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光の呼び声  作者: とど
二人で生きる
39/55

39 「採用!」


「ひかり、ちょっといいか」



 拓斗が彼女にそう声を掛けて来たのは、十一月の中旬、学校が休みである日曜の朝のことだった。彼の声に、リビングでふわふわと漂ってテレビを見ていたひかりはすぐに彼の前までやって来て返事をする。



「どうしたの?」

「今日ちょっと出かけたいんだけど」

「うんいいよ。どこに行くの?」

「あ、いや……できればひかりには留守番してて欲しいんだけど」

「え?」



 留守番なんて初めて言われたひかりはどういうことだときょとんと首を傾げた。それが分かったのか、拓斗は慌てた様子で両手を振って「いや、その」と口籠る。



「最近空き巣とか多いみたいだし、ほら、ひかりがうちに居てくれると安心するっていうか」

「拓ちゃん私幽霊だよ、居ても別に防犯にならないよ」

「いや、あれだよ。もし泥棒入ったら警察に電話掛けたり」

「電話しても聞こえないって」

「俺の携帯に連絡とかできるだろ? それにいざとなったらポルターガイストとかでさ」

「……まあ、いいけどね」



 ひかりがそう言って頷くと、拓斗はあからさまにほっとしたような顔になり出かける準備を始めた。そんな彼の様子を勿論ひかりは怪しむ。

 以前強盗かもしれないなんて時――実際には拓斗の両親だった訳だが――はひかりにも危ないからと言って近寄らせなかったというのにあの発言だ。そもそも空き巣が多いなんてひかりは聞いたこともなかったし、苦し過ぎるほどの言い訳をしてでも一人で出かけたいようだ。



「じゃあちょっと行って来る」

「何時に帰って来るの?」

「あー、多分夕方までには」

「分かった。……行ってらっしゃい」



 出て行く拓斗に手を振って見送ったひかりはしばらく彼の後ろ姿を見ていたが……しかしやはり気になってしょうがなくなり、戸締りをささっと確認した後すぐに拓斗を追いかけ始めた。











「……」



 こそこそと、別に隠れる必要もないのにひかりは電柱の影から拓斗を窺って後を付けていた。声を出さなければ、もしくはうっかり動揺してポルターガイストを起こさなければ気付かれることはなく容易に尾行することが出来るので、ひかりは初めてこの体質に感謝することになった。



「それにしても……」



 ひかりは拓斗の背中を見つめながら小さく溜息を吐いた。本人は普通に歩いているつもりかもしれないが、客観的に見ているひかりからすれば危険の連続なのだ。犬に吠えられるのは当然のこと、新聞紙が飛んできて顔に直撃したり、落ちていた釘を踏んでしまったり、はたまた宗教勧誘の人間に「幸せを祈らせてください」と祈られていたり。ひかりが家を飛び出してから拓斗に追いついたのはその勧誘が足止めしていたおかげではあるのだが。

 ハラハラと拓斗を見守りながら何度も何度も「危ない!」と声を上げそうになるのを必死に堪える。危険が見えているのに教えられない歯痒さに見ていられなくなる。

 拓斗が石に躓いた所で一度小さく「あ」と声を上げてしまったが、自分のことでいっぱいいっぱいの拓斗はそれに気付かなかったようだ。



「拓ちゃん、頑張れ」



 既に拓斗を尾行する理由を忘れかけていたひかりは、聞こえないように小さな声で拓斗を応援し始めた。何だか子供のお使いを見守る親の気分である。



「よう、拓斗」

「あ、西野」



 駅近くの、この地域にしては店が密集しており賑わっている大通り。いつも拓斗と日用品を買いに来る時に訪れるそこへ足を踏み入れた彼は、前方からやって来た充を見て軽く手を上げた。

