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光の呼び声  作者: とど
番外編
47/55

おかえり(前編)

 とある日曜日、ひかりは目いっぱい着飾って外を歩いていた。鼻歌でも歌いそうな程機嫌のいい彼女が向かう先は初めて行く場所だが、しかし本当は初めてではなかった。


『渡したいものがあるからうちに来られるか』


 それは、数日前ひかりに届いたメールだ。相手は言うまでもなく拓斗で、ひかりは神田ひかりになってから初めて真城家を訪れることになったのだ。

 家は昔と変わらないらしい。相変わらず拓斗の一人暮らし状態であるその家に向かって、ひかりは記憶と照らし合わせながら意気揚々と歩いていた。半年以上暮らしたあの家にもう一度行けるのだ。楽しみでない訳が無かった。



「なあ、ちょっとお前!」

「え?」



 ぐいっ、と突然ひかりの腕が掴まれたのはそんな時だった。

 驚いた彼女が振り返ると、そこに居たのはひかりと同い年くらいの少年だった。日に焼けた少々浅黒い肌に短い髪、そしてくりっとした目が印象的な彼は、背に大きなリュックを背負い、少し驚いたような顔をしてひかりを見ている。



「あの、何か……?」

「お前、どっかで会ったことないか?」

「……ないと思うけど」

「ホントか?」



 疑うような目で見られるが生憎ひかりに見覚えはない。ひかりは否定するが、それでも「でもどっかで……」と考え込む彼を見る限り、下手なナンパでもなさそうだ。



「悪い、気のせいかもしれねえ」

「うん、それじゃあ」



 記憶を辿っても思い出せなかったらしい彼にひかりは軽く会釈して再び歩き出す。大通りを抜け、歩道橋を渡り、その先の信号が赤になった為立ち止まる。



「……」



 信号を待つ間、ひかりはちらりと隣を窺う。するとそこには先ほどの少年がいた。

 何故か先ほどからずっとひかりの後ろを着いて来る彼に、とうとう我慢できずにひかりは話しかける。



「あの、なんで着いて来るの?」

「違えよ! 別に着いて行ってるんじゃなくて俺もこっちに用なんだ!」



 言いがかりを付けられたのに憤慨した様子の少年は、目の前の信号が青に変わるとひかりよりも早く歩き出した。そんな彼に続いて動き出したひかりは横断歩道を渡り、住宅街を進むとまた信号で一旦足を止める。

 そして、ちらりと隣を見上げた。



「お前こそ何で着いて来るんだよ」

「私だって元々こっちに行く予定だっただけ」



 またしても同じ道を進み一緒に信号に引っかかった少年が眉を顰める。一体どこまで一緒なのだろう。

 信号が青になるとまた少年はひかりよりも先に歩き出す。そんな彼の背中を見て歩いていると、十字路に差し掛かったところでようやく少年と道が分かれた。前方で右に曲がっていく少年に、ひかりは少しほっとしながらそのまま真っ直ぐ進もうとする。



「おい」



 しかしその直後、ひかりは再び右に曲がって行ったはずの少年に腕を掴まれることになった。



「な、何?」

「……そっちは行かない方がいい」

「え? でも私こっち行かないと」

「いいから! 他の道からでも行けるだろ!」



 有無を言わさず腕を引かれたひかりはそのまま右の道へと引っ張られていく。どんどん歩いていく少年にひかりは困惑しながら彼を見上げ、そしてその背中に問いかけた。



「ねえ、どうしてあの道は駄目なの?」

「……言っても、どうせ信じない」

「そんなの分からないでしょ」



 聞いてみないと分からないし、理由も分からないままでいるのは気分が悪い。憮然としている少年にひかりが再度問いかけると、彼は足を止めて彼女を振り返り、そして小さく溜息を吐いた。



「……あの道、悪いものがいた」

「え?」

「だから! 近づくと良くない霊がいたんだよ!」



 声を荒げる少年に目を瞬かせたひかりは、頭の中で先ほどの道を思い返す。今のひかりはただの人間なので以前のように他の霊を見ることが出来ない。だからあの場に霊が居ても気付かない訳だが、どうやらこの少年は違うらしい。



「そうだったんだ」



 霊感がある人なのかとひかりが一人納得するように頷くと、しかし信じたら信じたで少年は訝しげな顔になった。



「……お前、信じるのか」

「うん」

「何でだよ。普通霊なんて、しかも初対面の人間の言うことなんて信じるはずないだろ」

「だって幽霊っているから」

「は? ……もしかして見えるのか」

「ううん、でも居るのは知ってる」



 知っているというよりも実体験だ。



「……変な奴」



 少し呆れたような顔をした少年は、それだけ言って歩き出した。ひかりに背を向けた彼の表情が少しだけ柔らかくなったことに、彼女は気付くことはない。

 少年に着いていくように歩き、そしてぐるりと回り道をしてようやく元の道の先へと到着した。その後も何故か向かう先は同じだったが、もうその頃には少年もひかりも特に何も言うことなく並んで歩くようになっていた。



