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その6「イエス様と仏様が合体することで通常の3倍のご利益だ」

 まもりちゃんの家は一戸建てだった。


「こ、ここが……私の家……だったものです、はい」

 たぶん父親が自営業だったのだろう。

 さびれた街の国道沿い。

 シャッターのしまった小さなボロ家で、たぶん2階建てだったと思われる。

 たぶん、というのは、2階があっただろうあたりが、真っ黒焦げだからだ。

 

 これはまた豪快に燃えた焼け野原だ。


「シャッターのいえだ!」

 リルがはしゃぎながら言った。

 こいつはだいたい非日常的なものはなんでも好きである(不謹慎である)。

「むしろこれ、シャッター以外何も残ってないね」

 1階もかなり燃えてる。ていうか壁とか崩れてるし。天井ないし。

 家具の一部は残ってるけど、暮らしていくのは絶対不可能なレベルだ。

 ていうかよく生き残ってたなまもりちゃん。


「う、裏口からすぐ逃げまして……そしたら火が一気に……」

 あはははと笑うまもりちゃん。泣きそうな笑いである。

「まあ隣が空き地だから、燃え移ってなくて、不幸中の幸いだ」

「はい」

 まもりちゃんがほがらかに笑った。


「さっそくその奇跡的体験をもとに教祖として天啓を受けよう」


「はい……はい?」

 まもりちゃんが不可解そうに笑った。

 さあ。レッスン開始である。


 * * *

 

 古来より、教祖とは神から天啓を受けた、神の代理人である。


 もちろん『私が神だ!』と主張する教祖もいるにはいる。

 が、だいたい廃れる。

 なぜって、実際に神ならいともたやすく奇跡を起こせるからだ。

 奇跡を起こさない神様を庶民は信用しない。

 だから、本物の奇跡を起こせる奴以外は、素直に神の代理人を名乗るのである。

 口利きとかイタコとかも、そのたぐいだ。

 しょせん物理的な実態を持つ人間を神様と信じることは、凡人にはできないのだ。


「で、災難に遭って天啓を受けるJK……これはストーリーがあって説得力も期待できる」

「あの」

「今の時点ではどの神から天啓を受けるかは、考えなくていい。後付けでOKだ」

「あのあのっ」

「とりあえず一時間ほどリビングっぽいところに座って天啓を待とう」

「あのあのあのあのあのーっ!?」

 まもりちゃんが必死の形相で叫ぶ。

 ブレザーの制服をひらひら揺らし、おとなしい表情とは正反対のしぐさだ。


「な、なんだかコレ、私がイメージした宗教とぜんぜん違うようなっ!」

「ちがうかー?」

 リルがまもりちゃんのスカートを引っ張って言う。

 まもりちゃんは『うっ』とちょっと逡巡したが、よほど抵抗があるらしくまだ続ける。

「ま、まるでその……悪徳なインチキ新興宗教のような気がします!」

「気のせいです。信じてください。信じるものは救われます」

「どう聞いても悪徳宗教ー!?」

 違うと僕自身は信じている。

 だって僕はただ意識的に宗教をつくろうとしているだけだ。

 このあとまもりちゃんが天啓を受けたら、それも信じるつもりだ。


「だ、だいたい、教祖様ならちゃんと、リルちゃんがいますよね?」

「大本山と分家みたいなもんだからOK」

 イエス様にだってブッダ様にだって、たくさんの亜流がいるのだ。

 教祖が何人もいるのは宗教ではごく普通のことである。

 まあ、教祖同志の仲はふつう最悪だが。


「でもでも、リルちゃん一人でいいと思います……あれ、そういえばリルちゃんは?」

 僕とまもりちゃんは揃ってリルを見た。錆びたシャッターに飽きたらしいリルは、焼け跡の黒ずんだ床らしきものにしゃがみ、チョークでなにやら魔法陣を描いている。五芒星のよくアニメで見る魔法陣である。

「なにやってんのおまえ」

 リルは自信満々に胸をはった。

「ふいんきを盛り上げて、まもりんがてんけーを受けやすいようにした!」

「どうみても邪神降臨の儀式なんだが……」

「じゃきょーになっちゃうかー」

 まもりちゃんが指をつんつん突いていじけだした。

「…………う、ううー」

 どうやら、どうしても自分が教祖になるということに納得行かないようだ。

 僕にちょっと擦り寄ってくる。おっぱいをぷるんと揺らしながら。


「あのね、私ね、授業中に考えまして……あの、お二人のこと信じてようと思いまして」

「ちょろすぎるなきみは」

「う! で、でも、ほんとに、神秘的で、なにか『違う人』だって思ったんです!」

 興奮気味に言うまもりちゃん。

「だ、だから……わたし、教祖になるとかより、普通にリルちゃんを信仰したい……です」

「やだ」

 笑顔で一蹴するリル。

「え」

「まもりんも教祖をやってくれるならいいけど」

「え、え」

「ただ信仰されるとかぜったいやだ」

「えええー!?」

 教祖にあるまじき言動に仰天の声をあげるまもりちゃん。

「うー、でも、でも! リルちゃんは私と『違う人』で……!」

 それでもなお食い下がるまもりちゃん。

 その、直後だった。



「――ちがわないよ」



 空気が変わった。

「っっ!?」

 まもりちゃんがのけぞった。

 リルの、恐ろしく透明な声だった。

 脳を通り抜けて思考までを鋭い槍で突き刺すかのような声。

 すべてを通り抜けて感情をダイレクトに揺らす、圧倒的な言葉。


「わたしは、まもりんと同じ、人なの」


 リルは笑顔のまま続けた。

 その言葉の意味と、声の質は、あまりにも離れていた。


「だから」


 そこでリルは目を細めて、いままででいちばんの笑顔になった。

 そして、止まったままのまもりんの手を取って、言ったのだった。


「まもりんも――わたしと同じ教祖になって、友達になってくれると、うれしいです」



 * * *

 