 それに気付いたひかりも、尾行の本来の理由を思い出してそっと彼らの元へと近付く。

 拓斗の用事は充と会うことだったのだろうかと思ったひかりだったが、「ここで会うなんて珍しいな」と話し掛けて来る充にただの偶然かと思い直した。



「ああ、お前も日曜日は部活もないのか」

「試合がなければそりゃあな、たまには休まねえと。うち別に強豪校って訳でもねえし。あ、ひかりちゃんも元気?」

「えっ」



 突然話し掛けられたひかりは一瞬さっと血の気が引いた。まさか気付かないうちに手を実体化させてしまっていたのだろうかと慌てて確認するが、相変わらず半透明のままだ。



「いや、今日はひかりと一緒じゃないから」



 拓斗が平然と首を振ると充は「なーんだ、ひかりちゃんいないのか」と残念そうな声を上げた。

 どうやら一緒にいると思い込んでいた発言だったらしい。驚き過ぎて寿命が縮む、と無意味なことを考えながら、ひかりは二人の会話に聞き耳を立てた。



「でも出かけるのにひかりちゃんが一緒じゃなくて大丈夫なのか? 前も学校来るだけでぼろぼろになってたろ」

「まあ、大丈夫だ」



 ちっとも大丈夫じゃない! とひかりは叫びたかった。



「それに今日は、ひかりがいるとちょっと困ることになるから」

「困る? ……あ、まさか浮気とか」

「そんな訳ないだろ!」



 明らかに揶揄う気満々の充の言葉を、拓斗は流すことが出来ずに強く反論した。……その彼らの傍らで、ひかりが密かにほっとしていたことには誰も気付かない。



「……なあ、お前今暇?」

「まあゲーセン行こうと思ってたぐらいだけど」

「ならちょっと手伝ってくれないか」

「何を?」

「ひかりの誕生日プレゼント探そうと思って」

「……え」

「ひかりちゃんの? なら断る理由はないな」

「流石女好き」

「フェミニストって言ってくれ」



 ひかりがぽかんと口を開けている間に話が纏まったらしい二人は、そのまま歩き出して傍の店に入って行った。そんな彼らをひかりは追うこともなくしばらく呆然としていたが、やがて両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

 何かを隠していると疑ってしまったことが恥ずかしいし、だが何より嬉しくて堪らない。



「拓ちゃん……」



 しばらく蹲っていたひかりはややあって立ち上がると、拓斗達が入っていった店を一瞥してくるりと背を向けた。

 尾行は中止だ。そして何よりこんな風にこそこそ後を付けている暇があれば他にやらなければならないことがある。



「――早く、完成させないと」



 途中掛けのマフラーを、一刻も早く作ってしまわないといけない。













「んで、ひかりちゃんの誕生日っていつなんだ」

「十二月十日」

「結構先じゃね?」

「だって直前に買いに行っても良いものあるか分からないし、第一勘付かれそうだろ」

「あ、やっぱり秘密なんだな」



 ひとまず傍にあった雑貨屋に入った拓斗達は、そんな会話をしながら店内を冷やかす。陳列されたジャンルもばらばらな雑貨を見ながら、充は何を選べばいいのやらと密かに困っていた。



「っていうか、ひかりちゃんにプレゼントって何にするつもりだよ」

「それを一緒に考えて欲しいんだって」

「俺よりお前の方がひかりちゃんのこと良く知ってるだろ? 何が欲しそうなんだよ」

「俺だって考えたけどさ……例えば、よく料理してくれるからエプロンとか」

「母の日かよ」

「いやそれ以前に、ひかり体までは実体化できないみたいだし」

「そもそも調理してて汚れないならエプロンとかいらねえよな」



 うーん、と悩む充の目にふと傍の棚に飾られたネックレスや指輪が目に入る。やっぱり女の子ならばアクセサリーはどうだろうか。



「ひかりちゃん手は見えるようになるだろ? だったら指輪とかどうだ」

「指輪なあ」

「彼氏から誕生日に指輪なら喜ばないはずがない。あ、むしろプロポーズか?」

「……」



 充には心配を掛けたのでひかりと両想いになったとは一応報告していたものの、こう茶化して冷やかされると言わなきゃよかったと後悔しそうになる。忘れかけていたが充は普段から拓斗の不幸を若干面白がっている節がある快楽主義者なのである。



