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その5「ハロウィンは宗教だから渋谷歩いてるやつは全員信者でいい」

『幸せになるたったひとつの方法。それは新興宗教の教祖になることだ』


 僕がリルとはじめて会った日、わりと本気で、そう話した。

 もちろんリルに教祖をやってもらうつもりで言ったことだ。

「ほー。なるほどなー」

 するとリルはしばらく考えた後に、


「ひらめいた!」


 と、興奮気味の笑顔で叫んだのだ。

「ん?」

「まさき、教祖になれば、幸せになれるということは!」

「うん」

 ブンブンと両腕を振り回して、目をキラキラ輝かせながらリルは言った。



「みんなが教祖をやれば、みんなが幸せになれるとおもう!」


 

 ハッピーな発想であった。


「だめかー?」

 リルがしょぼんと肩を下げた。

「まあ、難しいだろうなー」


 どんな宗教であっても教祖とは超人であり信者は凡人である。

 そして世の中には凡人の方が多い。

 凡人は自ら悟りを自ら得ることができない。

 だから、超人である教祖に教えを請う。だから宗教がある。


 みんながみんな教祖になれるなら、それは確かに、幸せな世界だけど。


「うー……だめかな、みんなで教祖、だめかなー……」

 リルはベンチの上で体育座りして、ヒザの間に顔を埋めた。

 じんわりと目の端に涙がにじんでいた。

「……そんなにしたいのか?」

 リルは沈黙した。肯定の意味の沈黙だった。

 リル自身、無茶苦茶な望みだとわかっているのだろう、強く駄々をこねたりはしない。それでも沈んだ表情をしているのは、彼女がどうしても、そうしたいからだ。すべての理屈を越えてでもそうしたい。そんな意思……というより、願いが、伺えた。



 僕はしばらく考えて、今までの宗教活動の経験からリルの考えを計算した。

 どう考えても現実的には不可能である。

 だけど。

「そっかー。だめ、かぁ……」

 リルが寂しそうに笑った。


 

「いや、やってみよう」



 僕は決意した。

「え」

「やってみたら案外うまくいくかもしれない」

「ほんと!?」

 リルがすぐに笑顔になった。僕も笑った。

「みんなが教祖になればみんなが幸せ。教義の最初のページに、そう書こう」

 宗教の役目は、現実に可能なことをすることじゃない。

「おー! やった、やったーっ!」

 できるかどうかは問題じゃない。

 だって泣いてる少女を笑わせるために、不可能に立ち向かうのが、宗教だ。

 少なくとも僕はそう信じて、リルの笑顔のために、脳内教義をそのように書き換えた。


「それによく考えたら、単に宗教やるより、宗教フランチャイズをやった方が儲かる」


 コンビニの経営を参考にしよう。

 ノウハウを教えてロイヤリティで教祖から搾取……じゃない徴収するのだ。

 たぶん、リルがいれば、できないこともない。

「ふらんちゃいず」

「教祖ノウハウを教えて、見返りに寄進の10%をロイヤリティでもらうんだ」

「ふむふむ(わかってない)」

「でもリルは総本山のモデルケースだから、きちんと教祖もしないとだめだぞ」

「りょうかい(わかってない)」


 そんなわけで方針は決定した。

 僕らの宗教の信者には、全員、教祖になってもらうのだ。

 

