ゴミ捨て
昨日、会社を辞めた。ブラック企業だったからだとか、パワハラを受けたからだとかそんな理由はない。
ただ、少し息苦しかったから。
ただ、辞めたかったから辞めた。それだけだ。
「よくもまぁ、そんな理由で辞めれたな」
ゴミ袋の口を縛りながら、心の中でそう呟く。
親不孝者だなとつくづく思うけど、辞めてしまったものは仕方がない。
そんな風に、自分に言い聞かせながら玄関のドアを開ける。
夏の鬱陶しい暑さは消えたが、陽射しは変わらず眩しい。三階の自分の部屋から出て、下のゴミ捨て場に足を向ける。錆びた鉄の階段を、音を立てながら降りていく。
学生やサラリーマンとすれ違っても、もう何も感じなかった。劣等感も罪悪感も何もない。ここまで来るともう末期だろうか。
自分はもう少し真面目な人間かと思っていたのだけれど。
そんな自分に苦笑いを浮かべていると、ゴミ捨て場に着いた。
「……また、出来損ないって言われるんだろうな」
事実だが、母に泣きながら言われると少しこたえる。
最近連絡していないが、元気だろうか。
「って、自分の行く末を心配しろって話だよな」
乾いた笑い声を出してゴミ袋を置いた。
今はもうモノトーンに見える空を仰ぎ見て、少しのため息を吐き捨ててまた部屋に戻っていく。
その袋の中には、ネクタイが入っていた。