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光の呼び声  作者: とど
番外編
55/55

照らす光

 少女には常々疑問に思っていることがあった。



「うわあっ!」

「大丈夫!?」



 澄み渡る快晴の空の下、そんな爽やかな空間に響いたのは場違いな悲鳴だった。


 目の前で階段から落ちて行ったのは少女の父親だ。今日は幼稚園の卒園式で、園内を元気に走り回っていた複数の子供にぶつかられた結果、いつものように階段の途中から転がり落ちてしまった。

 少女の母が慌てて父親の元へ駆け寄り、ぶつかった園児の母親が顔を真っ青にして頭を下げている。そんな光景を間近で見ながら、もうすぐ小学生になる少女――真城あかりは人知れず溜息を吐いた。

 自分の父親は不運過ぎる。しかしそれなのにどうして母はこの父と結婚したのだろうかと。


 真城あかりは同い年の子供と比べると少しだけ大人びた子供である。物心ついた頃から父親の不憫な所ばかり見て来たあかりは、自分はそうならないように気を付けようといつの間にか用心深い慎重な性格になり、時折子供視点で誰よりも早く危険を察知して父親を助けることもあった。

 そんな不幸が日常的に舞い込む父も母と結婚している。今のあかりの倍以上の年の差夫婦である二人は非常に仲が良く、喧嘩も殆どしない。母と結婚出来たことで少ない運を使い果たしたのではないかとあかりは勝手に思っている。





「お母さん」

「ん? どうしたの?」

「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?」



 卒園式の日の、その夜。あかりは布団に入りながら隣にいる母親にそう問いかけた。あかりを寝かしつけようとぽんぽんと規則的に布団を叩いていた母は、その問いにきょとんと目を瞬かせてみせる。



「急にどうしたの?」

「だってお父さんよりもかっこよくて頭がよくて、年も近くて運がいい人だっていっぱいいるでしょ?」

「……お父さんのこともっと褒めてあげてよ」



 五歳児とは思えないシビアな言葉に母が苦笑する。子供の成長は早いというが、それにしてもあかりは本当に大人びている。

 じっと自分を見るあかりに、母親は少し考えるようにしてからぽつりと呟いた。



「お父さんはね、お母さんの光だったから」

「ひかり? ひかりはお母さんのことでしょ?」

「そうだけど、それだけじゃないんだよ」



 あかりにはまだ早いかな、と額をさらりと撫でられてあかりは不満げに頬を膨らませた。



「じゃあわたしにも分かるように言ってよ」

「うーん……少なくとも、お母さんにとってはお父さんが一番かっこよくて優しくて素敵な人だよ」



 運勢についてはノーコメントだけど、と母が笑う。



「わたしは聡一おじちゃんの方がかっこいいと思う」

「兄さん? ふふ、あかりはませてるなあ。でもあかりもお父さんの好きな所、ちゃんとあるでしょ?」

「……お父さんの絵は好き」



 あかりの頭の中に、以前花見に行った時に父が描いた母と自分の絵が思い起こされた。父が花粉症に苦しみながら何とか描き上げたその絵は、あかりの部屋に密かに宝物としてしまってある。



