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光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
21/55

21 「拓斗……大人になったな」


「ね、ねえ……拓ちゃん起きてよ」



 夏休みも後半に差し掛かったある日の早朝、拓斗はそんな声と共に目を覚ました。

 体が揺さぶられて仕方なく瞼を開ける。そこには案の定手首から先が彼の肩を掴んでいた。

 既にそんな光景に驚くこともない拓斗は視線を動かして枕元の目覚まし時計を見る。しかし時間はというとまだ五時半だ。学校が始まっていてももう少し起きる時間は遅い。



「何だひかり、もう少し寝かせろよ……というかお前早いな」

「玄関の方でガチャガチャ音がしたの!」

「音?」

「怖くてここに来たんだけど、もしかして強盗とかだったらどうしようと思って……」

「ご、強盗!?」



 物騒な単語に一気に眠気がどこかへ飛んでいく。がばっと布団の中から身を起こした拓斗は転げ落ちそうになりながらベッドから降り、そして携帯を掴んで極力音を立てないように扉を開けた。

 床が軋まないように慎重に歩いているとまるで自分の方が泥棒の気分である。拓斗が恐る恐る階段を降りていると「何か声がする……」とひかりまで声を潜めて耳打ちして来た。言われてみれば確かに話し声のようなものが聞こえて来る。よりにもよって複数犯だという事実が分かってしまう。



「私、先に見て来る」

「危ないから駄目だ」

「拓ちゃん私幽霊だよ?」

「……そうだけど、とにかく駄目だ」



 囁くように会話をして再び階段を降りる足を動かし始める。もし強盗に霊感があってひかりが見えたらどうする。いや、見えた所で彼女が危害を加えられることはないだろうが、それでも拓斗はひかりを強盗の前に差し出すような真似はしたくなかった。

 しかし一階まであと五段ほどの辺りで急にどたどたと隠す様子もない足音が聞こえて来た。



「!?」

「こっちに来るみたいだよ!?」



 ひかりの言う通り、足音は躊躇うことなく廊下から響きそして次第に大きくなる。二階へ戻るか階段の隅に隠れるかと一瞬迷った拓斗はその瞬間階段から足を踏み外し、ぞっとするような浮遊感を覚えた。



「うわっ!」

「拓ちゃん!」



 拓斗の体が投げ出され頭から階段の下に叩きつけられる――寸前に彼の体は床すれすれで動きを止めた。言うまでもなく、ひかりによるポルターガイストだ。

 ゆっくりと床に下ろされた拓斗は、大して長くもなさそうな寿命が縮んだ思いで安堵の息を吐いた。

 が、階段から落ちる瞬間に叫んでしまったことを思い出して一瞬にして血の気が引く。そして足音はもうすぐそこまで来ていたのだ。

 まずい、と思ってももう遅い。



「あれ拓ちゃんもう起きてたの? 朝から大声出して元気ねー」

「……は?」



 少しでも逃げようと腰を浮かせた拓斗だったが、その前に背中に掛けられたあまりにも呑気な声に一瞬思考が停止した。

 強張った体を動かして背後を振り返る。拓ちゃん、とひかり以外で彼をそう呼ぶ人間などあと一人しかいない。



「か、母さん?」



 海外にいるはずの拓斗の母親が、にっこりと笑ってそこに居た。おまけに更に背後からひょっこりと顔を出した父親は「とーさんもいるぞー」とへらへら笑いながら手を振っている。



「拓ちゃんのお父さんとお母さん!?」

「な、なんで」

「何でって決まってるでしょ? 今日は拓ちゃんの誕生日じゃない」

「後で買い物行って、拓斗の好きなケーキ買おうな」

「た、」



 誕生日。そう言われて拓斗は今日の日付を思い出した。夏休み後半のこの時期は嫌でも日にちの感覚が無くなっていくのだ、完全に忘れていた。



「拓ちゃん今日誕生日だったの!? 私聞いてないよ!」

「いやだって俺も忘れてたし」

「もう、言ってくれればお祝いの準備したのに!」

「ごめんって」

「拓斗、誰と話してるんだ?」

「あ」



 咄嗟にひかりが口を両手で覆う。家に居るのでついいつものように普通に拓斗と会話してしまったが、目の前には彼の両親がいたのだ。不思議そうな顔をしている二人に彼女がおろおろと拓斗を見ると、彼は対照的にまるで取り乱した様子もなかった。



「あ、ひかりと話してたんだ」

「ひかり?」

「今一緒に暮らしてる幽霊」

「なっ」



 拓ちゃん何言ってんの!? とひかりは今以上に動揺した。確かに充にはひかりのことを話していたが、それでもこんなに唐突ではなかった。

 酷く平然としている拓斗に対し、彼の両親はぽかんと口を開けて沈黙している。「ほら驚いてるじゃん!」とひかりが騒いでいると数秒してようやく我に返ったらしい二人は、すぐに身を乗り出して拓斗の肩を掴んだ。



「拓ちゃん、中学生にして同棲って!」

「拓斗……大人になったな」

「そこ!?」

「同棲!? いやそういうのじゃないんだけど、二年に上がってから一緒にいるんだよ」

「そうなの? じゃあご挨拶しないと。どの辺にいるの? お母さん目が悪くて」

「そういう問題じゃない……」



 次々と続けられる会話にひかりが頭を抱えた。何なのだこの両親は。おまけに拓斗までいつもと違って見えて来てしまう。

 彼女が混乱している間にもごく普通に会話は続いている。「俺も見えないけどこの辺」と拓斗がひかりのいる辺りを指さすと「拓斗、人を指さすのはよくないぞ」と父親が軽く叱る。



