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光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
20/55

20 「俺達は現世に残るべきじゃないんだ」

「拓ちゃん、どこ行ったんだろ……」



 騒がしい人混みから外れたひかりは、落ち込みながら神社の鳥居の前に来ていた。あの後しばらく辺りを探したものの拓斗は見つからず、ひかりは諦めて人が少なくかつ帰る時に見つけられるであろうこの場所まで来たのだ。ちょうど充が同じ提案をしていたことは勿論彼女は知らない。



「どうせまた何かあったんだろうけど」



 拓斗が自分の意志でひかりを置いていくことはない、と彼女は思いたかった。それに拓斗の体質から考えてトラブルに遭ったと考える方が普通なのである。

 ひかりは石段に腰掛けると空を見上げた。先ほどよりもずっと空は暗くなり、今ならば花火も綺麗に見えることだろう。時計がないひかりははっきりと分かっていなかったが、実際花火の時間まであと少しという所だった。



「はあ……」

「君どうしたの? 溜息なんて吐いて」

「……え?」



 空を見ていたひかりの視界にふっ、と何かが映り込んだ。一瞬ぽかんとしてしまったがすぐに彼女は理解した。

 目の前に見えるのは高校生か大学生くらいの青年、の半透明な顔。彼の顔を透かして夜空がまだ見えているのだ、彼はひかりと同じ幽霊らしい。



「どうせすぐに向こうに帰るんだ、今ぐらいもっと楽しめばいいんじゃないか?」

「えっと……」

「あ、もうすぐ花火始まるみたいだしさ、俺と一緒に見ようよ」



 断りなくひかりの隣に腰掛けた幽霊の青年に、彼女は困惑の表情を色濃くした。幽霊になってこんなナンパまがいなことをされたことにも驚いたが、何より彼が言った言葉が引っ掛かったのだ。

 彼はひかりとは違い、お盆だからここにいるだけで未練を残して彷徨っている霊ではないのだ。



「あの、人待ってるから」

「人ってもしかして生前の知り合いとか? 同じ霊?」

「違う、けど……」

「……だったらちょっと見守るくらいにした方がいいと思うよ。生きてる人間に執着したら、戻れるものも戻れなくなる。さっきも生きてるやつにずっとくっついてる人が居たけど、あれもきっと盆を過ぎてもここに残って、いずれ執着が強くなって怨霊になるかもしれない」

