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光の呼び声  作者: とど
ひかりの記憶
14/55

14 「……好きな子とか、いるの?」

「うわー、雨降って来たよ!」

「嘘だろ、俺今日傘持って来てないんだけど」



 朝からからっと晴れ降水確率も低いと予報されたその日の放課後、中学校の廊下では生徒達のそんな会話がされていた。拓斗は焦る彼らの隣を通り過ぎながら、少しだけ彼らに優越感を抱いて肩に掛けた鞄に触れる。窓の外からはざあざあと少々強めの雨の音が聞こえている。

 たとえ降水確率が0%だろうと急な雨に降られることが珍しくない拓斗は常に傘を常備している。更に言えば傘立てに入れておくと高確率で盗まれるので、鞄の中に折りたたみ傘を入れているのだ。


 拓斗はそのまま廊下を進み、しかし美術室とも昇降口とも違う方向へと向かった。彼はあまり人気のないその廊下の途中で足を止めると、辺りを見回してから雨に濡れた窓を半分開けて外に向かって声を上げた。



「ひかりー、帰るぞー」



 拓斗が呼びかけている窓の外は裏庭だ。いつもならばひかりと初代校長がいる場所で、拓斗も普段は外から回って来ている。が、今日は外が雨である。裏庭まで回るのは時間が掛かる上、アスファルトで舗装されている場所が少ないので靴がぐちゃぐちゃになってしまう。

 それだけならまだいいのだが、それに付随して起こり得るトラブルを考慮して校舎の中から声を掛けることにしたのだ。伊達にいつも災難に遭っていないので回避する対策も考えている。


 しかし拓斗が何度呼びかけても彼女の声は返って来ない。教室で少し待っても来なかったので迎えに来たのだがどこかへ行っているのだろうか。



「ひかりー」

「……真城?」

「え?」



 誰もいないと高を括って声を張り上げていた拓斗は、突然背後から聞こえて来た声に驚き反射的に振り返った。空き教室ばかりが並ぶこの廊下で、まさか教室から人が出て来るとは思っても見なかったのだ。



「部長……なんでここに」

「ここで描いてたんだけど、真城は? というか誰呼んでたの?」



 首を傾げながら教室の扉を開けたのは絵里香だ。今日は部活もないというのに絵を描いていたらしい。拓斗が誤魔化すように「まあ、ちょっと」と言葉を濁すと、妙に疑わしげな視線を向けられた。



「部長はなんでまたこの教室で描いてるんだ?」

「部活ないから美術室も鍵掛かってるし、静かな場所で描きたかったから」

「そっか。絵、見てもいいか?」



 絵里香の描いた絵に釣られて拓斗も教室の中へ入る。扉とは反対側にある窓際で描いていたらしく一番端の机の上に絵と一緒に筆や丸くなった鉛筆が散らばっていた。



「やっぱり、相変わらずすごいよなあ」



 絵里香の絵は、どこか引き込まれてしまいそうな感覚を覚える。風景画が多い拓斗とは違い、絵里香が描くのは抽象画が多い。感受性が豊かとは言い難い拓斗にとって抽象画は基本的に理解しがたいものなのだが、彼女の絵は何故だかずっと見ていたくなるのだ。去年中高合わせたコンクールで一年にも関わらず賞を取ったのも頷ける。



「風景画とかと違って、抽象画ってどうやって描くんだ?」

「大体その時目に付いたものからイメージして、後は手が動くのに任せてるけど」

「天才の発言だな……」

「別に天才なんかじゃないわよ。今はほら、雨を見たり音を聞いたりして――」


「西野! お前手を抜くんじゃねえ!」



 絵里香が開いた窓の外を指さしたタイミングで、中庭を挟んだ隣の校舎から小さく怒鳴り声が聞こえて来た。小さいと言っても隣の校舎まで聞こえて来たのだから実際には相当大きな声を出しているのだろう。

 絵里香と一緒に向こう側の校舎に視線を移した拓斗は、その廊下でジャージ姿の充が先輩らしき男子生徒に怒られているのが見えた。雨でグラウンドが使えなかったのだろう、校舎の空いた場所で軽い運動をしているようだ。



「……あー、だから部長ここで」

「ち、違うから! ここで描いてたらたまたまサッカー部がそこでストレッチとか始めただけだから!」



 拓斗が妙に納得した顔で絵里香を見ると、彼女は大きく首を振って叫ぶように否定の声を上げた。

 充が関わると絵里香はいつもの落ち着きがどこかへ行ってしまう。それが拓斗には何となくむず痒いような生暖かいような何とも言えない気持ちになるのだ。



「……部長ってさ、西野のこと好きなのか?」

「な、何言ってるのよ!? 別に西野君のことは……」



 一応確証を得る為に拓斗が訪ねてみると、絵里香は顔を赤くしてもごもごと口を動かし。忙しなく指先を動かした。いつもは美術部のお母さんである彼女がこんなにも女の子らしい表情をするのだ、やはり聞くまでもなかった。



「あいつ軽いし女の子は大好きだけど、悪いやつじゃないぞ」

「別にそんなこと聞いてないでしょ! ……それに、私のことより真城はどうなのよ」

「俺が何だ?」

「……好きな子とか、いるの?」



 赤くなっていた顔を少し冷まして冷静になった所で今度は逆に拓斗が絵里香に問いかけられた。彼女の目は真剣そのもので、とてもその場のノリで聞いてみた、という感じではない。



