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光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
22/55

22 「照れてない!」

「さあ拓斗、好きなもの何でも買ってあげるから言いなさい」

「急にそんなこと言われても……」

「ほら拓ちゃん、拓ちゃんの好きなテディベアあるわよ!」

「一体何歳の時の話だよ!?」



 昼から真城家が揃って訪れたのは大型ショッピングモールだった。多くの店が立ち並ぶここで拓斗の誕生日プレゼントを買うことになったのだが、突然欲しいものと言われて拓斗は急に思いつかなかった。

 彼が考えている間に彼の母親は構わず次々と商品を彼の元へと持ってくる。が、どれもこれも今の拓斗が欲しいとは思わないものばかりだ。一年以上離れて暮らしているのだから仕方ないといえばそうなのだが、それにしたってテディベアや玩具はない、と拓斗は肩を落とした。



「……別に、無理に買わなくても」

「何言ってるの、せっかく拓ちゃんの誕生日だっていうのに」

「だってそんなすぐに思いつかないし、それに」



 言い掛けた拓斗がそこで言葉を切った。少し言いにくそうに目を泳がせた彼は今までよりも少し声を小さくして呟くようにその先の言葉を口にする。



「……帰って来てくれただけで十分だから」

「拓ちゃん!」

「うわっ」



 直後、がばっと勢いよく拓斗の母が彼に抱き着いた。



「く、くるし……っていうか他の人が見てるから!」

「寂しい思いをさせてごめんなさいね、今までの分沢山抱きしめるから!」

「いやだから苦しい……」



 ぎゅうぎゅうと抱きしめられている拓斗は身を引こうとするが力が強すぎてまるで身動きが取れない。夏休みで混雑しているショッピングモール内で通りがかる人々にちらちらと視線を送られた拓斗は、必死にその目から逃れるように俯いた。



「拓ちゃん顔真っ赤だよ」

「ひかり、うるさい……」

「照れちゃって可愛い」

「照れてない!」



 まるで説得力のない顔でそう怒鳴られたひかりは、にこにこ笑いながら「可愛いなあ」と繰り返した。やはり両親を前にすると拓斗は少し幼くなるように思えた。

 結局その後拓斗の意志に反して彼の両親によっていろいろなものが買い揃えられた。流石に彼が本気で「いらない!」と拒否したものは名残惜しそうに棚に戻されたが、それでも部活で使用する画材などは素直に喜んでいた。


 そして夕飯の買い物を済ませると、最後に拓斗達が向かったのは食料品売り場に隣接していた洋菓子店だった。ここでケーキを買ってから帰宅する予定だ。



「うわあ、綺麗……」



 店の前まで来るとひかりはケーキの入ったショーケースに顔をぐっと近づけて嬉しそうにガラス越しにケーキを見つめた。



「拓ちゃん、どれにするの?」

「蝋燭もちゃんと十四本買ってあるぞ」

「この年になって火消すのとかいいんだけど……」



 しかもしっかり年齢分である。



「それじゃあ、このケー」

「すみません、これ一つ」

「はい、少々お待ちください」



 拓斗が指を差し掛けたチョコレートのホールケーキが、ちょうど他の客に奪われる。あっさりとショーケースからケーキが姿を消したかと思えば代わりにそこに置かれたのは売り切れと書かれた立て札だけだ。

 まだレジに並んではいなかったので割り込まれた訳ではないが、拓斗は無意識のうちに恨みがましい目でケーキを買う客を見てしまった。



「……拓ちゃん」

「何も言うな」



 拓斗が言いかけたことに気付いたのはひかりだけだ。同情しているとはっきりと分かる声色で名前を呼ばれながら、拓斗は仕方なく次の候補を探すことになった。



「……じゃあこっちの苺の」

「すみません苺のホール一つ」

「はーい」

「……」



 最終的に拓斗が買うことになったのはそれから何度目かに選んだありきたりの生クリームのホールケーキだったのだが、拓斗は正直無事に買えただけで酷くほっとしてしまった。







 家に帰ると拓斗の母はまず夕飯の準備に取り掛かり、そして彼女たっての希望でひかりも一緒にキッチンに立つことになった。



「娘と一緒に料理ってやってみたかったのよね!」

「そ、そうなんですか……」



 しかしながらひかりの声は彼女には届かない。仕方がないので実体化させた手で何とか必死に対話を図っていたのだが、何故か異様に伝わりやすかった。ひかりは、失礼かもしれないが普通に会話するよりもずっと意思疎通が楽に思えてしまった。



