俺の味方は愛する獣人奴隷だけだった
物の価値
それは人間が定め、人間の都合のいいように変えられた実に身勝手な考えである。
例えばそう、ペットだ。
獣医だった僕にとっては、殺処分される犬や猫たちを救いたいという考えが世間にあるにもかかわらず、平気で犬や猫たちを転売するものたちが許せなかった。
その一方で動物病院に運び込まれ、人間と同じ、もしくはそれ以上に愛されたペットたちもいた。
そんな彼らにどんな違いがあっただろうか…
他人に勝手に価値を決められる人生で本当に良いのだろうか…?
毎日を追われる日々に、この世界に嫌気がさした僕はある日自殺した。
しかし、人間という存在に失望していた僕を救い出すかのように、唐突に第二の人生を迎えてしまった。
気がつくと、そう、そこは異世界であった。
僕は前世の体そのままに、転移してしまった。
再び迎えた人生で体の脱力感に蝕まれながらも、はいずくばるようにして毎日を生きた。
僕が生きるこの世界に本当に価値があるのか確かめるために…
***
それから三年が経ち、この世界にもようやく慣れてきた頃だった。
この世界でもやはり人間の自分勝手で世界の価値が決められているようだ。
あたりでは奴隷となっている獣人たちが主人にこき使われる姿がよく目に入る。
獣人たちは人間とは違って、人権が認められないようだ。
僕はこの世界ではこの不条理に抗ってみようと、日々働き、お金を稼いだ。
この世界のモンスターたちはどいつもこいつも弱く、脆く、醜いものばかりだった。
そんな奴らを毎日のように殴り、蹴り、殺した。
殺した後はギルドへ持って行き、換金してもらった。
途中、難癖をつけてから他の冒険者たちもちらほらいたが、この世界の魔王を苦労して殺し、死体を持ってきてからはそんな奴らもいなくなった。
毎日モンスターを殺し、淡々と生きる日々が続いた頃、本来の目的を思い出し、今に至る。
僕は獣人の奴隷を扱っている奴隷専門店へ足を運び、そこにある奴隷全てを買った。
10年間貯めた大量の金貨を携え、止める従業員を押し退け、オーナーはぶちまけ、全ての手錠をぶち壊した。
そして、その町一番の屋敷を建て、子供の獣人の奴隷、実に30人の面倒を見た。
大人の獣人はまた今度の機会にでも買おう。
しかし、獣人たちは最初、戸惑っていた。
「……今日から僕がお前らの主人だ。しかし、僕は君たちに何も強制するつもりはない。自分の好きなように生きろ」
(好きなようにって何…?)
(急にそんなこと言われても…)
(僕たち自由なの…?)
「……僕の子供になってくれ」
「こ、こども…?」
(ど、どういうこと…?)
(僕たち獣人族だよね…?僕たちって子供になれるの…?)
(なれるわけないじゃない…)
獣人には人権が認められていなく、人間との関わりはほぼない。
そのため、獣人は人間の営みにある程度の夢を見ている。
この世界では、自分を第一優先として生きてきた。
人間に向ける愛情などを感じたことはなかった。
他人を愛してみたい…
「…いいから、僕に愛されてくれ」
僕は彼らをお風呂へ連れて行った。
まずは裸の付き合いってことだ。
「ご、ご主人さまも一緒に入るんですか…?」
「あ、嫌だったか…?」
「あ、いいえ!そんなことは…ただ、私たちと一緒にお風呂になんて入ったら病気に感染してしまいます…」
「そんなことはない。お前たちは僕ら人間となんら変わらない。もっと自信を持て」
「…は、はい」
みんなで入った風呂は流石に手狭かった。
獣人たちはまだ慣れないのか、おどおどしながらお湯に浸かっていた。
だが、その表情は明るかった。
風呂から出たら飯を食わせた。
僕が毎日食べているものと同じものだ。
それが彼らにとっては珍しいらしく、ひどく動揺して全くご飯に手をつけたがらなかった。
「どうした?早く食わないと冷めてしまうぞ」
「は、はい…」
覚悟を決めた顔で飯を食べる獣人たちはやがて、目を輝かせながら夢中でご飯をたべた。
それからは、衣類を与え、勉学を教え、一端の獣人になるまで世話をした。
最初は30人だった僕の奴隷たちも入れ替わったり、入ってきたりとしているうちに総勢1500人以上の獣人が僕の手から送り出された。
街に居場所はないものの、人間に力で勝る獣人を重宝する者もいた。
そして、僕の周りに獣人による一大組織が出来上がった。
皆が皆、僕に忠誠を誓っているわけではなかったが、その多くの獣人が僕を親として認めてくれた。
子供から大人まで一大家族ができたのであった。
誰もかれもが幸せで、僕も心から幸せだと感じれていた。
彼たちに向ける愛情はいつの間にか本物のものとなっていた。
そんな日々が15年ほど続き、僕の力も衰え、弱体化の一途をたどり、このままこの子供達と死んでいくのだろうなだと思っていた時だった。
突然この世界に現れた新たな魔王の存在。
それはもはやなんの力も残っていない僕にとって脅威そのものだった。
15年前だったならば、自ら倒しにいくところだったが、もはやそれは不可能だった。
さらに追い討ちをかけるかのように、僕に対して先代の恨みと言って、手配をかけているようだった。
あんなにも殺しまくっていた存在に今度は殺される立場に回るとは…
しかし、僕のこの15年間は無駄ではなかった。
僕のことを慕ってくれる元獣人奴隷のみんなが助けに来てくれた。
「親父!助けに来たぜ!」
「恩返しさせてよ!」
「親孝行ってもんだね。」
「お、お前ら…すまないな。一緒に戦ってくれるか…?」
