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漫画と消しゴム  作者: 白葵
1/4

漫画(1)

 僕は、彼が苦手だ。

 ある時までは誰よりも仲の良かった、彼が。



 彼とは、保育園から一緒だった。

 身体も小さくて引っ込み思案な僕と、いつも元気で仲間の先頭にいるような彼は、まるで正反対。

 けど、僕がひとりで俯いていたり、泣きべそをかいたりすると、必ず側に来てくれた。


「おい、りょうた……どしたんだよ?」

 つっけんどんに、そんな言葉をかけてくれた。

 そして、そんな時は決まって、バカみたいなヘン顔をぐいぐい僕に近づけて来た。

「オラオラ見ろー!」

 悲しい時に、そんなことされてもうれしくない。

 そう思いながらも、彼の顔を見ると、どうしても笑ってしまった。


「……ぷっ……」

「げへへ、どうだー」

「あはは、やめてよしゅん」

「こんどはもっとすごいぞ」

「きゃはははっ!!なんだそれー」


「……ちょっと元気でた?」

「…………うん」


 少しも何かが解決したわけじゃないのに、大笑いした後は、悲しさがすっと遠くなった。

 大丈夫、と思うことができた。

 自分ひとりだったら、僕はきっといつまでも俯き、泣いていたはずだ。


 単純すぎるやり方だけれど……彼は、そんな風にいつも僕の心を助けてくれた。




 小学校に入学し、僕と彼はクラスメイトになった。


「あーーー!今日図工でのり使うんだった!持ってくるの忘れた!」

「駿、忘れたの?じゃあ一緒に使おう」

「涼太ぁ、消しゴムどっかに落とした!どうしよー?」

「僕二つあるから、貸してあげる」

 こんなことは、もうしょっちゅうだった。


「涼太って、いつもちゃんとしててえらいなー。忘れ物もしないし、宿題もちゃんとやってくるし」

「あはは、駿がいろいろ忘れすぎるんじゃない?」


 僕が笑うと、彼はいつも何だか嬉しそうだった。



 運動ができて、いつも明るい彼は、みんなの人気者だ。

 運動会では、決まって対抗リレーの選手に選ばれた。

 ハチマキをなびかせて他の選手をゴボウ抜きにする彼は、文句なしにクラスのスーパーヒーローだった。


「涼太っ!俺の走り、ちゃんと見てたかよ!?」

 そんなファインプレーを見せつけ、キャーキャー騒ぐ女の子たちをかき分けて僕の所へ来ると、いつも満面のドヤ顔でニッと笑って見せた。


 キラキラと輝くような彼が、僕の側で楽しげにおしゃべりしている。

 こんな風に、笑い合える。

 それが、僕には心から嬉しかった。




 僕と彼は、ずっと同じクラスで小学校を過ごした。

 学年が上がるにつれて、遊び方も少しずつ変わる。


 僕は、本を読んだりすることが面白くなった。

 彼は、ますます活発な遊びをすることが多くなった。



 小学5年のある時期、彼はふざけて仲間にプロレスの技をかける事を面白がるようになった。

 今思えば、子犬がじゃれ合うような他愛のない遊びだったけど。

 彼は、席に座って本を開いている僕に、しょっちゅうそんなちょっかいを出しては面白がった。


 僕は、本の世界を乱暴に邪魔されることと、一方的に技をかけられて周りの友達の笑いのタネになることが、だんだんと辛く感じられるようになった。


「おらあーヘッドロックーーー!!」

「うあっ!い、痛いって!!」


 その日も、僕はいきなり首に腕をかけられ、ぎゅっと締められて思わず仰け反った。

「へーこれだけでもうギブかー??」

「あーあ涼太くん、またやられてるー」

 それを見ている周りの女子が、いつものようにくすくすと笑う。



 ……なんでだよ。

 こんな風に、自分を平気で笑い者にして。

 何も言えない弱いヤツだと見くびって。

