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光の呼び声  作者: とど
幽霊少女と暮らす
2/55

2 「幽霊ってお腹空くのか?」

 ジリリリリ、ジリリリリ



「朝だよ拓ちゃん」

「……う、ん」

「目覚まし鳴ってるけどいいのー?」



 拓斗とひかりが出会った翌日、拓斗の自室では目覚まし時計の音がいつも以上に長く鳴り響いていた。それに気付いたひかりが部屋に入って拓斗に声を掛けるものの、呻くだけで一向に瞼が上がる気配はない。



「もう、しょうがないなあ」



 ひかりは一人そう呟くと、誰にも見ることが出来ない笑顔を作った。そして彼女はそっと眠る拓斗の耳元に口を寄せる。



「起きないと……祟っちゃうよ?」

「っ!?」



 途端にばさっと布団が持ち上がり勢いよく拓斗が飛び起きる。怯えるように周囲を見回す彼を眺めていたひかりは、その姿に思わず小さく噴き出した。



「ひかり!」

「おはよう拓ちゃん」

「え、なにお前……祟るの?」

「ううんやり方知らないけど」



 恐る恐る尋ねた拓斗に返って来たのは酷くからっとした答えだった。思わず肩の力が抜ける。



「それよりいいの? 目覚まし結構前から鳴ってるよ」

「え? ……あー! 寝坊した!」



 ずっと鳴り続けていた目覚まし時計をようやく止めた拓斗は、そう叫びながらベッドから慌てて這い出て制服を取り出そうとした。が、直前でその動きを止めて背後――先ほど声がした辺りを振り返る。



「ひかり、着替えるから出て行けよ」

「分かってるってば。覗きなんてしないよー」

「……」



 しばらく待ってから着替え始めようとしたものの、彼女の姿が見えない以上今どこにいるか分からない。もう部屋から出て行っただろうか。



「ひかりー外出たかー?」



 そう声を上げてみるものの返事はない。もう近くにはいないのかもしれないが、見えない以上確実には言えない。

 少々疑心暗鬼になりながら着替えて階段を降りると「遅かったね、何かあった?」と不思議そうなひかりの声がした。





「そういえばこの家って拓ちゃんしかいないの? お父さんとお母さんは?」



 急いで洗濯機を回して朝食を作っている拓斗に、ふと不思議に思ったひかりは家の中を見回しながら疑問を口にした。昨日の夜も彼の両親が帰って来る所を見なかったのだ。



「んー? 二人とも仕事で海外行ってるからな。滅多に帰って来ないぞ」

「中学生一人残して?」

「まあたまに叔母さんが様子見に来てくれるしな」



 拓斗は両親を思い出して小さく溜息を吐いた。職場結婚をしたという両親二人は今も同じ職場で働いており、拓斗が中学生になった年から海外で暮らしている。拓斗と両親は別に仲が悪い訳ではない。が、彼は正直言って少し両親のことが苦手だった。

 一言で言えばお気楽思考。悪い人達ではないが話が噛み合わないことも多く、おまけに彼が不幸体質だということにちっとも気付いていない。だからこそ「拓斗は器用だししっかり者だから安心」と呑気なことを言って飛行機に飛び乗って行った。……このこと自体が不幸の弊害なのかもしれないが。



「いただきます」



 いつもよりも家事を急いで片付けたので何とか寝坊分の時間は取り戻した。少し落ち着いた所でテレビを付け、ニュースを見ながら朝食を食べ始める。こんがりと焼いたトーストにいちごジャムを塗って齧ると、「いいなあ」と小さな呟きがすぐ隣から聞こえて来た。



「おいしそう……」

「幽霊ってお腹空くのか?」

「そういう訳じゃないけど見てたら食べたくなって来て……やっぱり無理かあ」

「……」



 拓斗は無言でトーストに視線を落とす。自分の食べた分しか減ってはいないが、多分食べようとしたんだろうな。

 隣で心底がっかりしたような声を聞きながら、拓斗は再びニュースに視線を向ける。結局学校へ向かうまでの間に、ひかりという名前の少女の行方不明や死亡などのニュースは報道されなかった。