 * * *


 以上、回想シーンおわり。ここから現在。


「というわけで、まもりちゃんには立派な教祖になってもらいます」

 場面は夕焼けの中庭に戻り、僕はまもりちゃんを説得中。

「なんだかちょっといい話でしたけど、ムリですムリです絶対ムリですよ―!?」

 まもりちゃんがほとんど泣きながら叫んだ。

 む、ごまかされなかった。


「だめかー?」

 リルがまもりちゃんのミニスカを引っ張る。いいぞ泣き落とし作戦だ。

 まもりちゃんはビクビクって震えたけど、でもまだ抵抗する。

「む、ムリ、ムリですよう教祖とか、だって私ふつうの女子高生ですもん!」

「いや、わりと普通を超えてると思う」

 その極まり不幸の人生は教祖になれる素質はある。

 あとはトレーニングすればエリート教祖になれるはずだ。

 それにリルみたいになりたいってのは、イコール教祖になるということなのだ。

「だ、だ、だいたい私、宗教のこととかぜんぜん知らなくって!」

「大丈夫だ、リルも宗教なんてイエス様ぐらいしか知らない」

「そうでもない! ブッダ様もしってる!」

「じゃあモーゼは?」

「だれ?」

 手塚治虫版のまんが聖書とか、金が入ったら買ってやろう。


「で、でも、でも、でも」

 まだ逡巡している様子のまもりちゃん。

「にゅ、入信するっていうだけでも勇気だして……」

「もちろん抵抗感はあると思う。そこで――『体験教祖』をしよう」

「体験教祖!?」

 なかなか語感がいい用語だと思う。気軽にできそうなあたりポイント高い。

 と、そのときだ。

 ぐーと僕のお腹が鳴った。リルのお腹も、きゅーと鳴った。

「まさき。おなかへった」

「ああ、朝から何も食べてないな」

 するとまもりちゃんは慌てた様子で。

「あ、よ、よければ私の家……あの、燃えちゃいましたけど、食パンはまだ」

「いや。ちょうどいい。ここで体験宗教をやってみよう」

「えっ」

 僕はスマホを取り出して校内地図を見た。

 まもりちゃんに見せて、一点を指差しながら、解説する。

「この近くに調理室があります」

「はい」

「宗教的行為により空腹を解消する良い機会です」

「はい……はい?」

 戸惑うまもりちゃんの手を取ってお皿を手渡す。

「つまり?」

 リルの問いかけに僕は笑って応えた。


「これから一緒に『托鉢』をしよう」


「まさき、たくはつってなに? 宅急便のなかま?」

「リルはもう少し宗教を勉強しような」

「うん」



 托鉢とは要するに物乞いの宗教バージョンである。というと凄まじい語弊があるが、たぶん現代日本の若者から見ればその程度の認識でしかない。で、托鉢でいちばん大事なのは、あげる側が「いいことをした」と感じられることだ。


 物乞いと托鉢のわかりやすい違いは、物をあげる側の動機だ。

 物乞いする人に対しては、哀れに思って物をあげる。

 托鉢する人に対しては、心を救われたいがために物をあげる。


 要するに「聖職の人に物をあげた! 私いいことした!」という幸せ感、そのものが動機だ。


 自分の気分を幸せにするために、物をあげる。

 ある意味、托鉢のほうが、即物的なのである。

 でも、それで托鉢する方もされる方も幸せになれるなら、よい行為だと思う。

 

「というわけで、リルが托鉢の見本を見せる。まもりちゃんが続くんだ」

 調理室前の廊下でコソコソと話す僕ら。

 ちょうどいい匂いが漂ってきてる。調理部の料理ができているのだろう。

「リルちゃんは托鉢って、そんなに得意なんですか?」

「ああ。奴はすごいぞ」

「おー! いくぞー!」

 リルはがらららーっと躊躇なく調理室のドアを開けた。


「たのもー!」


 調理部エプロンのみなさんが、びっくりしていっせいに振り向く。まもりちゃん以上の巨乳でかわいい子はいなかった。でも隅っこのおかっぱの子はなかなか美少女だ。いやそんなことは今はどうでもいい。

 とにかくエプロンさん達はリルを見ると――

「え、わ、うわー! かわいーっ!!」

「だれ、どこの子かな? 校舎はいっちゃだめなんだよー?」

 わさわさとよってきた。大人気である。

「こんにちは! たくはつをしにきました!」

 堂々と言い放って、えっへんと胸を張るリル。

「たくはつ?」

「あ、僧侶さんに食べ物あげる、アレじゃない?」

 詳しい女子生徒がいたようだ。笑顔で話し合っている。

「へー。ねーねーキミ名前はー?」

「リル!」

「わーかわいー水色の髪! きれい! ねえ何歳かな!?」

「しらない!」

「クッキー食べる?」

「たべる! おさかなもごはんもたべる!」

「かわい! かわいいよこの子! もー全部あげよぜんぶ!」

 わしゃわしゃきゃっきゃうふふ。

 ぱくぱくぱくぱくぱく。


 そして五分後。


「おなかいっぱいになった!」

「よくやった」

 リルがお腹をふくらませて満足げな表情で帰ってきた。

 まもりちゃんはずっと呆然とした表情でリルを見ていた。

「というわけで、まもりちゃん、続くんだ」

「できますかーーーーーーーーーーー!?」

 叫んだ。

「いや今の托鉢じゃなかったです絶対! 単なるハロウィン的なキッズです! とりっくとりーと!」

「食べ物をあげた人が幸せになってるなら、それはもう托鉢でいいと思う」

「そう、たくはつ」

 あとハロウィンも托鉢の一種だと僕は思っている。


「というか、あの、今のって、リルちゃん以外にはムリな方法でしたよね?」

「え、僕もできるよ」

「え」


 僕はリルと入れ違いに調理室に入った。

 適当に挨拶して『あ、はじめまして。このケーキおいしそうですね、いま宗教上の理由で托鉢してるんですが奉納いただくと僕とあなたが幸せになりますがいかがでしょう』と丁寧に説明した。呆然とする調理部員に『了解です。あなたと調理部に神のご加護がありますように』と告げて、パンケーキをつまんで帰ってきた。


