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光の呼び声  作者: とど
二人で生きる
26/55

26 「ああ、見たのか」


「それでは、全員第三希望まで書いて今週末までに提出しなさい」



 担任はそんな声と共にプリントを配り、そして「解散」と言い残して教室を出て行った。これで今日の授業は全て終了である。

 途端に騒がしくなる教室内で、拓斗は今しがた配られた一枚のプリントの目を落とした。



「拓ちゃんそれどうするの?」

「そーだなあー」



 配られたのは、職業体験学習の希望用紙だった。学校周辺にある仕事場に二日間職業体験に行く授業で、希望する職業を第三希望まで書かなければならない。

 一覧に書かれている職場は様々だ。スーパーに自動車会社、パン工場に図書館、更には牧場もある。「面白そうだね」と背後からプリントを覗き込むひかりの声を聞きながら、拓斗はおもむろにペンを手に取って第一希望の欄を埋め始めた。



「とりあえず第一はまあ、これだな」

「病院……拓ちゃん医者になりたいの? お父さん達と一緒?」

「なりたい、というか二人の仕事がどんなのか知りたいなって。まあ父さん達のやってることとは大分違うだろうけど。……あとはどうするかな」

「へえ、拓斗病院にするのか」



 出来るだけ命の危険が少なそうな職場――牛に轢かれたり機械に巻き込まれたりしない場所を、と拓斗が考えていると、彼の席にやって来た充がひかりと同じように拓斗の希望用紙を覗き込んだ。



「でもお前の頭で医者とか無理じゃね?」

「いきなり来てうるさいな。俺だってなろうと思ってる訳じゃないし、それに俺より成績悪かったお前に言われたくない」

「あー、なんかお前急にテストとかいい点取るようになったよな」

「ひかりが勉強教えてくれるからな」

「可愛いお姉さんに付きっ切りで教えてもらうとかくっそ羨ましい」



 拓斗の癖に、と僻む充は数日前のあの事件の報道の後も、以前と全く変わらない態度でひかりに接している。変に気を遣うこともなく、しかし記憶については一切尋ねない彼にひかりと拓斗は内心安堵しながら彼と話が出来た。

 しかし安堵していたのは充も同じだった。記憶を取り戻したひかりにどう接したらいいのかと考えていた充だったが、始業式の次の日拓斗はごく当然のようにひかりと共に学校へやって来た。鞄を持つ方とは逆の手で密かにひかりの指を握りしめている拓斗を見て、そして彼の影からこっそりとひらひら自分に振られる手を見て、充もいつも通り声を掛けることに決めたのだ。



「って、そうだ。そんなこと話しに来たんじゃなくて」

「何だ?」

「和香子ちゃんが呼びに来てるぞ」

「瀬田が?」



 ちらりと拓斗が教室の入り口を見ると、少し落ち着きのないように見える和香子が拓斗達の方を見ていた。それに首を傾げながら拓斗は立ち上がると一体何の用事だろうかと考えながら彼女の元へと向かった。何しろこれから部活なのだ、用ならその時でいいはずである。



「あ、久しぶり真城君」

「久しぶり。何かあったか? また部活休みになったとか」

「違う、けど……あの、ちょっと今いい? すぐに終わるから」

「? いいけど」



 うろうろと視線を泳がせながらそう言った和香子に拓斗は頷いて、そのまま促されて彼女の後ろを着いていく。すぐに終わると言ったので鞄は後でいいだろうと教室の中を振り返りもしなった拓斗は、充は興味津々に二人を見ていたことも、そしてこちらは振り向いても分からなかったが、ひかりが不安そうな顔をしていることにも気付かなかった。

 少し歩いた先の少人数授業で使う教室へ入ると、和香子は自分を落ち着かせるように大きく息を吸った。その姿にただ事ではないんじゃないかと疑い始めた拓斗は、何を言われるんだとはらはらしながら目の前に立つ彼女の言葉を待った。



「あの、さ……」

「うん」

「真城君って、夏祭り来てたよね?」

「ああ。部長か西野にでも聞いたのか?」

「……ううん、私が真城君を見たから。それで、その……」

「?」

「真城君が誰かと手を繋いでたのを見て……その、手首から先がなくて。あれは」

「ああ、見たのか」

「え?」



 和香子が恐る恐る尋ねた言葉に、拓斗は予想以上に平然と頷いた。

 拓斗にとって知られてはまずいことなのではないか、だけど気になって仕方がない。夏祭りから和香子はずっとそう思って拓斗にあの時の光景を尋ねるべきか否か悩んでいたというのに、拓斗はまるで動揺した様子の欠片も見受けられない。



「瀬田ってさ、非科学的なこと信じる?」

「非科学的って、例えばどういう」

「幽霊とか」



 幽霊、と聞いて和香子は即座にあの時見たものの正体がそれだったのではないかという結論に至った。彼女に霊感などないし怖い話も苦手だが、しかしあの時の手首を思い出すと自分の見間違いだとは思えなかった。だからこそずっと拓斗に聞いていいものかと悩んでいたのだから。



