷蔵庫、大したものなかっただろ?」

「そうだね、買ってきてよかった。でも明日からのはないからまたお買い物しなきゃ」


 そう言って、みいちゃんは私の方に振り向いて、お箸を私の方に差し出した。


「沙希ちゃん、いっぱい食べてね」


 私は食卓につくと、素直にお箸を受け取った。

 ここで「私、いらない」とか言って駄々をこねてみるべきかと考えていたのだけれど、満面の笑みで箸を差し出す人の手を払いのける勇気は私にはなかった。

 お父さんはニコニコして私の方を見ている。こんな風なお父さんは久しぶりだ。


 お味噌汁の入ったお椀を手に取る。一口飲むと口の中に味噌のいい香りが広がった。

 出来立てのお味噌汁。味噌のいい匂い。温かい食卓。笑っているお父さん。


 今までが今までだったからだろうか。

 急にやってきたお父さんの恋人に対して、言うべき文句が見つからなくなった。


 一般的には私のこの反応はおかしいのかなあ、と考えを巡らせてみたけれど、答えは出そうにないし、考えているうちにご飯が冷めそうだったので、やめた。

 テーブルの中央に盛られたから揚げに箸を伸ばす。一口齧ると、中からじゅわっと肉汁が出てきて美味しかった。


          ◇


 学校のお昼休みに、みいちゃんが作ったお弁当を広げたら皆が不思議そうに見てきた。

 お母さんがいた頃からパンを買ってくるのが普通だったので、その反応は当然と言える。

 なので、みいちゃんのことを話してみた。

 すると皆が一度に「ええーっ!」と叫んだので、私は驚いてしまって少し身を引いた。


「ちょっと早すぎない?」

「じゃあ今、継母と一緒に暮らしてるってこと?」

「そんなの嫌じゃない?」

「なんか、かわいそう」


 と友達はまくしたてた。

 そうか、やっぱりかわいそうなことなんだ。

 いくら今まで、お父さんとお母さんの諍いを聞き続けてきて睡眠不足で悩まされていたとしても、やっぱり継母とこんなに急に一緒に暮らすことになるのは、少しおかしいことだよね、と心の中でうなずいた。


          ◇


 いつの間にやらお父さんとみいちゃんは入籍を済ませ、みいちゃんは名実共にこの家の人になってしまった。

 お涙頂戴のドラマのように、「お母さんと呼びなさい」なんて話が出るかと思ったけれど、幸いなことに何も言われなかった。

 お母さんと呼ぶにはあまりにも抵抗がありすぎる。


 お父さんとお母さんが離婚してからあまり日にちが経っていないということもあるし、みいちゃん自身が「お母さん」というものから程遠い存在のように思えていたからだ。

 見かけもそうだし、年齢も二十四歳ということで、どちらかというと年が離れた姉妹という感覚だ。


 だからといって、お姉さんとも呼べないけれど。


「ねえ、沙希ちゃーん」


 みいちゃんは、私をことあるごとに呼んだ。部屋に篭って勉強していようが、何をしていようがおかまいなしだった。

 みいちゃんは、初めて会ったときのような派手な格好はしなくなっていたけれど、でもやっぱりどこか水商売風で、家にいるのに主婦という感じはしなくて、専業主婦として収まっているのに違和感を覚えるばかりの存在だった。


 でも、みいちゃんの用事は大抵は、洗濯機とかレンジの使い方がわからないとかの質問だった。

 みいちゃんが家事ができない、ということではなく、機械にすこぶる弱くて、初めて使う機器はやり方がわからないそうだった。


 あまりに頻繁に呼び出すものだからイラついて、私は数日前から用意していた取扱説明書の束を、黙ってみいちゃんに渡した。

 みいちゃんは「いいものあるじゃなーい」と何を気にする風でもなく受け取った。

 それからすべての取説を読破して、家にある機械は何でもみいちゃんが一番に知っている、ということになってしまった。


 けれどもそれからも、私を呼ぶ声は止まらなかった。

 「ケーキ買ってきたよ」とか「冷蔵庫のプリン食べてもいい?」とか「今晩、何を食べたい?」とか。


 一ヶ月経ったときには私はすっかり諦めて、みいちゃんの呼び出しに応じるようになってしまった。

 かえって何も呼ばれないと、倒れているんじゃないかと心配するほどになってしまった。


 ……毒されてきた。

 私はしばしばそう思ったものだった。


          ◇


 みいちゃんが来てしばらくは早く帰ってきていたお父さんも、少しすると帰りが遅くなってきた。


「仕事、忙しいんだって。仕事なら仕方ないよ、二人でご飯を食べよう」


 みいちゃんはお父さんの電話を受けるたびにそんなことを言っていたけれど、私はもしかしたらそれは嘘なんじゃないかと思っていた。

 お母さんと一緒にいたときも、そうだったから。


 ただ、お母さんはみいちゃんみたいに素直に信じたりはしていなかった。

 電話を受けるたびに「はあ? 仕事? 嘘ばかり! どこに行くつもりなのよ!」と声を荒げていた。いや、もしかしたら最初はみいちゃんのように信じていたのかもしれないけれど。

 怒鳴られるのが嫌になったのか、そのうちお父さんは電話すら掛けてこなくなった。


 みいちゃん、もしかしたらまた同じことになるかもよ? 信じちゃっていいの?

 と私は心の中で意地悪く思った。


「みいちゃん、少しさびしいなあ」


 みいちゃんはぽつりとつぶやいて、頬杖をつく。

 みいちゃんはそもそも、そのお父さんの電話を信じていたのだろうか。わからない。

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