「指輪……あー、多分駄目だ」

「何でだ?」

「実体化ってずっとやってられる訳じゃないんだよ。長い事実体化してると疲れてすぐに眠るし、指輪付けててもうっかり実体化解いてどっかに落としたら大変だろ?」

「じゃあそもそも身に着ける系はアウトか」

「後は……そうだな、部屋に飾れるものならいいのかもな。あいつの部屋何にもないし」

「は? ひかりちゃん部屋あるのか?」

「あるけどそれがどうかしたのか?」

「……いや、別に」



 軽く目を瞠った充に拓斗が首を傾げる。何を驚かれているのか分からない様子の拓斗に充も肩を竦めただけでその話題を終わらせた。


 結局この店は生活雑貨が主で置物は少なかったので、拓斗達は別の店を回ることにした。そして同じように何か良いものはないかと探すこと数件、ふと時計を見た充が「げ」と声を上げた。



「悪い、俺そろそろ帰らねえと」

「え、そうなのか? 悪い時間使って」

「いや、結局役に立たなかったしな。あとは一人で探してくれ」

「ああ。今日見つからなかったらまた次にする」

「それひかりちゃんに怪しまれないか?」

「……頑張る」



 それじゃあな、と軽く手を振って人混みに消えていく充を見ていた拓斗は、もう少し探してみようとまだ入っていない店を探し始めた。ああは言ったものの、今日だって相当苦しい言い訳をした自覚はあるのでもう一度一人で出かけるのはちょっと難しい。ひかりが叔母の家に行っている間に探せばよかったと後悔しても遅かった。


 しかしその後も目ぼしい店を回ったもののどうにも決定打と言えるものが無かった。今までひかりが欲しがったものなど食べ物しかないのだ。彼女の私物などないし好みの物がちっとも分からない。事前に何色が好きかぐらいは聞いておけばよかったと考えていると、次の店を探して立ち往生していた拓斗の目に少々ぼろい外観の小さな店が見えた。

 通りがかりにちらりと店の中を覗き込むと、何屋なのか分からないぐらいごちゃごちゃと様々な商品が見える。



「でも、こういう所で掘り出し物ってあったりするよな」



 どうせ決まっていないのだから入らないのは損だと、手動のガラスの引き戸をからからと空けると、店主らしい老人がレジの中で居眠りをしていた。



「……こんにちは」



 一応声を掛けてみると、老人は薄っすらと目を開けて拓斗を見たが、しかし「いらっしゃい……」と寝ぼけながら小さく呟いた後すぐに目を閉じてしまった。そんな様子に「帰ろうかな」とも思った拓斗は、僅かに考えて一応見るだけ見ようと店内を歩き始めた。

 店内はとても狭い。しかも積み上がった商品のおかげで視界も悪く、拓斗は気を付けながら商品を見て回った。古い書籍に真新しいオルゴール、何かのキャラクターがプリントされたTシャツ、壺、そしてブラウン管のテレビ。まるで統一性のないそれに苦笑しながらきょろきょろと首と目を忙しなく動かしていた彼は、店の一番奥まで来たところで一つの商品に釘付けになった。



「あ――」



 これだ。

 一瞬にして拓斗の脳内で「採用!」と声が上がり決定が下される。迷うことなくその商品を手に取ろうとした拓斗は、次の瞬間自身の右側から崩れ落ちる身長よりも高く積み上がった本達に思い切り押しつぶされた。


 その音に、寝こけていた店主が飛び上がるようにして目を覚ました。













「ただいま……」



 ぐったり、と満身創痍という言葉の例になりそうな状態で帰って来た拓斗は足を引き摺りながら何とか靴を脱ぎ、ずきずきと痛む全身に顔を歪めた。

 通りがかりにひかりの部屋である和室を見ると戸が閉まっている。どうやら彼女は自分の部屋に籠っているらしかった。



「ひかり、ただいま」

「っ拓ちゃんちょっと待って!」



 こんこん、と戸をノックしながら帰って来たことを教えると、何故か中から酷く焦ったようなひかりの声が聞こえて来た。そしてがたがたと何かの音がしたかと思えばすぐに戸は開き、特にいつもと変わらない和室が見えた。



「拓ちゃんおかえり……って、なんでそんなに酷いことになってるの!?」

「あー、うん、ちょっと」

「全然ちょっとじゃないよ! 早く救急箱持って来ないと!」



 救急箱を取りに行ったらしくひかりの声が離れていく。そんな声を聞きながら、拓斗はそっと右手に持つ紙袋を撫でて小さく笑った。何とか無事に守りきったそれを、ひかりに渡す時のことを考えながら。



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