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その7「神様なんて、いるかどうか、わかるわけないだろ」

 まもりちゃんが天啓を受ける作業で1時間が経過。

 そろそろ夜になっていた。


「よし、天啓は完了だ」

 リビング(跡地)で座禅を組み天啓を受ける作業中のまもりちゃん。

 そのそばに近寄って、アイマスクを取る。

「おつかれさま。もう目開けていいよ」

 目の周りを手で覆って、フルフルっと顔を左右に揺らすまもりちゃん。

 水分を羽から払う水鳥みたいだ。この子わりと小動物っぽいんだよな。


「さて。無事天啓は受けただろうから、今日の寝床を決めよう」

「ええええええ!? う、ううう受けられてないですよー!?」

「だめかー?」

 と、リルが割り込んできた。

 こいつはどうあってもまもりちゃんを教祖にしたいのである。

 なんでって、信者とは対等な友だちになれないからだ。

「いいや。まもりちゃん、きみは間違いなく天啓を受けた。ただ認識できていないだけだ」

 パチパチとまばたきするまもりちゃん。


「あの。質問があります」

「はい」

「認識できてないならどうして正樹さんにわかるんでしょうか」

「僕がそう信じた。僕を信じよう」

「リルもしんじる」

「私、いま、かつてないほどの理不尽を感じています!」


 まあ、実際問題、天啓とかそう簡単には得られない。

 というか最初から期待してない。


 僕らが必要としているのは信者が納得できるストーリーである。火事跡(聖地)で集中したという事実である。火事にあったJKが、悲嘆に暮れて(家族はふつーに生きてるけど)五感を絶って(アイマスクしただけだけど)祈った結果、天啓――神の声を聞くことができた。