 家を出て中学校へ向かうと当然というべきかひかりも拓斗に着いて来た。「外に居た方が何か思い出すかもしれないしね」とのことだ。



「あ、拓ちゃん犬がいる」

「げ、あの犬すげえ吠えて来るんだよ」



 通学路を歩く途中、ひかりの声に前方を見据えると毎回すごい勢いで拓斗に吠え掛かるドーベルマンが飼い主に連れられて散歩中だった。転ばないようにと足元を見ていた所為でこのまま危うく対面するところだったのだ。

 拓斗は少し遠回りになるが道を変えることにした。ほぼ毎日のようにトラブルに遭遇する為時間には余裕を持って家を出ているので問題はない。これでもこの体質と何とか付き合って行こうとしているのだ。



「ひかりが居ると助かるな」

「え、本当? 嬉しい」



 小さく呟いた彼に、隣からひかりが明るい声でそう言った。声だけでも十分に嬉しそうなのが伝わって来る。



「私、拓ちゃんが危ない目に遭わないように頑張るね」

「そっか。ありが――、あ」



 ドボン、と水音を立てて片足が泥の流れる側溝に落ちたのはその瞬間だった。













「ここが中学かー」



 今度こそ油断しないようにしながら学校へ着き、外の洗い場で泥を落とした拓斗はようやく人心地ついて昇降口へと歩いていた。今までの経験からタオルと替えの靴下は常に所持しているのが幸いだ。



「何か見覚えとかあるか?」

「ううん、普通の学校だなーって」

「まあそんなすぐに見つかる訳ないか」



 拓斗とひかりが出会ったのは通学路だったので、ひょっとひかりもこの辺りの学校に通っていたのではないかと思ったのだ。が、よく考えればこの学校で最近事故や事件に巻き込まれたという生徒がいるとは聞いてなかった。



「あ、桜だ。もう散りかけてるけど……」

「ちょっと前まで満開だったんだけどな」

「えー見たかったなあ」

「……あ、それなら」


「よー拓斗! 朝から何ぶつぶつ言ってんだ? また何か悪いことでもあったのか?」



 拓斗が言いかけた所で背後から誰かが彼の背中を強く叩く。その勢いにたたらを踏んだ拓斗は笑っている犯人を軽く睨み付けて「西野」と名前を呼んだ。


 西野充にしのみつる。サッカー部で日焼けした少々浅黒い肌が印象的なこの男は、拓斗の小学校時代からの友人……悪友だった。幼い頃から拓斗の体質を間近で見て来た充は今まで何度も不幸に巻き込まれて来た訳だが、距離を置くこともなく現在まで腐れ縁は続いている。

 ……正直な所、充はむしろ拓斗の不幸を若干面白がっている所があるのは彼も気付いている。



「いつも通りだ」

「その割にはいつもより元気そうだけど? お前毎朝ぐったりしながら学校来る癖に」

「……今日は比較的被害が少なかったからな。どっかの誰かがサッカーボールぶつけて来なかったし」

「ぐ……昨日は悪かったって!」



 昨日の帰りにボールをぶつけられたことを当てこする。あの後頭の同じ場所を電柱にぶつけたこともあり未だにずきずきと痛むのだ。



「西野君って言ったよね。拓ちゃんの友達?」

「……腐れ縁、な」



 ひかりの声に拓斗が小さく返事をすると、「何か言ったか?」と充が首を傾げた。



「何でもない」

「あのさ。マジな話、お前本当に悪霊か何かに取り憑かれてるんじゃねえの? お祓いにでも行けば?」

「失礼な、私悪霊じゃない!」



 充とひかり、どちらの言葉に返事をすればいいのか混乱する。ひかりはむっとした声で西野に怒っているが、拓斗はというとつい今朝の“祟る”発言を思い出してしまった。あれは正直鳥肌が立った。



「……お祓いは別にいい」



 拓斗は静かに首を振った。悪霊じゃないが、今は頼りになるやつが取り憑いているのだから。




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