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光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
17/55

17 「何か……いつもと逆だな」


 数学の授業が終わると、ひかりは真っ先に教室を飛び出して裏庭へと向かった。途中柄の悪い生徒や厳しそうな先生に絡まれそうになったが、何とかそれを回避して辿り着く。

 しかしひかりが予想外だったのは、どれだけ校長を呼んでも彼の姿はおろか声も認識できなかったことだ。拓斗の体に入っているのだから幽霊が見えないのは当然だというのにひかりは裏庭に着くまでそのことを失念していた。



「どうしよう……あ」



 ひかりが悩んでいると、不意に拓斗の胸ポケットから生徒手帳が飛び出した。いや、正確に言うと飛び出したのではなく、突然現れた皺だらけの手がそれを抜き取ったのだ。

 手首から先しかない手がパラパラと生徒手帳を捲る。そして一緒に差し込まれていたペンを手にすると白紙のページにさらさらと文字を書き始めたのだ。



“真城君、どうしたんだ”



「先生!」



“またひかりさんに何かあったのかな”



 ひかりの声に反応するように更に文字が続けられる。また、とは何のことだろうと思いながら実体化する手を――その先にいつもは見えていた校長を見上げた。



「先生お願いです、助けて下さい!」










“つまり、ひかりさんは真城君に憑依してしまったようだね”



 粗方事情を話すと、しばらく動いていなかったペンがそう文字を書き出した。



「どうしましょう。というかそもそも拓ちゃんは大丈夫なんでしょうか……」

“流石に体の主である真城君の魂が代わりに抜けたということはないだろうから、きっとまだ気絶したままなんだろう。そのうち意識が戻るとは思うが……そうすればきっとひかりさんも元に戻るのではないかな。何分こんなこと私も初めてで確実なことを言えなくて済まないが”

「いえ、ひとまず拓ちゃんが起きるまで待ってみます。放課後になっても戻らなかったらまた相談に来てもいいですか?」

“ああ、役に立つかは分からないが、一緒に考えよう”

「いつもありがとうございます、先生」

“可愛い教え子が困っているなら当然だ”

「先生の鑑って感じですね」



 ひかりが何気なくそう言うと、直後校長の手が一瞬消失した。ペンが手帳の上に落ちかけた所で、しかしすぐに現れた手がそれを掴み直す。



「え?」

“そんなことはないよ”



 走り書きでそんな文字が書かれていく。今までの丁寧な文字とは違う、まるで動揺しているようなそれにひかりがどうしたのかと尋ねようとしたが、すぐに“そろそろ戻らないのと授業が始まる”と続けて書かれ、そして生徒手帳は閉じられてしまった。












「……あ」



 拓斗だけではなく校長のことも頭の片隅で悩みながら社会科の授業を受けているとあっという間に時間は過ぎ、そして終わってしまった。

 そうして午前中の授業が全て終了すると、次は言うまでもなく給食だ。そこまで考えたひかりはそこで不意に思い至った。

 拓斗の体に憑依している今なら、普通にご飯が食べられると。


 「やった!」と勝手に憑依してしまった拓斗には悪いが思ってしまったひかりは、わくわくと給食を待っていた……のだが、しかし彼女は周囲を見回すと、あれ、と首を傾げてしまった。

 何故か他のクラスメイトは皆、給食ではなく持参して来たらしいお弁当を取り出しているのだ。



「拓斗、飯食わねえの?」

「西野く……西野! 今日ってもしかして給食無い!?」

「え、無いけど。今日弁当の日じゃん」

「ええ!?」



 「そんな話聞いてない!」とひかりは叫びかけるがぎりぎりで堪えた。恐らく拓斗も忘れていたのだろう、朝弁当を作っている所は見なかったがもしかして入っていないかと思い鞄を漁るが、案の定弁当箱らしきものは一切入っていなかった。



「嘘……」



 ひかりが机にばったりと伏せる。この中学校に購買などないし、休み時間に校外に出るのも禁止されているのだ。

 終わった……とひかりが心底落胆していると、そんな様子を見ていた充が「しょうがねえなあ」と小さく呟いた。



「ちょっと待ってろ」

「え?」



 そう言って自分の席に戻っていく充にひかりが顔を上げる。何だろうと彼を目で追っていると、充は鞄を開けてそこから自分の弁当箱とパンを二つ取り出し、そしてひかりの前まで戻って来た。



