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光の呼び声  作者: とど
二人で生きる
38/55

38 「ホント、反則……」


「なんか、違うよなあ……」



 中学の美術の時間、拓斗は部活の時と同様、スケッチブックと向き合いながら首を傾げていた。

 美術の授業は基本的にかなり自由である。というのも担当の山田が自由だからということに他ならない。好きな場所でスケッチをして来いということで、拓斗が今いるのは人気のない裏庭である。春の頃とは違い桜の葉も徐々に色付いて来ており、初めは桜をスケッチしていた拓斗だったが、不意に思い立って別のページを捲って鉛筆を走らせていた。


 拓斗が視線を落とす先に描かれているのは黒髪の少女だった。以前顔が分からないから、と途中で絵を止めていたことを思い出して改めて描いてみたのだが……どうにもひかりらしくない気がした。そもそも拓斗が彼女の顔を見たのはテレビに映された生前の写真だけなのだから記憶が曖昧でも仕方がない。

 しかしそれにしたってどうにも拓斗の知る“ひかり”の雰囲気が全く出せない。やはり笑顔じゃないからだろうか。



「笑ってる写真とかどっかに残ってないのか……」

「拓ちゃん何描いてるの?」

「何って……うわあっ!」



 突然話し掛けられた拓斗はそのまま返事を返そうとして、しかしそれがひかりだと気付くと飛び上がるように驚いた。そして大慌てで元のページへと戻して絵を隠した。別に見られて困る訳ではないのだが、何となく気まずい気がした。



「何隠したの?」

「別に隠してないって!」

「……怪しい」

「怪しくない、ただ風景スケッチしてただけだ。……そういえばひかり、前に実体化したら絵描いてみるとか言ってなかったか? ひかりも描いてみたらどうだ」



 ひかりの疑う声に話を逸らそうと拓斗は思い出したように話題を変えた。実際に以前そんなことを言っていたのだしと考えながら提案してみると、彼女は妙に不機嫌そうな声で「描かない」と即答したのだった。



「何でだ?」

「思い出したから言うけど、私……絵描くの滅茶苦茶下手なの。もう幼稚園児かっていうくらい」

「それ逆に見てみたい」

「嫌だからね! 特に拓ちゃんみたいな絵が上手い人には絶対に見せないから! ……って、そうだ。すっかり忘れてた」

「何を?」

「拓ちゃん、トリックオアトリート!」



 これを言いに来たんだった、と楽しげにそう言ったひかりに、拓斗はそういえばと今日の日付を思い出す。十月三十一日、所謂ハロウィンの日である。



「さっき他の子が言ってたの見て思い出したの」

「あー、何か流行ってるよな」

「拓ちゃんノリ悪いよ」

「だってちょっと前まで何もなかっただろ? いきなりやれって言われても」

「ほら、せっかく仮装でもない本物の幽霊がいるんだからやらなきゃ損だよ!」

「……ひかり、お前なあ」



 ちょっと前から思っていたが、ひかりはたまに自虐的というか、返すのに困る幽霊ジョークをちょいちょい入れて来る。



「いや、でもひかり……お菓子いるのか?」

「ううん、だから悪戯一択だよ!」

「張り切って言うなよ……。で、何するつもりなんだ?」

「え?」

「え、って考えてなかったのかよ」

「とりあえず言わなきゃって思ったから……」



 拓斗が呆れていると、うんうん唸って考えていたひかりが悩み抜いた末に「何がいい?」と尋ねて来た。当然だが悪戯なんてどれも嫌に決まっている。



「いざやろうとすると思いつかないものだね。……他の子達の参考にしてくるからちょっと後にするね」

「そうか……」



 それだけ言ってひかりはどこかへ行ったのか何も聞こえなくなる。いきなり来ていきなり去ったひかりに拓斗は小さく溜息を吐いた。



「あいつやたらと張り切ってたなあ……」



 そこまでハロウィンが楽しいのか。無邪気なのは初対面の時から感じていたが、そういう所が一向に年上に思えない原因なのである。

 ……きっと今の楽しげな表情が見られたらさぞかし筆が進むだろうなと思いながら、拓斗は再びスケッチブックに向き合った。













「うーん……」



 拓斗と離れてからしばらくの間休み時間になる度に他の生徒を観察していたひかりだったが、その結果は芳しくはなかった。

 何故かというと、皆口を揃えてお決まりの台詞を言うというのに実際は教師に隠れてこっそりお菓子を交換しているだけなのである。仮にお菓子を持っていなくても悪戯はせず、ハロウィンというよりかはバレンタインでの友チョコの交換の方が近い。