「ごめんなさい……『ぜんぜんふつうの人じゃないです!』って、心でツッコんでました……」

「だろうね」


 五分後。

 僕とまもりちゃんは家のリビング跡で話していた。

 リルはまたどこかを探検している。


「だから言ったんだ。リルは不思議生物だって」


 あの声を僕は公園で聞いた。

 ジャングルジムの上から降りられず、頭から2メートル落下しそうだった子どもを『おちつけ』の一言で落ち着かせていた。はっきり言って、人間技じゃない。リルは伊達に国籍を持ってないわけじゃない正真正銘の不思議生物だ。

 まあ、だから教祖にしようと思ったんだけど。


「でも……なんだか、寂しそうでした、リルちゃん」

「仲間が欲しいんだろうね」

「なかま?」

「一緒に教祖をやってくれる仲間だよ」


 あんな能力を持っていれば、まちがいなく周囲から崇められる。

 崇められる相手とは、対等の友だちにはなれない。

 だからリルに、友だちはいない。


「友だちなら、正樹さんがいるのでは? すっごく仲良さそうですよ?」

「僕は友達というか保護者的なサムシングだから例外です」

「なんですかそれ」

 知らない。僕にもよくわからない。けど、とにかくリルにはなつかれている。

「まあ、女の子の友達がほしいんだろ、きっと」

 あいつはロリコンでJC好きのJK狂いだ。たぶん人妻も大好きだ。

 人類全員(女限定)と友だちになりたいとか、まじめに考えているかもしれない。


「で、まもりちゃん。そろそろ天啓を受ける作業を再開しようか」

「うー、やっぱり、やりますか?」

「強制はしないけど」

 まもりちゃんはしばらくうなってから、こくりと。

「……リルちゃんに……あ、あんな悲しそうな顔、させられないですから……」

 心がじんわりと来た。


「だから……その、とりあえず、天啓、がんばってみます」


 心がめっちゃくちゃ熱くなった気がした。

「ありがとう優しいまもりちゃんが好きです結婚してください」

「ふあっ!?」

 まもりちゃんは真っ赤になったほっぺたを抑えた。

「あ、な、にゃにをっ!?」

 あわわわあわわ、と目を回して混乱した様子のまもりちゃん。

「きみはもう少し精神力と男耐性を養おう」

「うー。うー! からかわれました!」

 からかわれた恥ずかしさでほっぺたを膨らませてうなるまもりちゃん。

「好きなのは本当です」

「ふぁああっ!?」

 あーもーかわいーなもー。



 そんなわけで天啓を受ける準備を再開。

 リルが魔法陣を書いたので僕も雰囲気づくりだ。具体的には大量の仏像を僕の暮らしていた公園テントから運び込んできた。あとキリスト像とマリア像と十字架。あと家の玄関の前に鳥居を設置した。まもりちゃん手前に賽銭箱も置いた。

 これでこの家は、どのような宗教的観点から見ても、聖地だ。


「いやいやいやいや!」


 まもりちゃんが叫んだ(おとなしいのによく叫ぶ子だ)。

「おかしいですよね!? 神仏合体!?」

「どの宗教に進むか未定だからとりあえず全部用意した」

 そのとき近所のガキ達3人組が鳥居に惹かれてこっちを見ていることに気付いた。

 キリスト像と仏像による宗教サミットを見てぽかーんとしている。

「おまえらも拝んでいくか?」

「……なんだこれ?」

「仏様とイエス様と神様が合体を果たした、ご利益三倍のありがたい聖地だぞ」


 おおおおお。どよめきが舞った。


「イエス様と合体! なんかすげー!」

「よくわかんねーけどすげー!」

「ご利益三倍すげー!」


 興奮気味に目をキラキラと輝かせるガキども。

 やはり子どもは合体とか大好きだな。今後もこの手で行こう。


「おう、賽銭入れて恩恵受けていけ。巫女さんに一礼してからなー」

 ガキどもは5円玉と10円玉と50円玉を取り出してパンパンと手を叩いた。

 巫女扱いされたまもりちゃんは『えええええ』と小声でずっとつぶやいていた。


「やはり聖地効果はすごいな」

「………………」

 あれから何人か来て、賽銭は合計280円になった。

 呆然とするまもりちゃん。

 たぶん彼女の常識ではありえないできごとだったのだろう。

「じゃあ僕は猫の借金を返してくる。その間にリルと一緒に天啓受けといて」

「…………………………が、が、がんばり……ます……」

 宗教を立ち上げる。

 そんなの、神様を合体させれば、意外とかんたんにできるものなのだ。


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