「お前、名前は?」

「神田ひかりだよ」

「やっぱ聞いたことないか……」

「さっきも言ってたけど、私に何かあるの?」

「どっかで見たことある気がするんだよ。でもそれが思い出せなくて」

「ふうん。じゃああなたの名前――」

「あ、俺ここだから」

「え?」



 彼に聞いたことが無くてもひかりの方が思い当たることがあるかもしれない。そう思って少年に名前を聞こうとした矢先、彼はとある一軒家の前で足を止めた。

 ひかりにも見覚えがあり過ぎるその家、真城家の目の前で。



「ちょ、ちょっと! ここの家に用なの?」

「そうだけど」

「……真城先生と知り合い? 教え子とか?」



 気付かなかったがもしや同じ中学だったのだろうか。ひかりはそんな風に考えたのだが、彼は首を横に振った。



「いや、生徒じゃない。俺は従兄弟だ」

「従兄弟!?」



 拓斗の従兄弟。ひかりが知る限り、思い当たる人物が一人だけ存在した。



「そういうお前は」

「ね、ねえ! 名前! もしかして……大地だったり?」

「え? 何で知ってるんだよ」

「まさか!? ……お、大きくなったね大地君!?」

「は?」



 言ってからしまったとひかりは我に返った。あの可愛かった赤ん坊が、今やひかりよりも大きくなっていることを知って思わず口から出てしまったのだ。



「……お前、俺のこと何か知って」

「うちの前で何を騒いで……って、ひかりと、大地?」

「拓兄」

「拓ちゃん!」



 その時、ぎい、と軋む音を立てて真城家の玄関の扉が開かれた。やけに家の前で声がすると思い様子を窺いに出て来た拓斗は、門の前に並ぶ二人の姿を見てきょとんと目を瞬かせた。ひかりは確かに拓斗が呼んだのだがまさか従兄弟と一緒に来ているとは思いもしなかったし、そもそも大地が来るなんて聞いていなかったのだ。



「拓ちゃん大地君ってホントに大地君なんだよね!?」

「ひかり落ち着け! それと外だから口調!」

「あ」

「拓兄、こいつと知り合いなのか? というか何で俺のこと知ってるんだよ?」



 動揺するひかりと困惑する大地。その二人を交互に見た拓斗は少々疲れたように嘆息した。



「……とりあえず二人とも、中に入れ」



 ひかりのことをどう説明したものかと考えながら、拓斗はひとまず近所迷惑にならないように彼らを家に入れることにした。













「と、いう訳なんだ」

「はあ……」



 リビングで拓斗が事情を話し終えると、大地は何とも言えない表情で相槌を打った。結局ひかりと相談の上、もう洗いざらい事実を語ることにしたのだった。



「つまり、拓兄は昔ひかりっていう幽霊と一緒に暮らしてた時があって、その時に生まれたばかりの俺と顔を合わせたことがあった」



 拓斗が頷くのを見ながら、大地は次にひかりの方を向く。



「そんでひかりはその後成仏して神田ひかり……お前に生まれ変わり、偶然にもこの町に引っ越して来て拓兄の生徒になった。……と」



 ひかりがこくりと頷く。それを見た大地は「なんつう運命だよ。お前すげえな」と感心するような、呆れるような声で頭を抱えた。



「信じてくれるの? さっきの悪霊よりよっぽど真実味ないと思うけど……」

「幽霊はともかく生まれ変わった人間なんて初めて見たけど……まあ、そんなことだってきっとあるだろ。拓兄のこと思い出した執念には驚くが」

「まあその辺は元幽霊だからね。執念深くないと」

「おい」



 懐かしの幽霊ジョークに思わず拓斗が突っ込む。



「……それで、ひかりのことはこれで分かっただろうけど、大地は急にうちに来てどうしたんだ? 何か俺に用があったのか?」

「あ、そうだった。拓兄!」



 落ち着いた所で本来の訪問理由を思い出した大地は、首を傾げる拓斗に向かった思い切り頭を下げた。



「ちょっと俺を匿ってくれ!」

「は? 匿うってどういうことだ」

「えっと……まあつまり、家出して来た!」

「ええっ!?」



 潔い宣言に拓斗は勿論ひかりも驚く。特にひかりは赤ん坊の頃の可愛いイメージしか覚えていないので、まさに反抗期と言わんばかりの発言に呆然と大地を見つめてしまった。



「家出って何があったんだよ!?」

「色々あったんだよ」

「叔父さんか叔母さんと喧嘩したのか?」

「……とにかく色々あって」

「言いたくないのか」



 問いかけても答えない大地に、拓斗は小さく溜息を吐いた。そしておもむろに立ち上がった彼は「うちに居るのは別にいいけど」と口を開く。



「ただし叔母さん達には連絡するからな」

「拓兄!」

「それだけは譲らない。あんまりあの二人に心配掛けるな」

「……」



 それ以上反論しないのを確認した拓斗は電話をする為にリビングから出て行く。ひかりはそんな彼の背中を見送ると、膝の上で両手を握りしめる大地を窺った。



「あの、大地君」

「……あ」

「え?」



 のろのろと顔を上げた大地がひかりの顔をじっと見つめる。一体なんだろうかと彼女が困惑していると、彼はややあって突然「ああ!」と大声を上げた。



「思い出した!」

「え、思い出したって……ちょっと大地君!?」

「どっかで見たと思ってたんだ!」



 大地は一人納得するとひかりの腕を掴んで立ち上がる。そしてばたばたと足音を立てながら彼女を引っ張ってリビングを出て行った。



「あれだ!」



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