表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
16/55

16 「西野君どうしよう!」

 その事件は、拓斗がいつも通り学校で授業を受け、そして移動教室の帰りにいつも通り――とは流石に言い過ぎだが――階段から転げ落ちたことから始まった。



「拓ちゃん!」



 階段が濡れていることに気付かなかった拓斗が盛大に階段の上から転がる。慌てて彼の後を追って階段を降りたひかりは、仰向けに倒れて白目を剥いている拓斗を助け起こそうと手を伸ばした。

 しかしその瞬間、ひかりは突如ぐっと体が何かに引っ張られるような感覚を覚えた。



「え?」



 全く抗う間もなく引きずられ視界が暗転する。訳も分からないうちに意識が途切れ、しかしすぐに目は覚めた。そして最初にひかりの視界に入って来たのは、少し黒ずんだ白い天井だった。いつの間にか倒れていた体を起こすと全身が痛みに悲鳴を上げる。



「いったあ……」



 思わず体を擦ったひかりが最も痛い頭に触れる。血が出ていないのが幸いだと後頭部を擦っていると、そこで彼女はようやく違和感を覚えた。

 触れている髪が異様に短くなっている。いやそれどころではない、そもそも幽霊のひかりが何故全身を打ち付けたような痛みに襲われているのだろうか。


 呆然と自分の体を見下ろしたひかりは、その瞬間驚きを越えて言葉を失った。













「あ、拓斗。次の数学の宿題って……」



 全速力で教室に戻った拓斗を見た充が声を掛けると、彼は無言で充の腕を掴んだ。そしてそのまま強い力で充を教室の外まで引っ張り出した拓斗は有無を言わせず彼を連れて廊下を進み出す。



「何なんだよ拓斗、また何かあったのか?」

「……」



 訳も分からず足を進める拓斗に充が不満そうに声を上げるが黙殺される。そんな彼の様子に珍しいと思いながらも、確実に何かあったのだと理解した充は大人しく拓斗に従うことにした。

 人気のない非常階段までたどり着くと、拓斗は再度用心深く周囲を見回す。本当に何があったのかと考えていた充に拓斗が向き合うと、その瞬間充は思わずぎょっとした。

 目の前の悪友は何故か今にも泣きそうな顔をしていたのだから。



「西野君どうしよう!」

「なんだよ西野君って、気持ち悪いな……」

「私ひかりなの!」

「……は?」

「何でか分かんないけど拓ちゃんの体に入っちゃったみたいなの!」

「はあ!?」



 拓斗の口から発せられた女言葉とその内容に、充は叫ぶことしか出来なかった。絶句して拓斗を凝視すると、おろおろとしたその仕草も完全に女らしいものになっていることに気が付いた。