「なんで急に?」

「いいから答えて」

「そう言われても、なあ」

「……さっきひかりって呼んでたけど、その子は」

「あー……」



 しっかり名前まで聞かれていたかと拓斗は返答に困って頭を掻いた。

 充には話したが絵里香には言っていいものかと考える。拓斗から見た絵里香は、人望があるし面倒見もいい信頼できる人間だ。拓斗が突拍子もないことを言っても馬鹿にすることはないだろう。



「なあ部長。部長ってさ、幽霊とか信じる?」

「は?」



 それにひかりも同性の理解者が出来れば喜ぶかもしれない、と考えた拓斗が彼女に打ち明けるつもりでそう尋ねると、普段よりも一オクターブは低いであろう声を返された。おまけに酷く険しい顔だ。先ほどまでの女の子らしい可愛い表情はどこに行ったのか。



「幽霊、とか、言った?」

「あ、ああ言ったけど」

「っそんなのいる訳ないでしょ! そんな非科学的なもの! この現代社会で一体何を馬鹿なこと言ってんのよ!?」



 あまりの剣幕で捲し立てられた拓斗はその勢いに押され思わず何歩か後ずさる。照れて恥じらう表情も珍しいが絵里香がここまで怒鳴ることもまた珍しい。

 拓斗は内心、ひとまずこの場にひかりが居なくてよかったと安堵した。



「いや、信じてないならそれはそれでいいけど……部長、もしかして幽霊とか苦手だったり」

「違います! い、いないものを怖がる訳ないでしょ!」



 あ、図星だ。と彼は口に出さずに理解した。今までの落ち着いたイメージがどんどん壊されていく。

 もし充がいたらきっと「可愛いなあ」とでも言っているだろう、と拓斗が考えていると「なんで西野君が出て来るの!」と怒鳴られた。気が付かないうちに口に出ていたらしい。



「……というか、話逸らさないでよ! 真城はそのひかりって子が好きなの?」



 拓斗からすれば別に逸らしたつもりはなかったのだが、勿論ひかりが幽霊だと知らない絵里香にはそう取られてしまった。



「ひかりは好きというか、放っておけないというか」

「放っておけない?」

「……一人にしときたくないんだよ」



 記憶がないひかりの世界は限りなく狭い。彼女の存在を認識しているのは拓斗や充、それに幽霊の校長ぐらいだ。

 彼らが居なければ途端にひかりは一人になってしまう。この前のように彼女を不安にさせたくないのだ。拓斗にとってひかりは一緒に暮らす家族なのだから。



「大事なやつだからな」

「……そう、なの」



 拓斗は笑って答えたが、対照的に絵里香の返事はどこか期待外れといったようで、何か言いたげな目で彼を見ていた。













「拓ちゃーん!」



 絵里香と別れた後、拓斗が再度教室に戻ってみるとすぐにいつもの明るい声が彼を呼んだ。教室にはもう誰も残っていないので拓斗は心置きなくひかりに向かって話し掛ける。



「ひかり、お前どこに行ってたんだよ。探したんだぞ?」

「ごめんね、雨が降って来たからちょっと校内に避難して先生と話してたの」



 勿論幽霊であるひかり達が雨に打たれても濡れることなどないが、そこは気分の問題らしい。



「放課後になったら戻ろうと思ってたんだけどつい話し込んじゃって」

「次から移動する時は先に言っとけよ、そしたらそっちに迎えに行くから」

「……うん、ありがとう。ごめんね」

「じゃあ帰るか」



 拓斗の言葉に、少し嬉しそうな声で謝ったひかりは彼の後ろに着いて教室を出た。ざあざあと中々強い雨が降っているのを窓から眺めながら廊下を歩いていると、まもなく昇降口という所でひかりが拓斗を呼んだ。



「拓ちゃん」

「どうした?」

「あの、さ。もし私が……」

「……ひかりが何だ?」



 話し掛けたのはひかりの方だというのに彼女は途中で言葉を濁し、そして口を閉ざしてしまう。訝しげに彼女を振り返った拓斗に、見えはしないがひかりの目がうろうろと泳いだ。



「やっぱり、何でもない」

「……また何か言いたいのに隠してるのか?」

「そうじゃないけど、今はいいの! あ、別に怒ってるとかそういうのじゃないからね」

「ならいいけど、ちゃんと言いたいことは言えよ?」



 溜め込んで爆発した前科がある為そう言うと、ひかりは「分かってるよ」と苦笑した。またあんな風に拓斗を困らせる訳にはいかない。



「うわ、雨強くなってる」



 靴を履き替えて昇降口に立つと、ざあざあと煩い雨は一層強くなっていた。



「拓ちゃん傘あるの?」

「そこは抜かりない、ちゃんと折り畳み傘が……」



 自信満々に頷いた拓斗が鞄の中から傘を取り出す。……のだが、広げてみたそれは見事に骨が折れて使い物にならない状態だった。



「……」

「……あー、どっかで転んだ時とかかな?」



 原因がいくつも頭の中に過ぎる中、拓斗はがっくりと肩を落とした。不運は転んでもただでは起きないらしい。



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