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光の呼び声  作者: とど
幽霊少女と暮らす
5/55

5 「実は今ここに幽霊がいるんだが」

「……ふああ」



 拓斗の在籍する二年四組。その教室内で午後の授業までの休み時間、彼は本を片手に大あくびをしていた。

 『幽霊の世界』それが今拓斗が呼んでいる本のタイトルである。この本は図書館――学校の図書室ではなく地域のもの――で借りて来たものだ。というよりも学校にこんなマニアックな本はおいていなかった。

 ひかりについて少しでも情報を集めようと、ひとまず今の彼女を理解する為に読んでみようと思った拓斗だったが想像以上に小難しい内容の本に頭がこんがらがり、ついでに昼食後の状況が重なって非常に眠い。『民族的な観点から幽霊という概念は――』とうつらうつらしながら必死に文字を読み進めるが、限界は近い。



「というかそんなこと知りたい訳じゃないんだよ……」



 拓斗は一旦目次のページに戻ってそこから必要そうな場所を探すことにした。“幽霊の怪奇現象”という見出しを見つけてひとまずそこから読もうと思ったが、ページを捲る直前にふと目に入って来た文字に彼は一旦手を止めた。



「生霊……」



 どこかで聞いたことがあるなと思い記憶を辿ると、そういえば国語の授業だったなとすぐに思い当たった。あまり勉強は得意ではなく授業も真剣に聞いているとは言えない拓斗だが、その話は妙に印象に残っていたのだ。


 源氏物語の大ファンである国語の担当教師は授業中も話が横に逸れると度々その話を持ち出す。特に光源氏についての語りは熱く、本来の授業が完全に中断しかけることすらあるのだ。話を聞かされて中途半端に内容を知った気でいる拓斗からすれば、「そいつってつまりマザコンでロリコンだろ」なんて身も蓋もない穿った認識をしていたりする。恐らく担当教師に言えば非難の嵐に晒される。

 そして同じく源氏物語の話をされている途中で、その教師がふと口にしたのが生霊という言葉だった。まだ生きている人間の魂が体から抜けて外に飛び出し、場合によっては人を呪い殺すこともあるということ。



「ですから授業中に話を聞かない生徒には先生が夜中枕元に立ってるかもしれませんよ?」



 冗談めかしてその教師は言っていたが、自分の体質を嫌というほど理解する拓斗からすれば本当に呪われても可笑しくないのではないかとしばらくの間密かに戦々恐々としていた。



「……ひかりも、もしかしてまだ生きていたら」



 幽霊ではなく生霊――幽体離脱しているだけだったとしたら、体を見つければ生き返るかもしれない。

 しかしそう思いはしたものの、これはひかりには言ってはいけないなとも拓斗は思った。勝手に生きているかもなんて期待させてしまったら、いざ記憶を取り戻して……それがあまりに悲惨な結果だった場合、余計に傷つけることになってしまう。



「それにしても、あいつどこまで探検してるのやら」



 初日以降ちらほらと学校では拓斗の傍から離れているが、昼を過ぎるまで一度も帰って来なかったことはなかった。いつも戻った時は必ず声を掛けてくれるので今この教室に居ないのは確かだ。

 ひかりの声が聞こえないと、なんだか落ち着かない。


 今まで家にいても時々来る伯母や充、そして滅多にないが両親がいる時以外はずっと静まり返っていた。拓斗はそれにずっと慣れていたというのに、ひかりが来てから家の中は随分賑やかになったし拓斗自身もよく話すようになった。

 休憩中の教室という騒がしい場所に居てなお、その声がないと妙にしっくりこないような気がした。


 拓斗は目を擦って本を閉じる。何だか読む気が無くなってしまった上、これを読んでいてもひかりを理解できるとは思えなかった。収穫はない。幽霊の彼女のことで拓斗が分かっているのは結局、名前と大まかな年齢、そして桜が好きだということだけ。



「こんだけでどうしろって言うんだよ……」

「また独り言か? お前最近多いな」



 八方塞がりでどうしたものか、と考えていた拓斗の元にふらふらとのんびりとした足取りで充が近づいて来る。大方暇なのだろう。



「っていうか拓斗が本読むなんて珍し……“幽霊の世界”? お前オカルトに興味あったのか」



 まあその体質なら仕方ねえか、と拓斗の目の前にある本を拾い上げた充が勝手に納得する。拓斗は彼をちらりと見上げ、そして少々悩んだあと面白そうにパラパラとページを捲る充から本を奪い取って尋ねた。



「……西野、お前幽霊とか信じる?」

「お、マジで興味持ったのか、それとも本当に霊に取り憑かれてんのか?」

「信じる?」

「そーだなあ……正直なところ居てもおかしくないんじゃないか? そっちの方が面白いし。それにお前がここまで不運に取り憑かれてるの見てると、なんか不思議現象なんて普通にあってもおかしくなさそうだな、と」