「あかり、そろそろ寝ないと駄目だよ。明日は卒園祝いにピクニックでしょ?」

「でも、まだ眠くない……」

「じゃあ絵本読もうか?」

「もう飽きちゃった……お母さん、何か新しいお話作って」

「えー……」

「じゃないと寝ない」



 珍しく我が儘を言って拗ねるように背を向けたあかりに、母親は少し困りながらも甘えて来る娘に嬉しく感じた。

 しかし即興で話を作れと言われてもすぐには思いつかない。彼女は急いで思考を巡らせながら「分かったから機嫌直して」と娘を自分の方へと向かせた。



「……むかーしむかーし、あるところに……」

「昔っていつ?」

「え? ……あかりが生まれるよりも前かなー」



 純粋に疑問を投げかけて来たあかりに母親は口籠りながら答えを返す。誤魔化すように娘の頭を撫でた彼女は出来るだけゆったりとした口調で話を続けた。



「あるところに……ひとりの、影しかない女の子がいました」

「……影?」

「その子は、影しかなかったので他の人には姿が見えませんでした」



 あかりが首を傾げると、母は優しく笑いながら更に続けた。



「女の子はいつもひとりぼっち。皆の足元から声を掛けますが、誰も気付いてはくれませんでした」

「かわい、そう……」

「……そうだね」



 呟きながら、あかりの言葉がたどたどしくなっていく。そして反対に、母の話はどんどん淀みなく進むようになった。



「女の子は寂しくて寂しくてたまりませんでした。寂しくて女の子は泣きました。泣いて泣いて、そして大きな水たまりができました。それでも誰も気付きません」

「……」

「けどそんな時、ひとりの男の子が現れました。その男の子は、水たまりに足を取られて滑って転びました」

「ドジ……お父さんみたい……」

「しかしそこで、ようやく男の子は大泣きする女の子の影に気付いたのです」



 うとうとしながら悪態をつく娘に、母は優しく微笑んだ。



「男の子は尋ねます『どうして泣いているの?』と。女の子は言います『誰も気付いてくれないから』と。泣き止まない女の子に、男の子は……大丈夫と笑って、『これをあげるから泣かないで』と女の子にあるものを渡しました」



「男の子がくれたのは、“光”でした」













「拓ちゃん。あかり、もう寝たよ」

「……いつから気付いてたんだ?」

「物音してたから。あかりは気付いてなかったけど」



 すやすやと寝息を立てる娘の髪を撫でながら、母親――ひかりは背後を振り返ってそこにひっそりと隠れていた拓斗に声を掛けた。何となく邪魔をしてはいけない気がして二の足を踏んでいた拓斗はようやく寝室へ入り、あかりの寝顔を覗き込んで表情を緩めた。



「あかりももう小学生か……大きくなったな」

「うん。これからもっと成長して大人になっていくんだよね……。それで、誰か好きな人とか出来てうちに連れて来るかもよ?」

「……娘さんを下さいって?」

「拓ちゃん許してあげられる?」



 面白そうな顔で問われた言葉に、拓斗の脳内でひかりによく似て成長したあかりが「お父さん私この人と結婚するから」とクールに告げる光景が過ぎった。



「……まあ、あかりが選んだやつなら文句は言わないよ」

「あれ、『娘は渡さん!』ってやらないの?」

「俺自身、年の差あるのに結構あっさり許してもらえたしな」

「小雪以外ね」

「ああ……」



 付き合っている時もそれなりに牽制されたが、いざ結婚するとなった辺りから更に噛み付かれるようになった義妹を思い出して拓斗は苦笑する。ちなみに現在はあかりにメロメロなのであまり文句は言われないようになった。



「しっかし、あかりは聡一君が好みなのか……よく遊んでもらってるからか?」

「そんな前から聞いてたの? まあでも、あかりも年上好きだったりするのかも。同い年の子よりもちょっと大人びてるし」

「あかりもって……ひかりは別に年上とか関係ないだろ?」

「そうだったね。最初は私の方が三つ上だったし……でも何にしても、あかりもいつか特別な人を見つけられるといいね」

「……ひかり」



 突然改まった様子で名前を呼ばれ、ひかりはあかりに添い寝をしていた体を起こして拓斗に向き直った。



「どうしたの?」

「俺にとっても、昔からお前は光だったよ」

「な……拓ちゃんそれも聞いてたの!?」



 途端にひかりの顔が恥ずかしさで赤くなった。思わず大きな声を出してしまった彼女はすぐさま我に返ってあかりを振り返る。何か寝言を言っているようだが目を覚ましてはいなかったようで安堵した。

 拓斗が聞いていないと思ったからひかりはあかりにあんなことを言えたのだ。しかし拓斗は恥ずかしげもなく面と向かってはっきりと告げて来る。

 昔からそうだ。本当にずるい。


 ひかりが俯いていると両肩に拓斗の手が乗った。それと同時に、ふっと額に暖かいものが触れる。



「たっ」



 かばっと顔を上げたひかりは至近距離で破顔する拓斗と目があった。



「だからあかりにも、きっとそんな存在が見つかる」

「……うん、そうだね」



 あかりという名前は、誰かを照らす明かりになれるようにと二人で名付けた。拓斗とひかり、お互いがそうであったように。



「そういえばさっきの話……」

「あれね、いきなり言われたから困っちゃったよ」

「あの続き、どうなんだ?」

「……知りたいの?」

「ああ」



 即興で考えたその話のモデルは言うまでもない。ひかりは先ほど頭の中で考えた物語を思い返しながら、あかりに語り聞かせたように続きを話し始めた。











 女の子の影の手は、恐る恐る男の子が差し出した光に触れました。するとどうでしょう。光を受け取った女の子はその光に包まれて、みるみるうちにその姿が見えるようになりました。――女の子は、人間になったのです。


 人間になった女の子はようやく泣くのを止めて、男の子に見えるようになった笑顔を浮かべました。


 それからずっと、女の子と男の子は幸せに――二人で一緒に、生きています。



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