 そのように信じてみる。


 設定ではない。

 僕とリルで協力して、今さっきのストーリーを、本物にしていくのだ。


「というわけだから問題ない」

 天啓の内容なんか後で考えて、それを本物にしていけばいい。

「えー、え、え、えええ……?」

 くるくるとめまいがしているまもりちゃん。

「な、なる……ほど……? あの、すみません、理解がなかなか追いつきません……」

「まー目をつむってる間に何かは思ったでしょ?」

「はあ、それはまあ……お母さんのこととか、妹のこととか……」

「いもうとがいるのかー」

「うん。じまんの妹だよ。いまはちょっと遠くにいるんだけど」

「しんだかー」

「死んでないよ生きてるよ!? 経済的事情で養子に行っただけだよ!?」


 残念だ、遠くにいるのか。

 家族はいちばんの信者候補なのに。


「それで、妹……こころちゃんと、小さい頃ここで、ヘンな遊びしてたなって」

 胸を抑えてちょっと笑顔になりながらまもりちゃんが言う。

「小さなまるい石を川原で集めて、磨いて……それで、おはじきしてた。お金ないから」

「すばらしい。それで行こう」

 なんていいネタを持ってるんだこの子は。

「はい?」

「川原の水神様のご加護がこもった石のおかげできみは水巫女まもりになり悪運を授かった」

「はい? え、はい?」

「そんな感じの設定を今から僕は信じる」

「リルもしんじる」

「え、え、え、え、えええええ? 今考えた設定ですよねそれ!?」


 設定だからって信じられないとは限らない。

 世の中の尊いものはいつだって偽物からはじまって本物になっていく。

 どんな神様も、フィクションからはじまり、現実になるんだ。

 宗教とはそのようなものだと、僕は信じている。


「というわけで、まもりちゃんも信じるように」

「どうやって!?」

「もう少し発狂すれば自然と信じられるようになる」

「えええええー!?」

 教祖になろうとするなら、発狂のひとつやふたつは、必要だ。

 俗世や社会のことはナンバー2のブレーンに任せればいい。

 たとえば僕みたいな。


「大丈夫。僕とリルにはどんな人間でも発狂させるノウハウがある」

「ある」

「わたしなにかとんでもないことに巻き込まれてないでしょうかッ!?」

 察しがいい。

 僕らはわりととんでもないことをしようとしている。

 たぶん、一般人から見たら、邪神とか言われる感じのやつだ。

 でもまあ――僕とリルの知っている宗教とは、そういうものだ。


 * * *


「で、寝床の話に戻すのだけど、まもりちゃん頼れる親戚とかいる?」

「うっ」

 見るからにツッコまれたくなさそうな顔。

「え……えと、おじさんが……その、いるには……いるんですけど」

「Fカップのおっぱいをジロジロ見てくるDVクズ野郎だから近づきたくないと」

「そこまで言ってませんよ!? あ、あとFカップじゃないです!」

 E以下はありえないからそれ以上か。すごい。僕の心に刻みつけた。

「でもなんか生理的に嫌そうだね」

「う」

 まもりちゃんはつんつんと両手の人差し指同士をつついた。

「その……ちゅ、中学のころ、お母さんと泊まりに行ったことがありまして」

「うん」

「夜に起きたら私の洗濯物の下着で……えと、その……」

 すっごい恥ずかしそうな顔。そしていいづらそう。

「あ、言わなくていい。親戚が私をネタに自家発電してましたなんて言えないよね」

「ぜんぶいわれましたー!?」

 まあ冗談めかしたけど事態はわりと深刻だ。凄まじく深刻だ。


 親が倒れて家が燃えたらふつうは親戚を頼る。誰だってそーする。その親戚がよくない人だったらどうなるか。どうしようもない。近親相姦はわりとありふれた犯罪だ。特におじと姪は抵抗が薄い。冤罪だったら問題があるから、他人は家庭内には踏み込めない。


 もちろん、そのおじさんとやらを破滅させてもいいなら対処は簡単だが。

 たぶんまもりちゃんはそんなこと望まないだろう。


「ということは、自力で寝床を確保しないといけない」

 ちなみに僕とリルはいつも公園のテントで寝ている。

 さすがにまもりちゃんまで寝かせるわけにはいかない。たぶん僕の理性が持たないから。

「まさき、どーする?」

 リルが聞いてきた。こいつは基本的に日常の問題のすべてを僕に丸投げしてくる。

 本人が不思議生物で寝なくても生きていけるから、生活能力がぜんぜんないのだ。

 傍若無人。教祖の見本である。

「大丈夫だ」

 まあやるけど。

 僕はリルの第一信者だし。

「こんなこともあろうかと、話はつけておいた」

「だれと?」

「おーい、出てこーい」

 呼ぶと焼け落ちた壁のそばからノソっと野球帽をかぶった子供が出てきた。

 さきほど50円玉のお賽銭を入れていた超大富豪キッズだ。


「こ、こんばんは。俺、タケシっていいます」

 ぺこりと勢い良くまもりちゃんに頭を下げるタケシ。

「あ、ど、どうも、その節はとんだご迷惑を……」

 対抗してぺこぺこっと頭を下げ合うまもりちゃん。

「こいつの家、広いらしい。家族に内緒でこっそり泊めてくれるんだとさ」

「ええっ!?」

 タケシは小学3年生である。

 精通すらしてないガキならまもりちゃんも安心だろう。


「いやいやいや! まずいですって逆に! 赤の他人にご迷惑ですって!」

「もちろんタダじゃないぞ」

「え」

 タケシを促すとまもりちゃんを見上げる。

「俺、うちで猫飼ってて……シロっていうんだけど……最近、元気なくて」

「獣医さんには?」

「見せた。でもどこも悪くないっていうんだ。もう16歳だから老衰かもって」

「そ、そうなんだ……?」

「それで」

 タケシはごくりとつばを飲み込むと、言った。

 