「……」

「死者は、俺達は現世に残るべきじゃないんだ。だから――」

「うるさい!」



 諭すように言う青年に、ひかりは気が付いたらそう叫んでいた。



「何を……」

「あなたに何が分かるの!? 同じ幽霊だからって好き勝手言わないで!」

「同じ幽霊だから、だ。俺達はどうあっても彼らと同じようにはなれないのに、傍にいれば辛くなるに決まってる」

「……っ」

「俺達は死んだんだ。それを認めて、現世に執着するべきじゃない。花火が終わったら君も俺と一緒に向こうへ帰ろう」



 青年はひどく真剣な目でひかりを見た。幽霊は現世にいるべきじゃない、成仏するべきだと言う彼にひかりは歯噛みして両手を握りしめた。

 違う違う違う、ひかりと彼は違うのだ。例え彼の言う幽霊としての在り方が正しかったとしても、ひかりは自分が何を未練に思って成仏できないのかすら分からないのだ。

 たとえ執着していると言われようと、ひかりは何よりの心の支えである拓斗から離れたくはなかった。



「私は――!」

「ひかり? ひかり、居るのかー?」

「あ……」



 感情のままに声を上げようとしたひかりは、直後に聞こえて来たその声に思わずぴたりと動きを止めた。

 振り返れば勿論そこに居たのは、彼女がずっと探していたその人だった。



「拓ちゃん!」

「あ、よかった。ここに居たんだな」



 青年を置いてひかりが一直線に拓斗の元へと向かう。そして手を実体化させた彼女は、無意識のうちに縋るように拓斗の服の袖を掴んでいた。その手は少し、震えている。



「ひかり……?」

「……既に君は、手遅れだったみたいだな」

「……」



 拓斗に縋るひかりを見た青年は、今しがたの彼女の怒りを思い出し、そして彼女が死んでも未だに現世に囚われていることを理解する。



「でも、いつかはきちんと成仏して、向こう側へ来られるといいな」

「……」



 しかしそれでもそう言って薄く笑った彼に、ひかりは言葉を返さなかった。……拓斗の傍を離れることが怖い彼女は、返せなかった。













「ひかり、ホントにどうしたんだよ」

「……何でもないよ」



 ようやくひかりと合流した拓斗は、祭りに来た時とは違い元気のない彼女に何があったのかと心配そうに声を掛けた。が、返答は芳しくない。



「本当に何でもない! それより拓ちゃん、もうすぐ花火だよね。楽しみ!」

「あ、ああ。もう始まっても可笑しくないな」



 明らかな空元気なひかりに拓斗は逡巡したが追及を止めた。言いたいことは言えと以前にも伝えてあるし、彼女が言いたくないことなら無理に聞く訳にはいかない。

 花火を見る為に移動していると、同じ目的の人々がどんどん周囲に増えて満員電車のような込み具合になる。



「ひかり」

「どうしたの?」

「手、実体化してくれ」

「いいけど……」



 不意に拓斗に言われた言葉に、ひかりは首を傾げながら手を実体化させる。

 そして拓斗にも手が見えるようになると、彼はすぐにその手をしっかりと握った。「またはぐれると困るからな」と言って笑って。



「……うん」



 握られた手をひかりも握り返す。それだけで落ち込んでいた気持ちが浮上するのだから単純なものだな、とひかりは小さく笑った。

 笑い声が聞こえて来て少し元気になったらしいと分かった拓斗もほっとした。周囲にひかりの手を見られたらさぞかし驚かれるかもしれないが、生憎この混雑で、しかも拓斗の周りは恋人らしき男女で溢れかえっていた。自分達の世界に入っている彼らが気付くことはまずないだろう。

 と、考えた所で拓斗はふと気づいた。冷静に考えると自分も女の子と二人で祭りに来てるんだよな、と。



「拓ちゃん、どうかした?」

「い、いや何でもない」

「そう? あ、花火始まったよ!」



 今まで自然だったのにそう考えるとまるでベタな口実のように手を握った自分の行動が恥ずかしくなってくる。しかし手を離そうにもひかりからもしっかりと握り返されているし、第一結局はぐれたら意味がない。

 拓斗よりも少しだけ小さくて柔らかい手のひら。風邪の時は心底安心したその手に、彼は妙に意識してしまいながら気を紛らわせるように花火を見上げた。













 瀬田和香子は空を彩る花火を見上げながら小さく溜息を吐いていた。絵里香と一緒に訪れた祭りだったが、途中で充に会った為、気を遣った彼女は一人離れることにしたのだ。

 しかし夏祭りで一人きりというのは楽しくない。いっそ帰ってしまおうかとも思ったが、花火は見ておきたかったのでそれまでは待つことにした。けれども実際に花火を見ていても気が晴れることなどなく、途中だがもう引き上げようかとも思い始めた。


 絵里香のように、ここに自分の想い人が居ればどれだけよかっただろうかと肩を落とす。充を見た時に心の中ではそれを期待してしまったが、結局彼の姿はどこにもなかったのだ。



「……あれ」



 和香子が人混みに逆らうように帰ろうと踵を返したその時、彼女は不意に視界に望んでいた人物がちらついた気がして咄嗟にそちらを振り返る。そしてそこには彼女の想像通りの人が花火を見上げていたのだ。



「真城君、だ」



 真城拓斗。和香子と同級生で同じ部活の、そして何より特筆すべきは彼女の想いを寄せる人物であるということ。

 一年の時同じクラスだった拓斗は、良くない意味で目立つ存在だった。彼が何かすれば必ずと言っていい程不幸に見舞われる体質はクラスメイト達を嫌厭させ遠巻きにされていた。

 しかしながら部活でいざ話してみればいたって普通の人間で、性格も悪くない。そして不幸に遭う度に困った顔になる彼を見ていた和香子は、いつの間にか拓斗を放っておけないと思うようになったのだ。きっかけは同情だったが、彼女は次第に拓斗自身に惹かれていった。



「真城く――」



 こんなタイミングで彼を見つけるなんて本当にラッキーだと思った和香子が彼に声を掛けようと近づく。しかしその言葉は目の前の光景によって途切れざるを得なかった。

 近づいた拓斗の手が、誰かと繋がれていたからだ。


 咄嗟に言葉を呑み込んだ和香子の胸がずきりと痛む。そうだ、拓斗だって一人で来ているとは限らなかったのだ。それも手を繋ぐような関係の子と一緒に来ていた。

 心の中が嫉妬でじわりと澱んでいくのを感じながらも、和香子はその相手が誰なのか気になった。例えば親戚の子だとか、と自分に僅かな希望を持たせながら、人混みから身を乗り出してその手から先がどんな人物なのか拝もうとする。



「……は」



 その先を見た瞬間、彼女の心の中に詰まっていた恋心や嫉妬心が一瞬吹っ飛んだ。それだけではなく、思考さえ全てフリーズしてしまったのだ。

 何せ拓斗が握る手は、手首から先が無かったのだから。



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