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光の呼び声  作者: とど
二人で生きる
35/55

35 「なんだか妹が出来たみたい」


「本当に助かったわ、ひかりちゃんありがとう」

“いえ、お役に立てたなら嬉しいです”



 叔母が大地の世話をしている間にひかりは掃除をしたり、洗濯を手伝ったりとしっかり働いた。いつもの半分の時間で終わった上、大地から目を離さずに済んだと大喜びの叔母にひかりも釣られるようにして笑った。



「じゃあそろそろ買い物に行きましょうか」

“何を買うんですか?”

「勿論手芸店で毛糸と針を見るのよ?」

「え……」



 まだ手伝いを始めたばかりだというのに早速報酬をもらってしまってもいいのだろうか。ひかりがそんな疑問を書いて見せると、叔母はスケッチブックを覗き込んでにこりと笑った。



「ひかりちゃん編み物初めてなのよね? 先に買って編み方を教えておいた方がいいかと思って。それに、私もそろそろ冬に使うものを編み始めようと思ってたからちょうど買いに行くつもりだったの」



 実は結構編み物が得意なのだと言った叔母に、ひかりは勿論“お願いします!“とでかでかと文字を書いた。

 家を出る前に、叔母とひかりはまず外での意思疎通の方法を話し合った。拓斗とは違いひかりの声を聞くことが出来ない叔母との会話は外では難しい。まさかこのままスケッチブックを宙に浮かせて歩く訳にもいかず、いくつか決めた合図をこっそり手を実体化させて行うことになった。


 家を出て、先ほどひかりが乗って来たのと同じ路線のバスに乗り込む。通勤ラッシュの過ぎた平日の午前中であるため乗客は殆どいないが、だからこそ不審な行動をすると目立ってしまう。バスを降りるまで実体化もせずに大人しくしていたひかりに、ようやくバスを降りた叔母は「ひかりちゃん、いるのよね?」と思わず小さな声で尋ねた。

 ひかりがこっそり手を実体化させて見せると、やはりすぐには慣れないのか「ひっ」と叔母が驚いてしまった。



「ここを歩くのも久しぶりだわ……」



 大地が生まれてから出掛けた場所といえば近場のスーパーに行くぐらいで、殆ど遠出をしなかった叔母は懐かしむように呟きながら手芸店を目指して歩く。ひかりはそんな叔母とベビーカーに乗せられた大地を見守りつつ周囲に気を配っていた。拓斗の時のように気を抜くとすぐに危なっかしい事態に陥る訳ではないが、それでも危険な自転車や車が来ないようにと辺りをきょろきょろと窺う。



「あ……」



 ひかりが人知れず小さく声を上げたのは、叔母が踏切に向かって足を進めていた時だった。



「叔母さん!」



 手を実体化させたひかりがそっと叔母の袖を引く。出かける前に決めた「待って」という合図だ。



「ひかりちゃん……?」



 振り返った叔母の腕を掴んで更にぐいぐいと引っ張る。そんなひかりに何かあっただろうと察した叔母は彼女の従うようにベビーカーをくるりと反転させて腕の引かれる方向へと引き返した。

 踏切から少し離れた街路樹の下まで来ると、ひかりは腕を放して今度は彼女の鞄を示した。その合図に叔母が鞄を開けて携帯を取り出し、そしてメモ帳を起動させる。



“あの踏切、危ないです。何か黒いものがいます”



 ひかりが叔母の持つ携帯の画面にそう打ち込んでみせると、叔母はどういうことだろうかと首を傾げた。



「黒いもの?」

“あまり良くない霊です。……その、大地君を見ているようでした”

「え――」



 さっと叔母の顔が青くなる。そして慌ててベビーカーの中の大地を覗き込んだ。きょとんとした我が子が何ともないのを確認してほっと息を吐いた彼女は、不安そうな表情を浮かべた。



「そういえば少し前に踏切事故があったとか聞いたような……」

「それってもしかして」



 ひかりは思い出したように小さく呟く。もしや拓斗と共に以前この町に訪れた時の話ではないかと。



“とにかく、別の道から行った方がいいです。私ではあの霊をどうにかすることは出来ないので……”

「分かったわ、あの人が帰って来たら相談してみる。知り合いに除霊できる人がいるから」

“除霊、ですか”