「拓ちゃんはね、オムライスとハンバーグが大好きなの。……あ、こんなこと言ったらまた何歳の時の話だ、って怒られちゃうかも」

「そんなことないですよ」



 と、ひかりは否定するように手を動かす。拓斗は普段もよくそのメニューを自分で作っているのだから、その好みは変わっていないのだろう。

 そんな傍から見たら奇妙な会話の仕方をしながら夕食は仕上がり、拓斗は久しぶりの母親手作りの食事に無自覚に表情を緩ませていた。そしてそんな拓斗を見ていたひかりも釣られるように終始微笑んで拓斗に通訳してもらいながら会話に参加していた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。いつもよりも無意識にはしゃいでいた拓斗は疲れたのか早い時間に眠りに着き、そしてひかりも長い時間実体化していた為少し眠くなっていた。



「ひかりさん」



 そろそろ部屋に戻ろうか、とリビングにいたひかりが立ち上がった時、ちょうど拓斗の父が彼女を呼び止めた。とはいえ見えない為彼女がここにいる確証はなかったのか、きょろきょろと周囲を見ながら「いるなら教えてくれー」と声を上げていた。

 もう拓斗が寝てしまった為通訳は不可能だ。ひかりはリビングのテーブルに置いてある彼女専用のメモ帳に“どうかしましたか”と書いて彼の前にそれを差し出した。



「あ、よかった。まだ寝てなかったんだね」

“はい。何か御用ですか?”

「いや、君にお礼を言いたくてね。拓斗から聞いたよ、いつも勉強を見てくれてるって。ありがとう」

“いえ、大したことはできてませんよ”

「そんなことはない。昔は成績表を見せるのを泣くほど嫌がったこともあったんだけど、今日なんて言わなくても見てくれって持って来てね。……夕飯作っている時だったから無理だったけど、ぜひ君にも見せたかったよ」



 その時の拓斗を思い出しているのか、彼の父親は笑みを深める。余程拓斗の様子が微笑ましかったのだろう。



「……ひかりさん」

“はい”



 しばらくにこにこ笑っていた彼は、しかし不意に表情を戻して彼女に――メモ帳を持つ彼女がいるであろう方向を見て頭を下げた。



「拓斗と一緒に居てくれて、本当にありがとう。身勝手な親だと分かっているが、君がここに居てくれて安心したんだ」

「……」



 ひかりはペンを持つ手を止め、じっと目の前の男を見つめた。彼が拓斗を大事に思っているのは確かだと分かる。一緒に居てくれてありがとうという言葉に嘘はないだろう。

 しかしそれならばどうして彼は拓斗を一人日本に置いて行ったのだろうか。



“お二人は、どうして海外に?”

「……私達夫婦は医者なんだ。それで普段は医者不足の発展途上国に出向いて働いている」

“医者、ですか”



 予想とは全く違った職業にひかりは目を瞬かせた。拓斗に言わせれば酷く呑気な両親が他国で病気や怪我を治しているのだ。……しかしそう考えれば拓斗の母親が先ほど手振りだけである程度理解を示してくれたのはその経験から来ているのだろうかともひかりは思った。診察時に言葉が通じない人々もいるだろうから。



「国もころころ変わるし治安のことも考えると拓斗も一緒に、というのは難しくてね。美代さんにも引き取ってもらおうと思ったんだが、拓斗がどうしても頷かなかったんだ」

“美代さん、というのは拓ちゃんの叔母さんですか?”