「ほら、二つぐらいだったらパンやるよ」

「いいの? だって西野君の分は」

「俺は弁当あるし、それにパンは元々部活の前後に食べるつもりで持って来たからな。まあ今日は帰りに買い食いでもする」

「ありがとう! 本当にありがとね! 西野君は神様だよ!」

「おーい、口調戻ってるぞ」

「あ……」

「あいつに今度何か奢れって言っといてくれ」



 充がひかりに差し出したのはメロンパンとカレーパンだった。まさに天からの救いだと喜色満面でパンを受け取ると「うお、拓斗がこんなに笑顔なの初めて見た……」と若干距離を取られた。



「いつもはご飯食べられないし」

「……ああ、そういえばひかりちゃんはそうだよな……」

「美味しそう……」



 ひかりはガサガサと焦るようにメロンパンの袋を破り、久しぶりの――とは言っても記憶にはないが――食事に、無いはずの心臓を高鳴らせた。



「いただきます!」



 大きく口を開けて甘い匂いのするメロンパンにかぶり付く。クッキー生地がさくっと音を立てたあとにその下のパン生地がふわりと歯を受け止める。口の中に広がった普段のひかりでは感じることが出来ないその味に、彼女はしばらく言葉が出なかった。



「幸せそうに食べるなあ」

「……だって、今までずっと拓ちゃんが食べてるの見てるだけだったんだから!」

「それは確かに辛そうだよな」



 出来る限り声を落としてひかりがそう言うと、充は納得した様子で自分も弁当箱を広げ始めた。



“……ん? 何だこれ、どうなってるんだ”



 もう一口、とひかりが口を開ける。しかし再びメロンパンを齧る直前に突然彼女の頭の中に聞き慣れた男の声が響き渡った。



「……拓ちゃん?」

“ひかりか? どこにいる……というか何で俺体が動かないんだ”

「よかった、無事に起きたんだね。……でも私まだ入ってるけど」

“入る?”

「ひかりちゃん、拓斗のやつが出て来たのか?」



 ぶつぶつと独り言を言い始めたひかりを見た充が、微かにその内容を聞き取って話し掛ける。そして彼には聞こえなかったが、自分ではなくひかりに話しかけた充に拓斗が不思議そうな声を上げる。



“どういうことだ? 西野、ひかりと話せるようになったのか?”

「あのね拓ちゃん、実は――」

“というか何で俺の声でしゃべってるんだよ!?”



 今更ひかりの声が彼女の物ではないと気付いた拓斗が混乱するが、ひかりはそれを宥めながら、これまでの状況を詳しく話し始めた。

 周囲には聞こえないようにひかりが小声で今までのことを話すと、自分が置かれている状況を理解した拓斗は内心頭を抱えたくなった。今は体が動かないのでしたくても出来ないのだが。



「という訳なんだけど……」

“……起きたけど戻らないな”

「うん、だからとりあえず後で先生の所にまた相談しに行こうと思って」

“分かった。ひかりは大丈夫か? あ、いや大丈夫ではないんだけど、他に何か異常とか”

「異常っていうことではないんだけど……」

“だけど?”

「メロンパン美味しかった」

“……よ、よかったな”



 顔が見えなくても拓斗の表情が容易に想像できる。

 そのまま会話が一旦打ち切られると、ひかりは拓斗が目覚めてから放置していたメロンパンに向き直った。



“ところでそのパンどうしたんだ? 今給食の時間じゃないのか?”



 が、お預けになっていた二口目を食べようとした所で再び拓斗の声が聞こえ、ひかりは大きく開けた口を残念そうに閉じることになる。



「……拓ちゃんがお弁当の日って忘れてたから、西野君に貰ったの」

“あー、そっか今日そうだったか……。悪い、西野にお礼言っといてもらっていいか”

「西野君、拓ちゃんがパンありがとうって」

「何か……いつもと逆だな」



 普段とは違い拓斗の言葉を伝えるひかりに充が苦笑する。しかも傍から見れば喋っているのは拓斗なのだから頭がこんがらがってしまいそうだ。



「弁当も―らい!」

「うわ、返せよ!」

「お前一人ずるいんだよ、彼女の手作り弁当とか!」



 と、その時適度に騒がしかった教室の中で一際大声が上がった。振り返るクラスメイト達に釣られて充とひかりもそちらを向くと、二人の男子が弁当箱を奪い合っているようだった。