「拓ちゃんに悪戯……下手なことすると二次災害生みそうだしなあ……」



 拓斗を傷付けることは勿論却下で、しかし何もしないというのはちょっとつまらない。生前ハロウィンなんて参加したことがないのだからひかりだってちょっとくらいハロウィンの雰囲気を味わいたいのである。



「トリックオアトリート」



 そんなことを考えているとまたどこかでそんな声が聞こえて来た。今までの殆どが女の子だった為珍しく聞こえた男子生徒の声に、ひかりはふよふよと移動してその声の主を探そうとした。



「なあ、トリックオアトリートって言ってるだろ?」

「……」

「無視するなよ、後輩」

「あ」



 ひかりが声のした方へと向かうと、そこには四人の男子生徒と彼らの傍に絵里香と和香子がいた。いかにも揶揄うような口調で二人に話しかける男子に対して、絵里香達は相手にしないようにその場から去ろうとしている。が、にやついた他の男子生徒によって行く手を阻まれてその顔を嫌そうに歪めていた。

 そして何よりひかりが目に留めたのは、四人の男子生徒達の顔だった。



「拓ちゃんをいじめたやつら!」



 四人は春に拓斗に絡んで来た三年の男達だった。たった一度遭遇しただけだが、拓斗を殴った男達をひかりはしっかりと記憶に刻み込んでいた。また拓斗に関わって来ないようにと要注意人物として彼女の頭の中のブラックリストに連なっている。



「いや、言い直すか。トリックオアトリック?」

「それ聞く意味なくね?」



 げらげらと下品な笑い声を出す男子達に対して、絵里香は和香子を庇うように前に出て気丈な表情で睨みを聞かせている。相手にすれば余計に付け上がらせると分かっているのかその口はしっかりと閉じられていた。



「ど、どうしよう」



 絵里香と和香子がピンチだ。周囲には他の生徒もいるというのに、皆ちらちらと様子を窺うだけで誰も助けようとしない。誰か先生が居ればと思うがここは職員室からも遠く偶然に通りかかるのを待つのは分が悪かった。

 どうにかしようにもこんな所で派手にポルターガイストを起こす訳にも行かない。ひかりは必死に思考を巡らせ……そして、意を決して彼らの元へと飛び出した。



「じゃあどんな悪戯にしようか――」

「トリックアンド、トリックー!」



 両手の指だけを実体化させたひかりはリーダー格の男子の懐に飛び込むと、勢いよくその脇腹をくすぐり始めた。



「なっ、うひゃああああっ! 誰だあ!?」

「いきなりどうしたんだよ!?」

「指が、指が!」



 いきなり奇声を上げて暴れ始めた仲間に他の男子が困惑する。そしてそのうちの一人がどこからか現れた指が脇腹をくすぐっているのだと気付くと、余計に彼らは混乱を極めた。



「なんだこれ!?」

「おいお前ら早くこれ取れよ!」

「嫌だよ怖えよ!」



 暴れる男子達とは裏腹に、遠目から窺っていた生徒達にはひかりの指までは確認することが出来ず、一体何に騒いでいるのか誰も分かっていない。



「和香子、一体何が」

「いいからとにかく離れよ!」



 そんな中、傍でそれを見ていた和香子は咄嗟に絵里香の視界を塞ぐように場所を入れ替わり、混乱に乗じて男子達から距離を取った。



「お前ら何騒いでいる!」



 そんな異様な光景の中、ざわつくその場を一喝し静まり返らせたのは急ぎ足で現れた樋口だった。その傍らには一人の女子生徒がおり、彼女は慌てた様子で絵里香達に駆け寄って心配そうに声を掛けた。樋口を呼んで来たのは彼女らしかった。