「ああ。ひかりさんも会ったことあるのかな。たまにここに来るって言ってたから」



 拓斗が叔母と一緒に暮らすのを拒む理由をひかりは知っている。叔母達に迷惑を掛け……その所為で嫌われたくないが為、拓斗はひかりが来るまでの一年間ずっと一人で暮らしていた。



「ひかりさんも拓斗のことを母さんみたいに呼ぶんだね」

“すみません、駄目でした?”

「まさか! 拓斗と仲良くしてくれてありがとう。できればこれからも、あの子と一緒に居てくれないか。君のことを話す拓斗は本当に楽しそうだったから。……それに実は、そんなに休暇が取れていないんだ。またすぐに向こうに戻ることになっている」

“拓ちゃんが寂しがりますね”

「ああ、寂しい思いをさせる。……だが医者として患者を放っておくわけにはいかない。親としては最低だが、それでも行かなければならないんだ」

「……」



 どうか拓斗を、と父はひかりに頭を下げる。確かに子供をほったらかしにしているのは医者としてはともかく親として褒められる行為ではないだろう。

 だが最低だとは思わない。何せひかりは今まで一度も、拓斗が両親のことで恨み事を言っているのを聞いたことが無かったから。

 ひかりはメモ帳とペンをテーブルの上に置くと、空いた右手を未だに頭を下げる彼に向かって差し出した。

 彼女の手に気付いた彼は、顔を上げるとその手をじっと見つめて自身も右手を差し出す。



「拓ちゃんのことは、任せて下さい!」

「ひかりさん、ありがとう」



 ひかりの声は届かなかったが、気持ちは伝わったようだった。













「拓ちゃん、今日から学校だよ!」



 両親も数日後には帰り、そして夏休みは惜しむ間もなく過ぎ去っていく。

 始業式の朝、拓斗はいつも通り目覚ましと、そしてひかりの声と共に目覚めてばたばたと学校へ行く準備をしていた。



「はい拓ちゃん、朝ごはん」

「ありがとう、ひかり」



 ある程度準備を終えて席に着くとようやく一息つく。そして朝のニュースを見ながらひかりが作った朝食を食べるこの時間が、朝で唯一落ち着く瞬間である。



「あー、今年の夏休み明けは気が楽だなあ」

「だから言ったじゃん、早く宿題終わらせた方がいいって」



 去年の今頃を思い出して拓斗はしみじみと言った。前日から慌てて積み上がった宿題に取り掛かり、結果徹夜で何とか終わらせた去年は酷かった。

 しかし今年は全く違う。毎日ひかりに監視されながら少しずつ宿題を進めたおかげで随分余裕を残して終わった。……その間、あの手この手で拓斗をやる気にさせようとするひかりの努力があったのは言うまでもない。



「せっかく宿題終わったんだから、行くときに鞄川に落としたりしちゃ駄目だよ」

「……気を付ける」



 浮かれていた拓斗がひかりの言葉に一瞬で真顔に戻る。確かに、ものすごくありそうだ。風で宿題が飛ばされたりとか。



「次のニュースです。――市の山中で遺棄された女性の遺体が発見されました。第一発見者の登山者の男性によると――」

「あれ、拓ちゃん。ここって遠足で行った山じゃないの?」

「ん?」



 脳内で登校時のシミュレーションを行っていた拓斗は、ひかりの声で我に返りテレビを見た。すると確かにテレビに映っているのは春に訪れた山で、一体何の事件だろうかとアナウンサーの言葉に耳を傾けた。

 どうやら山の中で死体が発見されたらしく、それも死後数か月は経っているという。



「遺体の身元は警察の調査の結果、同じ市に住む柳ひかりさん、十六歳だと判明しました」




「――え?」



 呆然と小さな声を漏らしたのは、果たしてどちらだっただろうか。


 画面に映し出されたのは、少し大人しそうな黒髪の少女の姿だった。



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