「あんな風に乱暴に奪い合ってたら絶対中身酷いことになってるよね……」

「まあ正直な所妬む気持ちは痛いほど分かるけどな」

「じゃあ西野君もああやって取ろうとか思うの?」

「まさか。そんなの作った女の子が可哀想だろ」

“……西野はそういう所ちゃんとしてるよな。単に女子の味方だって言えばそうだけど”

「西野君、拓ちゃんが西野君のこと褒めてるよ」

“おい、ひかり! 別に大して褒めてないだろ!”

「へえ? 拓斗に褒められたのなんて初めてだ。それとも実はいつも心の中では俺のこと尊敬してたのか?」

“……”

「西野君、拓ちゃんが冷たい目で見てるよ」

「いや、それは見えてないだろ!」



 流石に誤魔化されねえぞ、と充は言うが、ひかりからしてみれば見えずとも分かる。現に頭の中で拓斗が“ひかり、大正解だ”と呟いているのだから。



「ったく、返せって!」

「うわっ」



 ひかり達が話している間にも奪い合いは続いており、弁当を奪われた男子が不意を突いてようやく奪い返した所だった。

 ところが勢い任せに強引に弁当を奪った所為で争っていた男子が思い切り突き飛ばされた。大柄な彼はその体を大きくよろめかせ、更に背後に居た生徒を弾き飛ばす。



「え」



 そして弾き飛ばされた生徒のそのまた後ろに座っていたひかりは、自分に向かってぶつかって来る男子生徒を身動きも出来ずに見ていることしか出来なかった。



“ひかり!”



 腹に思い切り肘が入り、その衝撃で椅子が傾いて倒れ込む。その時に隣の机に頭を打ち付けたひかりは、何も考える間もなく気絶した。













「……あれ」

「あ、起きたのかひかり」



 ひかりが目を覚ますと、そこは夕暮れに染まる教室の中だった。目の前には拓斗が絵を描いており、他には誰も生徒は残っていないようだ。



「拓ちゃん、何で私ここで寝てたんだっけ」

「覚えてないのか? ひかり、俺に憑依してただろ? だけど机に頭打って気絶して……それで起きたら元通りになってたんだよ」

「あ、そういえば……」



 拓斗に言われてひかりはようやく眠る、いや気絶する直前のことを思い出す。流石と言うべき不運によって降りかかった災難で頭を打ち付けた彼女は、どうやらその衝撃で拓斗の体から飛び出したらしい。憑依するきっかけが気絶なら、戻るきっかけもそれだったのだ。



「俺と同じならひかりもここで意識を失ってるんだろうなとは思ってたけど、喋ってくれてようやく安心した」



 ひかりの姿は見えないので、衝撃でどこかへ飛ばされていたらどうしようかと思ったのだ。安堵の息を吐いた拓斗が鉛筆を置く。いつもよりも随分と描き込まれているその絵を見た彼女は、かなりの時間待たせてしまったのだと言われなくても理解する。



「拓ちゃんごめんね」

「いや、元はといえば俺が階段から落ちた所為だから……あと、ひかり」

「何?」

「悪い……あの後パン全部食べたから」

「……ええー!?」

「いやだって、憑依できなくなったらどの道お前食べられないし」

「いやでも……一口、一口しか食べてなかったのに!」



 ひかりはがっくりと項垂れた。あんな騒ぎなど無視してさっさと食べておけばよかったのだ。

 一生の不覚、と言い掛けて止める。既に自分の一生は終わっていたという割と笑えない事実に気付いたからである。



「……かくなる上は」

「上は?」

「拓ちゃん後生だからもう一回気絶して!」

「誰がするか!」



 思わず拓斗も叫びながら全力で却下した。彼女が拓斗を怪我させたいと思っている訳では決してないのだが、今のひかりは少々思考を暴走させていた。

 食べ物の恨みは恐ろしい。



「拓ちゃんのけち!」

「そういう問題じゃない! 俺の体に入ったらまたひかりが怪我するだろ! 駄目に決まってる!」

「……拓ちゃん今そういう話じゃなかったんだけど」



 しかしその恨みも、拓斗の言葉ですっかりしぼんでしまった。



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