「確かに」



 自分の不幸っぷりを怪奇現象を一緒くたにされたものの、拓斗は特に気にも留めず真顔で納得した。そして彼の返答にひとり心の中で安堵する。日頃「人生楽しいことが全て」と言い切っている男なので心配はしていなかったが、これならば大丈夫そうだ。



「実はさ――」

「拓ちゃんただいまー!」

「おわっ!」



 拓斗が話し始めた瞬間、突如彼の声を遮るようにひかりの大声が教室に飛び込んで来た。勿論驚いたのは拓斗だけだ。傍にいた充はいきなり驚いて叫んだ拓斗に「また何か巻き込まれてんのか?」と首を傾げている。



「ねえねえ拓ちゃん! 聞いてほしいことがあるの!」

「ひかり、ちょっと待ってくれ」

「? どうかしたの?」

「ひかり? おいおい拓斗、お前まさか妄想の彼女でも作ったんじゃないだろうな? ……ん? いや待て、でもさっき幽霊とか」

「西野、実は今ここに幽霊がいるんだが」

「え?」

「ん?」



 いつになくテンションの高いひかりを制した拓斗は酷く真面目な表情でひかりの声をする方を指さしながらはっきりとそう言った。



「ちょ、ちょっと拓ちゃん!」



 それに一番困惑したのはひかりだ。今まで拓斗は他の人間にひかりのことを伝えたことはなく、これからも隠していくのだろうと当たり前のように思っていたのだから。勝手にばらされて怒りが沸くことはないが、戸惑いは大きかった。むしろ拓斗が変な目で見られてしまうと彼女が不安になる。



「ひかりっていう女の子の幽霊なんだ」

「女の子!?」

「反応するのそこかよ……」



 もっと気にする所があるだろうと拓斗が呆れていると、充はきょろきょろとひかりを探すように辺りを見回す。



「どんな子だ? 可愛い?」

「さあ」

「さあって」

「俺も声しか聞こえないから分からないけど、多分ちょっと年上」

「年上のお姉さんかーいいよなあ」

「……西野君って、その、変わった人だね」

「単に煩悩に正直なだけだ」



 充には聞こえないというのに思わずこそこそとそう言ってしまったひかりに、拓斗は嘆息しながらそう返す。



「それで? 何でお前は俺にそのひかりちゃんって子のことを話したんだ?」

「拓ちゃん、それ私も知りたいんだけど」

「ああ。ひかり、勝手に話して悪かった。でも西野ならきっと協力してくれるから」

「おいおい、何の話だ?」

「西野、実はひかりは記憶がないんだ。どこに住んでたとか、家族のこととか。お前部活とかで他校にも友達いるだろ? 頼む、一緒にひかりの情報を集めてくれないか?」



 拓斗は充に向かって頭を下げる。拓斗は友人が極端に少ない。それは周囲が拓斗の不幸に巻き込まれたくないと関わり合いを避ける所為であったり、彼自身が他の人間を巻き込みたくないと必要以上に親しくなるのを避けている所為でもある。



「俺一人じゃどうにもならないんだ」

「拓ちゃん……」

「……ふうん、そういうことか」



 充は拓斗を見下ろした後、少し視線を上げて何もない空間を眺める。自分にはまったく分からないが、どうやらそこにひかりという幽霊がいるという。

 拓斗のことは何年も前から知っているが、わざわざこんなことで嘘を吐くような性格でもないのは分かっている。それに幽霊が傍にいるなんて言って不審な目で見られるのは拓斗自身なのだ。彼にメリットはない、だからこそただの事実なのだと受け止める。



「分かった、手伝ってやる」

「ホントか!」



 自慢ではないが充の交友関係は広い。伝手も多いので拓斗よりもずっと人探しには向いている。そして何より充が頷いた理由は酷く単純だ。



「お前のことならともかく、女の子が困ってるんなら勿論協力しない手はないって」

「助かる! ひかり、これで少しは手掛かりが見つかるかもしれないぞ」

「……うん! ありがとう拓ちゃん、西野君」

「ひかりがありがとうだってさ」

「あー、うん」



 充から見れば拓斗が一人で喋っているだけだ。違うと分かっていてもすぐには慣れないだろうと、曖昧な返事をして頬を掻いた。



「これで西野と話しててもひかりのこと無視しなくてよくなったな!」

「え?」

「せっかくひかりはここにいるのに、いないみたいに隠すのってなんか嫌だろ。ずっと気になってたんだよ」



 誰にも見えなくてもひかりは確かにここにいる。だから拓斗はそれをわざわざ隠して彼女の存在を否定するようなことはしたくなかった。勿論彼の周囲の人間全員にひかりのことを教えることは出来ないが、その点西野はちゃんとひかりのことを信じてくれるのではないかと思ったのだ。期待半分だったが、それは叶った。



「……お前、そーいうとこ結構いいやつだよな」

「普通だろ。……ひかり? 急に黙ってどうしたんだ?」

「え……ううん、なんでもない!」



 ひかりは慌てて返事をしながら、どうしてか気が付いたら零れていた涙を人知れず拭った。




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