「なんかすごい巫女のねーちゃんに、祈ってもらったら、シロが元気になるかもって」



 まもりちゃんはパクパクと口を開けたり閉めたりした。


「…………………………ええええええええええ!?」


 これ以上ないほど驚いている。

 そりゃそうだ。立派な拝み屋の仕事依頼である。

 新興宗教の教祖として、これ以上の名誉はないだろう。


「ちょちょっと、待ってください正樹さん! こんな小さい子を騙すなんて!」

 僕に食い下がってきた。

「騙してはいないよ。効果があるかどうかわからんと、ちゃんと伝えた」

「効果ないです! 確実に! わたしなんかの祈りとか!」

 強硬に主張するまもりちゃん。タケシのそばにツツっと近寄る。

「あのね、私ホントの巫女さんじゃないから。そういうのはちゃんとお坊さんとかに」

「でも、さっき賽銭入れたら、シロが少し元気になってた」

 それで信用する気になったらしい。

「いやいや! 偶然だから! 私なんかが祈ってもシロ元気にならないから!」

 タケシがむっとした様子になった。


「そんなの、わかんないだろ」


「……え」

 まもりちゃんが止まる。

「もしかしたらほんとに神様がいて、元気にしてくれるかもしれないだろ」

「え……え、え……」

 うろたえるまもりちゃん。

「神様がいるかどうかわかんないって、オレだってわかってるよ。でも、わかんないってことは、いるかもしれないってことじゃん。いないって決めつけんなよ」

「……」

「お願いだよ。オレ、ねーちゃんに祈ってもらいたいんだよ」

「う……あうぅ……」


 まもりちゃんはほとんど泣きそうな顔だ。

 でも、タケシの言葉には反論ができない。

 それはそうだ。

 神様がいるとは断言できない。

 しかし、いないと断言することもできないのだ。

 神様がいるんじゃないかと感じたことを否定することは、誰にもできない。


「たのむから。まちがいなく効果あるなんて期待しないから。五分だけでいいからさ」

「あ、う、ううううううううう……」


 真剣に頼ってくる誰かを捨てるなんて、この子にはできないのだ。

 まもりちゃんが折れるのは、時間の問題だった。



 * * *


 タケシの家に行った。

 まもりちゃんは二時間、シロのために手を合わせて祈った。

 慣れていない正座で、知らないお経を唱え続けた。

 足がしびれて震えていたけれどそれでも必死で祈っていた。

 そして疲れ果てて、ぶっ倒れて、寝た。



 深夜。


 庭でリルがしゃがみこんで、猫のシロと話しているのを見た。


「そっかー。そろそろ体きついのかにゃー」

「ニャー」

「でも明日だけは元気になれにゃー。その方がご主人、喜ぶにゃー」

「ナゴー」


 完璧に意思疎通している。

 こいつだけは本気で本物の神話生物である。


「リル、どんな感じだ」

「んー。たぶんげんきになる。寒くて動きたくないだけだったみたいだから」

「そうか」


 たぶんタケシは喜ぶだろう。

 そしてまもりちゃんの信者になるだろう。

 祈りで体調が回復したと信じこんで、友達に自慢しまくるだろう。


 新興宗教のはじまりというのは、だいたい、こんな感じだ。


 僕は祈りに効果があるかどうかは知らない。

 ただ、効果があるように全力で努力するのが、僕とリルの役目だ。


「まさき。かみさまって、ほんとにいるのかなー?」

 リルがひとりごとのようにつぶやいた。

「いま僕の目の前でしゃがんで猫を撫でている」

「そーゆーのじゃなくてー」

「それ以外の何を言えというんだ」

「はー」

 リルはふかぶかとため息をついた。



「ほんとの神様が、いたら、よかったのに」



 神様なんて、間違いなくいない。

 まるでそのことを知っているかのようにリルはつぶやいた。

 僕はその頭をゆっくりと撫でた。


「もう寝ろ。明日は学校で信者集めるぞ」

「はーい」


 リルは庭でそのまま横になった。

 僕は別に止めない。神話生物は風邪などひかないのだ。

 それでも、寂しくて友達をほしがる少女なことには、変わりはない。

 だから僕もリルの横でごろりと寝ることにした。


「かぜひくぞー?」

「大丈夫。僕こそ神だ」

「……そっかー」

 

 リルは微かに笑った。僕も笑った。

 こっそり湯たんぽを腹に仕込みながら、僕は眠りにつく。

 さーて。

 明日も信者の拡大再生産を、がんばるとしよう。

こちらで第一部完となります。あ、終わりではないです。

ただ書き溜めは終わりなのでしばらく間はあくかと。よろしくお願いします。

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