「拓斗の母親です。いつも拓斗がお世話になって」

「え……い、いえ。私もいつも拓ちゃんにはお世話に……」



 ひかりに向き合った――とはいえ微妙に方向はずれているが――両親が彼女に頭を下げると、ひかりもつい聞こえないのに言葉を返し、そして見えもしないのに同じく頭を下げてしまう。



「ここで話すのも何だしリビングに行こうか」

「そうね。拓ちゃん、色々話聞かせてね」



 そう言ってリビングに向かう両親に従って拓斗も立ち上がる。そして歩き出そうとした所でくい、と手を引かれて後ろを振り返った。



「ねえ、あの……拓ちゃんのお父さんとお母さん、普通に私のこと信じてるんだけど」

「ああ、母さんたちはこういうことに寛容だから」

「寛容とかそういうレベルじゃないよね!?」



 どうしよう、拓斗とすら話が噛み合わない。そんな非常事態にひかりは困惑しか浮かべられない。

 拓斗の背中を見ながらひかりは色んな感情が混ざった息を吐き出した。自分のことではあるのだが、どうしてまるで知覚できない存在を容易に信じられるのだろうと疑問ばかりが浮かぶ。



「……でも、そうだ。あの時も」



 しかしひかりはふっと頭に過ぎった光景を思い出す。そうだ、拓斗だって同じだった。声が聞こえるひかりはともかく、まるで認識できない校長のことを彼女の一言で当然のように信じた。

 拓斗だけではない、充だってそうだ。見えない自分を当たり前に理解しようとしてくれている。



「私、幸せ者なんだな……」



 リビングへと向かいながらひかりは噛みしめるように小さく呟き、そして「拓ちゃん」と彼を呼び止めて心から彼を祝った。



「誕生日おめでとう!」













 いつもよりも早い朝食はひかりが作った。というのも元々彼女の手が実体化できるようになってからはずっと朝食の担当はひかりなのだ。拓斗も最初は遠慮したものの、今は彼女が朝食を作る音を楽しみにしながら洗濯をする毎日である。



「美味しい! 料理上手なお嫁さんが出来て嬉しいわー」

「ちょ、母さん!?」

「何か色々違う……」



 勿論拓斗だけの分を作る訳にはいかないので彼の両親の分も作ったひかりだったが、異様に絶賛しながら食べる母親に困ったような顔をした。大体ひかりが作った朝食はスクランブルエッグとウィンナー、それから切ったキュウリとミニトマト、あとは焼いただけのトーストなのだからほぼ味付けも何もない。それを料理上手と褒められても拓斗の両親でなければ逆に嫌味に聞こえてしまうだろう。

 そして父親はというと、のんびりとトーストにマーガリンを塗りながら「最近の幽霊さんはすごいなあ」と感心していた。


 朝食を作るには当然手を実体化させる必要がある。そして宙に浮いた手が包丁を持つのを見た拓斗の両親は、開口一番に「すごい!」と声を上げて握手を求めて来たのだ。

 冷静に考えなくても手首から先だけが包丁を持つ光景などホラーでしかないのだが、興奮気味にひかりの手に触れる二人を見たひかりは、初めて実体化した時に大喜びで手を握った拓斗を思い出して思わず小さく笑ってしまった。親子だ。

 ちなみに出来上がった朝食を皿によそっていると「どうして三つなの?」と両親揃って首を傾げていた。ひかりが食べられないことに思い至らなかったらしい。しかしそれを説明しても「じゃあいつか一緒に食べられるといいわね」とにっこり微笑まれて彼女はつい苦笑を浮かべてしまった。

 彼女よりもずっと幽霊歴の長い校長が数秒しか全身を実体化できないのだ。彼女がそれを出来る日は一体いつ来るというのか。



「ところでひかりさんはどうしてうちに?」

「あー、それなんだけど」



 和やかな雰囲気で朝食が終わると、思い出したように拓斗の父親がそう言って首を傾げた。その問いに拓斗がひかりに出会った時の話から順を追って説明しだし、両親は少し驚いたり納得したりと分かりやすく表情を変え、そして最後はひかりに頭を下げた。



「ひかりさん、拓斗が本当にお世話になったようで」

「この子昔からすぐ川に飛び込んだり泥だらけになって帰って来たりしてすごくやんちゃな子だったから、ひかりちゃんみたいなしっかりした女の子が一緒にしてくれて安心するわ」

「……はは」



 拓斗とはまるで似つかわしくない単語まで飛び出して来てひかりは苦笑する。不幸体質に気付いていないと拓斗が言っていたがどうやら本当だったらしい。



「……とにかく、ひかりは記憶喪失で自分の家とか分からないからうちで暮らすことになったんだ」

「そうだったの。だったらどうぞ、ここを自分のうちだと思って寛いでね」

「あ、そうだ。そこの和室、今ひかりの部屋にしてるから」

「そうか、じゃあ今日は二階の方で寝ることにしよう」

「え? あの! 私にはお構いなく! そもそも勝手に住み着いたのはこっちの方で……拓ちゃん、通訳!」

「……ひかりがお構いなくって言ってるけど別にそのままでいいよな?」

「拓ちゃん!?」

「勿論よ。いつもいないのは私達の方だし、それに家族なんだから遠慮しないの」

「え?」

「そうそう、拓斗の嫁さんならもう家族だな」

「と、父さんそれ違う! あ、いや家族なのはそうだけど!」

「……」



 早朝からの相次ぐ混乱でひかりの頭はパンクしそうになっていた。意味が分からない、どういうことなのこの家族。

 口々に会話を続け、そして時折ごく普通にひかりに話を振る彼らに彼女は困惑を隠しきれず、そして同じくらいじわじわと沸き上がる喜びも隠し切れなかった。



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