 僕の気持ちなど全くおかまいなしに。


 ……昔は、いつでも僕を助けてくれたのに。



 少しずつ心に蓄積したそんな思いが、プツリと切れ……一気に、頭に血が上った。


「駿、そういうのもうやめてくれ」

 その場の空気にそぐわないような、尖った言葉が口をついて出た。

「へ?なんだよー最近お前のノリが悪いからだろー」


 ヘラヘラとそう返してくる彼に、一層腹が立った。


「——そういう乱暴なヤツ、僕は好きじゃない」



 一瞬、その場が静まった。

 彼も、驚いたような真剣な目で僕を見つめている。



 言ってはいけない言葉だっただろうか?

 仕方ないだろう。僕は怒ったんだ。

 怒りの突沸した頭には、その空気をフォローする余裕なんかない。



「……ふうん。そーか。

——なら、俺もうお前と口きかねーし」


「…………」



 くすくすとこっちを見ていた女子も、居心地の悪い空気をごまかすように、慌てて僕たちから遠ざかった。




 言いすぎた。ごめん。



 その瞬間に湧いた思いを——

 僕はどうしても、口にすることができなかった。









 ほんの小さな出来事で生まれた溝は次第に大きくなりながら、僕たちは同じ中学へ進んだ。


 子供から大人への感情が複雑に混じり出す環境の中で、次第にどこか崩れた空気を纏うようになった彼に、僕はいつしかビクビクとした恐怖感を抱くようになった。


 違うクラスになったが、彼は5組、僕は6組。

 クラスの距離が近い息苦しさも、ずっと僕につきまとってくる。


 髪色も表情もすっかり変わってしまった彼。

 昼休みの廊下などで、時々じっと睨まれている気がしたり。

 もしかしたら、彼がつるんでいる連中に絡まれるかもしれない——だんだんと、そんなことも考えるようになった。



 どこかで勇気を出して、あの時のことを謝れたら……そう、何度も思った。

 でも、それと同時に、昔とはもう違う彼の冷ややかな視線が思い浮かび……灯りそうになった勇気はあっという間に消えてしまう。



 心の中で、そんなことをくよくよと思い悩むくせに……

 彼が僕の方へ少しでも近付きそうな気配を感じると、僕の身体は反射的に逃げ出した。



 雰囲気のガラリと変わった、時々何処か暗い表情をする彼は、とても美しく見えて——


 そんなことも、僕の中で意味のわからない恐怖感に変わっていった。



 彼が、もしも自分の前に立ち塞がったとしたら……

 そんなシーンを想像するだけで、苦しかった。





 中2の夏。その年初めてのプールの授業。

 体育は、5・6組合同で行うことになっていた。

 委員会の仕事で少し遅れた僕は、一人残った更衣室で急いで着替えをしていた。


 着替えをする僕の背後で、俄かに入口のドアがガタっと開く。

 ワイシャツを脱ぎかけたまま驚いて振り返ると、彼が勢いよく部屋に踏み込んできた。



「……やべ、遅れた」

 僕を見て一瞬ギクリとしたような顔をしてから——彼は付け足すようにそう呟く。


「……あ……

ぼ、僕も委員会で少し遅れて……」


 そんなどうでもいいことをボソボソと返し、僕はますます早く着替えを終わらせたくて焦った。

 空気を和ますような会話なんか何一つ見つからない。

 彼の鋭い視線が背中に刺さるのを、強烈に感じる。

 頭に血が上り、心拍数が凄まじい上昇を始めた。

 手が震え、脳の指令通りに指が動かない。ボタン一つ外すのさえ、とんでもなく長い時間に感じる。



「……じ、じゃ。先行ってる」


 死に物狂いでなんとか着替えを終え、彼の視線を散々浴びた肩をバスタオルでぎゅっと覆うと、僕はつんのめりそうになりながら更衣室を飛び出した。




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