僕はこいつらの父である。
弱いところは見せられない。
とりあえず、からだ鍛え直すか…
それから一週間ほど経ち、魔王軍がこちらに攻めて来た。
どうせ追われる身だ。
先に罠を仕掛けておくのがいいだろう。
僕は魔王軍が通ると思われる山岳地帯へ待ち伏せし、戦闘の準備をしていた。
ここからなら、上から先に攻撃を仕掛けられる。
僕を舐めている証拠だ。
僕たちにとってこの体制はとても有利である。
遠くの方から光が悠々と歩いてくるのが見える。
魔王軍がやってきた。
彼らの多くはゴブリンやオークなどの亜種族で構成されている。
昔はその多くを僕が殺したものだ。
しかし、今回は準備に準備を重ねた。
油断は禁物だ…
山岳地帯へ入り、僕らの元へ行進してくる魔王軍を上から狙撃しようとしたその時だった。
「こ、後方より敵襲!!!魔王軍です!」
「な、なんだと!?なぜ僕らがここにいることがバレた!?」
突如湧いて出た魔王軍に僕の子供たちは勢いのままに、なすすべなく殺されて行く。
それと同時に下を行進していた軍が攻撃を開始し、挟み撃ちの形で、どんどん殺されて行く。
その様はまるで昔、僕がこいつらを殺しまくっていた時のようだった。
湧き上がる悲鳴。
頭にうめく低く轟く声。
「パ…パ……」
「親父……」
「お父様ぁ…!!」
僕の名前を呼び、死んでゆく子供達。
それを見ながら僕はへなへなとその場に倒れこむ。
まただ。
またこの獣人たちは他人の勝手な価値観によって殺されてゆく。
この子たちが一体何をしたというのだ。
「…なんなんだよ……何もかもぶち壊された、また」
いったいどこを間違えたのだろうか?
否、僕が悪いのではない。
この世界が間違っている。
この世界がいけないのだ……
僕の子供たちを殺し尽くす魔王軍たちに向かって睨みつけながら、腰を上げ、反撃を開始する。
腐っても魔王を倒した元勇者だ。
目の前の敵どもを一蹴していく。
しかし、その流れも長くは続かず、すぐに捕らえられた。
「あなたのことは殺さず、持ち帰るようにとのことよぉ。
運が悪かったわねぇ。……でもあなたが悪いのよ。」
「ふざ…けるな…僕の子供を散々殺しておいて何を言っている…?全員殺してやるぁっ!!!!」
「あら怖い。でも、あなたが先代魔王様を殺さなければこんなことにはなってなかったのよぉ?
ということはこの子たちはあなたが殺したということになるわね…まぁ、獣人族なんだし、一石二鳥ってところね」
獣人族は魔族の間でも差別の対象となっている。
しかし、僕が魔王を殺したから狙われるというのは納得できるが、子供達まで狙われたのはなぜだろうか?
別に僕を殺すというのなら、暗殺など獣人の関わらないところでやった方がよかったはずだ。
それを仰々しく隊列を組んだ意図がわからない。
「なぜだ!なぜこの子たちまでを虐待するんだ!
この子たちが何をした?生まれてきた種族が違うだけでなぜお前たちに他人を差別する権利が生まれる?!
獣人族は魔族に何も危害を加えてないはずだ!
魔王の仇のために皆殺しってことか…?
それに正義を掲げれるお前たちの気が知れない…お前たちがやっていることはただの偽善じゃないか…」
「……っ!その言葉、そっくりそのままあなたに返すわっ!
あなたの行為そのものが偽善なのよ!
自分の愛するものだけを守れたらいいと思っているこの偽善者が!
それで私たちに説教たれる気?!
お前はいったい何人我らの家族を殺した?!」
「な、何を言っている…?」
「あなたが唱えているその価値観の矛盾はあなたにも働いているのよ!
なんであなたは私たちの……私の家族を殺せるの?
にも関わらずなぜ獣人族だけを助ける?
あなたの行為は全て矛盾しているのよ!」
「ぁ…ぁぁあ………」
脳天を打ち抜かれたように体が震える。
頭が働かない。
反論が思いつかない。
自らの行動を正しいと思ってやってきたことだ。
恥じるべき点なんてどこにもないはずだ。
「その証拠にみなさい!あなたの周りを!」
「………?」
「あなたを助けようとした人間が何人いる?!
あなたが殺されようとしても、お前と同じ人間はどこにもいないじゃない……それが人間よ。自分の価値観が全て。
それが…人間でありあなたよ…」
いくら周りを見渡せど、周りにいるのは獣人ばかりだ。
あぁ…これが僕の生み出した結果か…
この結果が僕の価値観だ…
「もういいかしら?じゃあ魔王様の元へ連れていくわ。祈るわ…あなたが早く死ねますようにって…」
これから僕は魔王軍に弄ばれ、拷問を受け、体を弄ばせられるのだろう。
長年の種族の恨みを一身に受けて。
「い、いやだ、やめてくれ!が、あぁぁぁあああ!」
僕の体が引きずられてゆく。
だが、それを止めようとするものはおらず、ひとりひきずられてゆく。
愛する子供たちが痛み、呻いているのが目の端に映る。
僕の味方は最後まで同じ種族である人間ではなかった…
僕の後ろでは街の人間たちがこちらを醜悪な笑いを浮かべながらみていた。
その瞳には何も映っていなかった。
映っているのは僕たちを見下す下劣で傲慢な感情だけだった。
獣人族もろとも僕を殺すために魔族と手を組んでいたということか。
(そうか…すべて計画通りってことか…)
そう気付いた時にはもう遅く、この世界の不条理な理に僕は二度目の屈服をし、初めてそれを理解した…
バッドエンドですみません…
長編も書こうと思っています。
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