「じょ、冗談だろ?」

「こんな冗談言わないよ! 拓ちゃんが階段から落ちて気絶しちゃって、助けようとしたら気が付いたらこんなことになってて!」

「……ホントに、ひかりちゃん、なのか」

「そうだってば! 拓ちゃんに乗り移ったみたいで……どうしよう西野君!?」



 どうしようって、それは充だって言いたかった。

 目の前にいるのは拓斗の体ではあるが……しかし精神は幽霊のひかりのものだという。意味が分からない。

 関係ないがひかりは拓斗のことを拓ちゃんと呼んでいるんだな、と充はどうでもいい感想を抱いて現実逃避した。



「……他に詳しそうな人とか居ないのか? 俺以外にひかりちゃんのこと打ち明けてる人とか」

「あ、そうだ校長先生!」

「それって、幽霊だっていう校長だよな……」

「先生だったら何か分かるかも……私ちょっと裏庭行って来るね!」

「あ、待て。裏庭なんか行ってたら授業始まるぞ」



 今にも駆け出しそうなひかりを慌てて充が止める。次の授業は数学だ、よく拓斗は担当の樋口にネチネチいびられているので欠席するのは得策ではない。

 充がそう説明すると、拓斗……の体に入ったひかりは「そっか、後で拓ちゃんが怒られるよね」と頷いた。……その様子に、もう充も信じるしかなさそうだと悟る。



「とにかく一旦教室に戻った方がいい」

「うん、分かった。聞いてくれてありがとね。急に拓ちゃんになっちゃってびっくりしてたから西野君が居てよかった」

「……その口調はちょっと直さないと怪しまれると思うぞ」



 見た目拓斗のままひかりの口調で話されると違和感が酷く落ち着かない。



「あ、そっか。えーと、西野でいいよね……じゃない、いいよな」

「ああ。ひとまず俺も出来るだけフォローするから」

「ありがとう」

「ま、見た目はあれだが女の子の為だからな」



 充がそう言ってにっと笑うと、ひかりは拓斗の顔で少々呆れた表情を浮かべた。そしてそれを見た彼はおや、と首を傾げる。普段の拓斗そのままの表情だ。



「あれ、拓斗戻って来たか?」

「戻ってないよ」



 ただひかりも拓斗も同じ心境だっただけである。





「あ、真城君」

「……あ」



 充に促されて教室に戻る途中、廊下を歩いていると不意に背後から女子生徒の声がした。ぎくり、と体を強張らせたひかりが振り返ると、そこには絵里香ともう一人の女子が教科書を手にしてひかり達を見ていた。

 拓斗は友人が少ない。だから廊下で話し掛けられることを予期していなかったひかりは、動揺して振り返った拍子に何もない所で躓き後ろ向きに倒れ込んだ。



「だ、大丈夫!?」

「真城、あんたしっかりしなさいよ」



 慌てて駆け寄って来る絵里香達に、ひかりは顔を引きつらせながら何とか体を起こす。先ほど階段から落ちた痛みはまだ続いており、正直体はがくがくだった。

 拓斗はいつもこんな状態なのかと溜息をついたひかりは、心配そうな視線を送る女子生徒を目に留めて彼女のことを思い出した。そういえば彼女は以前拓斗にお菓子を差し出していた子だ、と。


 しかしひかりは生憎彼女の名前を知らなかった。言葉に詰まって目を泳がせていると、それを見た充が察したのか「いやー絵里香ちゃんに和香子ちゃん、だったよな! 相変わらず可愛いな!」とやけに大きな声を出した。



「そ、そ、そんなことないから!」

「西野君って相変わらず……。あ、真城君顔に擦り傷できてるよ。絆創膏あげようか」

「あ、ああ。ありがとう和香子ちゃん」

「っ!?」



 差し出された絆創膏にひかりがお礼を言って受け取ると途端に和香子の顔が隣の絵里香同様に真っ赤になった。同時に、しまったと充が顔を覆う。拓斗は普段彼女のことを名前で呼ばないのだ。



「そ、それじゃあ授業始まるから行くね!」

「また後で部活で!」



 真っ赤な二人組がそそくさと逃げるように去って行くと、彼女達を見送った充がひかりを振り返り……そして訝しげな表情を作った。



「どうした……んだ? そんな顔して」

「……別に」



 拓斗の――ひかりの顔は、どうにも不機嫌そうな渋い表情を浮かべていた。






 そのまま拓斗の体で授業を受けることになったひかりは体の痛みと先ほどから続く何とも言えない胸のもやもやでぼうっと上の空だった。

 別に、和香子が拓斗のことを好きでもひかりには関係がない。……逆に拓斗が和香子のことを好きでも同じだ。彼女には全く関係のないこと。

 だというのにひかりの心は晴れない。以前も同じことを思ったのだ、拓斗を取られたくないと。家族だと言ってもらって存在を認めてもらった今も彼が誰かと親しくしていると時折不安で仕方なくなる。

 ……ただ、充にはそういう感情を抱いたことがないな、とふと思った。



「真城、おい聞いてるのか真城!」

「は、はい!」



 思考が一気に現実に引き戻される。一瞬自分が呼ばれたことに気が付かなかったひかりは我に返ると慌てて自分を睨む数学教師、樋口に返事をした。



「ったく、お前はいつもそうやってぼーっとして。……そうだな、罰としてこの問題を解け」



 眉間に皺を寄せた樋口が黒板に数式を書き始める。それを一瞥したひかりは少し安心して立ち上がると、チョークを手に取って全く悩むことなく問題を解き始めた。


 ざわ、と静かにざわめきが起こる中さっさと答えまで書き切ったひかりは何も言うことなく席に戻る。樋口もまた、黒板を凝視した後じっとひかり――拓斗の顔を不可解な顔で見ていた。

 驚くのも当然だ、何しろ黒板に書かれた問題は拓斗が到底解けないであろう難問だったのだから。



「……正解だ」



 驚きに染まった樋口の顔を見て、ひかりは無意識に小さく笑みを浮かべてしまった。ポルターガイストを使わなくても驚かせることが出来たと。



「勉強してきたようだな。……なら次の授業ではもう少し難しい問題を当てるとしよう」

「……え」



 意図せず拓斗のハードルを上げてしまったらしい。笑みをひきつらせたひかりは、心の中で「拓ちゃんごめん」と謝るしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