藍色のネクタイ
「……くせぇ。ゴミ出し忘れたか」
寝起きの酷い顔をしかめて、異臭の原因であろうゴミ袋に目線を合わせる。自分の体臭ではないのを前提にして。
布団から這い出て、猫背を伸ばす。
気怠げに息をついて、伸ばしきった背中をまた丸める。
足元に転がっている時計を拾い上げて、目をこすりながら何時か確認した。
「げっ!やばい、寝過ごした……」
時計の針が指す時刻を見た途端、寝惚けた意識は跳ね上がった。乱れた掛け布団の上に時計を投げ捨てて、ハンガーに無造作にかけたスーツとワイシャツを手に取る。
素早く身支度を整えて、確認のために洗面所の鏡を見た。
少しはねている寝癖が視界に入ってきたが、それよりも首元に何も無いことに最初に気付いた。
「あ、ネクタイどこやったかな……」
急いでいるというのに。寝起きということもあり、少し苛つきながら再び六畳一間の部屋に戻る。その大して広くはない部屋の中を歩き回るものの、一向に見つからない。
なんとか昨夜のことを思い出そうとするも、朧げな記憶は役に立たないことを知っているので、途中で断念した。
「クソ、布団の下敷きにもなってないなら一体どこに……」
沸々と湧いてくる苛立ちを吐き出すように、独り言を呟く。
そして、ゴミ袋の中に無地の藍色のネクタイがあることに気付いた。
見つかったことについては素直に喜びたいが、場所が場所なだけになんとも言い難い。
安堵と落胆が入り混じったため息をつく。視線を布団の上で針を進める時計を移して、もう間に合わないことを認識する。
会社に遅刻はしたことはあるが、頻繁にではない。むしろ、自分は朝早くから出社している方だった。
それが、普通だった。
「……まぁ、こんな日もあるか。てか、なんでゴミ袋の中に入れてんだよ、俺」
上司に顔を合わせるのが億劫だが、行かないよりはマシだ。ゴミ袋を漁るような形で、ネクタイを取り出す。幸いにも、そこまで目立った汚れは見当たらない。目に映る藍色が心を落ち着かせる。
念の為にネクタイを軽く払って、いつも通り首元に持っていこうとした。
けれどその時、役立たずの記憶は無意識に沈み込ませた出来事を思い出させた。
「ーーあ。そうか。俺、会社辞めたんだった」
たまには、こういうファンタジーのかけらも無いのもいいかなと。
不定期ですので、気が向いたときにでも。