 托鉢成功。ミッションコンプリート。


「と、見本はこんな感じ」

「もっとできるわけありますかーーーーーーーーー!?」

 叫んだ(本日2回め)。


「空気を完全に読まず、勢いだけで喋るのがコツなんだ」

「ムリです絶対! 私がやったらただの不審者です後ろ指さされますっ!」

「いや意外と行けるよ」

 人は理解不能に陥ったときストップするものだ。

 意識の虚をつくのは、宗教の基本である。

「うう、わ、私じゃお二人の今の、絶対ムリです……お、同じクラスの人もいますし……」

 と、チラリと調理室の中を見るまもりちゃん。

 そういえばクラスでいじめられてたんだったか。


「んー、あのおかっぱの子?」


 視線の先にはその子がいた。あの子もいじめ集団の一員なのかな?

 と、そのときだ。

 ガラっと教室のドアが開いた。

「……あれ、小森川さん?」

「っっっっっ!?」

 おかっぱの髪の子が出てきて、まもりちゃんはビクっと震えた。

 なんだか微妙な空気だ。まもりちゃんの怯えがわかる。


「あれ……どうしたの?」

「ち、ちがう……ちがい、ます……ので……」

 さっきまでとは打って変わって弱々しい声。

「まもりん、まもりん」

 と、リルがくいくいっとまもりちゃんのスカートを引いた。

「たくはつ! 今がたくはつのチャンス!」

「えええええ、む、むり、むりむり……い、いじめられてるんですって……」

「あれ、リルちゃんと知り合いなんだ?」

 ころころと笑うおかっぱちゃん。


「なに? 托鉢ごっこしてるの?」

「え、えと、ごっこというか……むしろ本気……いや本気かどうかいみふめいですが!」

「小森川さんも?」

「まもりんはこれから托鉢するよてい」

「ちょ!?」

 慌てるまもりちゃん。

 真っ赤に頬を染めて、ぶんぶんと腕を振る。

「してるの?」

「う……う、う、うん……」

 おかっぱちゃんが、またクスクスと笑った。

「じゃあアレだね。手を差し出さないとだめだねー」

「あ、そう、です……ごめん、ごめんなさい……」

 この世の終わりみたいな絶望的な声のまもりちゃん。

 たぶん、ヘンな行動をからかわれていると思ったのだろう。

 そしたら。


「はい、パンケーキ。クリームぬってるからおいしいよ」


「……えっ」

 手に差し出されたアルミお皿のパンケーキ。

 呆然とするまもりちゃん。


「小森川さん、しゃべらないからわからなかったけど、おもしろいんだねー」

「え……あ、あ、あの……」

「あとね、クラスの佐藤さんは、あんまり真面目に相手しないほうがいいよ」

「え……え」

「火事とか単なる災難だもん。止めようかと思って、怖くてやめたけど……」

「……」

「みんなああいうのよくないって、ほんとは思ってる。だから何かあったら言ってね」

 まもりちゃんは動作を止めて、おかっぱちゃんの顔をじっと見上げて。


「……う、ん、ありがとう」


 こくりと、うなずいたのだった。



 その後パンケーキはリルが半分食った。

「えと……あの……た、托鉢、で、できたんでしょうか……」

 まもりちゃんが指を絡めながら言った。


「というか……あの……あの人……や、優しかった……です……」

「人間、話せば優しい人は結構いるもんだ」


 いじめを受けてるとかいっても、主犯はだいたい一部の人間だ。

 クラスでは悪い人間が目立つというだけで、個別に話すとだいたい、いい奴だったりする。

 世の中は厳しいところもあるけど、優しいところもあるのだ。

「……はむ」

 ケーキをほおばるまもりちゃんは、ちょっと落ち着いたようだ。

 たぶん、友達が一人できて安心しているのだろう。

「托鉢の成果だ」

「え……いえ、あの……もうそういうことでいいです、はい……」

 まもりちゃんは諦めたように息を吐いた。


 * * *


 さて次である。

 食は満たしたら、その次は「住」だ。

 現代日本では、衣食住満たしてようやく宗教の余裕が生まれる。

「おー。やるのかー?」

「ああ。いよいよ宗教建築を開始するときがきた」

「え……な、何のことですか?」

「家が燃えたんだよね」

「はい。全焼しました」

「その焼け跡を」

 僕は続ける。



「まもりちゃんの宗教の聖地ということにして、そこで天啓を受けよう」

 


 まもりちゃんは夕焼け空を見上げてしばらく止まり、やがてあははと笑う。

 その笑いが止まった瞬間、叫ぶ。


「すみません。やっぱり絶対に何かが、というか頭が、お、おかしいと思います!」

 ほう。

「よく気付いた」

「ほめる」

「ええええええええ!?」


 頭がおかしい。

 新興宗教をつくる行為の本質とは、まさに、それなのだ。 

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