 樋口が現れるとひかりもすみやかにくすぐるのを止めて実体化を解いた。そして後に残るのは混乱していた男子達だけだ。証拠隠滅もばっちりであった。



「女子に絡んでいたらしいな、おまけにこんなに騒いで……受験生だという自覚はないのか!」

「いや先生、指が!」

「は?」

「お化けの指が俺をくすぐってたんだって!」

「お化けなんている訳ないだろうが!」



 男子達が一斉に捲し立てるようにそう訴えるものの、図らずともこの場にいるのは樋口である。勿論信じるはずもなく「全員指導室に来い! 根性叩き直してやる!」と怒鳴った樋口は男子達を引き摺るようにしてその場から消えて行った。

 騒がしい人間が居なくなると一時的にその場は静まり返ったものの、すぐにざわめきが戻り、学校らしいいつもの喧噪が周囲を包み込んだ。



「上手く行った、かな」



 ほっと溜息を吐いたひかりは友人に囲まれている絵里香と和香子を見ると、小さく笑って背を向けた。



「……」



 心配する友人に大丈夫だと笑っていた和香子は、不意に黙り込むとちらりと先ほどまで男子が騒いでいた廊下を友人の肩越しに窺った。今は別の生徒が通り掛かっているそこをじっと見ていた彼女は、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。



「ひかりちゃん……だったんだよね」



 混乱する男子達の隙間から微かに見えた白い指に、見えない彼女を思い描いた。















「たーくちゃん! 改めて、トリックオアトリート!」

「うわあっ! ちょ、ひかり!」



 学校が終わり、場所は変わって自宅だ。ソファに寄りかかっていた拓斗の背後から大きく声を上げたひかりは、手を実体化させて拓斗の体をくすぐり始めた。



「や、止めろっ」

「……じゃあ、これくらいで勘弁しようかな」



 身をよじりひかりの手を掴んでギブアップの声を出した拓斗に、ひかりは笑顔で手を止めた。怖がることなく、躊躇いもなく自分の手を掴んでくれた拓斗に改めて喜びを感じながら。

 はあはあ、と息を荒くしてぐったりとソファに伏した拓斗は少々恨みがましい目でひかりがいる辺りを軽く睨み付けた。



「悪戯ってくすぐりかよ……」

「さっき色々あって思いついたの」

「まあ、酷い悪戯じゃないからいいけどさ」



 よろよろと体を起こした拓斗は疲れたように嘆息した後、ふと思い立ったように顔を上げた。



「ひかり、トリックオアトリート」

「え? ……さっきは全然乗り気じゃなかったのに」

「何かやられっぱなしだとな」

「じゃあ何か甘い物でも作って……あ」

「どうしたんだ」

「悪戯の方でいいよ」

「は?」

「できるものならやってみろってことで!」



 へへん、と何故かやたらと今日テンションが高いひかりは威張るようにそう言った。確かにひかりに物理的な悪戯は不可能である。



「……」

「じょ、冗談だよ。何かお菓子作るから、拓ちゃんは何が――」

「ひかり」



 拓斗がしばらく黙っていると、ひかりは少し狼狽えたように手を振って口を開いた。が、その言葉を遮るように、拓斗は彼女の名前を呼んで実体化していた片手を両手で握りしめた。



「愛してる」

「ひ、」

「ひ?」

「ひゃああああっ!」



 動揺で実体化が解け、握っていた手がふっと消える。それと同時にリビング中の物ががたがたと揺れ始めるのを見た拓斗は「あ、やりすぎた」とぼそりと呟いた。



「た、拓ちゃんそれ反則……」

「何か悪い」

「いや悪くないけど! 悪くはないんだけど! でも反則だって!」

「できるものならやってみろって言っただろ」

「ぐう……」



 ひかりのあまりの動揺っぷりに恥ずかしい気にならずに済んだ拓斗は面白がるようにそう返してひかりを黙らせた。



「ホント、反則……」



 リビング中の物が大人しくなるまで、それから数分はかかった。



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