「部長みたいに苦手だったりするか?」

「絵里香ほどじゃないけど……でもあの時見たのがそうなら、信じるよ」

「そっか。だったら瀬田にも紹介するか。おーい、ひかりー」



 突然拓斗が和香子から視線を外すと、背後を振り返って誰かを呼び始めた。しかし「あれ、もしかして着いて来てなかったか……?」ときょろきょろと周囲を見回し始める。



「……拓ちゃん」

「あ、よかった。教室で待ってたかと思った。瀬田にひかりのこと紹介しようと思うけどいいか?」

「うん……」



 そんな拓斗が探していたひかりはというと、拓斗から少し離れた場所で様子を窺っていた。和香子が拓斗に何を言うのか不安になった彼女は付いて来たはいいものの、間近でそれを聞く勇気が出ずに――実際ひかりが想像していたような話ではなかったが――見えもしないのに隠れてしまっていたのだ。

 名前を呼ばれて恐る恐る彼の元へ近寄ったひかりは、困惑した様子の和香子に目を向けて少し複雑な表情を浮かべた。



「あの、真城君?」

「夏祭りに一緒に行ってた幽霊のひかりだ。……この辺りにいるんだけど」

「いるって……見えないけど」

「手とかだけ実体化できるんだ。ひかり、お前は知ってると思うけど同じ美術部の瀬田和香子だ」

「あの、こんにちは」



 そっとひかりが手を実体化させると和香子は咄嗟に悲鳴を上げそうになった。しかしぎりぎりで堪えた彼女は恐る恐るといった様子で突然現れた手を見つめ、「やっぱり見間違いなんかじゃなかったんだ……」と呟いた。



「でも真城君、私に言ってよかったの?」

「ああ、隠すことでもないし。それにひかりも女の子の知り合いが欲しいかなと思ってたから」

「……そっか」



 幽霊と一緒にいることを“隠すことでもない”と言った拓斗に和香子は少し驚いた。そしてそれと同時に自分に話したのは幽霊である彼女の為で、別に和香子が特別だったからではないと理解してしまった。

 それだけひかりという子のことを大切にしていると分かってしまって、心の中に暗い感情が過ぎったのが嫌でも感じてしまう。



「あのさ拓ちゃん、私ちょっと先生の所行ってくるね」

「ん? 分かった」



 お互いに複雑な感情を抱いていた彼女達だったが、先にそう言ってその場から離れたのはひかりの方だった。彼女がいなくなれば当然彼らは二人になる。――傍から見れば最初からそうだったのだのはひかりだって分かっていた。



「悪い、ひかりちょっと他の所行っちゃったけど」

「え? ううんいいけど……。あの、真城君」

「何だ?」

「ひかりちゃん、って……もしかして今よくテレビで言ってる事件の」

「……ああ」



 確かにあの事件はひかりの遺体があの山に埋められていたこともあって学校内で大分噂になっていた。だからこそ、ひかりという名前と、そして幽霊――死んでいるというところから分かっても不思議ではなかった。



「じゃあその、半年前からずっと……?」

「よく分かったな」

「だって真城君、二年になってからよく何もない所見てたり、独り言言ってる時多かったから」



 当然のようにそう指摘されて拓斗は少し目を瞠った。確かに拓斗はひかりと話す時に徹底的に周囲にばれないように気を遣っていた訳でもなく、可笑しいと思う人には思われていただろう。だが同じクラスでもなく部活中も一人一人集中することの多い美術部でしか会わない和香子にまでばれているとは思わなかった。



「……テレビとかで好き勝手に色々言われてるけどさ、ひかりは普通の、優しいやつだよ」



 テレビでひかりのことを知ったのなら、彼女についてはマスコミが勝手に報道しているような情報と印象を持っているだろう。



「俺が危ない時にいつも助けてくれて、根気よく勉強を教えてくれて。ちょっと食べ物への執着が強い所あるけど……俺の為に怒ってくれたり、風邪引いた時にずっとそばにいてくれたり、優しくて頑張り屋な子だ」

「……ひかりちゃんのこと、好きなんだね」

「ああ」



 思いつくままに話してしまった拓斗は少し照れながら和香子の言葉に即答する。目を逸らしてやや俯いた和香子に、語り過ぎて呆れられてしまっただろうかと思っていると、不意に彼女は顔を上げて不安げに視線を揺らしながら口を開いた。



「それは、女の子として?」

「――え?」

「ごめん、なんでもない! ……そう言えば私、絵里香に早く来いって言われたんだった!」



 先に美術室行ってるね! と捲し立てるように早口で言った彼女は、拓斗が返事をする前にあっという間に教室を出て行ってしまった。

 和香子の背中を何も言えずに見送った拓斗は、彼女の言葉を頭の中で反芻し理解し……そして、思い切り困惑した。

 ひかりを、女の子として好きなのか。



「ええ?」



 拓斗のその質問に、答えを出せなかった。




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