「ああ勿論、ひかりちゃんのことをその人に伝えることはないだろうから大丈夫よ」



 不安げな表情を和らげてひかりを気遣うように言った叔母が歩き出す。そしてひかりも一緒にその隣に着いていくと、ふわふわと浮かんで移動するひかりが面白いのか大地が楽しそうに大きな目でひかりを見つめていた。



「……ひかりちゃんが居てよかったわ」

「え、えっと、ありがとうございます」



 独り言のように呟かれたその言葉にひかりは、聞こえない、見えないと知っていても咄嗟にそう言っておずおずと頭を下げてしまっていた。






 それから手芸店を訪れたひかり達は携帯で細々とした話し合いをしながら毛糸と編み針を選んだ。ひかりが拓斗にマフラーを編みたいというと、叔母は嬉しそうな顔をして喜々としながら彼に似合いそうな毛糸を選んでくれた。



「拓斗君には少し落ち着いた色の方が合うわね」

“あと汚れが目立たなさそうなやつがいいですよね”



 二人の話し合いで決まったのは赤茶系統の色の混じった毛糸だ。必要な分よりも少し多めに毛糸を購入してくれた叔母に何度も何度もお礼を言って――画面に打ち込んで――手芸店を出た。





「そうそう、その目に通して……」

「こうですか?」



 自宅に戻ったひかり達は昼食の後に早速編み物を始めた。……勿論ひかりは食べていないのは言うまでもない。

 大地が傍で昼寝する中、彼を起こさないように小さな声で叔母は宙に浮かぶ手に向かって編み方を教えていく。もうその頃にはひかりの手にまったく驚かなくなっていた彼女は、教える通りに一つ一つ針を通していく手を微笑ましげに眺めていた。



「なんだか妹が出来たみたい」

「え?」



 叔母の言葉にひかりが手を止めると、それに気付いた彼女は「あ、急にごめんね」と苦笑した。



「私末っ子でそれに姉さんとも歳が離れてたから妹とか弟が欲しかったの。まあ弟みたいな子はいたけどね」

“それって拓ちゃんですか?”

「そう。姉さんはあの頃から忙しかったから、拓斗君がこっちに居た時は結構私が面倒みてたの。私はまだ学生だったしね……拓斗君、本当に大きくなったわね」



 叔母も自分の編み物を進めながら、どこか感慨深げにそう言った。



「拓斗君、あの体質でしょ? だからちゃんと無事に大きくなれるのか正直ずっと心配だったの。でも今はもう私の身長と同じくらいにまで大きくなって、それに捻くれずにいい子に育って……」



 そこまで話していた叔母が言葉を切って小さく俯いた。途中掛けの編み物を膝に置いて片手を目元にやった彼女に、ひかりはそっと彼女の背中に手をやった。



「ありがとう、ひかりちゃん」



 顔を上げた彼女はそっとひかりのもう片方の手に触れた。今まで幽霊だということに僅かな恐れを感じて触れていなかったその手は、体温は無かったが優しい手だった。



「……拓斗君は、いい子に出会ったわね」













 そのまま残りの家事を手伝ったり空いた時間で編み物を進めていると時間はあっという間に過ぎて行った。眠りについた大地と共に美代が寝室へ引き上げていくと、静まり返ったリビングでひかりは編み物の手を止めた。



「……はあ」



 何となく溜息を吐きながらひかりは立ち上がる。この家にひかりの部屋は無く、眠る場所についても何も言われなかった。そもそもひかりが眠ること自体を知らないのだろうし、知っていたとしても実体を持たない幽霊にわざわざ部屋を用意するなんてしないだろう。普通に考えれば拓斗の方が可笑しいのである。


 どうしようかと思ったひかりが向かったのは屋根の上だった。外に出たひかりはふわりと体を浮かせて屋根に上ると、膝を抱えてその場に座り込む。拓斗の家がある町よりもいくらか都会らしいこの町はまだまだ光が多く点在しており、時折バイクや車の騒音が耳に入って来た。



「拓ちゃん……」



 拓斗とこうして離れて一日を終えるのはひかりが彼に出会ってから初めてのことだ。以前ひかりが部屋に引き籠った時だって家の中には拓斗がいた。

 まだ明日もひかりはここで過ごす。拓斗の叔母は好きだし勿論大地だって可愛い。それに叔父の提案を受け入れたのはひかり自身で、後悔だってしていない。

 だがそれでもひかりの心の中は寂しさでいっぱいになっていた。



「早く、会いたいな」




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